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処刑された『闇魔法使い』の姉を救うため、死に戻った『光魔法使い』の妹は運命に抗う ~役立たずと捨てられた義妹ですが、今度は絶対に守り抜きます~  作者: 東明時裕夜
第三章 帝国の右腕と地下図書室の秘密

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第28話 伝承が崩れた光と闇の魔法使い達

 地下図書室の張り詰めた空気の中。

 ハーヴェー様とミリアナさんの口から『幻級魔法』という伝説の力の真実と、彼女の姉である元・魔法兵団副団長レイフェさんが、十一年前に起きた彼女たちの父親であるジェック殿の失踪事件を追っているという事実が明かされた。

 あまりにも大きすぎる情報に、私とお姉様が息を呑んで沈黙していると――。


「ええ。そして……アミア様」


 向かいの席に座るハーヴェー様がゆっくりと私の方へ向き直り、信じられないものを見るような、それでいてひどく懐かしむような瞳で私を見つめた。


「あなたは……本当に、母親と生き写しだ。アミィエルもまた、光魔法使いであり……そして、あなたと同じ『火魔法』を併せ持っていました」

「……えっ!? お母様も、私と同じ火と光の……!?」


 私は驚愕した。


(……お母様と、全く同じ属性……。私が火魔法を使えるのは、お母様から受け継いだものだったんだ……!)


 顔も覚えていない母の血が、魔力という形で確かに私の中に流れている。その事実がどうしようもなく嬉しくて、胸の奥がじんわりと熱くなった。


 『期待外れ』と見放され、一人で微弱な火魔法の練習にすがっていたあの日々も、決して無駄じゃなかったのだと、お母様が背中を押して肯定してくれたような気がした。

 私がお母様との見えない絆に感動し、言葉を失っていると――。


「……待ってください、ハーヴェー様」


 声を上げたのは、隣に座るお姉様だった。


「伝承では、光と闇の使い手は『百年に一人』しか現れないはずです。アミアの実のお母様が亡くなったのは、つい十数年前……。なのに、どうしてまたすぐに、娘のアミアが光魔法を使えるのですか?」


 お姉様の言う通りだ。光と闇の魔法使いは、それぞれ百年に一人しかこの世に誕生しない。それがこの世界の絶対の理のはずだ。実の親子であるアミィエルアミアが立て続けに光魔法使いであることは、そのルールに完全に矛盾している。


「……その通りです、ネフェリア様」


 ハーヴェー様は重々しく頷いた。


「本来なら、あり得ないことです。伝説が正しければ、アミィエルが亡くなってから百年は、新たな光魔法使いは現れないはず。ですが……現実に、娘であるアミア様にその力が宿っている」

「これは奇跡か……あるいは、世界のことわりが歪むほど、大きな『闇』が迫っている反動なのかもしれません。いずれにせよ、アミア様の存在は、歴史上のルールすら無視した『特異点イレギュラー』なのです」

(……特異点……)


 私はごくりと喉を鳴らした。

 光の百年周期が、私と母で破られている。だとしたら、『闇』はどうなのだろうか?


 一周目で出会った、緑髪の殺人鬼シャドウ。他人の精神を支配する未知の無魔法『洗脳』と『催眠』……そして影から『水滴にならない透明な冷刃』を吐き出し、影から影へ移動する不気味な力を持つ闇魔法使い。


 そして、私の隣にいるお姉様。つい数日前、精霊の森で私を魔獣の爪から守るために、無詠唱で凄まじい威力の『ダークショット』を放ち、初めてその闇の力を解放してくれた。


(……闇魔法使いも、お姉様とシャドウの『二人』が同じ時代に存在していることになる)


 背筋が凍りついた。光だけじゃない。闇の法則もまた、完全に破綻しているのだ。


 それに、同じ闇魔法使いでも、二人の性質は全く違う。


 シャドウの闇は、洗脳や催眠といった未知の無魔法による精神支配や、あの得体の知れない直接攻撃に特化しすぎた代償として、純粋な物理破壊魔法が一切使えない歪な力だ。あいつ自身が『一属性しか持たない欠陥品』と劣等感を吐露していたように。

