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処刑された『闇魔法使い』の姉を救うため、死に戻った『光魔法使い』の妹は運命に抗う ~役立たずと捨てられた義妹ですが、今度は絶対に守り抜きます~  作者: 東明時裕夜
第三章 帝国の右腕と地下図書室の秘密

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幕間21 沈みゆく真実と、暗躍する影

 特訓の約束を取り付け、ミリアナが重い腰を上げてソファから立ち上がる。

 すべての過酷な報告を終え、彼女が部屋を出ようと扉へ背を向けた、まさにその時だった。


「……ちょっと待てよ」


 レイフェがふと何かを思い出したように、鋭い目を細めて妹の背中を呼び止めた。


「光と闇……アミアとネフェリアだったな。ネフェリアがジェックの娘だってことは知ってるが……。もう一人の方はどこの貴族だ?」

「リィエル公爵家に再婚で入った魔道具師、アレト殿の連れ子です。元々はファミル伯爵家の出ですが……地下図書室でアミア様を一目見た瞬間、ハーヴェー様がひどく取り乱されまして。彼女をかつての『アミィエル・レフィーナ』様の生き写しであり、実の娘だと見抜かれたのです」

「……なッ!? アミィエルの娘だと!?」


 レイフェの顔に、明確な驚きが浮かんだ。 


(……そうか! だからあいつは、王家の目を盗んでまであんな地下訓練場を……! アミィエルを匿い、そして今はその娘を守るために……!)

「えっ……? 姉さん、アミア様のお母様の事を知っているんですか?」


 部屋を出ようと扉に手をかけていたミリアナが、驚いてバッと振り返る。


「知っているも何も……昔、戦争が激しかった頃に一年だけだが、最前線で共に戦ったことがある。……とんでもない治癒の力を持った女だった。その後、王城を去ってアレトと結婚していたとはな……」


 レイフェは、かつての戦友たちを思い出すように、少しだけ目を伏せた。


「……それで? アミィエルはどうした? 王城を辞めてから会ったことはないが……」

「……アミィエル様は、アミア様が一歳の時に亡くなったと聞いております」

「亡くなっただと?」

「はい。二十一歳という若さで……」

「流行り病にしては若すぎる……」


 レイフェの顔に、怪訝な影が落ちる。


「もしかして……」

「姉さん?」

「いや、そんなわけないが……。実はな、私はアミィエルの魔法をあの泥沼の戦場で、この目で見ている。兵士の傷を癒したり……そして、死んだ人間を蘇らせたりな」

「えっ!? そんな事が出来るんですか?」


 ミリアナが目を見開く。


「あぁ。目の前で見た事があるからな」

「そうなんですか……。ですが姉さん。先ほど地下図書室でネフェリア様が『人が生き返る魔法は実在するのか』と問われた際、ハーヴェー様は『そんなものは存在しない、ただの御伽噺だ』と、きっぱり否定しておられましたよ?」

「……何?」

「それに、ネフェリア様が『アミィエル様が亡くなったのは治癒魔法の代償ではないか』と推測された時も、『ただの流行り病だ』と強く否定されていました」

「……言うわけないだろうな。あいつはそういう男だ」


 レイフェは短く吐き捨てた。

 その時、ミリアナがハッとしたように口を開く。


「だったら……ハーヴェー様は嘘をついておられたという事ですか? 本当はネフェリア様が推測された通り、アミィエル様が亡くなったのは……治癒魔法の『代償』や『制約』だったんじゃ……」

「そんなわけないだろう。いくら幻級魔法だからって、魔法で命を削るわけがない」


 レイフェは即座に、きっぱりと否定した。


「そう、ですよね……」


 ミリアナはホッとしたように頷いた。

 だが――レイフェの内心は違った。


(……いや、あのネフェリア公爵令嬢の推測はおそらく正しい。規格外の魔法には、必ず規格外の対価が伴うものだ)

(しかし……なぜあの法を重んじる堅物のハーヴェーが、自分の秘書の前で堂々と『存在しない(御伽噺だ)』と嘘をついてまで、蘇生の禁忌を隠し通そうとした? ……そうか)


 レイフェの中で、全てのパズルのピースがカチリと音を立てて噛み合った。


(あの男は知っているんだ。蘇生魔法の代償が『命』であることを。だから……言わなかったんだな。心優しいアミアのために。何よりあの子が母親と同じ自己犠牲の道を歩まないように、わざと真実を隠し通しているんだ)


