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処刑された『闇魔法使い』の姉を救うため、死に戻った『光魔法使い』の妹は運命に抗う ~役立たずと捨てられた義妹ですが、今度は絶対に守り抜きます~  作者: 東明時裕夜
第三章 帝国の右腕と地下図書室の秘密

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幕間23 皇帝の独白と、致命的な盲点

 アセレリア帝国の王城地下。

 薄暗い隠し部屋の中で、若き皇帝グレンドは一人、淡く発光する水晶の前にたたずんでいた。

 先ほどまで上の執務室で右腕のリフレットやリフィルと会話を交わしていたが、彼の頭の中ではすでに、自国の暗殺者や敵国の策略家が入り乱れる複雑な盤面が展開されていた。


 リフレットが見聞きしてきた事象は、この水晶を通じてすでに彼の目にも映っている。だが、彼女の報告と、グレンド自身の『皇帝としての冷徹な計算』から導き出される推測は、必ずしも完全に一致するとは限らない。

 グレンドは、盤面を俯瞰ふかんするように腕を組み、静かな思考の海へと沈んでいく。


「それにしても……あの光の少女。アミアと言ったか」


 水晶越しに目撃した地下図書室から地下訓練場に至る一連の光景を鮮明に思い返す。


「特異点の光とはいえ、あのゴーレム戦で見た魔法の威力自体はまだまだ未熟なようだが……見事に驚かされたな。我が右腕が突然空間を歪めて現れたというのに、怯えるどころか一瞬で状況を飲み込み、あろうことか敵国である俺たちを利用する『同盟』を、テンポよく理詰めで提案してきやがった。あの冷徹な盤上計算の才と、狂気すら孕む底知れぬ胆力」


 グレンドはふと、面白がるように口角を上げた。


「そういえばリフレットのやつ、あの策略家の『転移』について、初めての場所には飛べないという制約は教えていたが……『一日に数回しか使えない』というもう一つの重要な弱点を教え忘れていたな」

「まぁいい。あの冷徹な盤上計算ができる少女なら、いずれ自力でその穴にも気づくだろう。あるいは、その程度の不確定要素など込みで、あのバケモノ(策略家)の裏をかく完璧な防衛網を敷いてみせるかもしれん」


 グレンドは、自らが意図的に維持している帝国と王国の膠着状態を思い浮かべ、低く呟いた。


「強硬派を先導しているあの策略家キャサリーヌが他国で大罪を犯して捕まり、あいつ(シャドウ)の狂気の問題さえ解決すれば……すぐにでも、王国との完全な和解はできる」

「だが、その目的のために、あの光の少女を俺たちの手駒として利用する気は今のところない。……その者にはその者の人生があるからな」

「……しかし。初代皇帝の法に縛られ、俺自身が動かせずにいるこの『休戦』という硬直した盤面を……あの少女なら、外側からひっくり返す力になる可能性はあるな」


 そこでふと、グレンドは執務机に両手をつき、水晶が映し出していたもう一つの不可解な光景に思考を巡らせた。


「しかし、どういう事だ。あのハーヴェーという大臣……『人が生き返る魔法なんて存在しません。あれはあくまで御伽噺です』、か。それに『流行り病』で死んだ、だと? ……白々しい」