 でも、お姉様の闇は違う。魔獣を一撃で粉砕したあのダークショットのように、絶大な破壊力で大切なものを守るための純粋で気高い力だ。


(……私とお母様が光の特異点であるように、お姉様とシャドウもまた、ことわりから外れて闇を宿し、同じ時代に生まれた『特異点』なんだ)


 私たちは二人とも、誰かのコピーじゃない。この歪んだ時代が生み出した、規格外の存在なのだ。

 それに、ミリアナさんの言葉を聞いて、確信した。伝説上の幻級魔法は「治癒魔法」だけじゃない。


(……相手の魔力を見抜く『左の魔眼』、未知の無魔法、そしてあの異常な移動能力。もしあれらがすべて幻級魔法やそれに匹敵する力だとしたら……)


 あいつの存在自体が、伝承の枠にすら収まらない厄災そのものなのだ。


「そして――彼女は不幸にも、その規格外の才覚ゆえに『治癒魔法』を覚えてしまった」


 ハーヴェー様の沈痛な声が、私の思考を引き戻す。


「それもまた、先ほどミリアナが言った『幻級魔法』の一つです。当時、王族はその魔法に興味を示さなかった。しかし……彼女がその力を発現させた途端、態度は一変しました」

「……治癒魔法が、その……幻級魔法……?」


 私は、わざとらしく息を呑み、信じられないというように目を見開いてみせた。


(本当は知っている。一周目のあの日、あの悪魔シャドウから聞いていた。治癒魔法……傷を癒やし、毒を消し、極めれば死者蘇生すら可能にすると言われる、伝説の魔法だと)

(だからこそ私はあの時、腕の中で冷たくなったアメリアさんを生き返らせることができるかもしれないと、一筋の希望にすがったのだ。……結果として私が起こした奇跡は『死者蘇生』ではなく、過去へ戻る『時を巻き戻す』ことだったけれど)

(二周目の今、アメリアさんは生きている。この奇跡の未来で誰も死なせないためにも……今の私は何も知らない『なり損ない』の妹を演じ切らなきゃいけない)


「治癒魔法……。昔、私がアミアに読み聞かせた絵本にあったような……傷を癒やし、死んでしまった人すらも生き返らせるという『あの優しい御伽噺の魔法』が、本当に実在するのですか……?」


 お姉様が、震える声でハーヴェー様に問いかけた。赤い瞳には、幼い頃に二人で夢見た『死者すら蘇るほどの強大すぎる奇跡』が、あろうことか大好きな妹を脅かすかもしれない現実の力だという事実への、深い戦慄が浮かんでいる。


「ええ、傷を癒やす魔法は実在します。……ですが、人が生き返る魔法なんて存在しません。あれはあくまで御伽噺です」


 ハーヴェー様は、お姉様の問いに対して、きっぱりと『蘇生』の可能性を否定した。


「……やっぱり、そうですよね。死んだ人が生き返る魔法なんて、現実に……あるはずないですよね」


 私がどこかホッとしたように呟くと、ハーヴェー様は静かに頷いた。


「……そして彼女は、傷ついた兵士を治すための『道具』として、戦場に駆り出されました」

「戦場……」


 お姉様が、その言葉にピクリと反応した。


「もしかして、今休戦中の隣国……アセレリア帝国との戦争ですか?」

「ああ、よく知っているね」


 ハーヴェー様が少し驚いたように頷くと、お姉様は静かに目を伏せた。


「……はい。以前、お母様から少しだけ聞かされたことがあったので」

(……お母様……今の義母である、シャリアから!?)


 私はハッとした。裏で帝国の人間と極秘に取引しているのだから、シャリアが敵国の情勢に詳しいのは当然だ。


 けれど、それを何食わぬ顔で、わざわざお姉様に語り聞かせていたという事実に、背筋を這うような薄気味悪さを感じた。


 ハーヴェー様は重々しく言葉を継いだ。


「十数年前、両国の国境付近で泥沼の戦闘が続いていた時期だ。アミィエルはそこに送られた」

(アセレリア帝国……!)


