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処刑された『闇魔法使い』の姉を救うため、死に戻った『光魔法使い』の妹は運命に抗う ~役立たずと捨てられた義妹ですが、今度は絶対に守り抜きます~  作者: 東明時裕夜
第三章 帝国の右腕と地下図書室の秘密

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幕間19 無魔法の嘘と策略家の欠陥魔法

 少しだけ表情を和らげたのも束の間、ミリアナは再び顔を強張らせ、手にしていたマグカップを机に置いた。

 部屋の空気が、一段と重く冷たいものに変わる。彼女は周囲を警戒するように一度視線を巡らせると、さらに声を潜めた。


「それに、姉さん。先ほど、地下訓練場でアミア様たちとお会いしていた際……信じられない人物と遭遇したのです。アセレリア帝国の使者が王城の地下深くにまで潜入しており、ハーヴェー様を通じて国王陛下への伝言を残していきました」

「何? 使者だと?」

「はい。リフレット・キュルムという女性です」

「……何? リフレットだと!?」


 レイフェの顔色が変わった。


「なんであの帝国の特使が、わざわざ王都に潜入しているんだ?」

「はい。……知っているのですか? 姉さん」

「いや、直接会ったことはないが……副団長時代、まだ帝国と泥沼の戦争をしていた頃に、兵団の独自の諜報網が掴んだ極秘の軍事資料で見たことがある。帝国には『鏡』の幻級魔法を操る、腕の立つ危険な隠密がいるとな。軍事特化の機密だったから、文官のトップであるハーヴェーには回っていない情報だったはずだが……」


 レイフェは鋭い目を細め、深く納得したように鼻を鳴らした。


「そうか。あの軍事機密の最深部にいたバケモノ隠密が、今じゃ若き皇帝の右腕に収まっているってわけか。それにしても、そんな実力者が、一体何の用だ。まさか……先日、兵団が騒いでいた『森での魔獣事件』にでも絡んでいるのか?」


「ええ、その『まさか』です。先日起きた『精霊の森での魔獣事件』について、彼女の方から接触してきました。彼女の口から直接、帝国の強硬派である『策略家キャサリーヌ』が裏で手引きをしていると聞きました」


「……キャサリーヌだと? あいつか」

 レイフェの瞳に、鋭い敵意がひらめいた。かつて魔法兵団として、盤上の知略戦で激しくやり合った狂気の完璧主義者の名だ。


「ええ。そして……シャリア夫人が最近屋敷に引き入れた得体の知れないメイド長が、その事件の証拠隠滅を図ったそうです。リフレット殿の隠密の情報によれば、そのメイド長こそが『策略家のスパイ』であり、シャリア夫人は彼女に踊らされているだけの操り人形だろうと……。しかもそのメイド長は、無魔法『ミスト』と、対象の記憶を読み取り幻影や分身まで作り出す幻級魔法『ファントム』を使うそうです」


「シャリアのメイドが幻級魔法を……そうか。だから証拠がないのか」


 レイフェはギリッと奥歯を噛み締めた。


 十一年前のジェックの事件も、全てあの女狐の完璧な隠蔽工作によるものだったのだ。


「そして姉さん、実はもう一つ驚いたことがあります。……幻級魔法と、帝国についてです」

「何だ?」

「リフレット殿の話によれば、帝国には現在、皇帝自身やリフレット殿、キャサリーヌ、そして心を読み制約もない暴走女など……計五人もの幻級魔法使いが存在しているそうです」

「しかし、五人もね。確かレイシラムも幻級魔法を持っていたな。かなり強力なやつを」

「レイシラム様もですか?」

「あぁ。だが、強力な上使える魔法は限られているがな。戦場では結構な兵士を減らしていた」


 レイフェは短くそう補足してから、再び険しい顔で問い返した。


「……待て。あのキャサリーヌとかいう女も、幻級魔法使いなのか?」

「ええ。リフレット殿によれば、『転移テレポート』の幻級魔法だそうです。どこへでも一瞬で移動できると……」

「だがあの女……私が直接対峙した時、数回しか『消えた所』を見ていない。それに、現れる場所も常に限定的だった。何か裏があるとは思っていたがな」

「姉さん、鋭いですね……」


 ソファで少し息を整えたミリアナが、使者から聞いた事実を口にした。


「リフレット殿が言うには、幻級魔法には『一人につき一つまで』という絶対のルールがあり、その『転移』にも『初めて行く場所には飛べない』という明確な制約があるそうなのです」

「なるほどな。昔、前線の戦場で帝国の捕虜から『幻級魔法は一人一つまで』という法則や、転移の制約についての噂を吐かせたことがあったが……。私たちの国の禁書にも一切載っていない眉唾まゆつばの噂だったし、あの完璧主義の女が、その制約や限界を悟られないように立ち回っていたから確信が持てなかった。お前の報告を聞いて、あの時の帝国の噂は真実だったのかと腑に落ちたよ」


