第48話 守りたい日常。恋バナに咲く三人の笑い声
そのためには、もっとアメリアさんのことを知る必要がある。
私は、空気を変えるように、少し身を乗り出して尋ねた。
「あの、アメリアさん。アメリアさんは、魔法がお得意だと伺いました。どのような属性をお持ちなのですか?」
私が自然を装って尋ねた。
「ええ、まあ……。お恥ずかしいのだけれど、今は母と同じ『水魔法』を少しだけ」
「……え? 水魔法……だけ、ですか?」
私は思わず聞き返してしまった。
前の人生のあの時、十八歳の彼女は鋭利な「氷の弾丸」を放っていたからだ。
(……そうか。アメリアさんのもう一つの属性は、お姉様と同じ『水魔法』だったんだわ。一周目のあの夜、彼女が私を庇って使ったのは『氷魔法』だけだったから……私、ずっと知らなかった)
(でも……きっと一周目の学園で親友同士だったお姉様は、地下図書室でのお茶会でこの話を聞いていたはずだわ。一属性の『水魔法』しか使えないと偽って孤独だったお姉様は……読書好きで意気投合しながらも、同じ水魔法使いとしてアメリアさんに親近感を抱いていたんじゃないかしら……)
十四歳のアメリアさんは少し恥ずかしそうに頬を染めて、うつむいた。
「ええ、そうよ。母は『水』と『風』、父は『氷』と『風』の魔法使いなのだけれど……私には風の適性がなくて。父と同じ『氷魔法』にも憧れて練習はしているのだけれど、まだ形にするのが精一杯で……今は母と同じ、水を操ることしかできないの」
(メリア様が『水』と『風』、ハーヴェー様は『氷』と『風』の魔法使い……。どちらも、そういえば今日初めて聞いたわ。無魔法の『バインド』以外にも、やっぱりこの世界の常識通り、お二人ともちゃんと基本の二属性をお持ちだったんだ)
「お父様とお母様、お二人の力をアメリアはしっかりと受け継いでいるのね」
お姉様が、優しく目を細めて微笑んだ。
「すごいわ、アメリア。今はまだ水だけだとしても、氷と水だなんて、属性の系統がそこまで美しく揃っているのだもの。練習を続ければ、きっと立派な氷魔法も使えるようになるわ」
「……それに、二つの力に向き合って努力しているあなたは、本当に立派よ。恥じることなんて何もないわ。だって私なんて、公爵令嬢なのに『水魔法』しか使えないのだから」
「えっ……ネフェリアさんが、水魔法、一つだけ……?」
アメリアさんが、驚いたように目を瞬かせる。誰もが二つの属性を持つのが当たり前のこの国で、一属性しか持たないということは『欠陥品』と見なされてしまうからだ。
「ええ。だから、あなたはすごいわ」
(……お姉様……)
(本当は『闇魔法』という強大な二つ目の力を持っているのに。私を王家の目から守るため……そして何より、親友になるアメリアさんを『大罪の共犯者』という危険に巻き込まないために、あえて『水魔法しか使えない』という嘘をつき通してくれているんだわ……)
(アメリアさんは、貴族社会で一属性が『欠陥品』の烙印を押されることは知っている。でも、一属性という理由だけで、どれほど陰湿で苛烈ないじめが学園の中で起きるのかは……まだ知らないはずだわ。知らないままでいてほしい。あの残酷な現実を、彼女には決して経験させたくないから)
(一周目の学園で、お姉様はそのせいで『一属性しか持たない出来損ない』と蔑まれ、教科書に『消えろ』と落書きされたり、冷たい泥水を浴びせられたりする過酷ないじめに遭っていた……。それを分かっていて、今の彼女を励まし、そして守るために、わざと自分の『不名誉なレッテル』を笑って晒してくれたんだ)
