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処刑された『闇魔法使い』の姉を救うため、死に戻った『光魔法使い』の妹は運命に抗う ~役立たずと捨てられた義妹ですが、今度は絶対に守り抜きます~  作者: 東明時裕夜
第三章 帝国の右腕と地下図書室の秘密

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幕間22 鏡の右腕と、皇帝が呑み込んだ嘘す少女たちの奮闘

 レイフェルズ王国と休戦協定を結ぶ隣国、アセレリア帝国。

 その王城の最深部にある皇帝執務室の重厚な扉が、遠慮のない勢いで開け放たれた。


「戻ったわよ、グレンド皇帝」


 気だるげな声を響かせて入ってきたのは、濃い青色の長い髪を揺らす女性、リフレット・キュルムだ。幻級魔法『ミラー』の使い手であり、数日前に王都へ分身を走らせていた彼女の、紛れもない右利きの『本体』であった。

 しかし、いつもなら書類の山と格闘しているはずの主君の姿が、執務机にはない。


「あれ? いないわね」

「お帰り、リフレット」


 不意に声がしたのは、部屋の隅にあるソファからだった。


 そこに座っていたのは、リフィル・アルベード。四十歳。丸眼鏡をかけた、一見すると帝都の裏路地にでもいそうな、冴えない茶髪の男だ。だが、彼もまた帝国で極秘とされる何らかの『幻級魔法ファントム・クラス』を操る、グレンドが最も信頼する腹心の一人だった。


 彼が宿す幻級魔法の詳細は、帝国の上層部でもごく一部の人間しか知らない。暗殺や諜報において無類の力を発揮する凶悪な能力だとだけ囁かれているが、神のことわりから外れた代償として、発動には命がけの『絶対条件』に加え、長期間の冷却期間など、いくつもの重い制約を抱えているという。


 おまけに、彼自身が極めて個人的な理由から『特定の任務』を断固として拒否するという、能力以前の厄介な縛りまで抱えていた。


「あら、リフィル。皇帝は?」


 リフレットが不思議そうに尋ねると、冴えない風貌の男は、丸眼鏡を中指で押し上げながら淡々と答えた。


「グレンド皇帝は地下にいます」

「どうして地下に?」

「久しぶりに水晶魔道具を使うだとさ」

「何の為に?」

「わからない」


 リフィルが短く肩をすくめた、その時だった。

 執務室の奥、地下へと続く隠し扉が重い音を立てて開き、一人の青年が姿を現した。

 緑の髪を無造作に揺らし、奇抜なツートンカラーのズボンを穿いたアセレリア帝国皇帝――グレンドだ。


「戻ったか、リフレット」


 グレンドは少し疲れたような、けれどどこか満足げな表情で執務机へと歩み寄る。そして、帰還したばかりの右腕に向かって告げた。


「どうやら、お前が接触した光と闇は……随分と地下で頑張っているようだぞ」

「……ああ、やっぱりね」


 リフレットは面倒くさそうに息を吐いた。


「分身が消滅して記憶が共有された時、あんたの部屋から水晶の光が漏れているのが見えたから、もしやと思ってたけど。……じゃあ、わざわざ私が一から報告する手間は省けたわけだ。あの地下図書室での会話、最初から全部見てたんでしょ?」

「あぁ。お前が敵国の大臣や少女たちに、こちらの内情をペラペラと喋り散らす姿もな」

「人聞きの悪いこと言わないでよ。あれでも一応、皇帝陛下の使いとして相手を牽制けんせいしてあげたんだから」


 リフレットは呆れ顔で首を振り、そして水晶越しに一部始終を見ていた主君に、核心を突くように尋ねた。


「じゃあ話が早いわ。ねぇ、グレンド。……あの『光』がもう一人いたこと、あんた前から知っていたの?」

「あぁ、知っていたさ」


 グレンドは羽ペンを手に取り、確かな重みを持って答えた。


「十数年前、当時のオニファス王から『休戦協定』の秘密裏の絶対条件として突きつけられたのが、前線で活躍していた光魔法使いに関する一切の記録の相互抹消だったからな。王国が彼女を自由にするための密約に、俺も同意したのだ」

