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処刑された『闇魔法使い』の姉を救うため、死に戻った『光魔法使い』の妹は運命に抗う ~役立たずと捨てられた義妹ですが、今度は絶対に守り抜きます~  作者: 東明時裕夜
第三章 帝国の右腕と地下図書室の秘密

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幕間15 アミィエルとハーヴェー

 これは、色褪いろあせることのない、遠い昔の記憶。

 私、ハーヴェー・カーフェーンが、まだ二十三歳の若造だった頃の話だ。


 当時の私は、魔法学園の教授として教鞭きょうべんを執る傍ら、大臣である父の補佐も務めていた。

 ある日の夕暮れ。父の仕事の手伝いを終えた私は、護衛も付けずにふらりと城下町へ足を運んだ。張り詰めた貴族社会の空気から逃げ出したかったのだ。 


 そこで私は、運命に出会った。


 路地裏から聞こえる子供たちの泣き声。そして、ふわりと広がる温かな光。

 見れば、ライトブルーの長い髪をした少女が、粗末な服を着て、転んで怪我をした子供をあやしていた。


 彼女の片方の掌には小さな温かい『火』が灯り、もう片方の掌の上では、蛍のような『光』の粒が舞っている。

 二つの属性。火魔法と――極めて希少な『光魔法』だった。


「……君」


 私は思わず声をかけた。 


「あなた、光魔法を使うのですか?」 


 振り返った彼女の、透き通るような緑色の瞳。

 それが、私とアミィエル・レフィーナとの出会いだった。 


 ***


 私はすぐに父に掛け合い、父を通じて国王陛下に直訴じきそした。この才能を埋もれさせてはいけないと。

 異例の措置として魔法学園への入学許可が下りたが、最大の壁は彼女の家族だった。

 彼女を育てたパン屋のイフェル夫妻は、猛反対した。


『貴族の世界なんて、この子が傷つくだけだ』『王族に利用されるだけだ』と。


 もっともな意見だった。

 けれど、私は諦めきれず、何度も店に通った。そして彼女自身も、育ての両親へ強い意志で頭を下げた。


『お父さん、お母さん。私、この力で誰かを笑顔にしたいの。……もっとたくさんの人を、温めたいんです』


 彼女の熱意と、私の『私の命に代えても、必ず彼女を守り抜きます』という誓いに、夫妻は最後には折れてくれた。


 そう、この頃にはもう、私は彼女の前では『俺』という一人称を使っていた。教師と生徒という立場を超えた、同志のような親近感を抱き始めていたからだ。


 ***


 入学後、予想通り彼女への風当たりは強かった。

 平民への露骨な差別、そして規格外の才能への嫉妬。

 私は彼女を、王城の地下にある『地下図書室』の隠された訓練場へと案内した。


「ここなら、誰にも邪魔されない。……思う存分、練習しろ」

「はい! ありがとうございます、カーフェーン先生!」


 それから、私たちは毎日のようにそこで過ごした。

 魔法の議論を交わし、時には他愛のない話で笑い合った。


「先生、見てください! 今日はこんなに長く光の形を維持できました!」

「ああ、すごいなアミィエル。君の魔力制御は、日に日に洗練されている」

「ふふ、先生の教え方が上手だからですよ」


 そう言って花が咲くように笑う彼女を見るのが、私の密かな楽しみになっていた。

 だが、彼女の学園生活は決して平坦ではなかった。

 ある日、彼女が泥だらけの制服と、破り捨てられた教科書を抱えて地下室に現れたことがあった。


「……また、やられたのか」

「平気です。破れていても、文字はちゃんと読めますから」


 彼女は気丈に笑ってみせたが、その手は微かに震えていた。

 私は胸が締め付けられる思いで、彼女の頭にそっと手を置いた。


「……すまない。俺が無理に入学させたせいで、君にこんな辛い思いを……」

「謝らないでください、先生」


 アミィエルは顔を上げ、透き通る緑の瞳で私を真っ直ぐに見つめた。


「私は……先生が私を見つけてくれたこと、本当に感謝しているんです。だから、どれだけ意地悪をされても、絶対に負けません。先生が信じてくれた私の魔法を、もっと強くしてみせます」