 レイフェは、かつての戦友と、今もその娘を守ろうとする不器用な男の覚悟に、ひそかに息を吐いた。


「なぁ、ミリアナ。一つ聞きたいんだが」

「はい、何でしょう?」

「そもそも、大貴族の次期当主だったあのハーヴェーと、平民だったアミィエルとは……一体どんな関係だったんだ?」

「えっ?」

「あの男が、王家の監視を誤魔化し、自分の立場を危うくしてまで、死んだ女の娘をそこまでして庇護しようとするなんて……ただの知人ってわけじゃないだろう」


 ミリアナは少し言い淀んだ後、静かに口を開いた。


「……私が仕える前のことですが、ハーヴェー様はアミィエル様を魔法学園に見出し、教鞭を執られていたそうです。表向きは恩師と教え子……ですが、お二人はそれ以上の、とても深い絆で結ばれていたと。……奥様のメリア様から伺ったことがあります」

「深い絆、か」

「はい。決して結ばれることのない、身分違いの……悲しい想いだったそうですが」


 その言葉に、レイフェは深く得心がいったように目を細めた。


「……なるほど。そういうことか」


 かつて愛した女の娘だからこそ、何に代えても守り抜く。

 あの男が、冷徹な政治の世界に身を置きながら、なぜアミアたちの『共犯者』になったのかが、完全に腑に落ちた。

 そして――レイフェの思考は、もう一人の男へと行き着く。

 アミアの実の父親、魔道具師アレト・ファミル。


 (……あの魔道具師。身分に厳しい貴族社会で、元伯爵という立場でありながら平民であるアミィエルを妻に迎えた男……)


 レイフェは、ふと自嘲気味に息を吐いた。


 (……アレトの奴も、おそらく『知っていた』んだろうな。過酷な戦場で命を削り尽くし、ボロボロになって王城を去ったアミィエルの命が、もう長くはないという残酷な真実を)

 (……だとしたら、あいつは。……彼女が短命だと分かった上で、貴族の身分も体裁もかなぐり捨てて、彼女の最期の時間を愛し抜く覚悟で結婚したってことか)


 ハーヴェーが「身分と責任」に縛られて踏み出せなかった一歩を、あのアレトは躊躇ためらいもなく踏み出したのだ。

 不器用で真面目な男が貫いた、あまりにも深く、狂おしいほどの純愛。


 (……だが、おかしい)


 レイフェの眉間みけんに、深いシワが刻まれる。


 先日、魔法兵団のレイシラム前団長がこぼしていた言葉が脳裏をよぎる。


 『アレト殿はシャリア夫人と再婚して公爵家に入ってから、別人のように変わってしまった』『工房に引きこもり、感情を失った人形のようだ』と。


「なぁ、ミリアナ。アレトの奴だが……あいつがジェックの妻だったシャリアと急に再婚し、別人のように感情を失った件について。あの令嬢たちは何か言っていなかったか?」


 ミリアナは静かに首を横に振った。


「いいえ……お父様の変化については、何も。ですが、アミア様は『これ以上、家族を理不尽な陰謀で壊されないために、お互いに黒幕を探さなければならない』と、強い覚悟を口にしておられました。シャリア夫人が裏で恐ろしい企みを進めていることに、強い危機感を抱いておられるようです」

「……裏での企み、か」


 レイフェは腕を組み、鋭い目を細めた。


「そういえば、兵団の連中が言っていたな。先日の魔獣事件の調査から、シャリアが帝国から『違法な薬物』を密輸している疑いがある、と」


 ピタリ、と。レイフェの頭の中で、不自然な点と点が線で繋がった。


(……なるほど。あの女狐が帝国と裏で結託し、未知の薬を使って心を縛り付けていたというなら、あいつの心がすっぽり抜き取られた異常な変化も、すべて辻褄が合う……!)


 十一年前に不自然に消されたジェック。そして今、薬で心を殺されているアレト。

 どちらも、かつてレイフェが知っていた誇り高き男たちだ。それを、あの女狐は……。


「……上等じゃないか」


 レイフェはギリッと奥歯を噛み締めた。

 少しだけ殺気を漏らした目を伏せ、ミリアナへ問いかけた。


「ネフェリアがそう推測したって事は……妹のアミアという少女も、同じように思っているのか? その時、アミアは何か言っていたか?」

「いいえ、何も。……ただ不安そうにハーヴェー様を見つめておられましたが、ハーヴェー様が『流行り病だ』と否定された後は、何も仰っていませんでした」

「……そうか」


 レイフェは短く応じ、鋭い目を細めた。


(……なら、いい。母親の死の真実なんて、十一歳の子供が背負うには重すぎる)


