思春期特有の不治の病
「火葬にしちゃえば動く死体も動く骸骨も発生しないのにね」
カンナが思いついたことを口にする。
「それはそうですが、地母神様の信徒が大多数のこの大陸では土葬が一般的ですからね。それに英雄の遺骸を保存する目的もあります。改善したいのなら、地母神様へ上意下達で指示すれば良いのでは?」
「うっ、いや、ほらうちは社員にはのびのびと働いてもらう社風だしさ。ボトムアップで現場から打ち上げがあれば改善しようかな。決してみっちゃんが怖いとかじゃないんだからね、うん……あっ、あそこに動く骸骨が。あの全体的に細身で、人間より節の控えめなサイズの大転子骨は森人かなぁ」
わざとらしく誤魔化したカンナを追及はせず、カルマは立ちはだかった動く骸骨を鎧袖一触。
片腕でカンナを抱えたまま反対の腕で刀を持ち、鞘を抜かずに動く骸骨を打ち据える。
激しい打撃音と共に骨盤をだるま落としの要領で打ち抜かれて、動く骸骨は体の支えを失い為す術も無くその場に崩れると骨の山を築き上げた。
その出来上がった骨の山を蹴り飛ばしながら、一行は薄暗い通路を進む。
「あーでも全部火葬にしちゃったら、全国の死霊術師が失業しちゃうか」
「邪術師の類を残せば平定が遅れるのでは?」
「平定は主目的じゃないからさなぁ。必要悪は多少残しておきたいよね。むしろ闘争は多めのほうが……」
死霊術師たちは、何を思って死霊術師などという職業に就いているのだろうか。
地母神の教えに逆らい死者を冒涜する死霊術師という職業は、どこの国でも犯罪者として摘発される対象である。
公の場で死霊術師だと発覚すればすぐに捕まり投獄される。
それはカルマとカンナが現在訪れているこのランルクトーザという国でも変わらない。
まあ単に死霊術師は悪人が就ける職業の選択肢の一つなだけなのだが、中には柳の下の亡霊でもいいから、最愛の人と再会したいという殊勝な輩がいるのかもしれない。
そう思うと根絶やしは可哀そうか。
カルマとカンナはこの国で有名な聖女に会うため、地母神の神殿を訊ねたのだが不在だった。
なんでも神殿が管理している地下墓地から突如不死者が溢れ返ったため、それを鎮めるために聖女様自らが神殿騎士団を引き連れて地下墓地へ潜ったのだという。
聖女の帰りを待っていても良かったのだが、主であるカンナが地下墓地を見学したいと駄々をこねた。
従者であるカルマとしては主の意見は尊重しなければならないのが辛い所で、仕方なく案内役として冒険者のドーソンを雇い地下墓地に潜ることになった。
カルマたちが進む先々には、おそらく聖女たちが戦ったのであろう痕跡が多数残されていた。
砕けた骨や肉片が辺りに飛び散っている。
これだけの不死者を一度に蘇らせるとは、地下墓地の最奥にはそこそこ強力な死霊術師がいるようだ。
ただし不死者を溢れさせているような悪い死霊術師なので、根絶やしで問題無い。
「ねぇちょっとカルマ。聞いている?」
次々と現れる不死者たちを蹴散らしながら考え事をしていたカルマを、抱えられているカンナが見上げる。
つぶらな紫紺の瞳の上にある眉間が、不満そうにしわを寄せている。
どうやら先程からずっと話しかけられていたようだ。
正直、全く聞いていなかったので話題をそらすことにする。
「そういえば動く死体に噛まれる前に、何か言っていませんでしたか?不治がなんとかと」
「ああ、ほら、不治の病に侵されていると動く死体には噛まれないって言うじゃない」
「つまりカンナ様は不治の病であると。その病名を伺っても?」
「それはずばり、中二病だよ!」
「……」
「どんな病気なんですかい?それは」
黙って二人の会話を聞いていたドーソンが、不治の病と聞いて心配そうに尋ねる。
見た目は禿頭でいかついが根は優しい冒険者であった。
「よくぞ聞いてくれました!説明しよう!その病とは、我が体内に封印されし〈邪悪〉が胎動すると、現世にも影響が表れてしまうのだ。今宵の奴はいつも以上に暴れ(以下略)……ああ、右腕が疼く」
