第32話
第32話「女王の演習、府中の閃光」
東京競馬場、芝千六百メートル。三歳マイル王決定戦、NESマイルカップ。
マイルのスペシャリストを自負する機体が揃う中、パドックの空気は一人の少年の一言で氷結した。
「……オークスへ向けて、心肺機能を少し刺激しておきたくてね。このレースは、ちょうどいい準備運動になります」
村上義清は、記者たちを並べることもせず、淡々とノーブル・レジーナの最終チェックを行う。
「三冠を目指すお坊ちゃんが、マイルG1を肩慣らしだと!?」
「舐めるな! ここは一分三十二秒台の殺し合いの場所だぞ!」
だが、義清はバイザー越しに冷たい視線を投げた。
「……殺し合い? いいえ、これは教育ですよ。あなたたちに、レジーナがどの距離においても支配者であることを教えに来た」
ゲートオープン。
スプリンターモデルの機体たちが、過給機を全開にして先行争いを繰り広げる。
義清は追った。
「……遅いですね。レジーナ、マイルの作法を見せてあげなさい」
キィィィィィン……。
ノーブル・レジーナが、先行集団の真横、最も空気抵抗の激しい外側に並びかけた。スタミナを温存するどころか、マイル専門馬たちをスピードでねじ伏せにかかる。
第四コーナー。府中の長い直線に入った瞬間、刺客たちが一斉にスパートをかける。
「今だ! 村上家のガキを振り切れッ!!」
「——道を空けなさい。主役は僕です」
義清が指先ひとつで出力を跳ね上げる。ノーブル・レジーナが一段上のギアへ移行し、一完歩ごとにマイルのスペシャリストたちが背後へ消えていく。
直線半ば。義清はもはや追うことをやめた。レジーナの首を優しく叩き、呼吸をオークスの距離へと同期させる調整に入った。
ゴール板。
1着ノーブル・レジーナ、2着に二馬身差。
タイムは一分三十一秒台。
義清はハッチを開けるなり、手元のメモに淡々と記録を書き込んだ。
「……心拍数、誤差範囲。足首のボルトにわずかな熱。……いい練習になりました。次はオークスで会いましょう」
府中のスタンドが、静まり返った。
レジーナが、低く電子音を鳴らした。