「……やっぱり、あれはあんた達の密約だったのね」


 リフレットは少しだけ不思議そうに首を傾げた。


「でもさ、どうして帝国の『光の記録』まで消すことに同意したの? あんた、あいつ(シャドウ)を止めるために、ずっと光魔法使いを求めていたんじゃないの?」

「あぁ、求めていたさ」


 グレンドは静かに答え、目を伏せた。


「でもな……例え俺たちがその力を喉から手が出るほど求めていたとしても、その者にはその者の人生がある。過酷な戦場で疲弊しきった彼女を、俺たち帝国の身内の争いに巻き込んでまで利用する気にはなれなかった」


 リフレットは主君の不器用な優しさに毒気を抜かれた顔をしたが、ふと思い出したように言葉を継いだ。


「前にあんた、先代の父と違って戦争が嫌いだって話してたわよね」

「……ああ、そうだったな」

「でも、戦争嫌いと言えば……本来ならあんたじゃなくて、二代目の皇帝になるはずだった弟の『リオール』。あの子も元は争い事が嫌いだったわよね。確か、今は行方不明なんだっけ?」

「……そうだが」

「探しているの?」

「……いや。あいつの話はするな」


 グレンドの声が、ひどく冷たく、拒絶するような響きに変わった。


 (……リフレットには言っていない。本来ならこの玉座に座るはずだった、かつて誰よりも争いを嫌っていたあいつが……今や城を出て、他人の愛を壊し、帝国で好き勝手やってる狂気の暗殺者『マリオネット・シャドウ』に成り果てているとは)


 グレンドは、弟が座るはずだった玉座の重みと忌まわしい事実を胸の奥に押し込み、固く口を閉ざした。


「……わかったわよ」


 リフレットは両手を軽く広げて引き下がり、元の話題に戻すように口を開いた。


「けど、オニファス国王はどうして自国の記録まで消したんだろうね?」

「恐らく、オニファスは前のアミィエルと何らかの約束を交わしたのだろう。『将来、私の子供が生まれた時は自由にする』といったような絶対条件でな」


 グレンドはふっと皮肉げに鼻を鳴らした。


「だが、あの狸親父(オニファス王)も、まさかこれほどすぐに次の『光の少女』が生まれるとは思っていなかったはずだ。百年の周期を完全に無視しているからな」

「私もそう思ったわ。いきなり娘に遺伝するなんて異常だもんね」

「それに、オニファス陛下も光の少女の存在を知った後、俺たちには完全に黙っていたな。……まぁ、俺たちとしても、わざわざあの子を狙う気はないが」

「だが……」


 リフレットはジト目で主君を睨んだ。


「ちょっと。だったらあんた、二日前に私が分身越しに『光の少女を見つけた』って報告した時、どうしてその事(前の光の存在)を教えてくれなかったのよ?」


 リフレットの不満げな問いに、グレンドは事もなげに答えた。


「……お前に聞かれなかったからな」

「はぁ? 何その理屈……。相変わらず嫌な性格してるわね、あんた」


 リフレットはげんなりしたように眉を寄せたが、グレンドの目は冗談を言っている風ではなかった。国家機密を扱う者としての、徹底した秘匿。それが彼の『皇帝』としての在り方なのだ。


「だが……」


 グレンドの眼差しが、微かに揺れる。


「同じ時代に、もう一人のアミアが生まれることまでは流石に知らなかった。伝承の周期を無視して現れたことには、正直驚いている。……二人の闇に、二人の光、か。世界の均衡が崩れ始めているな」


 リフレットは小さく息を吐き、改めて主君を見つめる。


「なるほどね。……でも、争いの道具にする気はないんでしょ? なのに、どうしてわざわざ水晶で監視なんかしてたわけ?」

「少し気になっただけだ。……しかし、面倒くさがりのお前が、よく自分の水魔法なんて披露したな。わざわざ手本まで見せてやるとは珍しい。それに……あの地下階段で、お前の幻級魔法である『ミラー』の詳細までペラペラと教えてやるとはな」


 リフレットは苦笑交じりに肩をすくめた。


「あー、あれは仕方ないでしょ。私の隠密魔法の存在自体は、あの鋭敏えいびんな鑑定娘や大臣に完全にバレちゃったわけだし。それに……あの光の少女が、すごく真っ直ぐな目で私の魔法を聞きたがってたからさ」

