第43話 姉妹の剣と盾と2度目の誓い
門の外には、公爵家の馬車が停まっており、その傍らには、朝私たちを見送ってくれたメイドのリリナさんが待機していた。
「お嬢様! アミア様! お迎えが早すぎたかと思っておりましたが、ちょうど良かったようですね」
彼女の忠実な仕事ぶりに感謝しつつ、私たちは馬車に乗り込んだ。
窓の外は、まだ活気のある午後の城下町だ。
「……ふぅ……」
馬車が動き出し、完全に二人きりの空間になった途端、緊張の糸が切れ、どっと疲れが押し寄せてくる。
「本当に、色々なことがありすぎたわね……」
向かいの席に座るお姉様が、深くため息をついて私の手をそっと握った。
「ええ……。頭がパンパンです」
「……ねえ、アミア」
お姉様が、少しだけ真剣な瞳で私を見つめてきた。
「さっき、メリア様の前では『なんとなく』って誤魔化していたけれど……。本当はどうしてあの時、『ファミル』や『リィエル』の家名じゃなく、お母様の『レフィーナ』の名前を名乗ったの?」
その優しい問いかけに、私は膝の上でギュッと拳を握りしめ、ぽつりと本音をこぼした。
「……シャリアの言いなりになって、すっかり冷たく変わってしまったお父様の『ファミル』の名前も。……私たちを苦しめるあの女が当主の顔をしている『リィエル』の名前も……今の私には、どうしても胸を張って名乗る気になれなかったんです。だから……メリア様の前では、優しくて強かった本当のお母様の娘として、誇りを持って名乗りたくて」
私の言葉に、お姉様はハッとして、痛ましそうに目を伏せた。
「……そうね。ごめんなさい、アミア。さっき図書室で、私はあなたのあの姿を『気高くて美しい』なんて褒めてしまったけれど……あの誇り高い表情の裏で、あなたがどれほど苦しい思いで名前を口にしていたか、その痛みにまで気づけなかった」
「お姉様……」
「あなたが名乗った瞬間も、私ったら貴族の体裁ばかり気にして戸惑ってしまって……本当に、姉として不甲斐ないわ」
「あなたの言う通りだわ。もし本当に、シャリアお母様がお義父様の事件に関わり、私たちを魔獣の餌食にしようとしたのだとしたら……今の『リィエル』の名前は、決して誇れるものじゃない」
お姉様は、実の母に対する底知れない恐怖と絶望を堪えるように、微かに声を震わせた。
(……お姉様……)
私は、お姉様の痛々しい横顔を見つめながら、ずっと胸の奥に引っかかっていた疑問を、そっと口にした。
「……ねえ、お姉様」
「なぁに、アミア」
「私が公爵家に来る前……お姉様は、シャリア義母様のこと、愛していたんですか?」
私の静かな問いかけに、お姉様は少し驚いたように目を瞬かせた。
そして、遠い過去の、もう手の届かない温もりを探すように寂しげに目を伏せ、ぽつりと呟いた。
「ええ、もちろんよ。……あなたと出会う前は、確かに愛していたわ。お母様も私を優しく抱きしめてくれて、夜にはあの『奇跡の魔法』の絵本を読んでくれたりしたの」
「……」
「でも……あなたとお義父様が公爵家に来てから。ううん、正確にはその少し前からね。お母様は、だんだんと変わっていったわ。私への愛はあったはずなのに……私のことを見ないことも多くなって、いつも何かに追われているような、冷たい目をするようになったの。……あの頃の、優しくて甘い香水の匂いまで、すっかり冷たいものに変わってしまったような気がして……」
(……そうだったんだわ)
私は、膝の上でギュッと拳を握りしめた。
かつては娘を愛していたはずの母親すらも、己の欲望と、裏で糸を引く策略家の悪意によって歪められ、最後には実の娘すら実験の道具にする『化け物』に成り果ててしまった。
その事実が、お姉様をどれほど深く傷つけているか。
「……でも、今はもう、分からないわ」
お姉様は、震える声で自嘲するように笑った。
「ハーヴェー様の言う通り……自分の娘の命さえ、道具にしようとしたのかもしれない人を。これからその残酷な真実を知って……私はどう愛せばいいのか……。ねえ、アミア。あなたはどうなの? お母様のこと……」
お姉様の問いに、私は言葉に詰まった。
(……言えるわけがない)
(アレトお父様を違法な薬で汚して心を縛り付け、レオニス王子との身代わり婚約で、お姉様を冷たい孤独のどん底に突き落とした。そして、私を守ろうとしたお姉様から、無理やり笑顔を奪い去った……!)
