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処刑された『闇魔法使い』の姉を救うため、死に戻った『光魔法使い』の妹は運命に抗う ~役立たずと捨てられた義妹ですが、今度は絶対に守り抜きます~  作者: 東明時裕夜
第三章 帝国の右腕と地下図書室の秘密

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幕間20 最悪の暗殺者と、無償の盾

 旧地下資料室のよどんだ空気が、さらに一段と重みを増す。

 レイフェは空になったマグカップをドンと机に置くと、再びソファで身を縮める妹へと鋭い視線を向けた。

 これで終わりではない。ミリアナの顔に張り付いたままの蒼白な恐怖が、レイフェの直感にそう告げていた。


「……で? そのバケモノ揃いの帝国に、まだヤバい奴がいるって言いたいんだろ?」


「はい。さらに……その帝国に、幻級魔法と無魔法を使う『闇魔法使い』の暗殺者までいると」


 ピタリ、と。

 レイフェの思考が停止した。


「……バカな」


 レイフェはうめくように言った。


「光に続いて、闇だと……!? ネフェリアと、その帝国の暗殺者。同じ時代に闇魔法使いが二人も存在しているっていうのか。完全に、世界のことわりが崩れているじゃないか!」

「はい。私も驚きました」


 ミリアナは沈痛な面持ちで頷く。


「しかも、その暗殺者は『闇魔法が使えない』らしいのです。強力すぎる幻級魔法を得た代償として、本来の属性を失ったのだと」

「……幻級魔法を得るだけで、属性が失われるとかあり得ない。……一体どんな魔法だ」

「影を操る魔法だそうです。そして……」


 ミリアナは少しだけ声を潜め、奇妙な事実を口にした。


「その後……『女に限定した精神魔法』があるそうです。その暗殺者が持つ、三つの無魔法のうちの一つだと。残り二つの無魔法の詳細については、皇帝も知らないと言っていたそうですが……」

「……はぁ?」


 レイフェは胡乱うろんな目で眉をひそめた。


「女に限定した精神魔法? それに無魔法が三つだと? 一人につき一つという絶対の法則から外れすぎている。あり得ない」

「私もそう思いました。けど、リフレット殿が言うのは真実です。……実は私、先ほど『地下訓練場』で、リフレット殿の放った魔法をこの目で見たのです」

「……待て」


 レイフェが鋭く片手を上げて、妹の言葉を遮った。


「地下訓練場? 王立図書館の地下に、図書室以外にそんな場所があったのか?」

「はい。最初見た時、私も驚きました」


 ミリアナは静かに頷いた。


「ハーヴェー様が昔……王家の目をあざむいて極秘に作らせた場所だそうです。頑丈な石の扉の奥に隠されていました」

「王家の目を欺いて……? あの法を重んじる堅物のハーヴェーが、そこまでして作った隠し部屋だと?」


 レイフェは、かつての戦友の不可解な執念に、一瞬だけ怪訝そうに眉をひそめた。


「……それで? その秘密の地下訓練場で、リフレットの魔法を見たって? そういえば、なんで敵国の使者が、わざわざそんな力を見せびらかしたんだ?」


 レイフェが尋ねると、ミリアナは深く頷いて答えた。


「ネフェリア様のためです」

「ネフェリアに?」

「はい。ネフェリア様は、闇魔法の他に『水魔法』も持っておられます。リフレット殿は、彼女に水魔法の戦い方の手本を見せるために……巨大な鋼鉄のアイアンゴーレムを、詠唱すらなく放ったただの水魔法の一撃で、いとも容易く四等分に斬り裂きました。……身の毛がよだつほどの、途方もない力でした」

「……ただの水魔法で、あのアイアンゴーレムを一刀両断だと……?」


「はい。あの皇帝の右腕ともあろう絶対的な実力者が、本気で警戒してわざわざ忠告してくるほどの相手なのです。……だからこそ、その暗殺者の異常な存在と脅威は、間違いなく本物です」


 ミリアナの言葉に、レイフェは腕を組み、鼻を鳴らした。


「なるほどな。あの帝国の使者がそこまで言うなら、ただのハッタリじゃないってわけだ。……だが、気味の悪い能力だな。対象を女に限定するなんて随分とまた偏った力だ」

「ええ。それに精神魔法だなんて……。歌声で一分間だけ対象を眠らせる無魔法『睡眠スリープ』のような、一時的なものとは明らかに次元が違うようです」


 レイフェは探るように目を細め、現場の魔法使いとしての鋭い仮説を口にした。


「『睡眠』以上の精神干渉なんて、魔法学の常識じゃ聞いたこともないが……。もし本当に『対象の精神を操る』なんてことが可能なら、術者と対象の性別の違いを利用して、心の隙間に直接魔力を流し込むような、とんでもなく悪趣味な術式なのかもしれないな」

