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処刑された『闇魔法使い』の姉を救うため、死に戻った『光魔法使い』の妹は運命に抗う ~役立たずと捨てられた義妹ですが、今度は絶対に守り抜きます~  作者: 東明時裕夜
第三章 帝国の右腕と地下図書室の秘密

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第36話 幻級の治癒魔法

 ハーヴェー様が掲げる灯り用の魔石が、地下の広大な空間を照らし出す。

 そこは、まるで時が止まったかのような静寂に包まれていた。 


「……すごい……」


 私――アミアは、思わず息を呑んだ。

 石造りの高い天井、壁一面に刻まれた強化魔法陣。そして、中央に鎮座する異様な存在感。

 そこにいたのは、巨大なはがねの塊だった。


「ゴーレム……?」


 お姉様が、驚きの声を上げる。

 部屋の奥に、人間よりも二回り以上大きな、人型のゴーレムが一体、静かにたたずんでいた。

 全身が分厚い鋼で構成されており、無数の傷跡と塗装の剥げが、かつての激闘を物語っている。


 その周囲には、四足歩行の獣を模した魔獣型のゴーレムが数体。その姿は――私たちが森で遭遇した『マッドウルフ』にそっくりだった。


「へぇ、ゴーレムじゃん」


 後ろを歩いていたリフレットさんが、物珍しそうに口笛を吹いた。


「そういや、帝国にも似た様なものあったっけな。あっちのはもっと無骨で可愛げがないけど」

「ええ。これらは、アミィエルが訓練相手として使っていたゴーレムたちです」


 ハーヴェー様が、懐かしそうに人型ゴーレムの装甲に触れた。 


「さあ、早速起動させてみようか。……と言いたいところなのですが、動力がありませんね」


 ハーヴェー様が胸部の装甲を開けると、そこにあるはずの魔石が抜かれていた。


「予備の魔石がこの部屋のどこかに保管されているはずです。棚や箱の中を探してみましょう」


 ハーヴェー様の言葉に従い、私とお姉様、そしてミリアナさんが手分けして捜索を始めようとした、その時。


「えー、探し物? めんどくさーい」


 リフレットさんが、気だるげに大きく欠伸あくびをした。


「私、そこら辺で適当に待ってるわ。ほら、魔力を回復させなきゃいけないし?」


 そう言って、彼女は本当に探す気ゼロで、部屋の端にあった木箱の上にどっかりと腰を下ろしてしまった。


 ミリアナさんが「帝国の使者ともあろうお方が……」と呆れたように眼鏡を押さえるのを横目に、私は一人、部屋の隅にポツンと置かれた古びた木製の机へと吸い寄せられた。


(……ん?)


 ふと視線を感じて振り返ると、木箱に座るリフレットさんが、緑色の瞳をスッと細めて私の動きを静かに観察しているのが見えた。

 けれど、彼女は何も言わず、すぐに興味を失ったように視線を外し、退屈そうに自分の青い髪をいじり始めた。


(……さっき図書室で私の思考の核心を突いてきた時のように……彼女の『隠密の勘』は、私がこの机に何か特別なものを見つけたと気づいている。でも、あえて黙って見逃してくれているんだわ)


 私は彼女の底知れない配慮に小さく安堵し、机の上に置かれた一冊のノートへと吸い寄せられた。


『治癒魔法に関する考察と実践 アミィエル・レフィーナ』


 表紙に書かれたその文字は――私と同じ、少し癖のある丁寧な筆跡だった。

 顔も覚えていない母と、文字の書き方まで似ているなんて。目頭が熱くなるのを感じながら、私は震える手でそのページを開いた。


『治癒魔法。それは光魔法使いの中でも、選ばれたごく一部の者にしか発現しない「幻級ファントム・クラスマジック」の異能である』

『光魔法は攻撃に特化していると思われがちだが、その本質は「活性化」にある。生命の源を活性化させ、本来備わる治癒の力を限界まで引き出す。それが治癒魔法の正体だ』


 そこには、私が求めていた力の詳細が記されていた。


『下位治癒魔法:ヒール』

 ――切り傷や打撲などの外傷の修復。魔力消費は比較的少ない。

 ――一日に30回から40回までは使用可能。

『上位治癒魔法:ハイヒール』

 ――猛毒の浄化、魂の乱れの鎮静、欠損部位の再生。

 ――魔力消費が極めて激しい。一日に3回が限界。


「……猛毒の浄化……魂の乱れの鎮静や、精神と心の修復……!」


 その言葉を見た瞬間、私の脳裏にお父様の顔が浮かんだ。

 いつも目が虚ろで、心を霧に閉ざされているお父様。あれは、シャリアが盛ったヒプノ草の強力な催眠薬と暗示によるものだ。


(……これだわ……!)