(私たちの家族を内側から食い破った『あの女』を、私が愛することなんて、絶対にあり得ない!)
胸の奥で煮えたぎる激しい憎悪。
(……でも、ダメよ。私がここでその呪詛を吐き出せば、ただでさえ母親の裏切りに血を流しているお姉様の心を、さらに深く抉ってトドメを刺してしまうだけだわ)
実の母の残酷な変貌に誰よりも心を痛めているお姉様を前にして、私がその怒りをそのまま口に出すことはできなかった。
私はただ、ギリリと奥歯を噛み締め、憎しみを腹の底へと呑み込んで沈黙することしかできなかった。
そんな私の痛々しい沈黙を見て、お姉様はすべてを察したように、悲しげに微笑んで私の手を優しく包み込んだ。
「……そうよね。言えないわよね。あなたのお父様をおかしくさせてしまったかもしれない人だもの」
「お姉様……」
「そんなお母様を愛している、なんて……言えるはずないわよね」
私はうつむき、ただ小さく頷くことしかできなかった。
(……お姉様は今、お母様が変わり果ててしまったかもしれないという疑惑に苦しみながらも、心のどこかではまだ『かつての優しいお母様』を信じたいと願っているのだわ)
(一周目のお姉様は、自らの呪われた闇魔法に怯えて殻に閉じこもり、最後は孤独の中でシャドウに心を壊されて、シャリアの言いなりになってしまった)
(もし、お父様を壊し、私たちを魔獣の餌食にしようとしたというシャリアの犯罪のすべてを完全に知った時……その残酷な真実の重みに、お姉様の心はまた一周目のように壊れてしまうのだろうか? お母様という絶対的な存在に、自らの意志で逆らう力が残っているのかどうか、今の私にはまだ分からない)
(……いや。きっと大丈夫だわ。今のお姉様は、もうあの時のようにただ闇に怯えてうつむくだけの弱い人じゃない。前を向き、自分の力と運命に立ち向おうとしている。……たとえどんなに残酷な真実が待っていても、今のお姉様なら、絶対にその絶望を乗り越えられるはずよ)
そんな私を安心させるように、お姉様の声が優しく、けれど力強く響く。
「……でもね、アミア。たとえあなたがどれほどお母様を憎んでも、嫌いになったとしても……私のあなたへの愛は、絶対に変わらないから」
「……っ」
その真っ直ぐな言葉を聞いて、私の心臓がドクンと大きく跳ねた。
(愛は、変わらない……)
(……ま、待って。さっきメリア様とお話ししていた時もつい変な想像をしちゃったけど……やっぱり、地下図書室でリフレットさんがからかっていた言葉が、どうしても頭から離れない……!)
(確かに、私たちは血の繋がらない姉妹だ。それに、今のお姉様の言葉、すっごく真っ直ぐで重かったし……じゃあ、今お姉様が言った『愛』って、純粋な家族としての愛なの? それとも、さっき私が妄想しちゃったみたいな『女として』の……!?)
(いやいやいや! だからそんなわけないでしょ! 何をまたぶり返して一人でパニックになってるの、私! お姉様の言葉は純粋な家族の愛よ! 決まってるじゃない!)