「なるほどな」

「……なんか、あの子達が必死に足掻いているのを見てたらさ。ちょっと柄にもなく、背中を押してやりたくなっちゃったのよ」


 リフレットが少し照れ隠しのように視線を逸らすと、グレンドは口元に微かな笑みを浮かべた。


「フッ。……だが、お前、敵国の大臣ハーヴェーの前で随分と喋ったな。*立派な国家反逆だぞ。こちらの戦力――キャサリーヌやリオナの弱点まで握られたとなればな」

「大丈夫よ。王国軍を動かせば、策略家キャサリーヌが転移で王城を血の海にする。軍は動かせない。結果、あの子たちを利用した『秘密同盟』を組むしかなくなるって計算よ」

「……なるほど。軍の身動きを封じ、少人数の極秘行動を強要したか。まぁ、あの狂人たちを相手取るなら、それくらいの手札は持たせてやらないと不公平か。それに……お前、俺やリオナの能力については一切口にせず、お前自身の『無魔法を持っていない』という嘘まで見事に隠し通したようだな」


 グレンドが左手を見つめながら感心したように言うと、リフレットは胸を張った。


「そりゃあね。自分の基本属性の『水』は見せて教えたけど、『無魔法』は一番肝心な手札だもん。それをベラベラ喋るほど、馬鹿な隠密じゃないわよ」

「……あ、でも一つ意外だったことがあるの」

「何だ?」

「あの大臣ハーヴェー、私が渡した通信魔道具を没収しなかったのよ。本来なら即座に私を拘束して没収するべき事案なのにさ。……まぁ、おかげで同盟パイプは繋がったけど」


 グレンドは小さく鼻を鳴らした。


「まぁ、お前の能力じゃあいつの無魔法『拘束バインド』を喰らうことはないだろうがな。その上で、あえて没収しなかったのは……ハーヴェーという男が、あの『少女達』に相当な私情を挟んでいるからだろう。王国の内情だけでは、あの子たちを盤上の悪意から守りきれないと判断したのだ」

「そういえば、グレンド。お前はキャサリーヌの基本属性である『火』も話していなかったな」

「あっ、言ってなかったわ」


 リフレットはケロッとした顔で頷くと、そのままふと首を傾げた。


「そういえば、キャサリーヌの『無魔法』の詳細ってどんな力なの? あの子たちには知らないって誤魔化したけど」

「『物質強奪スナッチ』……。お前と同じ、遠隔地の物を奪う無魔法だ」


 その名を聞いた瞬間、リフレットは「げっ」と露骨に嫌そうな顔をした。


「……あんな、成功するか失敗するかやってみなきゃ分からない『コイン・トス』みたいな欠陥魔法をさ。よくもまぁ、自分は完璧だって顔して隠し持ってるわよね」

「ああ。すべての盤面を完全に支配したいあの女にとって、半分の確率で不確定要素が混じる運任せの力など、自らの完璧な計算を台無しにする『泥』でしかないからな」

「だから自分の不確実な無魔法より、他人の心を操ったり、駒を動かしたりする方に執着するわけだ」

「その通りだ。裏表の分からない硬貨コインを弾かなければならない状況に陥った時点で、あいつの完璧な盤面は『破綻』したに等しいからな」

「なるほどね。だから、わざわざリィエルの屋敷にまであの不気味なメイド長を潜り込ませて、自分は絶対安全な場所から高みの見物をしてるわけだわ」


 リフレットが納得したように呟くと、グレンドは厳しい声を向けた。


「あいつの情報を与えるまでは百歩譲っていい。だが……俺の許可なく勝手に、光の少女に帝国の通信魔道具まで渡しやがって」

「仕方ないでしょ。あの策略家の尻尾を掴むには、内部にいるあの子たちと利用し合うのが一番効率がいいじゃない」


 そのやり取りを黙って聞いていたリフィルが、丸眼鏡の奥の目を細めながら淡々と口を挟んだ。


「随分と甘いな、皇帝。命令違反を犯して、敵国の少女に通信魔道具まで渡したリフレットを、お咎めなしにする気か」


 グレンドは自らの『左手』をそっと手袋越しに握りしめ、静かに答えた。


「……ああ。本来なら没収されて終わるはずだった『繋がり(魔道具)』が、結果として盤面に残った。あの計算ができる少女たちが、あの命綱を使ってどう動くか……少し水晶越しに見極めてみる価値ができたからな」

