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ぽんこつ女神のテラリウム  作者: 忌野希和
ぽんこつ女神は騒々しい
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運命的な一方通行の出会い

 片膝を付いた神殿騎士クラウスに止めを刺すべく、不死の騎士は掲げた大剣を振り下ろす。

 死を覚悟したクラウスであったが、その覚悟は不要だった。


 何故なら振り下ろされた不死の騎士の腕には、どういうわけか大剣が握られていなかったからだ。

 不死の騎士の手首から先が消失している。


 クラウスが消えた手首の在処を探すと、まだ不死の騎士の頭上、振りかぶった位置で浮いていた。

 そして思い出したかのように重力に引かれて地面に落ちる。


「そのまま伏せていてください」


 不死の騎士の背後から、知らない男の低音で落ち着きのある声が聞こえた。

 次の瞬間、クラウスの頭上を一陣の風が吹いた。


 その風は背後に振り向こうとしていた不死の騎士を腰の部分で両断した。

 支えが無くなりバランスを失った不死の騎士の上半身が腰の上からずり落ちると、その向こう側に声の主が立っている。


 丈の長い暗い色のコートを着た黒髪の男だ。

 切れ長の目から放たれる鋭い眼光が辺りを見回している。


(あんな細身の剣で一撃だと……!?)


 男の素早い剣捌きにクラウスは驚愕する。

 古くなり錆付いているといえども、神殿騎士の鎧は代々高品質な魔銀で作られているため、その耐久力は並みの金属鎧よりも優れている。


 その証拠に先達の錆びた鎧はクラウスたちの攻撃を受けても、傷やへこみこそ付いているが破壊には至っていない。

 それに加えて不死者の無尽蔵の体力と膂力があるため、聖女の《浄化》以外に有効打は無く苦戦していた。


 それなのにこの男は、腰に差した細身の剣による一撃で不死の騎士を両断した。

 クラウスは聖女の盾として仕える神殿騎士の中でも一、二を争う実力者である。

 そのクラウスの目をもってしても、抜刀から納刀までの男の動きを完全に捉えることはできなかった。


「後はお任せします」


 男は言い残すと、残る二体の不死の騎士の元へと向かう。

 再び風がそよぐ。


 男が腰の剣の柄を握って近づいただけで、瞬く間に二体目、三体目の不死の騎士の胴体があっけなく両断される。

 不死の騎士たちの上半身は抵抗する間もなく地面に転がり落ちる。

 男の大立ち回りに、助けられた仲間たちが呆然とするのも仕方がない。


「後ろだ!」


 仲間の一人が何かに気が付いて咄嗟に叫ぶ。

 巨大な影が男の背後から覆いかぶさった。

 今まで静観していた初代領主の遺骸が動き出したのだ。


 深紅の外套をはためかせて、巨体に似合わぬ素早い動きで男に肉薄すると、手にした大剣を叩きつける。

 大砲が着弾したかのような破砕音が響き渡った。


 初代領主の一撃は石畳を砕き、土煙が舞い上がる。

 到底かわせるタイミングではない。


 クラウスは男が死んだと思ったが、土煙の中に無事な姿を見つけて驚きと同時に安堵する。

 何者かは知らないが助太刀に来た彼が死ねば、神殿騎士たちだけでは聖女を護りきることはできない。


 もちろんクラウスたち神殿騎士は聖女の盾であるため、その命を使って聖女を護ることに躊躇はしない。

 だが不死の騎士相手に苦戦していては、更に強い初代領主の遺骸相手だと大した時間稼ぎにもならないだろう。


 もし聖女が残った魔力を振り絞り、《浄化》で不死の騎士を二体葬っていなければ、この男が到着する前にクラウスたちは全滅していたに違いない。

 次第に土煙が引いてくると、男の代わりに近くに転がっていた三体目の不死の騎士の上半身がかち割られているのが見えた。


 斬るというよりも押し潰されるようにして、不死の騎士の上半身は真っ二つになっている。

 運悪く初代領主の攻撃の餌食になったようだ。


 男はいつのまにか剣を鞘から抜いて正眼に構えていた。

 細身で反りのある、刃紋が美しい片刃の剣だ。


 そして再び振るわれた初代領主の横薙ぎの一撃に対して、男はその剣で迎撃する。

 それは例えるならば丸太を小枝で受け流そうとするような、クラウスからすれば到底無謀だと思える行動だった。


 だが男が迫り来る大剣に対して剣を撫でるように振るうと、大剣は剣が接触した地点で軌道が変わり、紙一重のところを通過した。

 その後も初代領主が怒涛の連撃を繰り出すが、男は一太刀もその身に受けることなく受け流し続ける。


 大剣が振るわれる度に突風が巻き起こり、玄室内にはまるで嵐の中にあるかのような暴風が吹きすさんでいた。





(さて困ったな)


