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処刑された『闇魔法使い』の姉を救うため、死に戻った『光魔法使い』の妹は運命に抗う ~役立たずと捨てられた義妹ですが、今度は絶対に守り抜きます~  作者: 東明時裕夜
第三章 帝国の右腕と地下図書室の秘密

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第29話 地下図書室に招かれざる使者

 ハーヴェー様に「治癒魔法を決して王族には見せない」と誓いの言葉を口にし、そして「強くなりたい」と自らの覚悟をぶつけた直後。


 表面上は静かに沈黙している私の頭の中では、ミリアナさんから聞いた『幻級魔法』の真実が、未だに警鐘のように鳴り響いていた。


(……人々に幻を見せたり、本物そっくりの幻影を作り出す魔法。そして、無詠唱で重い制約……)


 脳裏に浮かぶのは、一周目の最期に出会った緑髪の暗殺者、シャドウの不気味な姿だ。


 彼が行使していた、相手の過去や魔力の本質を見抜く二つの恐ろしい『魔眼』。空間の概念を無視して影に潜む、異常な移動能力。そして――人の心を完全に支配する『洗脳』や、記憶を操作する『催眠』という得体の知れない無魔法。


(……あれらもすべて、幻級魔法の一種なのだろうか?)


 あの男は、黒い炎を出す時も、記憶を封じる時も、そして何もない空間から透明な刃を放つ時も――ただの一度も『詠唱』をしていなかった。

 あれは、魔法の腕が良いから無詠唱だったんじゃない。その力自体が、詠唱を必要としない『幻級魔法』の性質を持っていたからだ。


 そして――私自身が死の淵で無意識に発動させ、過去へと戻ってきたあの奇跡も、詠唱などしていなかった。


 さらに、もう一つ。

 一周目の記憶が蘇る。十五歳で行われた学園の『魔力選定の儀』。


 そこで私は、第二属性として『光魔法』の素養が判明し、周囲の大人たちを騒然とさせた。しかし、その直後の魔力回路の精査で「魔力量が極めて少なく、肝心の適性も著しく低い」とされ、結局「期待外れのなり損ない」という烙印を押された。


 私を政治の道具にできないと悟ったシャリアからは見限られ、当時はその評価に絶望し、微弱な火魔法の練習にすがるしかなかった。


 けれど、今ならわかる。

 ハーヴェー様が言っていた通り、母アミィエルは光魔法の先にある『治癒魔法』を覚醒させた。

 そして当然、この国の王族も「光魔法使いの先には、治癒魔法という幻級の力がある」という事実を知識として知っているのだ。


 だからこそ、一周目でシャドウは私を殺す直前にこう言ったのだ。


『そんな伝説の力を持っていると知れれば、この国の王族が黙っていない。国宝として厳重に保護するに決まっている。国家の最重要保護対象になんてなられたら、非常に仕事がしにくい』と。


 もし、私が王族の前で治癒魔法を使えると知られれば。


「国宝」という名目で王城に幽閉され、母アミィエルと同じように、国益のための道具として一生駆り出されることになる。

 自由を奪われ、最悪の場合、あの冷徹なレオニス王子によって私自身の意思とは無関係に利用され尽くすだろう。


 それに……。

 一周目の地下牢で、お姉様が懺悔するように語ってくれた真実を思い出す。


 お姉様とレオニス王子の婚約は、お姉様が学園に入学してわずか三日目に、シャリアと王家の政略的な密約によって勝手に決められたものだった。

 そして私が十五歳で『なり損ない』と判定された時、お姉様は心の底から安堵していたのだ。


『もしあなたが優秀な光魔法使いだと認定されたら、王家は間違いなく私を捨てて、あなたをレオニス様の婚約者にしたでしょう。……だから、あなたがなり損ないだと分かった時、これでアミアは自由でいられる、泥を被るのは私一人で十分だと思った』


 お姉様は、冷酷な王子の隣で完璧な姉を演じ、陰湿ないじめや孤独に耐えながら、「私でよかった」と私のために一人で泥を被り続けてくれていたのだ。

 もし今、私が強大な『光魔法』の使い手だと王家にバレれば、私は道具として縛られ、お姉様がご自身の心を削ってまで守ってくれた私の『自由』が奪われてしまう。


 それだけじゃない。私を庇うために、お姉様はさらに過酷な犠牲を強いられるに決まっている。


(……だから、絶対に隠し通さなければならない)


 数日前に自室で書いた『作戦計画書』の項目を、心の中で強く復唱する。


 ――計画の第4項、『レオニス王子との婚約阻止』。

 ――そして第7項、『自身の力(光と火)と、幻級魔法の徹底秘匿』。


 シャリアお母様には「火魔法の早期発現」と偽装し、王族や学園には一周目と同じように「光魔法のなり損ない」を演じ切る。誰にも知られず、この地下深くのような誰の目も届かない場所でだけ、私の真の力――「治癒」と「精神防壁(光の加護)」を研ぎ澄ませるのだ。


