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処刑された『闇魔法使い』の姉を救うため、死に戻った『光魔法使い』の妹は運命に抗う ~役立たずと捨てられた義妹ですが、今度は絶対に守り抜きます~  作者: 東明時裕夜
第三章 帝国の右腕と地下図書室の秘密

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第35話 平民の光魔法使い

 ハーヴェー様が掲げる灯り用の魔石の青白い光がパチパチと音を立て、石造りの壁に長い影を落とす。


 私たちは、地下図書室の隠し通路から続く、長く暗い階段を降りていた。


 先頭を行くハーヴェー様、その後ろに少し足元の覚束おぼつかないミリアナさん。そして、私とお姉様が手を繋いで続き、最後尾をリフレットさんが気だるげに歩いている。


 空気はひんやりとしていて、どこか懐かしいような、古い土の匂いがした。


「……それにしても」


 階段を降りる足音だけが響く中、私はふと気になっていたことを後ろのリフレットさんに尋ねた。


「さっき図書室で『後で教える』と仰っていた、貴女の魔法……一体どういうものなんですか?」

「ええ。光を曲げて姿や気配を完全に消すなど……あのような力、通常の魔法学ではあり得ません」


 お姉様が、警戒心を解かないまま鋭く問い詰める。

 その言葉に、ミリアナさんが息を呑んで声を震わせた。


「……やはり、あれが貴女の『幻級魔法』だったのですね」


 私たちの問いに、リフレットさんは階段を軽やかに降りながら「ん?」と小首を傾げた。


「ああ、約束してたあれね。ふふっ、特別に教えてあげる。ハーヴェーもよく聞いておきなよ」


 リフレットさんはウインクをして、あっけらかんと言い放った。


「私は本来『水魔法』だけを使うんだけど、さっきの隠密のために使っていたのはね……私のもう一つの力、幻級魔法『ミラー』よ」


(……なるほど。図書室で姿を現した時、空間から『薄氷のような破片』がパラパラと剥がれ落ちたのは……水魔法の応用と組み合わせて、風景を反射する『鏡』を作っていたからだったのね……) 

(でも……あの時、私は『この人は絶対に自分の手札を明かさない』と警戒していた。なのに、こんなにあっさりと口にしたのはどうして……?) 


 私は彼女の異常な隠密魔法の正体に深く納得しつつも……彼女の言葉の『別の部分』に強烈に引っかかり、思わず聞き返した。


「えっ? 水魔法……だけ、ですか?」


 このレイフェルズ王国では、誰もが生まれつき『二つの属性』を持つのが常識だ。一つしか魔法を持たない者は『出来損ない』の欠陥品としてさげすまれる。


 帝国の皇帝の右腕ともあろう実力者が、基本属性を一つしか持っていないなんて。

 驚く私を見て、リフレットさんは不思議そうに目をしばたたかせた後、呆れたようにため息をつき、前を歩くハーヴェー様へと視線を向けた。


「そうだけど? ……もしかしてハーヴェー、まだそんな下らない『二属性』なんかにこだわってるの?」


「他国だって、もう魔法の数になんて拘っていないわよ。未だにそんな古い常識に縛られているのは、この国くらいなものね」


 ハーヴェー様は、痛いところを突かれたように苦々しい顔で前を向いたまま口をつぐんだ。


「帝国の完全な実力主義とは違い……歴史の古い我が国の貴族社会では、未だにそういった体面が根付いているものでして」

「へぇ、遅れてる。魔法なんて、数が多けりゃいいってもんじゃないのにね。無駄なものを二つ持つより、一つの魔法を極限まで研ぎ澄ませた方がよっぽど強いわ」


 リフレットさんのあっけらかんとした言葉に、私は隣を歩くお姉様の横顔をそっと見上げた。


(他国ではこだわっていない……この国だけの、下らない常識……!?)