 五日前、自室でまとめた『作戦計画書』を思い出す。お父様を救うには「王宮の最高位の浄化薬」を手に入れるか、あるいは「幻級の治癒魔法」が必要だった。


 現実味のない『王宮の宝物庫から浄化薬を盗み出す』なんて無謀な手段に頼らなくても、私がこの『ハイヒール』を習得できれば、私の手でお父様を救い出せる!

 私は希望に胸を震わせ、食い入るように続きを読んだ。


『ただし、毒素の分解と精神の修復は同時に行われるため、術者への負担は倍増する』

『深く根付いた呪いや、長期間投与された毒物の場合、他者への施術では一度で完治しないこともある。根気強い治療が必要だ。……しかし、自身の体内に侵入した急性の猛毒に対しては、光の防壁と治癒が同時に働き、一瞬で焼き尽くすことも可能だ。』


 一度では治せないかもしれない。

 不安がよぎる私を励ますように、母の走り書きが残されていた。


『だが――諦める必要はない』

『治癒魔法は、術者の「想い」に強く呼応する。対象を救いたいと願う強い意志、慈愛、そして「愛」があれば――ことわりを超えた奇跡を発揮する可能性がある』


 その言葉を見つめていると、ふと、図書室でのハーヴェー様の姿が脳裏をよぎった。


『今度、君のお母様のお墓に……花を手向けに行かせてもらえないだろうか』 


 本棚に手をつき、悲痛な声で震えていた背中。

 そして、平民だったお母様をこの秘密の地下室へかくまい、二人きりで過ごした日々。


(……もしかして。お母様がこの『治癒魔法』を一番最初に発現させた時の「愛」って……)


 ノートを持つ手が、微かに震える。

 身分違いの恩師と生徒。お母様がかつて本当に、心の底から愛し……自らの限界を超えてでも『絶対に救いたい』と願った最初の相手は――きっと、この部屋にいるハーヴェー様だったのだ。


(……だから、ハーヴェー様はこんなにもお母様の死を悲しみ……そして、お母様の遺したこの場所を、今もずっと大切に守り続けてくれていたのね……)


 二人は、身分という絶対の壁に阻まれ、結ばれることはなかった。


 けれど、その後に王城を去ったお母様は、アレトお父様と出会った。ハーヴェー様でさえ越えられなかったその壁を、全てをかなぐり捨ててぶち壊してくれたお父様と。


 親たちの世代の、悲しくも美しい初恋。そして、それを越えて生涯の伴侶となった父の愛。

 それがこのノートの文字から痛いほど伝わってきて、私は目頭が熱くなるのを必死に堪えた。


 お母様が愛の力で生み出したその魔法の形見は、時を超えて、今度は娘である私を導いてくれている。


(……お母様。私も、お母様のように……)


 心臓がドクンと跳ねる。

 お母様が遺してくれたこの魔法と、私がお父様を想う気持ちがあれば、シャリアの支配から必ずお父様を救い出せる。


 しかし――ノートの最後。

 『ハイヒール』の記述のさらに先。そこにあったであろう数ページは、焼け焦げた跡を残して無残に破り取られていた。


(……どうして、ここだけ……?)


 ふと、図書室で聞いたミリアナさんの言葉が蘇る。


『その強大さゆえに、ほとんどの幻級魔法には私のように重い制約が伴う』


(……もしかして、ここには……治癒魔法を極限まで使った時に訪れる、あまりにも重すぎる『制約(命の代償)』の残酷な真実が書かれていたの……?)

(でも……それなら、どうしてわざわざ破り捨てて、燃やす必要なんてあるの?)