「……性別の違いを利用して、心の隙間に。……恐ろしいですね」


 ミリアナが戦慄せんりつを覚えたように肩を震わせると、レイフェは冷徹に言葉を続けた。


「だが、対象を絞るってことは、逆に言えば条件に当てはまらない奴には脅威にならないってことだ。それで、その発動条件ってのは?」

「はい。その暗殺者が標的とするのは……『過去の罪悪感や無力感』を抱え、それでも『強さに執着する女』だそうです」

「……は? なんだその、人間の古傷をわざわざえぐるような胸糞悪い条件は」


 レイフェは顔をしかめ、心底吐き気を催すような声で吐き捨てた。

 そして、百戦錬磨の魔法使いとしての鋭い疑念を口にする。


「だが、待てよ。そんな複雑で具体的な条件、どうやって相手の心の中を見透かして判断するって言うんだ? 相手の心を読めるのは、あの『暴走女リオナ』の方だっただろう?」

「はい。ですが、その暗殺者がどうやって標的の条件を見極めているのかまでは、リフレット殿も語られませんでした」

「……なら、その暗殺者には他に得体の知れない力があるのかもしれないな。皇帝すら知らないという、残り二つの『無魔法』のどれかに、相手の過去や精神の古傷を精密に測るような、えげつない能力が隠されているんだろう」


 レイフェは腕を組み、忌々しげに推測を立てた。

 だが――現場の指揮官として極めて論理的で鋭いこの推測は、完全に『外れ』ていた。

 あの暗殺者が相手の過去やトラウマを正確に把握する手段。それは未知の無魔法などではなく、対象の『記憶そのものを直接覗き見る』という、全く別の恐るべき力によるものだ。

 そして、その最悪の力の存在を知っているのは、この世界でアミアただ一人である。

 真実を知る由もないレイフェたちは、限られた情報の中で敵の能力を誤認して測るしかない。


「ええ、本当に悪趣味な力です。……ですが逆に、リフレット殿はこうも言っていました。『愛が強すぎる人間には絶対に使わない』と」

「ほう。……限定的で厄介な条件だな。だが……愛、か。あの親バカなハーヴェーのことだ。アメリアについては『大丈夫だ、あの子には深い愛があるから』とでも言って安心してるんじゃないか?」

「はい。その通り仰っておりました」


 ミリアナの言葉に、レイフェは「全く、あいつらしいな」と少しだけ毒気を抜かれたように息を吐いた。

 ミリアナは、少し言いづらそうに咳払いをして、報告を続けた。


「ええ……。それに、先日精霊の森で魔獣から逃げ延びた際の話なのですが。あの極限状態を生き延びた直後とはいえ、暗い洞窟の中で、その……お二人で、強く長く抱き合っておられたそうで……」

「はぁ?」


 レイフェは呆れたように口を半開きにした。


「極限状態で抱き合っただと? おいおい、いくら何でもさすがの私とお前でもそんな事しないぞ」

「ですよね! あり得ませんよね!」


 ミリアナは我が意を得たりとばかりに前のめりになった。


「帝国の使者にも『一人の女としての愛があるんじゃないか』などとからかわれておられましたし……! いくら血の繋がらない姉妹とはいえ、うら若き令嬢同士があそこまで強く……ゴホンッ」


 ミリアナは、自分が少し熱くなっていることに気づき、慌てて眼鏡のブリッジを押し上げて冷静さを取り繕った。


「……と、とにかく。お互いを想い合うお気持ちは、痛いほど伝わってまいりました」

「まあ、死にかけて命拾いした直後なんだ、感情が爆発したんだろ。……だが、なるほどな。そのアミアとネフェリアって少女たちは、間違いなくその『愛が強すぎる人間』に分類される」


 レイフェはニヤリと口角を吊り上げ、鼻を鳴らした。


「なら、あの子たちは暗殺者の精神魔法の条件からは外れる。……標的にはならないってことだろ?」


 ミリアナは深く納得したように頷いた。


「はい。リフレット殿も、お二人のその愛の強さを見て『あなた達が狙われることはないだろう』と仰っていました」

「ふん。ただの過保護な姉妹かと思えば、その重すぎる愛が、結果的に最高の『盾(精神防御)』になっているとはな。面白いガキ共だ」


 ――だが。


 現場の指揮官として極めて論理的なレイフェのこの推論も、シャドウの『真の異常性』の前では完全に外れていた。

 シャドウは「愛が強いから狙わない」のではない。自分を惨めにさせるその美しい『無償の愛』を心の底から憎悪しているからこそ、あえてそれを徹底的に壊し、汚してやろうと執着してくる悪魔なのだということを、彼女たちはまだ知らない。


