現実はアナログ
かつて世界一といわれた日本の技術はアナログ時代のものだった。近年のデジタル技術での数々の不祥事はデジタル思考による現実との乖離だろう。
デジタルの世界には、オンとオフの2状態からなる。しかし、アナログは狭いオンとオフ状態と無数の不明状態からなっている。
アナログ技術者はこの不明状態の扱いに長けていた。不明をどのように解釈するか。オンかオフなのかそれとも異常か。現代のロジカル思考においては、不明はあってはならない、想像上にもない状態。デジタルでは不明とは検出ミスなのである。
アナログの不明とはオンかもしれないしオフかもしれない。これは一方では両立している状態もある。例えば断続的にオンとオフを繰り返している場合もある。あるいは半状態。アナログからの移行期においてはは半状態はオフと見なされることが多かったが、いまではオンと見なされることが多くなった。
アナログ状態を無理やりデジタル思考に置き換えたことで、イレギュラーが多発する。それでも現実を扱う現場はアナログ思考が残っている。しかし、情報しか扱わない上層部ほどデジタル思考に凝り固まっている。
面白いことに、かつて整数論はデジタルだった。しかし、現代物理や数学はアナログに替わってきている。1と2の間には何も無かった。しかし極限を考える現代は、この隙間がどのようになっているかを考えなければ結論がでない。つまり予測とはアナログの世界でのみなりたつ。
普通の学校では、整数は直線上にならんでいると教える。しかし、現代ではサインカーブのような曲線上に並んでいると考える。高次元を考えるには、このような折りたたまれた次元を考える必要がある。
整数は一意に定義できるものではなく、どのようなカーブの上に点在しているかによって無限に定義できるわけだ。
このような、認識違いは特に日本人には多いと感じる。
先日、学生達のアニメを見たが、2次元ではかなり動作がうまく描けている。しかし、3次元になるとお粗末だ。
人間は頭と足は同時に移動しない。前身するとき、頭は極力上下左右にぶれないようにする。さらにゆっくり見ると、頭が前に行くときは足は地面にあり、頭が動かなくなると足が離れる。このほうが空間把握がしやすい、
どころが3Dモデルでは体に頭が乗っているだけなので、体と一緒に頭もぶれる。見ていると酔って来る。
馬は前足を上げで両後ろ足で蹴り上げる。空中を飛び、前足はまっすぐ伸ばし左右ずれて支柱のように体重を支えながら前へ送り出す。走るというより跳ねている。
鳥は揚力を得るために飛んでいる時は腕を広げている。羽ばたくのは肘から先だ。腕を閉じれば落ちていくはず。つまり下降したい時と腕を閉じ、上昇したいときは腕を広げる。腕では羽ばたかない。
これが2Dでは描けるのに、3Dではできていない。日本人は与えられた範囲での創意工夫は得意だが、根本を疑わない。与えられたものに不備があるとは考えない。これこそが、日本の技術力の衰退の原因であり、想定外で片付けてしまう、現代日本人の数々の間違いの源であろう。