 胸の奥が、ギリリと締め付けられるように痛んだ。


 お姉様は、私を王家の政略から守るために、強大な『闇魔法』をひた隠しにし、あえて「水魔法一つしか使えない欠陥品」として振る舞い続けていた。


(じゃあ、お姉様は……この国の、その無意味で古い常識のせいだけで……あんなにも苦しめられていたというの……!?)


 帝国や他の国なら、何の問題もなかったはずの『一属性』という偽りの姿。


 もし国境を一つ越えていれば、お姉様はただの「一芸に秀でた優秀な魔法使い」として称賛されていたかもしれないのに。


 たったそれだけの、狭くて馬鹿げた理由で、お姉様はこの国の学園で心無い令嬢たちから蔑まれ、冷たい泥水を浴びせられ……どれほど惨めで、嫌な思いをして、孤独に耐え続けてきたのだろう。


 ギュッと、私は繋いでいるお姉様の手を無意識に強く握りしめた。


 お姉様は少し驚いたように私を見た後、私の痛みを和らげるように、優しく微笑み返してくれた。


「それに、私の幻級魔法『ミラー』はね」


 リフレットさんは肩をすくめ、自身の青い髪を指先でくるりともてあそびながら言葉を継いだ。


「さっきみたいに姿を風景に同化させて隠すだけじゃなく、相手の放った魔法をそのままそっくり『跳ね返す』ことができるのよ。どんな強力な攻撃でもね」

「魔法を……跳ね返す……!?」


 私は思わず息を呑んだ。

 一周目の地下牢の階段での光景が、脳裏に鮮明に蘇る。

 私のために放ってくれた氷の魔法を不気味にすり抜けられ……最後は自らの華奢な身体を物理的な『盾』にして、あの見えない凶刃に貫かれて死んでしまったアメリアさん。


(……もし、アメリアさんがそんな絶対的な魔法の『盾』を持っていたら……)

(あの悪魔の刃だってそのまま跳ね返して、私を庇って死ぬことはなかったかもしれないのに……)


 もしも、あの時。彼女にそれほどの力があったなら。

 叶わない願いだと分かっていても、視界がじわりと滲み、喉の奥が引きつるような切なさが込み上げてくる。


「……じゃあ!」


 私は弾かれたように顔を上げ、わらにもすがる思いで尋ねた。


「魔法を跳ね返せるなら……その力で、あの暗殺者シャドウの攻撃も防いで跳ね返せるんじゃないですか!?」 


 もしそれができるなら、彼女の力であの悪魔を打倒できるかもしれない。

 しかし、私の切実な問いに対し、リフレットさんは少しだけ困ったように首を掻いた。 


「それね。私も皇帝にそう提案したんだけど……『それは多分無理だ』って即答されたわ」

「え……無理、なのですか?」


 お姉様が、希望を打ち砕かれたように声を震わせる。


「ええ。あと、何度もキツく言われているのよ。『何があっても、絶対にあいつには近づくな』ってね」

「皇帝が、自身の右腕である貴女に……そこまで言うのか?」


 ハーヴェー様が、信じられないというように驚愕の声を上げた。ミリアナさんも青ざめた顔で息を呑んでいる。


「そうよ。なんで跳ね返せないのか詳しい理由までは教えてくれなかったけど……皇帝がそこまで念を押すってことは、私の『鏡』じゃどうにもならない、ヤバい理屈があいつの魔法にはあるんでしょうね」

(……皇帝の右腕の『魔法反射』すら通じない……。やっぱり、あの暗殺者の力は、どう考えても異常すぎるわ……)


 私は改めて突きつけられたシャドウの底知れなさに、ギリッと奥歯を噛み締めた。

 ――けれど、ふと、ある「違和感」が胸をかすめた。


 最強の切り札であるリフレットさんの『鏡』を、信頼して前線に送るのではなく、何よりも優先して「遠ざけよう」とする皇帝の過剰なまでの配慮。


(単に有能な『右腕(戦力)』を失いたくないから? ……ううん、絶対に違うわ。それはただの建前よ)


