第48話
「ひび割れた心臓、砂の王宮へ」
メンテナンス・ドックの冷たい照明の下、麗の手は微かに震えていた。
レイスターの胸部装甲。その最深部に鎮座するコア・メダル。かつて漆黒の光沢を放っていたその円盤には、痛々しい一条のひびが走っていた。
「……嘘でしょ、レイスター。あんた、こんな状態で香港を走ってたの?」
健造が重い溜息をつく。
「……コアの損傷は修復不能だ。今のこいつは、薄氷の上を時速百キロで走っているようなもんだ。……麗、もういいだろ。日本でこれだけの勲章を獲った。ここで電源を落とせば、レイスターは形を保ったまま、ガレージの主として隠居できる」
義清も、亜紀子も、言葉が出なかった。
だが、麗の目は絶望に沈んでいなかった。
視線は、ガレージの壁に貼られた世界地図の一点——中東、メイダンの砂漠を指していた。
「……嫌よ。隠居なんて、こいつには一番似合わない」
麗はひび割れたコアをそっと指先で撫でた。
「クロフネの血を引くレイスターが、最後に帰る場所は一つしかないわ」
ドバイ・ワールドカップ。世界最高峰の賞金、そして世界で最も深く過酷なダートの頂。
「ジャック・オ・ランタンに焼かれ、オリエンタル・ドラゴンにスピードで負けた。……でも、砂の上なら話は別よ。……親父、こいつの寿命を全部一速に注ぎ込んで。……最後は、こいつが一番得意な土俵で、世界を泥に塗れさせてやるの」
沈黙。
それから健造が軍手を拾い上げ、無言でレイスターの脚部に向き直った。
レイスターの冷却ファンが、低く、熱い唸りを上げた。