「ふふ、ありがとう。でも、私なんてまだまだよ。……氷と水といえば、この国の第二王子であるレオニス殿下をご存知かしら?」
「レオニス殿下……? お名前は存じておりますが……」
私とお姉様は首を傾げた。
(……二周目の今の私たちは、まだ殿下と直接の面識はない。でも思えば、一周目の私は魔法学園に入学してから一年以上も同じ敷地内にいたのに……自分が『なり損ない』だという事実に強い劣等感を抱き、王子たち特待生から意図的に距離を置いていたせいで、彼の魔法を一度も見たことがなかった)
(だから、殿下がアメリアさんと同じ『氷と水』の属性だということも、私、今ここで初めて知ったわ……)
私たちが不思議そうに待っていると、アメリアさんは真剣な、そして少し憧れを抱いたような瞳で語り始めた。
「殿下は、水と氷の魔法を極めた凄まじい実力をお持ちなのよ。特に、殿下の無詠唱で放たれる『氷の防壁』は、城壁のように強固で決して砕けない絶対防御だと言われているわ。……私も、いつか殿下のような強固な氷の防壁を使えるようになりたくて、早く実戦レベルにしなければって焦っているのだけれど、彼のように上手くはいかなくて……」
アメリアさんは、その水色の瞳に微かな影を差し、自分の無力さを嘆くように俯いた。
その痛々しいほどの焦りを見て、隣に座るお姉様が、ふと悪戯っぽく、けれど優しく微笑んだ。
「……アメリア。そんなに熱心に殿下のことを語るなんて……。もしかして、あなた、レオニス殿下のことを……お慕いしているの?」
「ええっ……!? お、お慕い……!?」
アメリアさんは、白磁のような頬を一気に薔薇色に染め上げた。
「い、いえ、そんな……! とんでもありませんわ! 私はただ……殿下の魔法の実力を、純粋に尊敬しているだけで……! 恋心なんて、そんな……!」
両手をぶんぶんと振って、慌てて否定するアメリアさん。そのあまりの慌てっぷりに、お姉様は「ふふ、ごめんなさい。ついからかってしまったわ」と楽しそうに笑った。
私も、死に戻りの事実を悟られないように、十一歳の子供らしく無邪気な声を出して笑ってみせた。
「ふふっ。アメリアさんのそんな可愛らしく慌てたお顔、初めて見ました。なんだか、普通の女の子みたいで安心しちゃいました」
「も、もう! アミアさんまでからかわないで!」
顔を真っ赤にしてふくれるアメリアさんを見て、私とお姉様は顔を見合わせてクスクスと笑い合った。
すると、アメリアさんは少し悔しそうに唇を尖らせて、お姉様に向かって反撃に出た。
「……そういうネフェリアこそ、お慕いしている方はいないの?」
「えっ?」
「これだけ美しくて大人びているんだもの。きっと、心に決めた素敵な殿方がいらっしゃるんでしょう?」
期待に満ちたアメリアさんの言葉に、お姉様は少しも動じることなく、あっさりと首を横に振った。
「いないわよ」
「えっ? 本当に?」
「ええ。だって……私には、こんなに愛らしくて、目に入れても痛くない可愛い妹がいるんだもの。他の殿方なんて微塵も目に入らないわ」
そう言うなり、お姉様は隣の席に座っていた私の腰にすっと腕を回し、ぐいっと自分のほうへ引き寄せた。そのまま座った姿勢で、私をすっぽりと抱き込んでしまう。
「ふぇっ!?」
甘く上品なお花の香りが私を包み込み、お姉様の豊かで柔らかな胸に、私の顔がむぎゅっと埋もれてしまう。背中に回された腕は思いのほか力強くて、お姉様の少し早くなった心音まで聞こえてきそうだ。
(えっ!? ほ、他の殿方なんて目に入らないって……!?)
