第50話 結んだ絆と戦場へ帰るための仮面
お茶会は、夕方まで続いた。
たわいない話に花を咲かせ、お菓子を食べ、笑い合った。
それは、私が夢にまで見た「もしも」の世界の続きであり、これから自分自身の手で守り抜かなければならない「現実」だった。
帰り際、アメリアさんが私たちを見送りに来てくれた。
「アミアさん、ネフェリアさん。……今日は、本当に楽しかったわ」
「私もです、アメリアさん」
「私もよ。また、お会いできますか?」
お姉様が優しく微笑むと、アメリアさんは嬉しそうに頷いた。
「ええ。必ず」
そして、私は少し真剣な顔でアメリアさんに向き直った。
「ねえ、アメリアさん。一つ、お願いがあるの」
「何かしら、アミアさん?」
「お姉様のこと……二年後、学園でよろしくお願いします」
「学園で?」
アメリアさんが不思議そうに首を傾げる。
「うん。お姉様、とても繊細で内気だから……もし学園で困っていたら、助けてあげてほしいの。孤立しないか、いじめられたりしないか……私、すごく心配なのよ」
「いじめ……?」
アメリアさんが眉をひそめる。
「そんなこと、させないわ。私が絶対に許さない」
「ありがとう、アメリアさん。……私、年齢が違うからお姉様と一緒の学年にはなれないの。だから、もしお姉様が困っていたら……」
アメリアさんは、今日私が伝えた言葉を思い出したように、力強く頷いた。
「分かったわ。私が、ネフェリアの『盾』になってあげる。さっきアミアさんが言ってくれたように……一歩も引かずに、彼女を守るわ」
「盾……」
「ええ。大切な人を守る盾よ」
『私が、あなたの盾になります』
その言葉を聞いた瞬間、またあの時の光景が蘇りそうになって、私の心臓が冷たく跳ねた。
(……ううん、違う。今度は違うわ。自分を犠牲にして死んでしまう盾じゃない。私が今日彼女に伝えた、絶対に攻撃を通さない分厚い『氷の盾』のことだわ)
(日常のことは、学園にいる彼女の強さに任せよう。……でも、もし彼女の分厚い氷の盾すら破られそうになる『本当の危機』が迫った時は。たとえ離れていても……今度は私が絶対に駆けつけて、二人を守り抜いてみせる!)
私は、胸をよぎった一瞬の不安を強い決意で塗り潰し、心から笑顔を浮かべた。
「ありがとう、アメリアさん。……お姉様を、よろしくお願いします」
「もちろんよ! ネフェリアは私の大切な友人だもの。私が必ず守ってあげるわ」
アメリアさんは力強く頷いてくれた。
その正義感に満ちた瞳を見て、私は深く安心した。
(……これで、お姉様は大丈夫。一周目みたいに、孤独に泣いたりしない)
彼女の手を握る。今度は、私の手も温かい。
あの日、夜中に部屋に来てくれた時の手は、氷のように冷たかったのに。
この温もりを守れたことが、何よりも嬉しかった。
「また、会いに来ます。……私たちは、もう友達ですから」
アメリアさんは一瞬驚いたように瞬きをして、それから満面の笑みを浮かべた。
「ええ! お友達……ね!」
その笑顔を胸に焼き付け、私とお姉様は馬車に乗り込んだ。
***
王城の貴族街を抜ける馬車の中。
車輪が石畳を叩くリズミカルな音だけが響く中、お姉様は窓の外を眺めながら、ふうっと小さく、とても穏やかな息を吐いた。
「……アメリアって、本当に素敵な方ね」
「はい。とっても優しくて、真っ直ぐで……」
「ええ。私、同年代の方とあんなに心から笑ってお話しできたの、初めてかもしれないわ」
お姉様が、ふわりと花が咲くように笑う。
その顔は、いつも公爵令嬢として完璧に繕っている「大人びたお姉様」ではなく、年相応の純粋な喜びを知った、ただの十四歳の女の子の顔だった。
(……よかった。お姉様、本当に嬉しそう……)
一周目では、孤独と重圧に押し潰されそうだった学園生活の中で、ようやく出会えた奇跡の親友。その運命の絆を、二周目ではこうして、何の悲劇も起きる前に結びつけることができたのだ。
「それにしても、アミアったら」
お姉様が、ふと悪戯っぽく目を細めて私を見た。
「帰り際、アメリアに『お姉様を学園で守って』だなんて。……私の方がお姉ちゃんなのに、アミアは時々、私よりずっと大人みたいに心配性なんだから。大丈夫よ、アミア。私、いじめられたりなんかしないわ」
「だ、だって……お姉様は優しすぎるから、心配なんです」
お姉様はそうやって気丈に微笑むけれど。いや、だからこそ心配なのだ。
(だって私は、一周目のあの時のことを知っているから……!)
