第38話
「函館の重圧、三頭の覚醒」
函館競馬場、芝二千メートル。GIII・函館記念。
GI馬が参戦するには格の低い舞台だが、今の村上ガレージにとって、ここは戦場を作り直すための場所だった。
函館特有の、深く粘り気のある洋芝。そこに、かつての華やかさを捨て、実利だけを追求した三頭が並ぶ。
「……センサーを信じるな、レイスター。足の裏から伝わる土の声だけを聞け」
麗は、新調された磁気流体アクチュエーターの振動を全身で受け止めていた。
隣の枠では、義清のノーブル・レジーナが、以前とは違う不気味なリズムでアイドリングしている。真珠色の装甲が、函館の海風に叩かれてかすかなノイズを奏でていた。完璧な制御をあえて捨てたその機体の「存在感」を、周囲は捉えきれずにいた。
ゲートオープン。
先頭を奪ったのは、格下のはずの逃げ馬たち。だが向こう正面。
「——遅い。退きなさい」
義清のレジーナが、激しい振動と共に先行集団を力ずくで割った。これまでの優雅な走りではない。荒々しく、剥き出しの闘争心を撒き散らしながら、前を開いていく。
その後ろ、レイスターが泥を跳ね上げながら追走する。洋芝の抵抗を磁気流体アクチュエーターが吸収し、推進力へ変える。滑るのではなく、地面を掴んで進む。
第四コーナー。函館の短い直線に入った瞬間、三頭が同時にリミッターを外した。
「あはは! これだよ、この重さ! ルナティック、全部飲み込んでやれッ!!」
大外から、亜紀子のゴールデンルナティックが爆発的な排気音と共に突っ込んでくる。
だが、その内側。
レイスターとレジーナの二頭が、宝塚記念とは違う動きをしていた。ぶつかり合うのではなく、互いの出す乱流を利用して加速の渦に変えている。身内の熱が、今は別の形で機能していた。
バリバリバリッ!!
函館のゴール板を、三頭の村上が他の全馬を五馬身以上突き放した状態で、ほぼ同時に駆け抜けた。
1着ノーブル・レジーナ、2着レイスター(ハナ差)、3着ゴールデンルナティック(半馬身)。
タイムは、この重い芝ではあり得ないコースレコードだった。
義清は激しく振動するレジーナから降り立ち、震える手で泥だらけの装甲を撫でた。
「……姉さん。ようやく分かりました。海老原さんが見ていた、影の先の景色が」
麗は操縦席で汗を拭い、不敵に笑った。
「……ええ。これなら、秋の天皇賞も、財前も、全部あたしたちの泥で塗り潰せるわ」
レイスターが、低く電子音を鳴らした。