 その時、ミリアナがふと何かを思い出したように、声を潜めた。


「姉さん……実は、リフレット殿からもう一つ、奇妙な話を聞きました。アミィエル様の記録が、帝国の最高機密『光の系譜』からも完全に消し去られているそうなのです」

「……何だと?」


 レイフェの瞳に、冷徹な知性の光が閃いた。


「帝国が自国の不利益になる情報を消すのは分かる。だが、リフレットの口ぶりからすれば、王国側も足並みを揃えて消しているようだな。……そんなこと、一介の大臣や公爵家ができるはずがない」


 レイフェはポニーテールを乱暴に結び直し、低く呻いた。


「これはオニファス陛下本人の仕業だ。……間違いない、アミィエルが城を去る際、王と何らかの『取引』をしたんだろうよ。自分の情報を完全に消させる代わりに、自分と……そして、未来に生まれるであろう娘の安全を保障させたんだ」

「王様と、直接……」

「ああ。あの狸親父は、アミィエルの魔法の凄まじさを誰よりも理解していたはずだ。厄介な力を持つ彼女を自由にする代わりに、情報を完全に消す……そんな取引をしたんだろうよ」


 レイフェは妹にそう答えながらも、内心ではさらに深く、冷酷な真実に思い至っていた。


(……いや、それだけじゃないな。ハーヴェーは『流行り病』だなんだと嘘をついてアミア様たちを守ろうとしているが……オニファス陛下は、アミィエルが魔法の代償で命を削り尽くしたこと――『死の真実』をすべて知った上で、あえて歴史を書き換えたに違いない)


 レイフェの瞳に、冷徹な怒りが静かに燃え上がった。


「……ミリアナ」

「はい」

「今言った事は忘れてくれ。蘇生魔法の事も、記録抹消の事もな。この秘密は重すぎる」

「……はい」

「この事は誰にも……王族にはもちろん、特にアミアとネフェリアには絶対に言うなよ」

「えっ、どうしてですか?」

「あの堅物のハーヴェーが、自分の秘書であるお前にすら『蘇生魔法』の存在を隠し通していた理由を考えろ」

「あ……」


 ミリアナがハッとして息を呑むと、レイフェは静かに言葉を継いだ。


「これはパンドラの箱だ。知れば、あの子まで国に使い潰されるか、母親と同じ自己犠牲の道を歩みかねない。……あの不器用な男が、一人で泥を被ってまで隠し通そうとしている嘘を、私たちがわざわざ暴いてやる必要はないだろう」

「……はい、分かりました」


 ミリアナが深く納得して頷くのを見て、レイフェはさらに問いかけた。


「アミアっていう少女、幻級の治癒魔法を使えるのか?」

「可能性は秘めていると思います」


 ミリアナは静かに頷いた。


「そうか。……あと、そのアミアってのはどんな子だった?」

「とても姉思いの、勇敢な妹さんでしたよ」


 ミリアナは、地下での二人の姿を思い出し、真っ直ぐに答えた。


「……ですが、姉さん。同時に、ひどく『危うい』お方でもありました」

「危うい?」

「はい。私の『鑑定』で視たアミア様の魔力は、微弱な火の殻の中に、とてつもなく純粋で、強大な『光』を隠し持っておられました。……触れた瞬間、脳を焼かれるような感覚に襲われ、意識を失ってしまったほどです」

「そして何より……先ほど地下訓練場で、巨大な魔獣型ゴーレムの凶刃がネフェリア様に迫った時。……あのお方は、自分自身の命を守ろうという本能が、どこか欠落しているように見えました」

「『お姉様を守りたい』という想いが強すぎて、自分を盾にすることを、微塵も躊躇ためらわない……。その一途さが、私には恐ろしく、そして痛々しく見えたのです」


 レイフェは、鋭い目を細めて深く息を吐き出した。


「……なるほどな。さっきお前が言っていた、極限状態の洞窟で強く抱き合っていたというあの異常なまでの『重すぎる愛』……。それが、いざという時に自己犠牲すらいとわない、その危うさに直結しているってわけか」