「通信魔道具を渡したって事は……お前、また直接王国に行く気か?」


 リフィルの問いに、リフレットは首を振る。


「当分は行かないわよ。まぁ大丈夫でしょう、あの子たちなら。……でも、光の少女の『火魔法』じゃ、キャサリーヌにはまだまだ届かないでしょうけどね」 


 同じ火魔法を基本属性に持ちながら、その練度も、その裏に隠し持つ無魔法や幻級魔法の凶悪さも、今の少女が届くような高さではない。それを知り尽くしているリフレットだからこその、乾いた独り言だった。


「そういえばリフィル、あの暴走娘リオナはどこ行ったの?」

「中立国『リゼル』に向かったそうだ。美味しいスイーツを食べに行ったんだと」

「……相変わらずだね」

「いいか、お前たち。その暴走女が帰ってきた時、今回の件は絶対に勘づかれるなよ」

「分かってるわよ。無心になるか、他のどうでもいい事を考えてやり過ごすから」

「御意」


 二人が退室しようと背を向けた、その時だった。リフレットがふと足を止め、振り返った。


「あと、あの子達の今の父親も大変だよね。平民の光魔法使いと貴族の魔道具師……身分の壁を越えて愛し合ったなんて、そういう運命的な話、私結構好きなのにさ。今はすっかり後妻のシャリアに骨抜きにされてるらしいし」

「……そうだな」


 グレンドが淡々と同意すると、リフレットは少し呆れたように肩をすくめた。


「前の父親も、そのシャリアに暗殺されている疑いがあるらしいしね」

「そうみたいだな」

「まぁ、そっちはあの子たちが解決するでしょ」


 リフレットはそう言って軽く笑い飛ばすと、少しだけ首を傾げて思案顔になった。


「さっき地下図書室では適当に『骨抜き』なんて言ったけど……私、少女たちの今の父親のことは直接知らないし。もしかして、その不自然な心変わりに、キャサリーヌたちが関係してたりするのかなって?」


 グレンドは即座に否定した。


「あの完璧主義の女が、他国の貴族の家庭事情などに自ら介入するはずがない。非効率で無意味な盤面はあいつの趣味ではないからな」

「だよね。考えすぎか」


 リフレットは納得したように頷き、続けて別の疑問を口にした。


「そういえばさっきの会話で気になったんだけど。私、幻級の治癒魔法が『光だけ』が使える魔法だって知らなかったよ。あんたは知っていたの?」

「あぁ、知っていたさ」


 グレンドが淡々と頷くと、リフレットは首を傾げた。


「ふーん。それにしても、過酷な戦場を生き抜いたっていうのに『流行り病』で死ぬなんてね。……ねぇ、皇帝。その治癒魔法に、命を削るような重い『代償』なんてないよね? あの時は言わなかったけど」

 グレンドは、自身の『左手』を手袋越しに強く握りしめ、顔色一つ変えずに平然と答えた。

「……ないに決まっているだろう」


 それは、完全な『嘘』だった。

 人智を超えた幻級魔法に、どれほど重い代償(呪い)が伴うか。嫌でも常に別の幻級魔法(左手)を見ている彼は、痛いほどよく知っていた。おそらく、あのアミィエルという女も、治癒の代償で命を削り尽くしたのだと確信している。だが、それを彼女に伝えるつもりはなかった。


「そっか、ならよかった。せっかく出会えた『光』のあの子が、そんな呪いを背負うなんて可哀想だもんね」


 リフレットは安心したように笑い、ふと表情を変えた。


「あの、皇帝。……私は『道具』で、あなたは『主』だよね?」

「……そうだが」

「ううん。私があなたの影で『汚れ仕事』をする、ただの隠密だってこと……再確認しただけ。じゃあね」


 足音が消えた執務室で、グレンドはポツリと独り言を漏らした。


「……あの少女たち、半分当たっているな。確かに俺は、リフレットに密かに思っている」


 だが、皇帝として今は彼女に構ってはいられない。狂気に満ちたシャドウに決着をつけるまでは。


「影で汚れ仕事をするただの隠密、か。……まったく。あれで『ただの道具』だなんて、お互いに無理があるだろう」


 グレンドはフッと自嘲するように笑うと、すぐにその顔から微かな温もりを消し去った。

 そして、皇帝としての冷徹な仮面を被り直し、再び盤上の思考へと沈み込む。水晶に映し出された、遠き隣国の『特異点』たる少女たちの不可解な動き――その真意を読み解くために。

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