 私は、焼け焦げた無残なページの痕跡を指でなぞった。


(ただの治癒魔法の限界や代償なら、後世の人たちが間違えないように『命を削るから危険だ』と警告文を書き残せば済む話だもの。わざわざ歴史から消し去るように物理的に破り捨てて隠滅したということは……そこに書かれていたのが、絶対に誰も触れてはいけない『本物の禁忌』だったからだ)


 その痕跡を見た瞬間、図書室でのハーヴェー様の言葉が脳裏に蘇った。


『人が生き返る魔法なんて存在しません。あれはあくまで御伽噺です』

(図書室で、ハーヴェー様はお母様の死因を『流行り病だ』とキッパリ言い切った。……でも、私はあの時、強烈な違和感を覚えていた。過酷な戦場を生き抜いたお母様が、ただの病気であっけなく亡くなるなんて不自然だと)

(だから、治癒魔法には確実にお母様の命を縮めた『恐ろしい代償』があるのだと見抜いていた。……けれど、『死者蘇生』という神の領域の魔法が本当に実在するかどうかまでは、確信が持てずに保留していた。私が起こした奇跡も『時を巻き戻す』ことだったから、シャドウの言葉はただの嘘かもしれないと……)

(でも……この破られたノートの痕跡を見て、すべてが繋がったわ。ハーヴェー様が、何故あんなにもきっぱりと『蘇生の魔法』を否定し、お母様の死因と完全に切り離して隠そうとしたのかが。)

(本当に存在しないただの御伽噺なら、こんな風にページを破り取って、燃やしてまで必死に隠滅する必要なんてない!)


 私の心の中でくすぶっていた疑念が、身の毛のよだつような『確信』へと変わった。


(……シャドウの言葉は嘘じゃなかった。お母様は、神の領域である『死者蘇生』の術式に、本当に辿り着いてしまっていたの……!?)

(そして、その魔法を使うためのあまりにも重すぎる絶望の代償を後世に遺さないために、自らこのページを破り捨てて隠した。……ハーヴェー様は、その痕跡を知っているからこそ、私たち娘が絶対にその禁忌の存在にすら気づかないように、『蘇生は存在しない』『死因はただの病気だ』と、真実を完全に隠し通そうとしてくれているんだわ……!)


 その時、私の脳裏に、幼い頃の……まだシャリアに心を縛られる前のお父様の言葉が、今度こそ確かな『真実』として蘇った。


『お前のお母さんは、優しすぎた。……自分のすべてを削って、他の誰かを助けるような、そんな人だったんだよ』


 私と同じライトブルーの髪を見つめながら、ひどく悲しそうに、けれど慈しむように呟いていたお父様。さきほど地下図書室で思い出した時はまだ半信半疑だったその言葉の本当の意味が、破られたページという物証を得た今なら、痛いほど分かる。


(……そうか。お父様は、きっと最初から全て分かっていたんだ。お母様が、自分の命を削る禁忌の魔法に触れ……もう長くは生きられないという残酷な真実を。その上で、お母様と一緒にいることを選んでくれたんだ……!)


 あの時、お姉様が鋭く指摘した時。ハーヴェー様がキッパリと否定したのは、私にその重い呪いを背負わせないため……母の遺志を継いだ、あの人なりの不器用で優しい嘘だったのだ。


(……お母様は、私に「人を救う希望」だけを遺し、恐ろしい「絶望(代償)」を自らの手で隠した。そしてハーヴェー様とお父様は、私にその呪いを背負わせないために、死因を偽ってくれたんだわ。)

(……でも、待って)


 ふと、私の頭の中に氷のような冷たい疑念が蘇った。

 数時間前、地下図書室でリフレットさんが気だるげに言い放ったあの言葉。


『帝国の公的な記録にも、最高機密である光の系譜にも、彼女の名前は欠片も残っていない』

『まるでお前たちの国が、国を挙げて彼女の存在そのものを「無かったこと」に書き換えたみたいにね』


(……ノートのページを破り、死因を病死だと隠すくらいなら、お母様やハーヴェー様個人の意志でもできる。……でも、王国と帝国の『両国の歴史』から、一人の人間の存在を完全に抹消するなんて、一介の大臣や個人の力でできることじゃない!)