「……リフレットさん」


 私は立ち止まり、後ろを歩く彼女をじっと見つめた。


「それほどまでに皇帝陛下があなたのことを案じて、近づくなと命じていらっしゃるのは……単にあなたが『右腕』だから、というだけではない気がします」


 私の言葉に、お姉様もハッとしたように顔を上げ、リフレットさんを見つめた。


「ええ……。さっきリフレットさんが仰っていた、あの暗殺者の無魔法。……『女性に限定した精神支配』。もしリフレットさんがその標的になり、心をもてあそばれ、壊されてしまうことを……皇帝陛下は、何よりも、誰よりも恐れていらっしゃるのではなくて?」


 お姉様の、慈しむような、けれど確信に満ちた視線。

 私はその言葉を引き継ぎ、十一歳の子供らしい率直さで、核心を突いた。


「皇帝陛下は、リフレットさんのことが『お好き』なのではないですか?」

「……っ!!」


 その瞬間、今までどんな絶望的な戦力差を語る時も飄々(ひょうひょう)としていたリフレットさんの顔が、一気に耳まで真っ赤に染まった。


「そっ、そっそんなことないわよ!! 何言ってんのよ、このおチビさんたちは!!」


 リフレットさんは、目に見えて動揺しながら、ぶんぶんと両手を振った。


「あ、あの人はただの『主君』! 私はただの『道具』! ほら、さっきの鑑定のミリアナと同じよ! 希少な力を持っているから、失うのが惜しいだけ! それだけだってば!!」


 早口でまくし立てる彼女の姿は、さっきまでの余裕たっぷりの『皇帝の右腕』とは程遠く、まるで恋バナを振られて図星を突かれた年相応の少女のようだった。


「……私には幻級魔法があるから、手元に置いてるだけよ。あの人は皇帝で、私はその影で汚れ仕事をする、ただの隠密おんみつ。……絶対に、それ以上でもそれ以下でもないわ!」


 そんな彼女の反応を見て、ミリアナさんは「……あぁ、なるほど」と納得したように眼鏡を押し上げ、ハーヴェー様は「……他国の皇帝の恋仲など、私は聞かなかったことにしよう」と、遠くを見つめるような目をして苦笑いを浮かべている。


(……ふふっ。やっぱり、女の勘は当たっていたみたいね)


(さっき上の階で、私たち姉妹の絆を『女としての愛だ』なんて言って散々からかってくれたけれど……どうやら、ご自分も人のことは全く言えないみたいじゃない!)


 見事な意趣返し(カウンター)が決まり、私は先ほどの恥ずかしかった鬱憤うっぷんを晴らすように、内心でスッキリと胸を張った。


 (……でも)


 顔を真っ赤にして慌てるリフレットさんの姿を見て、私はからかうと同時に、ある一つの確信を抱いていた。


 無魔法の手札を隠してまで自分たちを守ろうとするリフレットさん。そして、その彼女を最も陰湿な魔法から遠ざけようとする皇帝。


 あんなバケモノばかりの帝国にも、確かに守りたい誰かを想う「愛」は存在するのだ。


(だったら、やっぱり……。皇帝陛下と、あの悪魔シャドウが決定的に決別した理由も、そこにあるのかもしれない……)


 私は、お姉様と顔を見合わせ、小さく微笑み合った。


 冷たい地下階段に、ほんの少しだけ温かい空気、そして「人間」の情熱が灯ったような気がした。

 すると、リフレットさんは気を取り直すように無理やり咳払いを一つして、肩をすくめた。


「とにかく! 話は終わりよ! 行くわよ! ……ただ、剣やナイフといった武器による『物理的な攻撃』は跳ね返せないけどね」


 強引に話を物理攻撃の弱点へと戻した彼女は、顔の赤みを引かせようと必死にパタパタと手で扇ぎながら、「ほら、さっさと降りる!」と私の背中を軽く押して、誤魔化すように再び歩き出した。