「はい……。お姉様への狂おしいほどの愛情と執着が、彼女が命を投げ出すことへの歯止めを完全に壊してしまっているようで……」


 ミリアナの『鑑定』と『行動の目撃』。その二つの確実な情報が、レイフェの中で一つの確信へと変わる。


「……それにしても、異常だな」


 レイフェは低い声で呟き、腕を組んだ。


「まだアミィエルの覚醒から十数年しか経っていないというのに、もう一人の光魔法使いか。本来ならありえない事だ」

「え……?」

「お前も知っているだろう、ミリアナ。この世界に古くから伝わる魔法の伝承を」


 レイフェの紫色の瞳が、冷たく光る。


「『歴史上、光と闇は常に表裏一体。光が生まれれば、必ず同じ時代に闇が生まれる。その周期はおよそ百年』。……だが、アミィエルという光がすでに出たはずのこの時代に、アミアとネフェリアの姉妹、そして帝国の暗殺者は、その絶対の周期を完全に無視して産み落とされた」

「それは……」


 ミリアナは息を呑んだ。


「世界そのものが……ルールを破ってでも、彼女たちを『必要とした』ということですか?」

「あぁ。世界を歪めるほどの『巨大な悪意』に対抗する抗体として、無理やりな」


 レイフェは、忌々しげに舌打ちをした。


「……それと、ミリアナ。どうして彼女達は、私と特訓したいと言ったんだ? あんな埃っぽい地下の隠れ家に籠もってまで」

「理不尽な悪意から、互いを守るためです」

「互いを守るため?」

「はい。アミア様は『逃げるだけじゃ駄目なんです。理不尽な悪意から、大好きなお姉様を絶対に守り抜ける力が欲しい』と。……そしてネフェリア様も、『何も知らないまま守られているだけの子供ではいたくない。強くなるため、そして父の事件の真相を知るために、貴女に会いたい』と仰っていました」


 ミリアナはさらに言葉を継ぐ。


「それに、リフレット殿が帝国へ帰還する際、アミア様に帝国と通信できる魔道具の『鏡』を渡されたのですが……」

「鏡? よくそんなもの、あの堅物のハーヴェーが許したな」


 レイフェが呆れたように眉をひそめると、ミリアナは深く頷いた。


「はい。最初は即座に没収しようと猛反対されました。ですが、アミア様ご自身が、お互いの黒幕を探すために帝国の使者と『利用し合うべきだ』と同盟を持ちかけたのです。ハーヴェー様も、彼女の覚悟と、屋敷に潜む敵から身を守るための命綱として特別に黙認されました」


 その報告を聞いた瞬間。

 レイフェの目が驚きに少しだけ見開かれ……やがて、深く、獰猛な笑みへと変わった。


「アミア……。なるほど、ただの庇われているだけの温室育ちのお姫様ってわけじゃないらしいな。あの転移の看破といい、敵国の使者との同盟といい……末恐ろしいガキだ」


 レイフェは楽しげに喉を鳴らした。


「あの優しすぎたアミィエルの娘と、ジェックの娘がねぇ。……ハッ! 御立派な覚悟じゃないか」

「ええ。とても勇敢で、姉思いの妹さんと、妹思いのお姉様でしたよ」


 ミリアナの言葉に、レイフェは再び思考を巡らせた。


(姉思い、か。……もし、アミアが蘇生魔法の存在を知れば、いざという時に誰かを救う為に使うかもしれない。自分の命を削ってでもな)

(……それに一番悲しむのは、ネフェリアや、今はシャリアの夫となっているアレトだろう)


 そんな悲劇は、絶対に起こさせてはならない。

 あのアミィエルとジェックの遺した娘たちを、これ以上理不尽な運命で泣かせるわけにはいかないのだ。


「面白い。あの戦場の女神の娘と、ジェックの娘なら、鍛え甲斐があるってものだ。……あと、ハーヴェーにも伝えておけ。『戦闘用の服を着させるから、地下図書室で待っていてくれ』とな」

「分かりました。伝えておきます」


 ミリアナが一礼して出ていく。

 扉が閉まる。

 室内に残るのは、レイフェ一人。

 レイフェはポニーテールを解き、結び直した。

 気合を入れる時の癖だ。

 指先が、いつもより強く髪を締める。痛いほどの締めつけが、頭を冴えさせる。


「待っていろ、シャリア」


 低い呟きが、壁に吸い込まれて消えた。


「ジェックが消えた理由……そして、お前の化けの皮。私が必ず剥がしてやる」


 最強の武闘派にして、執念の追跡者。

 レイフェ・シェンシーが、今、アミアたちの運命に合流した。

 静かな王都の夕暮れの下で、世界の歯車が、ギリギリと音を立てて回り始めている。

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