(それは、最高権力者である『王族』にしかできないことだわ。)

(レオニス王子の父親であるオニファス国王……。あの冷血な一族が、ただ『お母様の悲劇を隠してあげるため』なんていう優しい理由で、歴史の改ざんを行うはずがない。)

(光魔法使いという強大な『兵器』を独占するためか、あるいは、お母様を死ぬまで使い潰したという王家の『汚点』を完全に揉み消すためか。……いずれにせよ、彼らが記録を消したのは、自分たちの保身と利益のための冷酷な判断に決まっている!)

(そして……もう一つ。どうして、敵国であるはずの『帝国』の記録からも、お母様の名前が消えているの?)


 私の脳裏に、一つの恐ろしい仮説が浮かび上がった。


(……十数年前に結ばれたという、王国と帝国の唐突な『休戦協定』。……もしかして、あの協定の裏には『アミィエルという存在と、彼女の強大すぎる治癒魔法(死者蘇生)の情報を、両国の歴史から完全に闇に葬る』という、オニファス国王とグレンド皇帝の間の『絶対の密約』があったんじゃないの……!?)

(グレンド皇帝が何を考えてそれに同意したのか、今の私には分からない。でも……この『隠蔽』の裏には、ハーヴェー様たちの優しさだけじゃない、国家間の冷酷で巨大な思惑が確実に横たわっている)

(……待って。そういえばリフレットさんはさっき図書室で『帝国の文献にも死者蘇生の記述はない』と言っていたけれど。……一周目のあの時、あいつ(シャドウ)は親が『呪い』と『代償』で死んだと言っていたわ)

(もしそれが、この治癒魔法のように「神の領域に触れる強大な魔法(幻級魔法)には、命を削る絶対的な代償が伴う」という『世界の裏ルール』を指しているのだとしたら。……あいつは、リフレットさんすら知らない『帝国の真の禁忌』を、王族として知っていたということになる……)

(だとすれば、あの平和主義を装っている皇帝陛下は、信頼しているはずの右腕にさえ、本当の治癒魔法の真実――この『破られたページ』に書かれていたような禁忌を、決して見せていないんだわ……!)


 ノートを握りしめる手に、じわりと冷たい汗が滲む。


(……忘れるところだったわ。ハーヴェー様の優しさに触れて、少しだけ心がほだされそうになっていたけれど。……あの冷酷な王族たちは、絶対に信用しちゃいけない。私が少しでも気を抜けば、お姉様もろとも、またあの暗く冷たい地下牢へと突き落とされるんだから!)


 そして、残されたお父様は、短い命と引き換えに愛する妻が遺してくれた私を、宝物のように大切に育ててくれていたのだ。


(……このこと、お姉様に言わなきゃ……)


 そう思いかけたけれど、私はギュッとノートを握りしめ、小さく首を横に振った。


(……だめだ。絶対に言えない。もし『治癒魔法の代償が命に関わるものだ』なんて知ったら、誰よりも優しいお姉様は、自分やお父様がどうなろうと、何があっても私にこの魔法を使わせないようにする)


 図書室で浮かんだ「もしそうだとして、私はどうするのか」という問い。

 『治癒魔法が命を削る魔法だったとして、私はどうするのか』。

 今、破られたノートの痕跡と幼い頃のお父様の言葉によって、その残酷な仮説は『真実』だと証明されてしまった。


 お母様は、戦場で魔法を使わされ続け、誰かを救うために自分の命を削り尽くし……私とお父様を残して亡くなってしまったのだ。


(……わかっているわ。これは決して触れてはいけないもの。みんなが命を懸けて守りたかった平穏を思えば、本当は開いてはいけない箱なのよね)


 私は、ページに記された『ヒール』と『ハイヒール』の術式を、網膜に焼き付けるようにじっと見つめた。


(……でも、私はこの『治癒魔法の知識』を手に入れたわ。基礎となるヒールも、お父様をあの毒の呪縛から救い出すハイヒールも、絶対に自分のものにしてみせる。お母様の術式をすべて受け継いで、必ずお父様を救い出すわ)

(そして……お母様やお父様、ハーヴェー様が私から隠そうとしたあの『蘇生の力』。もし私がそれを極めて、使えるようになってしまったとしても……私は、安易にその力には頼らない。絶対に『使わない』わ)

(じゃあ、私は? もしこの先の戦いで、また大切な人が命を落とするような絶望が起きてしまったら……私もお母様と同じように、『死者蘇生』という究極の禁忌に手を出して、自分の命を全部捧げて死ぬべきなのだろうか?)