私が一人で勝手に照れて、頭の中でぐるぐると変な勘違いを打ち消していると、お姉様はそんな私の内心など知る由もなく、ふわりと優しく、慈しむような微笑みを浮かべて言葉を続けた。
「実はね、アミア。あなたは洞窟の時、初めて出会った時のことを今でも覚えていると言ったでしょう?」
「はい……お姉様がかけてくれた優しい言葉も、抱きしめてくれた温もりも、昨日のことのように覚えています」
「ふふ、ありがとう。……でもね、ずっと聞きたかったの。初めて出会った時の私を、あなたは嫌がったでしょう?」
「……ッ」
図星だった。
私は一瞬息を詰め、それから偽りのない本音を、静かに口にした。
「……はい。あの日、お姉様なんていらないって、心の底から思いました。知らない場所に連れてこられて、勝手にお姉様だなんて名乗るあなたを、私は拒絶していたんです」
「ふふ、やっぱり。あんなに可愛く威嚇されたのは、後にも先にもあの時だけだわ」
お姉様は少し寂しそうに、でも愛おしそうにくすくすと笑った。
「でも、今は違います。……あの時、お姉様が諦めずに私を見つけてくれたから。心を閉ざしていた私の手を、強引にでも引いてくれたから、今の私があるんです。……私を妹にしてくれて、ありがとうございます」
私が深々と頭を下げると、お姉様はハッとしたように目を瞬かせた。その赤い瞳が、春の陽だまりのような温かさで潤んでいく。
「……あなたから、妹にしてくれてありがとうなんて言われたのは、初めてよ。アミア」
「……え?」
お姉様のその言葉に、今度は私が硬直した。
(……そういえば、そうだった)
(一周目のあの日。冷たくて暗い地下牢の中で、私たちは互いの愛を確認し合ったけれど……あの時は死の恐怖と絶望に押し潰されそうで、こんな風に真っ直ぐに、笑顔で感謝を伝える余裕なんてなかった)
(二周目のあの日。魔獣に追われて逃げ込んだ暗い洞窟の中で、私は確かに『初めて出会った時を覚えている』と言ったけれど……あの時はまだ秘密を抱えることに必死で、お姉様との『共犯者』になる約束をするのが精一杯だった)
(今、この暖かな陽射しが差し込む馬車の中で、ようやく言えたんだ。何の悲劇も起きていない、ただの平和な時間に。私のわがままでお姉様の手を煩わせていた、あの最初の出会いまでを肯定して……心から、『ありがとう』って)
胸の奥からせり上がってくる熱い塊を、私は懸命に飲み込んだ。
すると、お姉様は目を細め、愛おしそうに言葉を紡いだ。
「……私こそ、あなたを姉にしてくれてありがとう。アミア。……あなたが私の妹で、本当によかった」
(……その言葉をお姉様から聞くのは、実は三度目ですよ。お姉様……)
(一度目は、一周目のあの地下牢。絶望に打ちひしがれる私に向けて、血を吐くような思いで絞り出してくれた最期の別れの言葉として)
(二度目は、数日前のあの洞窟の中。共に運命に抗うための、悲痛な誓いの言葉として)
(そう……お姉様はいつだって、死の恐怖や絶望の中でも、私を妹として愛することに迷いはなく、その言葉を伝えてくれていた)
(ようやく今、こんな風に穏やかな笑顔で、その愛を受け取ることができたのね)
「実はね、アミア。私もあの時、少し寂しかったのよ。実のお父様が森で行方不明になってから、ずっと心に穴が空いたみたいで」
「だから、公爵家の部屋の隅で孤独に震えて泣いていた小さなあなたを見つけた時……なんだか、自分と同じに見えたの。それで、私がこの子を守ってあげなきゃって。だから私は、あなたを私のたった一人の妹にしたのよ。……本当に、愛しているわ。アミア」
(……そうだったんだ。お姉様も、あの時、私と同じだったんだ)
私を優しく抱きしめるお姉様の心臓の音が、トクン、トクンと私の耳に伝わってくる。その一定のリズムが、何よりも確かな「生」の証として私の心を安らげた。
(……あの日、お姉様が私を『家族』として見つけてくれた。だから私は、たとえ二つの魂を持つバケモノになっても、正気のままでいられる。……お姉様。私、あなたの妹になれて、本当に幸せです)
(今度は、私があなたを見つける番だわ。お姉様がどんな闇に飲み込まれそうになっても、何度だって私がその手を掴んで、日向へと連れ戻してみせる)
「……はい、お姉様。あの日、私を見つけてくれて……本当にありがとうございます。私も……お姉様が大好きです」
私はお姉様のドレスの裾をぎゅっと握りしめ、その温もりに顔を埋めた。
この温かな「今」を守るためなら、私は自分の全てを、何度だってこの盤上に賭けてみせる。
――と、ここまで心の底から感動に浸りきっていた、その時だった。
(……あっ、ちょっと待って)
(一周目のあの地下牢で、お姉様は私への深い愛情を自傷してまで証明してくれた。……でも、こんな風に真っ直ぐに、はっきりと『愛しているわ』と直接言われたのって……今日が初めてじゃない!?)