至近距離から注がれる甘すぎる言葉と、私を逃がさないようにホールドする熱い体温に、私の心臓がドクン、ドクンとけたたましく鳴り始めた。
(ちょ、ちょっと待って。馬車の中で『間違いなく姉妹としての愛だ』って、ちゃんとお互いに確認し合ったばかりじゃない! なのに、どうしてお姉様にこんな風に抱きしめられると、私まで心臓がこんなにうるさく鳴るの!?)
(いくら血が繋がっていないとはいえ、私たち決して女同士の恋人とかじゃないのに……! こんなに密着されて、耳元で甘い声を出されたら、頭がおかしくなっちゃいそう……!)
(落ち着きなさい、私! お姉様は純粋に、妹として過保護に溺愛してくれているだけよ! 私が変に意識しちゃダメなんだから!)
一人で勝手にパニックになりながら、私は顔を茹でダコのように真っ赤にして、お姉様の腕の中から抜け出そうとジタバタと抗議した。
「んむっ!? ちょ、ちょっとお姉様っ……! ア、アメリアさんの前ですよぉ、恥ずかしいですってば……!」
私が涙目で必死に抗議する。しかし、お姉様は「ふふっ、逃がさないわよ?」と耳元で甘く囁き、さらに楽しそうに腕の力を強め、あろうことか私の頭にすりすりと頬ずりをしてきた。
「照れなくてもいいのよ。ねぇ、アメリアもそう思うでしょう? 私のアミアは世界一可愛いわね」
「もうぉぉっ、お姉様ったらぁ……!」
そのあまりに過保護で妹を溺愛する姉の姿と、私の照れ隠しの抵抗を見て、アメリアさんは先ほどの慌てっぷりをすっかり忘れたように、可笑しそうにくすくすと笑った。
「ふふっ、本当に仲良しな姉妹なのね。……なんだか、ネフェリアにそこまで愛されるアミアさんが少し羨ましくなってきちゃったわ。私もアミアさんを抱きしめてもいいかしら?」
「えっ!? ア、アメリアさんまで!?」
アメリアさんのその言葉を聞いた瞬間、私の脳内に、昨日メリア様と出会った時に勝手に思い描いていた『あの妄想』が凄まじい勢いで鮮明に蘇った。
(ひぃっ!? こ、これって昨日想像して一人でパニックになってた……『激重愛情のお姉様と、お母様(メリア様)の血を引いて「可愛い女の子好き」に育ったアメリアさんから、両脇で同時にぐいぐい迫られる』っていうあの展開そのものじゃない!?)
(ま、まさか昨日妄想したばかりの展開が、将来どころか今ここで現実になろうとしているの!? 左右から美しい二人に完全にサンドイッチされて、そのまま密着して押し倒され……っ、って、いやいやいや! 落ち着きなさい私! アメリアさんはただ純粋に、お友達としてスキンシップがしたいだけ! 絶対に変な意味じゃないから!)
私が両脇からの密着の想像に顔から火を噴きそうになって固まっていると、お姉様はさらに私をギュッと強く抱きしめ込んで、アメリアさんに向かって得意げに微笑んだ。
「だーめ。アミアは私だけの妹よ。絶対に誰にも渡さないわ」
お姉様が冗談めかして私を独占すると、三人で顔を見合わせて、陽だまりの中で明るい笑い声が弾けた。
(……ふぅ。お姉様が遮ってくれて助かったような、お姉様の独占欲も相変わらずすごくて心臓に悪いような……)
ひとしきり笑い合った後、お姉様は名残惜しそうに私を腕の中から解放し、私たちは紅茶を一口飲んで姿勢を正した。
(……けど、今のアメリアさんのあの反応。あれでいいじゃない)
そのあどけない笑顔を見て、私の脳裏に一周目の最期の、あの凛とした親友の姿が蘇る。
私を庇って『盾になる』と誓い、シャドウの刃に貫かれながらも、最後まで私とお姉様のことを案じて微笑んだ、気高き少女。
(……そういえば、一周目の断罪の夜。アメリアさんはレオニス王子に『友人の事情(洗脳の事実)を証明してください』と、命がけで直訴していた……)
(でも、そこに王子への『恋心』なんて、1ミリも感じられなかった。ただ、正しいことを貫こうとする『正義感』と、友人を助けたい『友情』だけがあったはず……)
(この、顔を赤くして恋バナに慌てるような『普通の女の子の反応』……。一周目では、一度も見せなかった反応だわ)
(……変わってる。運命は、確実に。彼女はまだ、悲劇のお嬢様なんかじゃない。恋に恋して、友達と他愛のないことで笑い合う、普通の十四歳の女の子なんだ……!)