(一周目の学園で……お姉様が私を王家の政略から守るために、『水魔法しか使えない欠陥品』の汚名を被り、たった一人でどれほど過酷ないじめに耐え抜いていたかを)
(教科書に『消えろ』と落書きされ、冬の日に冷たい泥水を浴びせられても……。私のために、三年間も誰にも言わずに耐え続けていたあの悲痛な自己犠牲を。二周目の今度は、絶対に味わわせたくない!)
「ふふっ、ありがとう。でもね、アミア」
お姉様は私の隣に座り直し、私の手を両手でそっと包み込んだ。
「もし学園で何かあっても、私だって彼女に守られてばかりいるつもりはないわ。アメリアが私の盾になって一歩も退かないと言ってくれるなら……昨日、あなたに誓った通りよ。私は、自身が宿すこの『闇魔法』で、彼女とあなたを守り抜く『剣』と『盾』になるわ」
「……お姉様……」
かつては「呪い」だと忌み嫌い、怯えていたはずのその力を、お姉様は今、私たちを守る「自分自身の力」として誇り高く受け入れようとしている。
お姉様は、自分の手のひらをそっと見つめ、優しく、けれど力強く微笑んだ。
「もちろん、今はまだ……彼女を私たちの危険に巻き込まないために、この力のことは話せないけれどね。……でも、いつか機が熟した時には、私自身の口から彼女にすべてを打ち明けられるような……そんな本当の親友になりたいわ」
「……はい。絶対に、なれます」
私が力強く頷くと、お姉様はふふっと笑い、少しだけ悪戯っぽく私を見つめた。
「今はただの友達だけど。……アミア、あなたもね」
「……はい、そうですね。お姉様」
私は、私を包み込んでくれているお姉様の温かい手を、さらに力強く握り返した。
(……そう。今、アメリアさんはただの友達よ)
(一周目では命がけで私を庇ってくれた親友だったけれど……二周目の今はまだ今日出会ったばかり。私にとっても、お姉様にとっても、まだ『ただの友達』に過ぎないんだわ)
「いつか……お姉様が心から安心して、アメリアさんにすべてを打ち明けられる日が来るように。……その時が来るまで、私も全力でお二人のことを守りますから」
「ふふ……ありがとう、アミア。本当に、頼もしい妹ね」
お姉様が愛おしそうに目を細め、私の髪を優しく撫でてくれる。
その言葉に、私の胸の奥がじんわりと熱くなる。
(……そうよ。一周目のような、暗く冷たい地下牢での悲しい告白なんかじゃない)
(今度は絶対に、光の差す暖かな日向の中で……お姉様が笑顔で、大切な親友にすべてを打ち明けられる未来を、私が作ってみせる……!)
一周目では悲劇的な結末を迎えてしまったけれど、この二人は絶対に、お互いを守り合える最強の親友になれる。私はそれを誰よりも知っている。
「さあ、もうすぐ屋敷に着くわ」
お姉様が、窓の外に見えてきたリィエル公爵家の高い門扉を見て、ふっと表情を引き締めた。
「……ええ」
私も頷き、膝の上で拳を握った。
幸せで温かかったカーフェーン家のお茶会は終わり。ここから先は、恐ろしい義母と、監視の目が光る、息の詰まる戦場だ。
私とお姉様は無言で視線を交わし、先ほどまでの年相応の柔らかな笑顔を消す。
そしてお互いに、ここを生き抜くための「無知な子供」と「完璧な令嬢」の仮面を、しっかりと被り直した。