(……さきほど、私はシャドウが吐き捨てていた親の『代償』という言葉の真意について考えていた。自分を庇って死んだ親の『完全な自己犠牲』が、残された兄弟の絆を永遠に壊す『呪い』になってしまったのだと)

(あいつの親が、文字通り物理的な盾になって死んだのか、それとも治癒魔法のような命を削る魔法を使ったのか……今の私には分からない。でも)


 私は小さくかぶりを振り、不確かな推測を打ち消した。


 魔法の代償であれ、物理的な身代わりであれ。誰かが自分を完全に犠牲にしたことで、残された者が壊れてしまうという『本質的な結果』は同じだ。

 脳裏をよぎるのは、あの冷たい地下牢。

 断頭台へと消えていったお姉様の、絶望に濡れた瞳。


 私を庇い、自ら『盾』となって胸を貫かれた アメリアさんの、冷たくなっていく手の感触。


(……もう二度と、あんな光景は見たくない。お姉様の処刑も、アメリアさんが私の目の前で二度も殺されるなんて……そんなこと、絶対に、死んでもさせない!)

(アメリアさんのように、自分の全てを投げ打って誰かを守ることは、とても気高く尊い。……けれど、私が同じようにお母様みたいに完全に自分を犠牲にして死んでしまったら。残されたお姉様は一生消えない絶望を抱え、私の死が、お姉様を縛る永遠の『呪い』になってしまう)

(だから……たとえ神の領域の奇跡が実在しようとも、私は自分を完全に犠牲にして死ぬような『完全な自己犠牲』の道は絶対に選ばない。私が死んでしまえば、誰よりも優しいお姉様を地獄に突き落とすことになるのだから)


 だからこそ、私が選ぶのは『誰も死なせない(蘇生という保険に頼らない)』という前提で、「全員で生き残る」ための道。


(それに……)


 ふと、先ほど図書室でリフレットさんが語っていた『禁忌』のルールが脳裏をよぎる。


『もし万が一、それを無視した複数持ちがいたとしたら……強大すぎる力に耐えきれずに魂が崩壊しているか、あるいは魂が二つ重なっているかだそうよ』


(時を巻き戻す力と、この治癒魔法。私はすでに幻級魔法の『二つ持ち』という規格外の存在だ。……でも、今の私の中には、十一歳の私と十六歳の私、確かに『二つの魂と記憶』が重なって存在している)

(お母様は一つの魂で、あの過酷な戦場で限界を超えて命を削り尽くしてしまった。……けれど、二つの魂が重なっている今の私なら。強大すぎる幻級魔法の負荷(代償)にも、お母様以上に耐え抜くことができるかもしれない!)

(もちろん、過信は禁物よ。このノートに書かれた『一日に3回』というハイヒールの限界を絶対に守り、自分の命の残量(魔力)と慎重に相談しながら使えば、いきなり命を落とすようなことにはならないはず)


 けれど――。 


(……もし、どれほど手を尽くしても、私の治癒魔法じゃあどうにもならない最悪の時が来たとしたら。その時は、私は迷わずこの『破られた禁忌(蘇生)』を使うわ)

(すべてを投げ出す『完全な自己犠牲』ではなく……大切な人を理不尽な悪意から守るために、自分の寿命を『多少』削るくらいなら。……その程度の代償を払う覚悟は、とうの昔にできている)


 たとえ私の寿命が数年縮まったとしても、お姉様が笑い、お父様が正気を取り戻し、アメリアさんが生きている未来が手に入るなら、それは私にとって「安すぎる対価」だ。


 一度すべてを失って死んだ私にとって、自分の命はもう、大切な人たちの未来を買い戻すための「チップ」でしかないのだから。


 全てを捨てるのではなく、ほんの少しの命を切り売りして、大切な人たちの未来を買い戻す。

 それが、十一歳まで時を巻き戻した私が導き出した、私だけの戦い方だ。


(……ごめんなさい、お母様。私は、あなたが望んだような『ただ守られるだけの女の子』にはなれそうにないわ。……でも、後悔はしない。これが、私が選んだ反撃の形なんだから)

(……ごめんなさい、お姉様。この秘密だけは、絶対に黙っておきます)

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