(絶対に、守らなきゃ)
(この、普通の十四歳の女の子の、幸せな未来を。あの残酷な死の運命なんかに、絶対に渡さない!)
アメリアさんの「普通の反応」を見たことで、私の胸の奥に、途方もない希望と、彼女を守り抜くという決意が、今まで以上に強く、熱く燃え上がった。
(……引け目を感じる必要なんてないわ。アメリアさんは大臣の娘。身分としては、王子と結ばれても全くおかしくないもの)
(一周目では、お姉様が学園に入学してわずか三日で、強引に王子と婚約させられてしまった。……正義感の強いアメリアさんは、親友であるお姉様のために、自分の淡い憧れを心の奥底に封じ込めてしまったんじゃないかしら……?)
(だとしたら……私が計画している『お姉様とレオニス王子の婚約阻止』が成功すれば、二周目ではアメリアさんの初恋が実る可能性だってあるということ……?)
親友の「普通の女の子としての幸せ」や初恋は、全力で応援してあげたい。
けれど――。
アメリアさんが否定したとはいえ、レオニス王子の名前が出ただけで、私の胸の奥でチクッと冷たい嫌悪感が湧き上がるのを止められなかった。
(……レオニス王子。一周目で、お姉様が洗脳されていたという事情を一切聞かずに無慈悲な死刑を宣告し、私たちの家族の絆を『赤の他人』と切り捨てた、あの血も涙もない冷酷な人……)
いくら魔法の実力が凄まじくても、私はあんな冷たい人を絶対に好きになれない。お姉様の隣になんて、絶対に立たせたくない。
(……よりによって、その相手があの『血も涙もない氷の王子』だなんて。あんな冷酷な人の隣に立ったら、優しすぎるアメリアさんが、いつかあの氷点下の瞳に傷つけられてしまうんじゃないか……そう思うと、どうしても素直に背中を押してあげられないわ……!)
(もし二周目の彼も、一周目と同じように『魔法の優劣だけで人を切り捨てる、血の通っていない自動人形』のような男なのだとしたら……。お姉様をあの政略結婚から救い出すと同時に、アメリアさんのその純粋な憧れも、彼女が深く傷つく前に……私が容赦なく叩き割って、目を覚まさせてみせる)
(お姉様も、アメリアさんも。……あの冷たい氷の王子になんて、絶対に泣かされたりさせないんだから!)
私は、頭を抱えそうになるのを必死に堪え、自分の中のドス黒い過保護な感情をなだめた。
けれど――気を取り直し、一つだけ確かな事実に思考を繋げる。
(……あっ。思い出したわ。一周目の死の間際、あの暗殺者シャドウが嘲笑って言っていた。『君のお姉さんの未熟な闇魔法じゃ、王子の氷魔法は破れず失敗に終わった』って……!)
(あの悪魔が言っていた『王子の氷魔法』って、この絶対防御『アイスウォール』のことだったんだわ……!)
ならば、私たちが最悪の運命を打ち破るためには、それに匹敵するほどの強固な『盾』と、敵の動きを完全に封じ込める手段が絶対に必要になる。
(アメリアさんを無謀な特訓から救い出し、彼女の本当の力を引き出すためのヒント。……それを今、確かめなくちゃ)