 そのひたむきで気高い姿に、私は決定的にかれていった。

 教師として見守るべき一線を越え、一人の男として、彼女に深く恋をしてしまったのだ。 

 年は離れていたが、それでも私たちは互いに惹かれあっていた。


 そして、彼女もまた――私に同じ想いを向けてくれていることに、薄々気づいていた。

 ふとした瞬間に目が合うと、頬を染めて視線を逸らす仕草。


 魔法の指導で手が触れ合った時、お互いに熱を帯びてしまう指先。

 二人きりの地下室で、沈黙さえも心地よいと感じる甘い空気。

 けれど、その恋が結ばれることはないと、二人とも分かっていた。


 私は大臣の家系、次期当主。彼女は平民の孤児。

 この国の身分制度は、絶対だ。遊びの恋ならともかく、結婚など許されるはずがない。


 だから私たちは、互いの想いに決して触れることなく、蓋をして、「先生」と「生徒」を演じ続けた。

 そして、彼女が十八歳になった年。

 地下訓練場での事故が起きた。


 その日、アミィエルの魔法は飛躍的な成長を見せていた。彼女の放つ『火魔法』の熱量と、強大に膨れ上がった『光魔法』の魔力が混ざり合い、空間を激しく震わせた。


 だが、その力が強すぎたのだ。 

 不運だったのは、この地下施設が古く、老朽化が進んでいたことだ。


 ピシッ、と嫌な音が響いたかと思うと、頭上の巨大な石材が崩落した。 

 アミィエルの真上へ向かって。


「危ないッ!」


 私は考えるよりも先に身体を動かし、彼女を突き飛ばして覆いかぶさった。  


 ドォォォン!!


 激しい衝撃が背中を走り、焼けるような痛みが全身を駆け巡った。

 瓦礫がれきに押しつぶされ、肋骨が砕ける音が体内で響く。

 口から大量の血が溢れた。


「先生ッ!?」


 無事だったアミィエルが悲鳴を上げ、血だらけの手で瓦礫を退けて私を抱き起こす。


 私は血の海の中に横たわっていた。内臓が潰れているのが分かった。意識が急速に遠のいていく。

 これは――助からない。 


「先生……! いや……目を開けて……お願い……!」


 彼女は血に濡れた私の身体を抱きしめ、ボロボロと涙をこぼした。

 その顔は、単に恩師を心配する生徒の顔ではなかった。

 もっと深く、切実な――愛する者を失う絶望に染まっていた。


「……泣かないで……くれ……アミィエル……君が……無事なら……それで……」

「嫌です! 絶対に嫌! 私のために命を落とすなんて……!」


 私が最期の力を振り絞って微笑むと、彼女は首を激しく振って叫んだ。

 その瞬間、彼女の心の奥底にあった「蓋」が弾け飛んだ。 


「嫌……っ! 貴方がいない世界なんて……私、生きていけない……っ!」

「ずっと……ずっとお慕いしていました……! だから、私を置いていかないで!」


 それは、身分違いの恋だと分かっていたからこそ、彼女がずっと胸の奥に封じ込めていた想い。

 彼女の魂の絶叫が、ことわりを超えた。


「死なせない……絶対に……!」

「お願い……彼を治して!!」


 カッ!


 地下室が、黄金の光に包まれた。

 無詠唱で発動したその奇跡。

 愛する者を失いたくないという想いの強さが因果をねじ曲げ、光魔法の上位派生――『幻級魔法ファントム・クラスマジック・治癒魔法』を覚醒させた瞬間だった。


「何、この暖かい光は……」


 温かい光が、砕けた骨を繋ぎ、潰れた臓器を再生させていく。

 それは、彼女の愛そのもののように、優しく、力強かった。 


「……治った……?」


 光が収まると、私の致命傷は跡形もなく消えていた。

 呆然と自分の両手を見つめる彼女を見て、私は歓喜よりも先に、激しい戦慄せんりつを覚えた。

 これは、ただの治療ではない。生命力そのものを強引に繋ぎ止め、死の淵から引き戻す神の御業みわざ


 伝説にしか聞かない「幻級」の力だ。……当時から王家にも「光の先にある治癒」という概念自体は、おとぎ話として伝わってはいた。しかし、その記述はあまりにも少なく……それが『百年に一人の光魔法使い』の行き着く先だということまでは、歴史から忘れ去られていたのだ。