 ――そして、さっきミリアナさんが教えてくれた『王立図書館』の存在。

 私が見つけられなかった「精神支配の対抗手段」や、「シャドウの異常な能力の正体」、そして「幻級魔法の制約」……私が生き残るための答えは、きっとその禁書の中にある。


 それに……。

 ハーヴェー様は『お母様の死因は流行り病だ』と強く否定されたけれど……ミリアナさんがあんなにも無残に意識を失って倒れたように、人智を超えた幻級魔法には必ず重い制約が伴うはずなのだ


 もしも、お母様の命を本当に削ってしまった『幻級魔法の代償』が存在するのだとしたら……。


(……頭の中の計画書に、新たな項目を追加だわ。『王城奥深くの王立図書館への潜入と、禁書の解読』……!)


 今はまだ遠い場所だけれど、いつか必ず辿り着いてみせる。

 決意を新たに拳を握りしめた私に、ハーヴェー様が静かに口を開いた。


「アミア様。あなたは強くなりたいと言いましたね。お姉様を守るために」  


 ハーヴェー様の声で、私は思考から引き戻された。


「はい!」


 私はハーヴェー様を真っ直ぐに見つめた。


「分かりました。ならば――協力しましょう。かつて、アミィエルが光魔法の訓練をしていた場所へ、案内します」


 ハーヴェー様は歩き出した。

 地下図書室の最奥。本棚の行き止まりへ。体調が少し落ち着いたミリアナさんも、ゆっくりと後に続く。私たちもその背中を追った。


 行き止まりの壁際には、古い石像が立っていた。

 ハーヴェー様がその石像の瞳に手をかざす。


 カチッ。 


 小さな音が響き、石像の瞳に埋め込まれた魔石が淡く光る。ゴゴゴゴゴ……と重い音を立てて、巨大な本棚がスライドし、隠された階段が現れた。


「この先が、地下訓練場です。……そして、君たちが本当にその特異な力を極め、運命に立ち向かう覚悟があるのなら」


 ハーヴェー様は振り返り、私たちに力強く告げた。


「アミィエルへの……私からのせめてもの償いとして。そして、ジェック殿の事件の真相に近づくためにも。君たちの良き『師』となってくれるであろう人物……先ほどミリアナも名前を出した、彼女の姉であるレイフェに会えるように手配してあげましょう」

「レイフェ……さん……?」

 (元副団長の、レイフェさん……!)


「ええ。彼女自身は光や闇の使い手ではありませんが……実戦における『規格外の魔力の制御』と、理不尽な悪意から『生き残るための戦術』を教える、最高の師となってくれるはずです」

「さあ、行きましょ——」


 ハーヴェー様が灯り用の魔石を手に取り、階段へ足を踏み入れようとした、その時だった。


 ふいに、誰もいないはずの通路の空間が、水面のようにぐにゃりと歪んだ。


「へぇ。光の特異点が母娘で二人、ね。それに治癒魔法か。王国が歴史から隠蔽したっていう伝説の力が、こんなところでお目にかかれるとはね。……しかし、そんなヤバい爆弾たちを、王様に内緒でこっそり匿うなんて、この国の大臣も案外悪いことするわねぇ……って、あちゃー」


 静寂の図書室に、気だるげな、けれどよく通る女性の声が唐突に響き渡った。


「誰だ!?」


 ハーヴェー様が鋭く叫び、とっさに私とお姉様を背後に庇う。

 ミリアナさんも、弾かれたように身構えた。


「やばい。独り言、全部口に出ちゃってたわ。バレちゃった」


 と、通路の壁際の何もない空間から、軽く額を叩く細い腕が現れた。


 直後、砕けた薄氷のような魔力の破片がパラパラと剥がれ落ちる。風景を映し出していた透明な殻が解けたように姿を現したのは――壁に気だるげに寄りかかり、濃い青色の長い髪を無造作に揺らした、緑色の瞳の女性だった。


(……やっぱり! さっき私が感じた空間の歪み……あの違和感は気のせいじゃなくて、この人が息を潜めて私たちを観察していた証拠だったんだわ……!)


 

 私は目を見張った。

 

(……でも、嘘でしょ!? さっき空間が歪むまで、魔力の気配なんて欠片も感じなかった! それどころか、異質な魔力に自動で反応して倒れてしまうほどの、ミリアナさんのあの恐ろしい『鑑定』にすら……全く引っかかっていなかったなんて!)

 

 ミリアナさん自身も、自分の特異体質を完全にすり抜けてすぐそばに潜伏していた謎の女の登場に、信じられないというように目を見開いて戦慄せんりつしている。


「王城の地下深くに……一切の魔力も気配も残さず潜り込むなど……」


 ハーヴェー様が、こめかみに冷や汗をにじませながら、前に進み出て鋭く叫んだ。


「貴様……一体、何者だ!?」


 底知れない実力を持つ、正体不明の侵入者の登場。

 隠された地下図書室の空気は、一瞬にして凍りついた。

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