先ほど必死に「気のせい」だと打ち消したはずのリフレットさんのからかいが、再び頭の中でけたたましく鳴り響いた。
私は、お姉様の胸に顔を埋めたまま、ボフッと音が出そうなほど顔を茹でダコのように赤くして、思わず口走ってしまった。
「お、お姉様……! 私、お姉様に真っ直ぐ『愛している』なんて言われたの、初めてです。今までも愛は行動で感じていましたけど、そんな風に直接言われたことはなかったので……!」
「アミア……?」
「そ、それに……! まさかさっきの『愛している』って、リフレットさんが言っていたような……私のこと、その、『女としての愛』という意味じゃ……!?」
私が慌てて顔を上げ、両手で頬を覆いながら尋ねると、お姉様はカッと顔を火でも噴き出しそうなほど真っ赤に染め、両手をぶんぶんと振って激しく狼狽した。
「ち、ちっちがうからね!? そ、そういう『女としての愛』じゃないわよ!? 私は純粋に、家族としてアミアを……!」
その必死な否定と、耳まで真っ赤にして慌てふためくお姉様の珍しい姿を見て、私は毒気を抜かれたようにクスッと吹き出してしまった。
「ふふっ……あははっ! やっぱり、お姉様もリフレットさんに言われたこと、気にしてたんですね!」
「も、もうっ……! アミアまでからかわないでよ……」
お姉様は恥ずかしそうに頬を膨らませ、そっぽを向いてしまった。
重苦しかった馬車の中に、年相応の少女たちらしい、クスッと笑える温かい空気が流れる。
「う、うん……。あんな風に言われた直後だから、どうしても少し意識しちゃったけれど……。でもね、アミア」
お姉様は再び私に向き直り、今度は照れを隠さずに、とても優しく温かい微笑みを浮かべた。
「たとえ血は繋がっていなくても……私があなたに向けるこの愛は、間違いなく『家族としての愛』だから。……ううん」
お姉様は少しだけ言い直すように、私の手をきゅっと握りしめ、真っ直ぐに私の緑色の瞳を見つめた。
「これは、私なりの……あなたに対する『姉妹としての、真っ直ぐな愛の告白』よ。それだけは信じてちょうだい」
「……っ、お姉様……」
『愛の告白』。
その言葉の響きに、私の胸の奥に灯っていた小さな緊張が完全に解け、日向のような温かい安心感へと変わった。
「はい! 私も、お姉様からの姉妹としての愛が、世界で一番嬉しいです!」
私たちが照れくさそうに笑い合って、少しだけ軽くなった空気の中。
(今は不意打ちすぎて、照れくさくて上手く言葉にできないけれど……)
(……いつか、私も。お姉様にちゃんと同じ『愛している』という言葉で、この想いを真っ直ぐに返そう)
私は、お姉様の温かい手から伝わる確かな愛情を噛み締めながら、心の中でそっと決意した。
お姉様は優しく微笑んで私の頭を撫でると、ふっと小さく息をつき、少しだけ真剣な表情に戻った。
「……でも、こうして笑い合えるのも、私たちが今日という一日を無事に乗り越えられたからこそね」
「お姉様……」
「確かに、今日は予想外のことでハーヴェー様や帝国の使者であるリフレットさんに、私たちの『光』と『闇』の秘密を知られてしまったわね。……もう完全に『二人だけの秘密』ではなくなってしまったけれど」
お姉様は、私の手を握る力をぎゅっと強めた。