 私は息を呑んだ。一周目でシャリアが違法な毒草『ヒプノ草』を密輸し、暗殺者シャドウを放ってきた憎き敵国。お母様は、あの国との戦争に駆り出されていたんだ。


 お姉様は、さらに踏み込んで尋ねた。


「どうして帝国は今、休戦中なんですか? 当時あれほど激しく争っていたのに……」

「詳しい事は我々にも分からないが……向こうの『皇帝が変わった』のが大きいだろう」


 ハーヴェー様は、少し声を潜めて答えた。


「アミィエルが亡くなったのと同時期に、帝国の先代皇帝が崩御してね。新たに即位した今の皇帝――グレンド・アセレリアへと代わった。当時は、まだひどく若き皇帝だという噂くらいしかこちらには届いていなくてね。……そして、その代替わりから二年後。我が国の国王オニファス陛下と、その若き皇帝グレンドとの間に、唐突に停戦協定が結ばれたんだよ」

(……国王、オニファス陛下……!)


 その名を聞いて、私の胸の奥が冷たく強張った。

 オニファス国王。それは、一周目の地下牢で、私たちの絆を「血の繋がらない赤の他人」と冷酷に切り捨て、お姉様に無慈悲な死刑宣告を下したあの氷の王子、レオニス様の父親だ。


(そして、帝国の若き皇帝、グレンド・アセレリア……!)


 二つの巨大な権力者の名前を聞いた瞬間。私の脳裏に、自室で必死に書き出したシャドウ対策の『作戦計画書』が鮮明に蘇った。


(……そうよ。シャドウは死の直前、『平和主義である今の皇帝の目を盗み、強硬派の連中が僕を雇ったのだ』と言っていたわ)

(グレンド・アセレリア……! それが、あの『平和主義の皇帝』の本当の名前……!)


 あの夜、計画書を書きながら、私はただ漠然と『いつか会って、真意を知りたい』と思考の隅に留めていた。顔も名前も知らない、不確かな存在だった。


 それが今、ハーヴェー様の言葉によって『グレンド・アセレリア』という確かな輪郭を持ち、血の通った一人の人間として私の中に結びついたのだ。


(……ハーヴェー様たち大人は、どうして帝国が急に休戦に応じたのか、詳しい事情を知らないみたいだけれど……お父様が喜んでいたあの停戦は、若き皇帝グレンドが『平和主義者』だったからこそ結ばれたものだったんだわ……!)


 私だけが知っている、国家の裏側の真実。

 表向きは、あの冷徹なレオニス様の父であるオニファス国王と、若き平和主義の皇帝グレンドによって休戦が保たれている。けれどその水面下では、若いグレンド皇帝を軽んじる帝国側の強硬派とシャリア義母様が結託し、再びこの国を泥沼の戦火に包もうと暗躍しているのだ。お母様が命を削って耐え抜いたあの戦場を、もう一度作り出すために。


(……グレンド・アセレリア。もし本当に、あなたに会える日が来るのなら)


 私は膝の上でぎゅっと拳を握りしめた。

 計画書に書いたあの日の決意が、名前を知ったことでより強く、具体的な熱を帯びる。 


 かつてお父様が『もう戦争はない』と微笑んで喜んだ休戦をもたらした、その若き君主に、直接この口で問いただしてみたい。


 平和を望んでいるはずのあなたが、どうしてシャドウのような恐ろしい暗殺者を野放しにし、自国の強硬派の暴走を止められずにいるのかを。


「数年間、アミィエルはそんな過酷な環境でその力を振るい続け……そしてある日突然、地位も名誉も捨てて、王城から去ってしまったのです。……私は、彼女を引き止めることも、救うこともできなかった」

(……さっき、ミリアナさんが言っていた『権力者に道具として利用される』というのは……ただの想像や警告じゃない。お母様に起きた、残酷な現実だったんだ……!)

「……待ってください、ハーヴェー様!」


 ガタッ、と。

 お姉様が弾かれたように椅子から立ち上がり、声を荒らげた。


 お姉様は私を庇うように私の席の前に立ちはだかると、ハーヴェー様を鋭く、強い口調で追及した。


「アミアのお母様は、王城を去った後、アミアが一歳の時に……二十一歳の若さで病死されたと聞いています。……そんなのおかしいわ! もしかして、お母様が亡くなったのって、その『幻級魔法の治癒魔法』の重い制約や代償が原因だったんじゃないですか!?」

(……っ!)


