33話 嫌い(唯夏視点)
「寒いなー……」
あたしは思わず声を漏らしてしまった。
四月といっても、夜はまだ寒い季節。そんな中、あたしは三時間も外で先輩を待ち続けた。
寒さが肌を刺し、スカートから伸びた足の膝頭を合わせる。
「やっぱり来てくれないか……」
公園のベンチに腰掛けながら、膝の上に置いた、今日先輩に渡す予定のプレゼントに視線を落とす。
無駄になっちゃったな……。
それは別にいいんだけどね。文房具だから渡せなくてもあたしが使えば。
ベンチの背もたれに背中を預け、空を仰ぎ見る。
最初は青々とした空もあかね色に変わり、今は真っ黒に染まっていた。
「先輩のバカ……」
あたしはどうしても先輩が不幸になっていくのが耐えられなくて、この身体を使ってでも引き止めようとした。
それでも先輩は止まらなくて、一縷の望みに賭けてこうやって同情を誘うような真似をしてみたけど、それでもやっぱり無理だった。
たぶん、今頃は華ちゃんと楽しく誕生日祝いでもやってるんだろうな。
あたしはこんな寒空の下で待っているに。
もういいや……、先輩なんて知らない。
先輩なんて嫌いだ。
嫌いなのに、どうしてこんなにも視界が滲んでいくんだろう。
こんなにも人を好きになったことなんて初めてだから、どう心を落ち着かせればいいかわからない。
けど、もうお終いにしよう。
先輩との恋は終わってしまったんだ。
なのに……。
「内海さんっ!!」
どうして来てしまうんですか先輩。
その声をずっと待ち望んでいたはずなのに、でもその声は聞きたくなかった。
「ごめん、待たせてしまって……」
ずっと走ってきたのだろう。駆け寄ってきた先輩は目の前で膝に手をつき肩で息をしている。
その吐息からは甘い匂いが漂い、華ちゃんとケーキを食べていたんだろうと察する。
「もう遅刻ですよ、先輩」
来てくれなければ先輩のこと嫌いになれたのに、吹っ切れることができたのに。
「何時間女の子を待たせるんですかー」
どれだけ好きでも、先輩はあたしのことを好きにはなってくれない。
「本当は怒るところなんですけど許しちゃいます」
あたしじゃ先輩を止めることはできない。
「先輩が遅刻したら許す約束でしたもんね。だから、今回は特別に許しますね」
「本当にごめんね……」
申し訳なそうに顔を伏せる先輩に近づき、その手に誕生プレゼントを渡す。
「はい、誕生日プレゼントです。おめでとうございます!」
「内海さん、これは受け取れない……」
「あ、もしかして、まだあたしが先輩のことを好きだと思ってますか?」
先輩は優しいから、あたしがまだ好きだってわかるとずっと罪悪感を残しちゃう。
「残念でしたね。こんな何時間も女の子を待たせる酷い人、好きになるわけないじゃないですか」
「内海さん……」
「受け取ってください。手切れ金みたいなものです」
だから、安心してください。
「先輩のことなんて嫌いです。大っ嫌いですー」
好きです。
あたしは先輩のことが好きです。
「ありがとう、内海さん」
ようやく笑ってくれた先輩の表情を見て、あたしは一安心することができた。
「あ、先輩。これからはあたしのこと、名前で呼んでくれませんか?」
「名前……?」
「はい、名前で呼んでほしいです」
あたしの唐突な提案に、先輩は困惑の表情を浮かべた。
「俺のこと嫌いなのに?」
「もちろん嫌いです」
「内海さん、よくわからな……」
あたしはずいっと身を乗り出して、人差し指を先輩に突きつける。
「ゆ・か」
「俺のこと嫌いなら苗字の方が……」
「ゆ~か~」
「唯夏、ちゃん……?」
……うん、大丈夫。
あたしはこれで前に進むことができる。
「はい、ありがとうございます!」
精一杯の笑顔を先輩に向ける。
あたしの初恋は、終わったんだ。




