40話 言ってくる
あれからどれくらい時間が経っただろうか。
夜の帳が下り、窓から見える景色は深い闇が街を覆っていた。
俺は腕の中に華を包み、髪から香るシャンプーの匂いが鼻腔をくすぐる。
ただ抱きしめてるだけで自然と落ち着くことができ、電気を点けることもなくずっとお互いの体温を感じ合う。
「私、お母さんたちに妊娠したこと言ってくる」
華がぽつりと呟く。
妊娠したんだ。当たり前だけど、それを両親に告げなきゃいけない。
「俺も一緒に行くよ」
これも当たり前だが、その責任は華だけじゃなく俺にもある。
俺は至極当然のことを言ったつもりだが、華はゆっくりと首を振る。
「ううん、お兄ちゃんは来ないで」
「そんなわけにいかないだろ」
「だめ。兄妹で妊娠なんてわかったら、絶対産むことを反対される」
「相手の男のことは、なんて親に報告するつもり?」
「妊娠したことを言ったら、相手の男性は音信不通になったって言おうと思ってる」
ようは嘘をつく気なのか。
そうでもしないと、兄妹で妊娠なんて許されないもんな……。
しかしそれは、華だけが責任を追及されること。
「俺は、華にだけ責任を背負わせたくない」
「お兄ちゃんは私のワガママを聞いてくれたんだから、十分責任を取ってくれてるよ」
「どうしても、俺は一緒には行かせてくれないのか?」
「うん、私を信じて待ってて。ちゃんと説得してくるから」
どうして華だけがこんな辛い状況に立たせられなきゃいけないんだ。
これが普通の恋人なら、土下座でもなんでもしてあげられたのに。
「俺たちが兄妹じゃなかったら……」
兄妹じゃなかったら、こんなしがらみからも解放されるのに。
俺は思わず泣き言を漏らしてしまう。
それを聞いて、華はクスッと笑った。
「私もね、つい最近までそう思ってた。お兄ちゃんと兄妹じゃなかったら、堂々とキスをしたり好きって言えたのになって」
「今は違うの?」
「うん。今は妹でよかったって思ってる」
どうしてそう思うんだ? 兄妹じゃないほうがいいに決まってるじゃないか。
俺の考えを見透かすように、華が胸に体重を預けてきた。
「私、お兄ちゃん以外の人を好きになったこともないし、愛したこともない。だから自分はどこかおかしいんだなって思ってた」
両親が離婚してから離ればなれになり、俺は華がどんなふうに人生を歩んできたか知らない。
離ればなれになってからも、華はずっと俺のことを想ってくれていたんだな。
「アプリでお兄ちゃんと知らずに出会って、初めてお兄ちゃん以外の人を好きになれたと思ったけど、実はそうじゃないって知ったときは、ああ、やっぱり私はどこか壊れてるんだなって思った」
それは俺も同じで、華と唯夏ちゃんと出会うまで人を好きになったことがなかった。
華のように自分が壊れてるなんてことは思ったことはなかったけど、自分なんて人から好かれるような人間じゃないって思ってた。
「けど、それは逆だったの。お兄ちゃんがいたから人を愛するって気持ちを知ることができた。お兄ちゃんがいたから、私は正常な人間になれたの」
そうか、だから華は兄妹でよかったって思ったのか。
「私は、お兄ちゃんの妹でよかった。妹だから、人を好きになれたし愛情も知れた」
「……じゃあ俺も、華の兄でよかったって思うようにする」
「それに、お兄ちゃんの妹じゃなかったら、ユウくんのことを好きにならなかったかもしれないしね」
そう言って華は口の端を上げ、イタズラっ子のような笑みを浮かべる。
ユウくんか……。
ずいぶん懐かしい呼び名だな。
「お兄ちゃん、お母さんに報告したら教えるから。待っててね」
華は安心させるように唇を重ねてくる。
うん、大丈夫だ。
華になにがあっても俺はずっとそばにいるから。