 グレンドは、手袋に包まれた自身の『左手』を忌々しげに見つめた。


「人智を超えた幻級魔法に、重い『代償』が伴うことくらい、俺はよく知っている。おそらく、あのアミィエルという女も、治癒の代償で命を削り尽くしたのだろう」


 そして、グレンドはふと、闇の少女ネフェリアが口にしていた言葉を思い出し、意外そうに目を細めた。


「しかし……帝国の極秘の古い文献以外にも、治癒や蘇生に関する『御伽噺』があの国に残っていたとはな。俺も知らなかった」


「王国側が徹底的に歴史から隠蔽したはずの禁忌の魔法が、皮肉なことに、子供向けの優しい絵本として形を変え、密かに語り継がれていたというわけか」


 グレンドは自嘲するように鼻を鳴らし、水晶に映っていた少女の静かな、けれど鋭い眼差しを思い返した。


「だが……あの光の少女。ハーヴェーの嘘を信じているふりをしながらも、確実に『蘇生の魔法』の実在に勘づいている顔をしていたな」

「一方で、隣にいたあの闇の少女ネフェリアは……ハーヴェーの嘘をそのまま信じ、『死者蘇生なんてない』と聞いて心の底から安堵した顔をしていたな」


 グレンドは、水晶に映っていたネフェリアの、妹を案じる必死な姿を思い返す。


「大好きな妹が、恐ろしい禁忌に巻き込まれずに済んだと、そう信じて胸を撫で下ろしていたのだろう。そして、いざとなれば自らが災厄(闇)となってでも妹を覆い隠し、死ぬまで守り抜くと言い放ったあの狂おしいほどの守護の決意……。血の繋がらない姉妹だというのに、相当に愛が深いと見える」


 先ほど水晶越しに、リフレットが『帝国の文献にも死者蘇生の記述はない』とあっけらかんと言い放っていたのを思い出し、グレンドは口元を少し歪めた。


「リフレットのやつは知らないと言っていたが……まぁ、当たり前だ。神の領域である『死者蘇生』や代償に関する危険な禁忌の記述は、すべてこの俺が厳重に隠匿し、直轄で管理しているのだからな。いくら右腕のお前であっても、見せられるわけがない」


 グレンドはふと、その後の地下訓練場での光景を思い出し、目を細めた。


「あの後、地下の訓練所なる場所で、古びたノートを見つけて食い入るように読んでいたな。おそらく母親が遺した、治癒魔法に関するものだろう」


 治癒の極致に至った記録が遺されているという事実が示す『残酷な答え』を、グレンドは冷徹に噛み締めた。


(……そういえば、リフレットのやつ。あの少女がそのノートをこっそり鞄に隠したのを、確実に気づいていたのに見逃していたな)

(いや、違うか。あえて『見逃してやった』と言うべきか。先ほどの俺への報告でも、ノートの存在については一切口にしていなかったしな)


 グレンドはふっと口角を上げ、不器用な優しさを見せた己の右腕を思い浮かべた。


(まぁ、あいつは極度の面倒くさがりだが……他人の『大切なもの』を無粋に奪い取るような真似はしない奴だからな。それに、俺があの少女から何かを奪う気がないことも、本能的に察していたのだろう)

「……やはり、前の光は死んだか」

「おそらくあのノートにも、触れてはならない禁忌の痕跡があったのだろう。しかし……破られたページを見て、少女は何か残酷な真実(代償)に察したようだった」


 グレンドは冷たく目を細め、かつて城にいた頃の弟の姿を思い出した。


「……まぁ、あいつ――シャドウには、かつてその記述の存在そのものは見せてしまったがな。だが、肝心の『代償』については、あいつにすら教えていない」


 代償を知らぬまま、あいつがあの禁忌の力を『希望』か何かのように信じて他人に吹き込んでいるのだとしたら……。


「どこまでも皮肉な話だ」

「だが……その直後の彼女の顔に浮かんでいたのは、死者蘇生という禁忌に絶望したり、魅入られたりした顔ではなかった」


 グレンドは、水晶越しに見た少女の、強い決意を秘めた瞳を思い返す。


「何か確かな目的を持って、誰かを『救おうとする』顔だった。……誰を救おうとしている? まさか、あの別人のように冷酷になったという父親か?」


 グレンドは自らの顎に手を当て、リフレットの言葉を思い出す。


 ――『今はすっかり、その後妻のシャリアに骨抜きにされてるみたいだけど』


「……いや、そんなわけないか。ただ後妻に骨抜きにされているだけの男を、わざわざ幻級の力で救う必要などないはずだからな」


 グレンドは短く息を吐き、自らのその推測を切り捨てた。


「父親の不自然な心変わり……か。俺は薬師でも心を読む魔法使いでもないから、あのシャリアという女狐がどうやって男を操ったのか詳しい手段までは分からんが、まぁ独自に家を乗っ取ろうとしただけだろう。先ほども言った通り、あいつ(キャサリーヌ)がこんな末端の家庭事情にまでわざわざ介入する理由はないからな」


