第45話
「沙田の閃光、届かぬ咆哮」
残り二百メートル。香港・沙田競馬場の直線は、熱狂的な広東語の怒号に包まれていた。
「——砕け、砕け、砕けぇッ!!」
麗は叫び、血走った眼で前を走る極彩色の背中を睨みつけた。
磁気流体アクチュエーターを限界まで硬化させたレイスターの脚部は、もはや走るというより、鋼鉄の槌でコンクリートを叩き割るような推進力を生んでいた。一完歩ごとに火花が飛び、装甲の隙間から過熱したオイルの煙が吹き出す。
だが、その一馬身前。
オリエンタル・ドラゴンは、龍のごとき滑らかさで加速していた。麗が大地を叩き割るエネルギーの一部が破壊に削られているのに対し、龍はすべての出力を前進へ変換している。
「……これが、世界の適応なの……!?」
内側から食らいつく英国のバトルブリテンの重厚な影がよぎる。三頭が死力を尽くし、乾いた音を立ててゴール板へと飛び込んだ。
静寂。
掲示板に灯ったのは、地元ファンが待ち望んだ龍の番号だった。
1着オリエンタル・ドラゴン、2着レイスター(半馬身)、3着バトルブリテン(クビ差)。
「……はぁ、はぁ、……っ」
麗は、動かなくなったレイスターのコックピットで、ハンドルを握ったまま項垂れた。
「麗、顔を上げろ。……設定値は完璧だった。負けたのはマシンの性能じゃねえ」
ピットからの健造の声は、どこか誇らしげだった。
「最後の五十メートルで、ドラゴンの滑走ラインを自分の泥で上書きしようとしただろ。……あんな無茶、普通のジョッキーにはできねえよ」
麗がレイスターから降りると、オリエンタル・ドラゴンのジョッキーが歩み寄ってきた。泥だらけになったレイスターの脚部を見て、親指を立てた。
「……クレイジーな走りだ、日本のクイーン。あと十メートルあれば、我々の龍は砕かれていたよ」
麗は何も言わなかった。
夜の沙田に輝くネオンを、しばらく見ていた。
それからレイスターの首筋に額を押し当てた。
レイスターが、低く電子音を鳴らした。