 私は息を呑み、お姉様に続くように慌てて椅子から立ち上がった。


(私も、そう思う。さっきミリアナさんが『幻級魔法には重い制約がある』と言っていた。お母様は、戦場で魔法を使わされ続けて命を削られ、それが原因で……)

(死者蘇生のような禁忌の魔法が存在しないのなら、お母様が命を落とした理由は一つしかない。戦場で純粋な『治癒魔法』を限界まで使わされ続けて、その重い代償によって命を削り落とされたに違いないわ……!)

(まだ確信はない。……でも、もし本当にそうだとして。治癒魔法が命を削る魔法だったとして……私は、どうするの……?)


 不安で胸を締め付けられながら、私はお姉様と共に、すがるような思いでハーヴェー様を見つめた。

 私たちの悲痛な問いを受け止め――ハーヴェー様は、キッパリと首を横に振って否定した。


「……いいえ、違います。アミィエルが亡くなったのは、ネフェリア様が聞いておられる通り……本当に、ただの流行り病です。治癒魔法の代償などでは断じてありません」

「本当ですか……!?」

「ええ。彼女は数年間、過酷な戦場で治癒魔法を使い続けましたが、それが直接の死因になるようなことはなかった。……ただ、心身ともに限界まで疲弊しきっていたのは事実です」


 ハーヴェー様は、何か重い秘密を胸の奥に飲み込むように、一瞬だけ悲痛に目を伏せた。 


「……よかった……」


 聡明なお姉様は、そのきっぱりとした口調に安堵して胸を撫で下ろしている。お姉様にとって、死者蘇生はあくまで『絵本の中の優しい奇跡』であり、治癒魔法の恐ろしい代償など想像もつかないからこそ、ハーヴェー様が病死だと言い切ってくれた言葉を信じて安心できたのだろう。


 けれど、私は知っている。ハーヴェー様が一瞬だけ見せた、あの悲痛な絶望の顔。そして『幻級魔法の重い制約』という逃れられない事実を。 


(……死んだ人が生き返る魔法は、存在しない。そして、死因はただの流行り病……?)


 私は、心の中でその言葉を反芻はんすうし、胸の奥に冷たい石が落ちたような喪失感を覚えていた。


(……やっぱり。私が死の淵で起こした奇跡も『時を巻き戻す』ことだったし、死者がそのまま生き返るなんて都合のいい魔法は現実にはない。シャドウが言った『死者蘇生』は、ただの嘘だったんだわ)

(頭では分かっていた。……でも、心のどこかで『もしまた最悪の事態が起きたとしても、あの絵本のような優しい奇跡でみんなを救えるかもしれない』って、少しだけ期待してしまっていた自分がいた)


 私は、膝の上でギュッと拳を強く握りしめた。


(蘇生がないのなら……もし今後の戦いで、私がアメリアさんやお姉様を守りきれずに命を落としてしまったら……もう二度と、取り戻すことはできないんだ……。絶対に、失敗は許されない……!)


 私は、絶対に取りこぼせないという恐ろしいほどの重圧を噛み締めながら、再び冷徹な思考へと潜っていく。


(……でも、おかしいわ。お母様は、幻級の治癒魔法を使って、あの過酷な最前線の戦場を数年間も生き抜いたほどの凄腕だったはず。そんな人が、戦場から戻った直後に、ただのありふれた流行り病であっけなく亡くなるなんて……不自然すぎる)

(ハーヴェー様のあのきっぱりとした否定は、きっと私たちに重い呪いを背負わせないためについた『優しい嘘』だわ。……治癒魔法には、確実にお母様の命を縮めた『恐ろしい代償』が存在するんだ……!)


 私は、隣で安堵の微笑みを浮かべて椅子に座り直した大好きなお姉様をそっと見上げた。


(……お姉様には、この残酷な可能性は絶対に内緒にしておこう。私が真実を突き止めて、必ず守り抜くって決めたんだから)


 私もゆっくりと椅子に腰を下ろすと、ハーヴェー様は真剣な眼差しで私を見据えた。


「だからこそ、アミア様。あなたに警告します」


「もし、あなたが治癒魔法を覚えたとしても……決して、王族には見せないでください。もし知られれば、あなたもアミィエルと同じ道を辿ることになる。そこにいる、大切なお姉様を悲しませることになりますよ」