 カルマは攻めあぐねて内心で呟く。

 現在対峙している初代領主だが、正直言って倒そうと思えばいつでも倒せる程度の相手だった。


 しかし《浄化》が使えないカルマが不死者を倒すには、対象が動けなくなるまでバラバラに刻まなければならない。

 初代領主は価値の高そうな鎧と外套を纏っているため、それを破壊することに躊躇っていた。


(後から損害請求をされても困るからな……)


 助けた神殿騎士たちは、上半身だけとなった二体の不死の騎士の相手をしている。

 不死の騎士は器用に片腕で這いずり、もう片方の腕で大剣を振り回していた。


 さすがにもう負けることはないが、倒しきるまでにはまだ暫く時間がかかるだろう。

 とりあえず神殿騎士たちの手が空くまで待つかと、初代領主の攻撃をいなし続けているとようやく聖女が魔力不足による意識混濁から回復した。


「……こ、これは一体」


 幼さの残る顔が周囲を見渡して、カルマと初代領主の攻防が目に入ったところで硬直した。

 疲労と魔力枯渇により顔色は病人の様に青白いが、聖女らしく清楚な雰囲気を纏う可愛い少女だ。


 聖女の復活によりカルマと初代領主の均衡は崩れた。

 カルマが神殿騎士たちが不死の騎士を倒すまで待つのをやめて、聖女に初代領主を破壊してもよいか聞くことに決めたからだ。


 誰に聞くにせよ初代領主を相手にできるのはカルマだけなので、少しの間強引に行動不能にさせる必要がある。

 唐竹割りに放たれた斬撃がカルマの脳天に突き刺さる直前、刀で真横から大剣の鎬の部分を押しやるように撫でると、大剣は軌道を変えて肩を掠めて石畳を叩きつけた。


 砕けた石畳が飛び散るよりも先にカルマは飛び出し、大剣を振り下ろしたままの姿勢で止まっていた初代領主の胸板を蹴りつける。


 石畳を砕く音に負けない衝撃音が響き渡る。


 カルマの前蹴りで初代領主の体が砲弾のように弾き飛ばされると、自身の入っていた石櫃を粉砕しながら壁に衝突した。


「失礼」

「ひゃうっ」


 その隙にカルマは納刀し聖女を抱きかかえると、カンナとドーソンが待機していた玄室の入口まで撤退する。

 突然のお姫様抱っこに頬を赤らめていた聖女をゆっくり降ろすと、片膝をついて一礼した。


「ご無礼をお許しください。我々は聖女様の一助になればと思い馳せ参じた者です。時間が無いため手短にお伺いします。あの輝く全身鎧姿の不死者を、聖女様の御力で《浄化》することは可能でしょうか?」

「申し訳ありません、わたくしには《浄化》を使う魔力が残されていません。仮に使えたとしても、かの偉大な初代領主様の御体を清める程の力は……ありません」


 悲痛な表情で聖女が答えた。

 聖女などと呼ばれておきながら、現状を打破できない自身の不甲斐なさに憤り、杖を握る手に力が入り指先が白くなる。


「ではもう一つ確認させてください。私がその初代領主様を食い止めますので、その際に鎧と御身を傷付けてしまうことを許して頂けないでしょうか」

「そ、それはもちろん構いません。ここで止められず地下墓地の外に出してしまっては、未曽有の被害をもたらしてしまいますから仕方ありません。ですがそれでは貴方が……」


 カルマが人差し指を立てて聖女の言葉を遮る。

 柔らかそうな唇から零れる吐息がカルマの指に触れた。


「先程御覧頂けたかと思いますが、多少なりとも腕には自信があります。必ずや聖女様のご期待に応えましょう」


 心配させないようにとカルマは優しく聖女に微笑みかけると立ち上がり、コートを翻して玄室の中へ戻っていった。

 そのあまりにも自信に満ちた華麗な振る舞いに、聖女は思わず見惚れてしまっていた。


「あーあ、あれ絶対勘違いしてるよ。ねぇ?ドーソンのおっちゃん」

「あ、ああ。そうだな」


 一連のやりとりをやれやれといった感じで見ていたカンナがドーソンに耳打ちする。

 青白かった聖女の顔は、今やすっかり頬が上気し血色が良くなっていた。


 そしてうっとりと熱の籠った碧眼が、玄室に戻るカルマの姿を追いかけ続けている。

 その姿はそういった事情に疎い中年オヤジ、ドーソンでもさすがに分かる反応であった。


「はい。騎士サーの姫、陥落っと」

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