「それにね、自分や他者の本物そっくりの分身まで作れちゃうの」

「分身まで……!?」


 絶句する私をよそに、リフレットさんはやれやれと肩をすくめる。


「ただ、分身を作ると魔力の最大値が本体と完全に『半減』しちゃうのよ。いくら魔力回復薬ポーションを使っても半減のままだから、厄介なのよね」

「回復薬を使っても……?」

「そう。それに、あの分身がこの世界に留まれるのはたったの『二日間』だけ。時間が来て分身が消滅すると、そいつが見聞きした記憶が本体の私にそのまま引き継がれるの。さっき、私が急に『皇帝はどうもする気はないと言っていた』って教えたでしょ? あれも、ちょうどあのタイミングで分身が消えて、私の脳に記憶が戻ってきたからよ」

「……ッ!」

(……なるほど! だからあの時、彼女は遠く離れた帝国にいるはずの皇帝の言葉を、まるで『今まさにその場で直接言葉を交わしてきたかのように』正確に知っていたのね……!)

「私自身だけじゃなく、鏡で作った『他者の分身』の場合でも記憶の共有は可能なのよ。……ただ、偽物が消えて急に別の記憶が脳に流れ込んでくる瞬間は、ちょっと変な感じがして気持ち悪いんだけどね」


(……姿を消し、魔法を跳ね返し、他者の分身まで作れて記憶を共有できる幻級魔法『ミラー』。物理攻撃は通すとはいえ、やっぱりとんでもない規格外の力だわ……!)


 ミリアナさんが「あり得ない」という顔で息を呑む中、私はそのデタラメな能力に改めて戦慄した。

 けれど、同時に私の頭の中で一つの確信が強くなった。


(……でも、魔力半減に、二日間の時間制限。回復薬すら通用しない絶対的なルール。それに、記憶が引き継がれる時の不快感(変な感じ)。……やっぱり、人智を超えた幻級魔法には、ただ魔力を使うだけじゃない、小手先の手段では決して誤魔化せない身体や精神への『重い制約』や『負担』が必ず存在するんだわ)

(だとしたら……お母様の使っていた幻級の『治癒魔法』にだけ、何の代償もなかったなんてこと、絶対にあり得ない。……ハーヴェー様は、やっぱり私を守るために嘘をついている。薬や休息ではどうにもならない、お母様の命をむしばむような絶対的な代償があったんだ……!)


 私は、前を歩くハーヴェー様の背中をじっと見つめた。


 この先に、お母様がいた場所がある。そう思うだけで、胸が早鐘を打つ。


「……ハーヴェー様」


 私は、ずっと気になっていたもう一つの疑問を口にした。 


「どうして……お母様は、こんな隠された場所で訓練をしていたのですか?」


 光魔法使いだったという母、アミィエル・レフィーナ。彼女が魔法学園に通っていたのなら、堂々と学園の施設を使えばよかったはずだ。


 ハーヴェー様は、歩みを止めずに背中で答えた。


「それは……彼女が『平民』だったからです」

「平民……!?」


 私は、思わず驚きの声を上げた。私の母が、貴族ではなく平民だったなんて。


(……そうだったんだわ。ハーヴェー様がお母様のことをどれほど深く愛していたかを感じて、どうして二人は結ばれなかったのだろうと思っていたけれど……)


 頭の中で散らばっていた点と点が繋がり、パズルの最後のピースがはまったように、すべての疑問がストンと腑に落ちた。次期大臣という国の重責を担う大貴族のハーヴェー様にとって、平民の娘との結婚は……決して越えられない『身分』という絶対の壁だったのだ。