 グレンドは一度はそう結論づけたが、ふと先ほど水晶越しに聞いた会話を思い出し、顎に手を当てて低く呟いた。 


「しかし、ジェック失踪事件か。前の父親といい、タイミングが良すぎるか」


 単なる後妻の野心にしては、邪魔な『前の父親ジェック』が消え、都合よく『今の父親アレト』が骨抜きにされるという一連の流れが、あまりにも出来すぎている。そこにはやはり、不自然なほどの『盤上の操作』の気配が漂っていた。


 だが、それが本当にあの策略家の介入を意味するのかどうかまでは、今の情報では断定できない。

 グレンドは小さく首を振り、その思考を一旦保留にすると、ふと水晶に映っていたアミアの別の反応を思い出し、目を細めた。


「そういえば、リフレットが幻級魔法の絶対ルールを話している時……あの少女、少し動揺していたな」


 水晶越しにも、彼女の顔からスッと血の気が引くのが見えた。


「まるで、自分の中に『二つの魂』があるかのように……。まぁ、ありえないがな。二つの幻級魔法持ちなんてな」


 グレンドはかぶりを振ってその荒唐無稽な思考を切り捨てると、再び水晶に映る光景へと意識を引き戻した。


「ただの光ではない。何か、あまりにも重い物を背負っている風にも感じる……あの光の少女。あの闇の少女ネフェリアに接する時の、あの異常なまでの執着と自己犠牲。あのゴーレムの戦いの時もだ」


 恐慌に陥ってもおかしくない巨大な鋼の魔獣の暴走。その水圧攻撃で姉が吹き飛ばされ、追撃の腕が振り下ろされる瞬間。あの十一歳の少女は一切の躊躇なく、ただ姉の盾となるべくその身を投げ出した。


「しかし……血の繋がらない姉妹とはいえ、己を犠牲にしてでも守り合う、あの絶対的な絆、か」


 グレンドは、忌々しげに言葉を吐き捨てた。


「俺にも、あのような愛があれば……。いや、絶対にな。ないな。城を出ていったあいつ(シャドウ)に、そんな感情を抱くことなど」

「それにしても、俺がリフレットに、あいつの能力のすべてを教えておかなくて正解だったな。極限まで特化させた絶対的な『闇魔法』の恐ろしさや……『魔眼』の存在を」


 グレンドは目を伏せ、実の弟の底知れぬ悪意を思い起こす。


「あの口の軽い右腕のことだ。もし詳細まで知っていれば、どこかで余計な情報を漏らして、あの少女たちに戦う前から不要な絶望を与えていたかもしれんからな」

「……そういえば、リフレットのやつ。あいつの通り名をただの『シャドウ』とだけ教えていたな」


 グレンドは、呆れたように小さくため息をついた。


「俺は確か、他人の心をもてあそぶ悪趣味な『マリオネット・シャドウ』だとフルネームで教えたはずだが……あの面倒くさがりの事だ。おそらく説明の前半を適当に聞き流して、まともに覚えていなかったのだろうな」

「それに……あいつの催眠魔法ヒプノマジックや洗脳魔法『黒炎ブラックフレイム』は、使うに値しないだろう。あの光の少女にとっても、な。……闇の少女はわからんが」


 あの強固な姉妹の絆がある限り、心の隙間に入り込む魔法は通じない。皇帝は水晶越しに、アミアの魂が持つ異常なまでの防壁を正確に見抜いていた。


「それに、水晶越しに見たあの光の少女の加護……見た感じ、まだ覚醒していないな。あいつが最も嫌悪する光の極致――『幻級の治癒魔法』にも、まだ至っていないようだ」


 グレンドは、弟が異常なまでに忌み嫌う『癒やしと蘇生の力』を思い浮かべながら呟く。


「まぁ、不完全でもあの絆と合わされば、洗脳魔法や催眠魔法程度なら防げるがな」

「だが、あいつの『影』の直接攻撃であっても、今の不完全な加護では防ぎやしない。ましてや、あいつの最悪の精神魔法とっておきとなれば尚更だ」


 グレンドは忌まわしき己の知識を手繰り寄せ、冷徹に呟く。


「それに、仮に光の加護が完全に覚醒したとしても……俺は知っている。加護には『許容量』がある事をな。加護があって限界を越えれば、いずれ破られる。それに、あいつの最悪の魔法に対して、覚醒した加護がどこまで通用するか……正直なところ、俺にもわからないところだ」