「それに、リフレット殿はこうも言っていたそうです。その暗殺者には『基本属性では絶対に歯が立たない』と」

「ほう。ならどうやって倒すって言うんだ?」

「『あいつの深い影や闇は、それを照らす光魔法使いじゃなきゃ倒せない』……と。だからこそ、皇帝は光を求めて、ずっと光魔法使いを探していたそうです」

「……そうか」


 レイフェは腕を組み、鋭い目を細めた。


「待てよ。皇帝がずっと光を求めているのなら……目の前に喉から手が出るほど欲しい『天敵』の光が現れたなら、その場にいた使者が手を出して、帝国へ連れ去って囲い込もうとするのが普通だろう。それに、天敵である暗殺者本人が光の少女を直接殺しに来る危険だってある」

「いえ。それについては『帝国はどうもする気がない』と聞きました」

「どうもする気がない?」

「はい。皇帝は、アミア様を暗殺者にぶつけるつもりはない、争いの道具にする気はないから安心しろと……リフレット殿がはっきりと明言していったのです。……それに暗殺者本人についても、リフレット殿は『帝国でも好き勝手やっている暗殺者で、何の目的で動いているのかは知らないが、直接的な事はしてこないだろう』と言っていました。さらに、強硬派である『策略家キャサリーヌ』の陣営の方も、完璧を求める狂人ゆえに未熟な力には興味すら示さないそうです。だから、今の未熟なアミア様たちが即座に暗殺や策略の標的にされることはないだろうとも」

「……ふん。自国でも好き勝手やらせている暗殺者に、未熟だからと標的を見逃す傲慢な完璧主義者。それに、血に飢えたアセレリア帝国のトップが随分とまた甘いことを言う。どいつもこいつも気味が悪いな」


 レイフェが鼻を鳴らすと、ミリアナは静かに首を横に振った。


「甘いのではありません、姉さん。……その若き皇帝は、心底戦争を嫌っているのです。リフレット殿の話によれば、今の皇帝が即位したのは、わずか『十五歳』の時だったと」

「……は? 十五歳だと?」

「はい。そして、血に飢えた強硬派の重鎮たちを相手に、たった一人で交渉してあの休戦協定をもぎ取ったのが、十七歳の時だったそうです。……完全な平和条約にできなかったのは、即位したばかりの少年皇帝には、大人たちを完全に抑え込む権力がまだなかったからだと」

「……ッ」


 レイフェは、言葉を失った。

 かつて最前線で帝国軍の恐ろしさを肌で知っている元副団長だからこそ、その事実がどれほど常軌を逸した偉業か、痛いほど理解できた。


「あの好戦的なバケモノどもの巣窟で、たった十五歳のガキが……一人で玉座に座って、戦争を止めたっていうのか……」

「はい。大国の大臣であるハーヴェー様でさえ、絶句しておられました」


 レイフェは、呆れたように天井を仰ぎ、やがてフッと自嘲気味に、だがどこか痛快そうに口角を上げた。


「……なるほどな。十五歳で国をねじ伏せた皇帝に、十一歳で敵国の使者と極秘同盟を結ぶ公爵家の連れ子、か。……最近のガキは、どうなってんだ。末恐ろしいにも程がある」


 だが、事態が異常であることに変わりはない。

 光と闇の理の崩壊。暗躍する帝国の暗殺者。そして、ジェックの死の真相を握るシャリアとキャサリーヌの影。


(……これは、チャンスだ)

(……妹のためにも、ジェックのためにも、私が動く時が来たようだな)

「いいだろう、引き受けてやる。その『光』と『闇』が、リィエル家の闇を暴く鍵になるならな」

「それに……妹に無理をさせた責任は、そのガキ共を徹底的にしごくことで取らせてもらう」


 レイフェの瞳に、悪鬼のような教官の光が宿る。


「地獄を見せてやるよ。……覚悟しておけと伝えな」

「えっ? 姉さん、本気ですか?」

「ああ。それに……ジェックの娘がどんな面構えに育ったか、見てみたいしな」


 レイフェはバサリと上着を羽織った。

 青いポニーテールが揺れる。

 その動作だけで、部屋の空気が“戦”に寄る。


「ミリアナ。彼女たちと会うのは四日後だったな」

「はい、そうですが」

「なら、四日後の特訓の前に――私の所に連れてきなさい」

「……地下訓練所へ行く前に、ですか? 姉さん」

「何でって? まさか公爵令嬢と、そのお上品な妹が揃って、ヒラヒラのドレスで特訓に来るわけじゃないだろうな?」

「……あ」


 ミリアナが口を開けたまま固まる。

 貴族の令嬢たちの外出着といえば、ドレスが常識だ。


「戦いは戦だ。万全な服装でなければならない。フリルだのリボンだの、邪魔なだけだ」


 レイフェは当然のように言い放つ。


「わかったわね、ミリアナ。私が彼女たちにぴったりの戦闘服を見繕ってやる」

「……はい、わかりました」


 ミリアナは疲労の色を濃くしながらも、ようやく安堵あんどの息をついて深く頷いた。

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