 その言葉を聞いた瞬間、隣を歩いていたお姉様が、ハッとして小さく息を呑んだ。


「……平民と、由緒ある伯爵家……。アミア、あなたのお父様は、この国の厳しい身分制度の壁を乗り越えて、お母様との愛を貫かれたのね……」


 お姉様は痛ましそうに目を伏せた。


「……あんなに高い壁を乗り越えて結ばれたのに……アミアがまだ一歳の時に、流行り病で亡くなってしまうなんて。ご夫婦として一緒にいられた時間は、ほんのわずかだったのね……」


 その痛みを自分のことのように憂い、お姉様は、先を歩くハーヴェー様たちにも、後ろを歩くリフレットさんにも決して聞こえないほどの小さな声で、私にだけ届くように震える声で呟いた。


「……だから、やっぱりおかしいわ。それほどの覚悟で愛を貫いて、早すぎる別れに絶望したはずのお義父様が……いくら政略結婚とはいえ、突然別人のように冷酷になるなんて……」

「……いや、まさかお母様が何か……。いや、そんなわけあるはずがないわ……」


 お姉様の顔が、みるみるうちに青ざめていく。

 先ほどの図書室で抱いた『突然人が変わるなんて不自然だ』という違和感。それが、お父様とお母様の「身分違いの壁を越える愛」を知ったことで、さらに黒く膨れ上がってしまったのだ。


「大丈夫ですか? お姉様」


 私は、お姉様の冷たくなった手をきゅっと握りしめて覗き込んだ。


「……ええ。大丈夫よ、アミア」


 お姉様はハッとして、私を安心させるように無理に微笑んでみせた。けれど、その瞳の奥には、実の母を疑ってしまう自分への嫌悪と、得体の知れない恐怖が揺れていた。


(……二周目の今、お姉様はシャリアお母様がお父様に毒を盛って洗脳したという真実を、まだ何も知らない……)


 聡明なお姉様が、過去の不自然さに気づいてお母様に疑念を抱くのは無理もないことだ。けれど、私はまだお姉様の心を壊したくなかった。


 松明もない暗い階段は、どこまでも深く続いている。私たちの落とす影が、揺れながら石壁を這うように伸びていた。


 私は、前を歩くハーヴェー様の背中に向かって、ぽつりとこぼした。


「……お父様は、お母様のことを『優しい人だったよ』としか教えてくれませんでした。……平民だったなんて、私、何一つ知らなかったんです」


 私のその言葉を聞いて、ハーヴェー様は静かに頷いた。


「……無理もありません。アレト殿も、幼いあなたを守りたかったのでしょう。それに……実は、彼女は、ただの平民ではなく、孤児だったのです」

「……え?」


 私は、思わず声を上げた。孤児――? お母様が?


「五歳の頃、実のご両親を盗賊に殺され、城下町でパン屋を営むイフェル夫妻に引き取られました。そして、実の娘のように大切に育てられたのです」

「……っ」


 私は息を呑んだ。お母様も、五歳で両親を失って――私と、同じだ。


「本来、平民は魔法学園には入れません。ですが――私が無理を通して、彼女を入学させたのです。あれは……そう、私がまだ若く、教師になりたてだった頃のことでした」


 ハーヴェー様は、遠い過去を懐かしむように語り始めた。


「ある日の夕暮れ、路地裏から子供たちの泣き声が聞こえたのです。行ってみると――そこには、粗末な服を着た一人の少女がいました。彼女は小さな手から蛍のような『光』を生み出し、転んで怪我をした子供たちを笑顔にしていたのです」