「でも、一番恐ろしいお母様や、この国の王家にはまだバレていないわ。……それに、あの方の口から、帝国の皇帝陛下があなたを求めなかったと聞けたことは……本当によかった、安心したと感じているわ。あなたが遠くへ奪われる心配が一つ減ったのだもの」
「お姉様……」
(……ごめんなさい、お姉様)
私は、心からの安堵を浮かべるお姉様の顔を見つめ、内心でそっと謝った。
(皇帝が光を求めなかったことは、確かに今の私たちにとってはよかったのかもしれない。……でも、あいつを捕まえて決着をつけるという目的だけは、何があっても変わらないわ)
「私たちが洞窟で結んだ、お互いを守り抜くという『秘密の約束』は、まだちゃんと生きているのよ」
「……はい……!」
お姉様の言葉に、凍りついていた心がじんわりと溶けていく。
そして、お姉様は小さく深呼吸をしてゆっくりと顔を上げた。その赤い瞳から、先ほどまでの迷いや絶望の涙は消え去り、代わりに恐怖をねじ伏せるような、強く温かい光が宿っていた。
「……図書室でハーヴェー様にも宣言した通り。王家は必ず、あなたのその優しい『光』を国宝という名目で奪い、道具として利用しようとする。それに……シャリアお母様も、帝国の恐ろしい暗殺者も。私たちの周りには、あなたを脅かす巨大な悪意が渦巻いているわ」
「……はい」
「だからこそ、私はもう、この呪われた力から逃げない。……王家の冷たい鳥籠からは、私が『水』と『闇』の力で覆い隠して、絶対にあなたを隠し通してみせる。さっき地下で誓った通り、私があなたを守る絶対の『盾』になるわ」
「そして……もしあの暗殺者のように、あなたを直接傷つけようとする悪意が迫ったなら。今度こそこの力で、敵を打ち払う『剣』にもなってみせる。あの男の『影』は人を壊す残酷な力かもしれないけれど……私の『闇』は、あなたを守るための力だから」
(……お姉様……)
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
一周目では自分の力を「呪い」だと恐れ、一人で抱え込んで心を壊されてしまったお姉様が、今は私を守るために、王家の目から隠す「盾」となり、敵を討つ「剣」として、その闇を誇り高く振るおうとしてくれている。
(……でも、私は知っている。地下図書室でリフレットさんが言っていた通り、お姉様の『純粋な闇魔法』は他の基本属性と同じように、あの悪魔の規格外の影には吸い込まれてしまう。シャドウの深い闇を打ち破れるのは、伝承にある私の『光魔法』だけだわ)
(でも、だからといってお姉様の闇魔法が無力なわけじゃない)
(王家の目から私を隠す「盾」。シャリアやマリアベルという人間的な悪意への「剣」。シャドウ以外の、この世界に渦巻くあらゆる脅威に対して……お姉様の闇こそが、私たちの最強の守りになる!)
(シャドウという一点だけは、私が光で撃ち抜く。それ以外は……お姉様と二人で、必ず乗り越えてみせるわ)
(私たちが帰る屋敷に潜む、もう一つの身近で恐ろしい脅威……お父様の心を縛り付けた、シャリアの『催眠薬(ヒプノ草)』の毒からは、私が絶対にお姉様を守り抜く。お姉様一人にすべての泥を被らせたりなんてしない!)
(お姉様が私を守る剣と盾になってくれるなら……私は、お姉様の背中を守る絶対の盾になる!)