 平民であるアミィエルに対して、王族はこれまで何の興味も示していなかった。

 だが――彼女がこの力を覚えてしまったことで、運命は一変する。


 この力が露見すれば、彼女は「国宝」や「戦場の女神」という美名のもとに自由を奪われ、一生を国の道具として飼い殺しにされる。


「アミィエル。君のその力は……奇跡だ。だが、それゆえに君を縛る呪いになる」

「呪い……?」

「もし俺たちがこのまま惹かれ合い、結ばれれば……次期大臣である俺の存在は、君を王城に縛り付けるための格好の『鎖』にされるだろう」


 私の言葉に、アミィエルは息を呑んだ。


「だから……俺たちの関係は、ここで終わりにしなければならない。君の未来と自由を守るために」

「……先生……」


 彼女の緑色の瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。

 互いに命を懸け、想いを通じ合わせた直後に訪れた、残酷な別れの宣告。


「……分かりました。……でも、最後に一度だけ」


 アミィエルは、震える手で私の頬に触れた。


「貴方を……『ハーヴェー様』と呼んでもいいですか?」

「……ああ」

「愛していました。……貴方は私の、たった一つの光でした」

「俺もだ、アミィエル。……君は俺の誇りであり、誰より深く愛した女性だ」


 私たちは、冷たい地下室で一度だけ、最初で最後の口づけを交わした。

 互いの初恋を、この地下の闇に葬るために。

 それからは「恩師」と「教え子」として、明確な一線を引いて接した。 


 だが――運命は残酷だった。

 その力はやがて王族の知るところとなり、彼女は私が最も恐れていた通り、その身を過酷な戦火に投じることになってしまったのだ。


 ***


 そして数年後。

 アミィエルは突然、王城を去った。

 宮廷魔道師としての地位も、名誉も捨てて。


「なぜだ……?」


 私は困惑した。

 彼女は誰よりも優しく、責任感が強かった。傷ついた兵士たちを見捨てるような真似をするはずがない。

 それなのに、なぜ彼女は逃げるように去ったのか。

 私は、オニファス国王陛下に謁見を求めた。


「陛下。アミィエル・レフィーナが辞職した理由をご存知でしょうか」


 陛下は、玉座で沈痛な面持ちをされていた。

 私とアミィエルが、かつて教師と生徒以上の絆で結ばれていたことを、陛下は薄々感づいていたはずだ。


「……」


 しかし、陛下は何も答えなかった。

 ただ、苦渋に満ちた目で私を見て、首を横に振っただけだった。


 言えない。あるいは――言ってはいけない何かがある。

 私はそう直感した。王が口を閉ざすほどの国家機密。それは、彼女の持つ『幻級魔法』そのものに関わることではないか。


 私は王城の奥深くにある『王立図書館』へ走った。

「幻級魔法」「治癒魔法」に関する禁書指定の記述を片っ端から調べた。


 アミィエルが去った理由が、その魔法の特性にあるのではないかと考えたからだ。 

 だが――おかしなことに、肝心の記述が見当たらない。 


 古い文献の、「治癒魔法の代償」や「禁忌」に関するページだけが、不自然なほど綺麗に切り取られたり、黒く塗りつぶされたりしていたのだ。


(……誰かが、隠した……?)

(……まさか、王様が……?)


 嫌な予感がした。

 国の中枢が隠滅するほどの秘密。

 私は居ても立ってもいられず、かつて彼女と過ごしたあの場所――地下訓練場へと向かった。


 ほこり被った地下室。

 そこには、彼女が去り際に残していったと思われる、使い込まれた革表紙の研究ノートが置かれていた。


「アミィエル……」


 私は震える手でそれを開いた。

 そこには、私と共に編み出した『ヒール』や『ハイヒール』の術式が、彼女の丁寧な文字で記されていた。

 だが――最後の数ページ。


 そこには、焼け焦げた跡があった。

 何かが書かれていたページが、乱暴に破り取られ、魔法で焼却されかかっていたのだ。


「……ッ!」


 その瞬間、全ての点が線で繋がった。

 なぜ、彼女が去ったのか。

 なぜ、陛下が沈黙したのか。

 なぜ、文献が隠されていたのか。


 治癒魔法のさらに先。彼女は、神の領域を犯す『禁忌』に辿り着いてしまったのだ。


(……アミィエル……君は……)


 彼女は、その魔法がもたらす恐ろしい真実に気づき、一人で背負う覚悟を決めたのだ。

 そして、この禁忌を後世に残さないために――自らページを破り捨て、燃やした。


 誰かを不幸にする魔法など、決して残してはいけないと悟ったから。 

 私は、そのノートを抱きしめて泣いた。


 彼女は、たった一人でその恐怖と戦い、そして誰にも言わずに去っていった。

 愛する人たちを悲しませないために。


「……馬鹿だな、君は……どうして俺を頼ってくれなかったんだ……」


 愛した人のあまりにも深すぎる優しさと強さに、私は涙を止めることができなかった。


「……守るよ、アミィエル」


 私は涙を拭い、誓った。


「君が命懸けで隠したこの秘密は……俺が墓場まで持っていく」


 もし将来、彼女の子供――あるいは次の光魔法使いが、あの訓練場を訪れる日が来た時。

 その子が、恐ろしい禁忌に足を踏み入れないように。

「母は人を救うために生きた」と、誇りだけを持てるように。


 私は、破り取られた痕跡が残るそのノートを、あの机の上にそっと残した。


「人を救う希望(治癒)」だけを未来へ託し、残酷な真実だけは、私が背負い続けると決めたのだった。

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