 グレンドはそこで深く息を吐き、少しだけ強張っていた肩の力を抜いた。


「まぁ、あいつがあの光の少女に最悪の魔法とっておきを打ち込む事はないだろう。発動の条件に当てはまらないし……」


 グレンドはそこで言葉を区切り、少しだけ眉をひそめた。


(城を出ていったあの後。……俺は一度だけ、あいつに直接接触したことがあった)


 グレンドの脳裏に、その時の忌まわしい記憶が鮮烈に蘇る。狂気に歪んだ笑顔で、弟は確かにこううそぶいたのだ。


『でも、強力な愛はいらないよ。くだらないからね。そんな愛は壊す方が楽しいのさ』


 (あいつにとって、他人の強固な愛や絆は避けるべきものではない。……自らの手で徹底的に踏みにじり、完膚なきまでに壊してやりたいという、最悪の『娯楽』になり得るのだ)

 (あいつが他人の愛を壊そうとする時、その『境界線』がどこにあるのか、俺にはわからない。……だからこそ、俺はリフレットに『あいつには絶対に近づくな、会うな』と厳命してある)


「リフレットには『愛が強すぎる人間には使わない』と教えはしたが……正直なところ、俺にもあいつの本当の腹の内は分からん」

「強固な愛を持つ者を前にした時、『孤独』や『心の闇』につけ込む洗脳魔法で心を内側から壊してその破滅を娯楽として楽しむのか……それとも、『無力感』『罪悪感』『強さへの執着』という条件を満たした者を『最悪の精神魔法とっておき』で完全に支配し、一生の手駒として利用するのか……」

「まぁ、いくらあいつが狂っていようと、俺の右腕であるリフレットに直接手を出すような真似はしないだろう。それに……あいつ(リフレット)には、洗脳魔法の標的となる『孤独』もなければ、最悪の魔法の発動条件となる『無力感』や『罪悪感』、さらには『強さへの執着』も最初からないのだからな。どちらの精神魔法の条件も、満たしようがない」

「……だからこそ、一番危険なやつだけ……『女に限定した、最高位の精神魔法とっておき』の表面的な条件だけを教えて、遠ざけたのは正解だったな。念には念を入れておくべきだ」

「『無力感』や『罪悪感』、さらには『強さへの執着』。……まぁ、そんな三つ同時に条件が揃っている人間なんているわけないしな」


 そう結論づけ、皇帝は再び自らの『左手』を見つめる。


「自分の母親が犯罪者……。これから明かされるであろうその残酷な真実を、あの闇の少女ネフェリアが受け入れられるか……少し心配だが」

「あの光がいるなら……闇の少女だって、きっと乗り越えられるだろう」

「……いや、ただ乗り越えるだけでは足りない。いずれは、な。……彼女たちが本当に自らの運命を、そしてあの理不尽なことわりそのものをひっくり返そうとするならば……俺のこの忌まわしい力さえも、彼女たちの力に変えてみせよう」


 平和を願う若き異端の皇帝の眼差しは、慈しみと、わずかな狂気を孕んだ期待に揺れていた。

 ――この時の若き皇帝は、自らの完璧な論理ロジックの中に潜む、たった一つの『致命的な盲点』に、まだ気づいていなかった。


 遠く離れた王国の、光と闇の少女たちのすぐ側に……皮肉にも、弟の魔法の最悪の条件を完全に満たしてしまっている『誰か』が存在していることを。


 そして、その者を命懸けで救おうとするアミアや『闇の少女ネフェリア』の「強すぎる愛」そのものすらも、あの悪魔の狂気を刺激し、徹底的に蹂躙じゅうりんしたくなる『極上の獲物』になり得るという……最悪の可能性を。

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