「はい……! お姉様の闇魔法は、私を守ってくれる一番優しくて、心強い魔法です。……それに、もっと強くなります。お姉様と一緒に並び立って戦えるように」
私は、お姉様の手を固く握り返した。
「ふふ、ええ。一緒に頑張りましょうね」
お姉様が、ふわりと花が咲くように笑った。
「ねぇ、アミア。メリア様のお嬢様……アメリア様って、どんな方だろう。明日、お会いするのが本当に楽しみね」
純粋な期待に目を輝かせるその横顔を見た瞬間――私の胸の奥が、ギュッと締め付けられた。
(……一周目では、お姉様はアメリアさんを私に紹介する前に、シャドウに心を壊されてしまった。そしてアメリアさんは、私を庇って……)
あんなにも絶望的で悲しい出会いと別れしかできなかった二人が、明日は、この窓の外のような暖かな陽射しの中で、笑顔で出会うことができるのだ。
込み上げそうになる熱い涙を必死に飲み込み、私はとびきりの笑顔を向けた。
「ハーヴェー様やメリア様と同じで、きっとお優しくて、真っ直ぐで素敵な方だと思いますよ」
「そうね。ああ、明日が待ち遠しいわ」
ああ、絶対に守り抜く。このお姉様の笑顔も、アメリアさんの未来も、全部。心の中でそう誓いながら、私は馬車の揺れに身を任せた。
***
馬車が公爵家の屋敷に到着した。
私は馬車を降りる直前、膝の上に置いた革鞄の紐をこれ以上ないほど強く握りしめた。この中には、ハーヴェー様から託された「母さんのノート」と、先ほど地下でリフレットさんから受け取った「通信の手鏡」が入っている。
「お疲れ様でした、お嬢様方」
「アミア様、ずいぶん重そうなお鞄ですね。さあ、私がお持ちしてお部屋まで運びますわ!」
リリナさんが無邪気に鞄に手を伸ばす。彼女に悪気はないが、今の私にとってはそれが何よりも恐ろしい。
「あ、ありがとうございます、リリナさん! でも……大丈夫です! 図書室で借りた火魔法の本、どうしても今すぐお部屋で読み返したいんです。だから、自分で持っていきますね!」
「まあ、アミア様ったら熱心ですこと。……でも、すぐにお夕食の時間になりますから、無理はなさらないでくださいね?」
「はいっ!」
私は足早に階段を駆け上がり、自室に滑り込んで内側から鍵をかけた。
すぐに勉強机に向かい、引き出しを完全に引き抜く。昨日、マリアベルの鋭い捜索の目をギリギリで欺いてくれたあの死角――天板の裏側。
そこに封蝋でガッチリと貼り付けておいた『作戦計画書』と、ハンカチに包まれた『スターリーフ』が無事なのを確認する。
私はその隣の死角に、リフレットさんから受け取った『銀色の手鏡(通信魔道具)』を新たに封蝋でガッチリと貼り付けて固定した。そして、分厚くて重い母さんのノートだけは、蝋では落ちてしまうため、机の奥の目立たない木枠の隙間へと慎重に押し込んで隠した。
敵国の最高権力者へと繋がる、絶対に誰にも見られてはいけない極秘の同盟の証。
(……これでよし。引き出しを戻せば、マリアベルが部屋を探りに来ても絶対に見つからない)
(……あの日、計画書を書きながら『いつか皇帝の真意を直接問いただしたい』と願った。まだ、皇帝本人には会えていない。けれど……その一番近くにいる右腕と繋がり、直接言葉を届ける手段(手鏡)を手に入れた)
「盤上の全貌すら見えないまま、ただ悲劇の渦に呑み込まれていった一周目とは違う。私は確実に、運命の盤上の奥深くへと足を踏み入れているんだわ……!」
私は震える手で、鞄の中からカモフラージュとして借りてきた「火魔法の初級本」を取り出し、深く深呼吸をした。
これから向かうのは、夕食の席。
お父様の心を縛り付け、私たちを魔獣の餌食にしようとしたかもしれない恐ろしい女――シャリアの待つ、もう一つの『戦場』だ。
私はギュッと初級本を胸に抱き、静かに自室の扉を開けた。




