第39話
三冠の朱、女帝の戴冠
十月、京都競馬場。芝二千メートル、秋華賞。
空は高く、秋の澄んだ空気が張り詰めている。だが、パドックに集まった観衆の視線は、一点に集中していた。
村上義清とノーブル・レジーナ。
桜花賞、オークスを圧倒的な力で制した真珠色の機体は、函館の過酷な特訓を経て、以前の優雅さとは異なる不気味なオーラを纏っていた。装甲の隙間から漏れる微かな駆動音が、獲物を前にした猛獣の唸りに似ている。
「……義清、落ち着いて。あんたとレジーナなら、あの影すらも振り切れるわ」
麗はピットで、緊張を隠しきれない声で通信を送る。
「姉さん、心配はいりません。……僕はもう、完璧を求めてはいません。ただ、この場所を支配するだけです」
ゲートオープン。
先頭を奪ったのは、三度の雪辱を誓う佐藤茜のホワイトソング。
「四度目の正直よ、村上義清! 三冠なんて、私の白が塗り潰してあげるわッ!!」
純白の機体が、必死の覚悟でハイペースを作り出す。
義清は好位で控えることをしなかった。
「——レジーナ、ノイズを解放しなさい」
第三コーナー。まだ仕掛けるには早いその場所で、ノーブル・レジーナの駆動系が狂気を奏で始めた。函館で手に入れた不規則な振動が周囲のセンサーを狂わせ、乱気流を引き起こす。
「何なの、このプレッシャー!? 距離が離れているのに、押し潰されるみたい……!」
茜の悲鳴が通信に届いた。
淀の坂を下り、第四コーナー。
義清はレジーナの全出力を解放した。これまでの洗練された加速ではない。地面を、空気を、ライバルたちの意志を、力ずくでねじ伏せる。
直線。逃げ粘るホワイトソングの真横を、レジーナが音を置き去りにして通過する。義清は一度もムチを入れない。レバーを限界まで押し込み、叫んだ。
「——跪けッ!! ここは、僕とレジーナの領土だ!!」
ノーブル・レジーナの真珠色の装甲が、夕日に照らされて紅に染まった。
二馬身、三馬身、五馬身。ゴール板が近づくほどに、差は広がっていく。
ゴール板。
1着ノーブル・レジーナ、2着ホワイトソング(大差)。
静寂。そして、地鳴りのような歓声。
義清は停止したレジーナのハッチを開け、荒い呼吸を整えながら、駆け寄ってきた麗を見つめた。
「……姉さん。……獲りましたよ。三冠の称号を」
麗は何も言わなかった。
レジーナが、低く電子音を鳴らした。