「……っ」


 私は息を呑んだ。


「……はい。約束します。……軽率に手を出したり、見せびらかしたりはしません」

(……お母様と同じ悲劇は繰り返さない。この光は、私が墓場まで持っていく『裏の切り札』にするんだから)


 私の返事を聞いて、お姉様は私の肩を折れそうなほど強く抱き寄せ、ハーヴェー様に向かって、今まで聞いたこともないような鋭く、冷徹なまでの拒絶の声を上げた。


「……ええ、当然ですわ。ハーヴェー様。アミアの力は、誰にも渡しません」

「お姉様……?」

「もしアミアにその力が芽生えたとしても、私が……私の『水』と『闇』ですべてを覆い隠し、アミアを死ぬまで守り抜きます。……国王陛下だろうと、どれほど強大な権力を持つ王家が相手だろうと、私の妹を『道具』にしようとする者は、たとえ誰であっても私が許さない」


 お姉様の瞳に宿ったのは、自らが災厄(闇)と呼ばれようとも、妹を日向の自由な世界へ留めておこうとする、狂おしいほどの守護の決意だった。

 私はその深く重い愛情に胸を打たれながらも、ハーヴェー様の言葉を深く胸に刻み込んだ。


(ええ……お姉様やみんなを悲しませないために、この光は絶対に王家には隠し通してみせる)


 けれど――ただ『隠れて』、怯えているだけでは、あのシャドウのような理不尽な悪意から大切な人たちを守ることはできない。

 私は、隣に座るお姉様の手をそっと握り返し、真っ直ぐにハーヴェー様を見つめ返した。


「でも……ただ隠れて、やり過ごそうとするだけじゃ、駄目なんです」

「アミア様……?」


 ハーヴェー様が目を丸くする。私は、握りしめたお姉様の手から温もりを感じながら、はっきりと口にした。


「私は……強くなりたいんです。先日の森での魔獣襲撃のように……またいつ、理不尽な悪意が私たちを襲うか分かりません。だから……私たちを縛る運命から、大好きなお姉様を絶対に守り抜ける力が欲しいんです」

「……!」


 その言葉を聞いて、ハーヴェー様はハッとしたように目を見開いた。

 かつて、過酷な運命に一人で耐え、何も告げずに去っていったアミィエル。けれど、目の前に立つその娘は、逃げることなく、大切な人たちを守るために運命に立ち向かおうとしている。


 ハーヴェー様は、何かまぶしいものを見るように優しく目を細め、深く、重々しく頷いた。


「……ええ。その覚悟、確かに受け取りました」


 その温かい言葉に、私は深く頭を下げた。

 張り詰めていた緊張の糸が少しだけ解け、小さく息を吐き出した――その時だった。


(……え?)


 ふと、首筋を撫でるような、奇妙な違和感が走った。


 誰かに見られているような……いや、それだけじゃない。通路の奥の何もない空間の光が、ほんの一瞬だけ、水面のようにぐにゃりと歪んで揺れた気がしたのだ。


 私は弾かれたように振り返り、薄暗い図書室の奥へと目を凝らした。


「……アミア? どうしたの?」


 私の急な動きに、お姉様が不思議そうに尋ねる。


「あ……いえ……」


 そこには、古びた本棚が静かに並んでいるだけで、怪しい人影も、魔力の気配も全くない。

 シャドウが潜伏していた時のような、あの嫌な悪意も感じられない。ただのひんやりとした静寂が広がっているだけだ。


(……気のせい、よね。半日からずっと気が張っているし、シャドウの影に怯えすぎているのかも……)


 私は小さくかぶりを振り、自分を納得させた。


「なんでもありません。少し、空気が冷たいなって思っただけです」

「そう? 冷えるなら、私のショールを貸してあげるわ」


 お姉様が優しく微笑んでくれる。

 私は「大丈夫です」と笑って返し、再びハーヴェー様たちへと向き直った。


 母と父の過去を知る大人たちとの出会いは、私たちに大きな真実をもたらしてくれた。


 しかし――一つの真実を知れば、また新たな謎と脅威が顔を出す。

 悲劇を避けるために息を潜めるだけの時間は、ここで終わりだ。

 私の運命を変えるための本当の戦いは、まだ入り口に立ったばかりだった。

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