 長年の敵の不可解な行動の謎が解け、レイフェは深く納得したように頷いた。だが、ふと鋭い視線をミリアナに向けた。


「だが……ミリアナ。その使者は、『一日に使える回数』については何も言っていなかったのか?」

「えっ? 回数、ですか? はい……場所の制約については仰っていましたが、リフレット殿は回数については何も……」

「そうか」


 レイフェは目を細め、かつての激戦の記憶を掘り起こすように低く呟いた。


「……多分だが、あの転移には明確な『回数制限』があるはずだ」

「回数制限……ですか?」

「あぁ。どんなに激しい盤面でも、私が対峙した中で、あいつが一日のうちに転移を使ったのはたったの数回だった。もし無制限に連発できるなら、あいつの性格上、私の部隊はもっと早く全滅させられていたはずだからな。……使者が教え忘れたのか、意図的に伏せたのかは知らんが、一日に数回が限度だと見て間違いないだろう」

「一日に数回……。なるほど、姉さん、さすがの分析力です」

「それに姉さん。……その『場所の制約』を聞いた直後、あのアミア様は即座に『ならば国王陛下は安全だ』と見抜かれたのです」

「なんだと?」

「『王様がいらっしゃる謁見の間や御寝所といった聖域に、帝国の人間である彼女が足を踏み入れたことはないはず。だから転移で直接刃を突き立てることは物理的に不可能だ』と……。敵の能力の限界から、即座にこの国の最大の防衛戦略を導き出されたのです。ハーヴェー様も、ただの少女の思いつきではないと、その見事な盤上計算に舌を巻いておられました」


 レイフェは目を丸くし、やがて感心したように「ほう……」と息を漏らした。


 ただの強力な魔法使いというだけではない。極限の恐怖と絶望の情報を前にしても、決して思考を止めず、相手のルールの隙を突いて盤面をひっくり返そうとする冷徹な戦術眼。


 (……十一歳の子供が、そこまで頭が回るのか)


 だが、ミリアナから語られる帝国の『規格外の化け物たち』の報告は、まだ終わっていなかった。

「その転移のキャサリーヌの他に……心を読み、制約もない暴走女など、計五人も存在しているそうです」


「……待て。心を読む女だと? 確かリフレットは、そいつを『リオナ』と呼んでいなかったか?」

「え、はい。確かにそう仰っていましたが……姉さん、心当たりが?」


 レイフェは苦々しく顔を歪め、忌々しそうにこめかみを押さえた。


「……あいつ、帝国人だったのか」

「えっ?」

「一度だけ、注意したことがあるんだ。魔法兵団を辞めてから数年後、あてもなくぶらぶらしていた時のことだ。……ある街のカフェで、どうしても食べたいデザートがあったらしくてな、品切れだと言い張る店主と派手に揉めてやがったんだよ」

「デザートで……店主と?」


 ミリアナが呆れたように問い返すと、レイフェは鋭い視線を投げた。


「あぁ。見かねて間に入ったんだが、そのまま一回やり合う羽目になってな。……だがあいつは異常だった。私の動きをすべて先読みしているみたいに、攻撃をひらひらとかわしやがった。挙句の果てに、こっちが名乗るより先に『あんた、元副団長なんだって? 強いけど甘いものには興味ないみたいだからつまんない』なんて、私の経歴から思考までベラベラと喋り出しやがったんだ」

「あの姉さんと一対一でやり合って、無傷で……。心を読める幻級魔法。それもリフレット殿によれば、代償も制約も一切ないデタラメな力だそうです」

「ハッ、道理でな。……だが、一つ妙なことがあった。あいつは私の思考を完全に読み取っていたくせに、最後まで私のことを『青髪の元副団長』としか呼ばなかったんだ。私が『レイフェ』だという名前には、一言も触れずにな。……まるで、頭の中は覗けても、名前という個人の『ラベル』だけは見えていないみたいだった」

「名前が、見えない……?」


 ミリアナが困惑したように呟き、ふと思い出したように言葉を付け加えた。


「そういえばリフレット殿が、その読心魔法の対策として『無心になるか、全く別のどうでもいい事を考えるしかない』と仰っていました」

「なるほど。思考を完全に切り離してしまえば、相手が読み取れるのは表層に浮かべた『どうでもいい偽装』だけになるってわけか。……次に顔を合わせる事があったら、試してみる価値はありそうだな」


 レイフェが鋭い目を細めると、さらに呆れたように言葉を継いだ。


「あぁ。それに、あいつのデタラメさは読心だけじゃない。……一通り暴れて満足したのか、『じゃあね、おばさん』と言い残すと、あいつはそのままふわりと宙に浮きやがったんだ」

「……え?」

「無魔法『飛行フライト』。あいつ、そのまま空を飛んで帰っていきやがった。……全魔法使いが一生をかけて夢見る、あの伝説の魔法を、まるでお散歩でもするかのように使いこなしてな」

「……飛行フライト、ですか。空を飛べるという、あの伝説の……。あぁ、なんてこと……」


 ミリアナは戦慄せんりつを覚えたように温かいマグカップを握る手に力を込めたが、ふと何かに気づいたように顔を上げた。


「……無魔法? おかしいですね。姉さん、リフレット殿は地下図書室で、『自分も皇帝も、その暴走女リオナも、無魔法は一つも持っていない』と、あっけらかんと仰っていました」