『泣かないで。ほら、綺麗でしょう?』

「ライトブルーの長い髪に、透き通るような緑色の瞳。……その時、私は直感しました。この力は、こんな路地裏で埋もれさせていいものではない、と」


 ハーヴェー様は、手にした魔光石を少し高く掲げ直した。


「私はその才能を伸ばしてあげたいと強く思い、父を通じて国王陛下に直訴し、異例の措置として彼女を魔法学園に入学させたのです」 

「……そうだったんですね……」

「ただ――彼女を育ててくれたイフェル夫妻からは猛反対されましてね。『平民が貴族の中に入れば虐げられる』『王族に利用されるだけだ』と。でも、彼女は自分の意志で決めたのです。『この光で、もっとたくさんの人を笑顔にしたい』と。そして、私も誓いました。『私の命に代えても、彼女を守ります』と」


 ハーヴェー様の声が、少し震える。それは、彼女を苦難の道へ導いてしまったという後悔の響きでもあった。その切実な告白を聞いて、後ろのリフレットさんがふうっと甘い溜息をついた。


「へぇ……大貴族と平民の、身分違いの悲しい恋、ね」

「……ッ」


 図星を突かれたハーヴェー様の肩が、ビクリと跳ねた。


「……どうして、それが『恋』だとわかるのですか。私は一言も、そのようなことは……」


 リフレットさんは悪戯っぽくウインクをして笑った。


「なんとなくよ。女の勘ってやつ」


(……さっき、自分の関係(恋バナ)を私の『女の勘』で見抜かれた時は、あんなに顔を真っ赤にしてパニックになっていたくせに。他人の恋バナになると、途端に余裕たっぷりにからかう側に回るんだから)

(まったく、調子のいい人。……でも、他人の隠し事に『女の勘』が鋭く働くところは……案外、私とこの人は気が合う似た者同士なのかもしれないわね)


 私は内心でクスリと笑いながら、呆れたように、けれどどこか親しみを感じて彼女の横顔を見つめた。


 ミリアナさんは「……やはり、そうでしたか」と静かに息を吐き、お姉様は切ない悲恋に心を打たれたように頬を染めている。


 張り詰めていた空気がふっと緩んだのも束の間。ハーヴェー様が掲げる魔石の光がジリッと小さく爆ぜると、彼の顔に落ちる影が一段と濃くなったように見えた。


 再び階段に重い沈黙が落ちる中、彼はずんと沈んだ声で言葉を継いだ。


「……ですが、イフェル夫妻の心配は、的中してしまいました。平民という出自。彼女は……多くの貴族から見下され、教科書を隠されたり、魔法の実技でわざと標的にされたり……」


 ――いじめ。隣を歩くお姉様が、痛ましそうに私の手を握りしめた。


(……一周目のお姉様も、そうだった……)


 私のために『闇魔法』を隠し、水魔法しか使えない一属性の『欠陥品』を演じ続けたせいで。教科書に「消えろ」と落書きされ、冬の日に冷たい泥水を浴びせられ、教室から自分の席がなくなるという、陰湿で残酷な仕打ちに。


「しかし、彼女は折れませんでした。どれだけ意地悪をされても、ひたむきに魔法の練習を続けていました」


  優しいお母様。強いお姉様。……二人は、大切な誰かを守るためなら、どんな孤独や痛みにも耐え抜くことができる。繋いだこの手の温もりが、顔も知らない母の気高く美しい魂の形と、重なって感じられた。


(……母が無念のまま手放した未来を、私は絶対に手放さない)


 私は拳を握りしめた。母が持っていなかった、最強の武器やりなおしが私にはある。


「……ここです」


 ハーヴェー様が足を止めた。階段の終わり。重厚な石の扉の前。

 ギギギィ……と、重い音を立てて石の扉が開いていく。


 ふわりと流れ出してきたのは、古びているけれど、どこか澄んだ清浄な空気。埃っぽさはなく、まるで陽だまりのような優しい匂いがした。


 そこには、お母様が汗を流し、ハーヴェー様と共に魔法を高め合った、温かい時間の痕跡が残されていた。


「……ここが……」


 私は、その空間に足を踏み入れた。お母様の足跡を辿り、そして追い越すために。

 地下の隠れ家で、私たちの特訓が今、始まろうとしていた。

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