第347話「迫る影、葉山ダンジョン」
#第347話「迫る影、葉山ダンジョン」
二人は日本行きの飛行機に乗り込んだ。しかし日本への直行便はない。目的地へは直行ではなく、O国を経由しての長旅となった。
飛行機に初めて乗ったクアンは、窓の外を見てはしゃいでいた。雲の上を進むという非日常の体験もさることながら、何よりレイラと共に過ごす時間が、彼女にとっては何よりの喜びだった。
「まるで旅行みたいですね、レイラさん!」
「おいおい、遊びに来たわけじゃないんだ。任務を忘れるなよ」
呆れたように言うレイラだったが、その表情はどこか柔らかい。飛行機を乗り継ぎ、約二日間の移動を経て、二人はついに日本へと到着した。
飛行機を降りた瞬間、クアンとレイラは思わず足を止めた。空港内は洗練されていて、Q国の空港とはまるで違う。
そして空港の外も圧巻だった。少し遠くの視界に広がるのは、高層ビルが立ち並ぶ都市の景観、そして近くには絶え間なく行き交う人々の流れ。Q国とはまるで別世界だった。
「すごい……これが日本……」
移動の途中なども状況は変わらない。立ち並ぶ高層ビル、そして多くの人に圧倒されながらも、二人は組織のメンバーと、予約していたホテルへと向かった。
部屋に集まった七人は、さっそく作戦会議を開始した。
「高泉首相は不定期にダンジョンへ潜る習慣があるようだ。狙うなら、その出入口だ。ダンジョン付近だと、さすがに警備は難しくなる」
リーダー格の男が地図と資料を広げながら説明した。
ダンジョンに入る前と出た後、両方のタイミングが検討されたが、結論は明確だった。警戒心が緩みやすい“退出直後”が最も成功率が高いと判断した。
「警備はそれなりに厳重だが、こちらには攪乱役が最大で六人いる。十分に突破可能だ」
さらに、標的となるダンジョンの場所は海の近くに位置していて都合が良い。襲撃後は海岸へ移動し、待機させたボートで脱出し、その後はQ国の貿易船に移動する計画だった。
作戦が固まると、彼らは首相がダンジョンに潜る日程を待つことになった。
待機期間中、クアンは外出したい衝動に駆られながらも、任務を優先してホテルに留まった。代わりに、レイラと過ごす穏やかな時間を心から楽しんでいた。
「クアンはこんな大仕事の前だというのに、よくそんなにリラックスできるね」
「レイラさんと一緒ですから。楽しいことしかありません」
屈託のない笑顔に、レイラは深くため息をつく。その様子を見ていた他のメンバーたちも、内心ではレイラを連れてきた判断は正しかったと感じていた。クアンの機嫌を損ねる方が、よほど厄介だったからだ。
最大戦力の機嫌を取れる人間がいるのは貴重。それはどのような任務でも同じで、機嫌をうまく取れる人間がいるのといないのとでは作戦の成功率も全く違う。
そのため男性に対しては機嫌を取れる女性を、逆に女性に対しては機嫌を取れる男性をあてがうなど様々なノウハウがある。今回の任務では、その辺りのことを全く考えずにレイラをあてがうだけでいいという点では楽ができた。しかもレイラも戦力として計算できるのもありがたかった。
そして、ホテルでの待機が二十日を迎えた頃――ついにその時が訪れた。
「決まった。首相がダンジョンに潜るのは一週間後の夕方だ。出てきた瞬間を狙う」
「「了解!」」
作戦は最終段階へと移行した。
場所は、神奈川県にある葉山ダンジョン。湘南エリアに位置するそのダンジョンは一般開放されているが、首相が訪れる日には不定期で入場規制が敷かれる。
東京からの距離も比較的近く、人通りが比較的少ないことから、首相の“プライベートダンジョン”として選ばれていた場所だった。
「ダンジョンの出口にはSPが十人程度。その他にも警備らしき人間が十人程度か。それほど多くはない」
「SPを引き離すことはできるか? それさえできれば楽勝だと思うが」
「いや、難しいだろう。彼らは基本的に首相から離れることはない。しかし銃を向けるなり武器を向けるなどして気を引くことはできる。その隙にクアンが無力化できるなら無力化させろ。うまく首相から気がそれているようならば、そのまま誘拐してもいい」
「分かりました。気を引いてくれるならば、無力化するにしても誘拐するにしてもそれほど難しい話ではありません。すぐに首相を担ぎ移動します。その後は一斉に逃げましょう」とクアンは答えた。
「ああ、任せたぞ。レイラはクアンの近くで。状況に応じてフォローするなりアドバイスするなりしてくれ」
「分かりました」とレイラ。
そうして、日本の首相を狙うという前代未聞の計画。その実行の日は、確実に近づいていた。
ホテルの一室。静まり返った空気の中で、クアンは拳を握りしめた。さすがに計画実行直前ということで楽しげな表情は消えた。代わりに、鋭い眼差しが宿っていた。頭の中でいくつかのシミュレーションをしている。
レイラもまた、無言で窓の外を見つめていた。決戦の時は、すぐそこまで迫っていた。
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