「ハッ、見え透いた嘘だな」


 レイフェは腕を組み、忌々しげに鼻を鳴らした。

「自陣営の手札を隠すための情報操作だろう。ペラペラと喋って親切なふりをしながら、一番肝心な戦力については息を吐くように嘘をつく。さすがは皇帝の右腕ってわけだ」

「それにミリアナ。その使者は、キャサリーヌの『無魔法』について何か言っていなかったか?」

「ええ。キャサリーヌが一つ持っていることは認めていましたが、『どんな力なのか、詳細は私も知らない』と言っていました」

「ハッ、やっぱりな。使者が本当に知らなかったのか、あえて言わなかったのかは知らんが……あいつは、自分の無魔法を滅多なことじゃ使わないからな」


 レイフェは忌々しげに言葉を継いだ。


「キャサリーヌの持つ無魔法は『物質強奪スナッチ』。離れた場所から狙った対象物を、自分の手元に強制的に奪い取る魔法だ」

「強奪……! 先ほど姉さんが見抜いた『一日に数回が限度かもしれない転移』と合わされば、それでも十分に防ぎようのない恐ろしい脅威になるのでは……!?」

「普通に考えればな。だが、あの無魔法には致命的な欠陥がある。成功率が『五分五分』なんだよ」

「五分五分、ですか?」

「あぁ。狙った物を正確に奪えるか、それとも全く関係ないその辺の石ころやゴミを掴まされるか……完全に運任せのデタラメな確率だ。すべての盤面を自らの計算通りに完璧に支配したいあの『狂気の完璧主義者』にとって、不確定なギャンブル能力なんて、自分のプライドを傷つける一番の屈辱だろうさ」


 レイフェは鋭く目を細め、敵の心理を完璧に紐解いた。


「それに、一日に数回しか使えない貴重な『転移』を、そんな成功するか分からない泥臭いギャンブルのために消費するなど、あいつの計算高い性格からしてあり得ない。だからあいつは、不確実な自分の魔法で手を汚すより、シャリアのような確実に動く『手駒』を用意して裏から操る方を好むのさ」

「……なるほど。完璧主義ゆえのプライドと、能力の効率ですか」

「あぁ。そんな面倒な性質だから、使者もあえて言わなかったか、あるいは本当に知らされていないんだろうな」

「……完全に騙されていました。まさか、あの場で堂々と自分たちの無魔法について嘘をつき、隠していたなんて」


 ミリアナが青ざめると、レイフェは鋭い視線で妹を見据えて告げた。


「ミリアナ。リフレットが嘘を混ぜていた事と、そのリオナという女が読心と飛行を併せ持ち、キャサリーヌも無魔法を隠し持っている厄介なバケモノだって事は、ハーヴェーにはお前から報告しておけ。……だが、アミア様たちには言わなくていい」

「はい。ですが、どうして……?」

「令嬢たちには余計な不安を煽るだけだ。 ただでさえ帝国の規格外の戦力に肝を冷やしているんだ。そこに『使者の言葉は嘘で、敵はさらなる無魔法まで持っていた』なんて教えれば、あの子たちの心が折れかねん。真実は私たちが握っていればいい。あの子たちには、目の前の特訓にだけ集中させろ」

「承知いたしました」


 ミリアナは深く納得したように頷いた。

 一時の沈黙が落ちる。レイフェはふと、窓の外の遠い空へと視線を向け、忌まわしい記憶を呼び起こすように低く呟いた。


「あぁ、そうだ。幻級魔法の読心に加えて、伝説の無魔法『飛行』まで平然と使いこなす規格外のバケモノ。……あの日、空の彼方へふわりと消えていくあのガキの背中を見上げて、私は生まれて初めて自分の『常識』ってやつが粉々に砕ける音を聞いたよ」


 レイフェは腕を組み、自嘲するように鼻を鳴らした。


「……通りで、皇帝も手を焼かれるはずですね」

 ミリアナは深く納得したように息を吐き出した。

「地下図書室で、リフレット殿も呆れたように仰っていたのです。『あいつは自由奔放すぎて、皇帝も手を焼いている』と……」

「ハッ、違いないな。あんなデタラメな力を持ったイカれたガキ、あの帝国のトップだろうが誰にも制御なんて出来やしないさ」


 レイフェが忌々しげに吐き捨てたその言葉に、ミリアナはふと違和感を覚えて聞き返した。


「……待ってください。姉さん、今『あのガキ』と仰いましたか? ということは、その暴走女は子供だったのですか?」

「いや。私よりも背はあったが……見た感じ、せいぜい十五歳くらいだったな」

「十五歳……。そんな年端としはもゆかない少女が、一人でそれほどの力と暴虐を……」


 絶句するミリアナを前に、レイフェは重く頷き、冷めきったマグカップの残りを一気にあおった。


「全く、親の顔が見てみたいわ。ほんと」


 呆れと疲労の入り混じった声でそう吐き捨て、かつての猛将は深く、重いため息を落とした。

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