「という妄想をする病気で実害は無いので無視してください。ドーソンさん」
「は、はぁ」
「ちょっと、あっさり流さないでもう少し構ってよ!」
長々と語った設定をバッサリと切り捨てられカンナが憤る。
途中で遮らなかっただけ優しいと思うのはカルマだけだろうか。
「中二病が不治の病なのは認めますが、それ以外は正しくないです。死体を操って他者に襲い掛かる目的はウィルスの増殖です。健康な人が感染すれば活発な動く死体となって更に他者を襲い感染を拡大させるでしょう。一方で致死率の高い病気を発症している人を感染させても、他者を襲う前に死んでしまう可能性があります。それではウィルスの感染拡大が望めない、つまり増殖できないので動く死体には狙われない、という設定ですね」
そう、これは某映画に出てくる設定だった。
「よって中二病は別に死ぬ病ではないので普通に噛まれます。まぁ中二病にかかっていること自体は死ぬほど恥ずかしいですが」
「うぐっ」
「そもそも何故、某映画の設定を鵜呑みにして大丈夫だと思ったんですか?あの映画の動く死体はウィルスによる科学的な存在ですが、こちらの世界の動く死体は魔術による霊的な存在です。同じ動く死体でも能力も性質も全然違う存在ですから、仮にカンナ様が本当に死ぬ病にかかっていてもあっさり噛まれますよ」
「うぐぐ……違いって、〇リーグとパ〇ーグくらい?」
「いいえ。軟式と硬式、いやベースボールとソフトボールくらい差があります。あとカンナ様の右腕が疼くのは、単に先程噛みつかれた傷口が痛んでいるだけです」
カルマにまくし立てられてカンナがしょぼくれた。
反省を促すために治療しないと宣言はしていたが、実際は痛みが和らぐ程度の治癒魔術をカンナに気付かれないように、こっそりとカルマはかけていた。
あからさまに甘やかすとすぐ調子に乗る主なので、気苦労の絶えない従者なのであった。
噛まれた腕を完治させない作戦が功を奏し、痛む腕を早く治したいカンナは素直にカルマに抱きかかえられたまま順調に地下墓地を進む。
やがて最奥と思われる玄室に近づくと、中から剣戟の音が聞こえてきた。
案内人として先行していたドーソンが入口から中を覗くと、複数の不死者に壁際へ追い詰められた聖女と神殿騎士たちの姿が見えた。
(……まずい、初代領主様の遺骸が操られている!)
他の不死者より一回り大きいその遺骸は、豪華な全身鎧と外套を纏っていた。
鈍色に輝く全身鎧の表面には傷一つ見当たらず、まるで鏡面仕上げのように周囲の景色が鎧に写り込んでいる。
深紅の外套には様々な色の宝石が散りばめられた美しい装飾が施されていて、どちらも新品同様で長いこと地下墓地に納められていたとは思えないほど真新しい。
それは経年劣化とは無縁の存在、すなわち強力な魔術具であることを示している。
同様に両手で石畳に突き刺して構えている巨大な剣もまた、近づくだけで体が切り裂かれたと錯覚しそうになるくらいの威圧感を放っている。
面頬から覗く干乾びた顔が見えていなければ、生きている本物の英雄だと見間違えたであろう。
その初代領主を取り巻くのは、同じ意匠の鎧を着込んだ当時の神殿騎士たちだ。
さすがに彼らの装備はそこまで強力な魔術具ではないため風化している。
長い年月をかけて育った錆に覆われていた。
初代領主は戦況を見守っており、自身が眠っていた石櫃の前で仁王立ちのまま動かない。
玄室内の石畳の上には、聖女の護衛の神殿騎士一人が倒れていて、その他に錆びた鎧が二つ転がっている。
転がっている錆びた鎧の中身は無く、代わりに白い灰が鎧からはみ出していた。
これは地母神を信徒である聖女が扱える魔術《浄化》によるものだ。
二体を灰にしたところで魔力が尽きたのか、《浄化》した聖女は杖に寄りかかりながら肩で息をしている。
魔力切れによる意識混濁を起こしていた。
裾の広がった意匠の法衣姿の聖女は、意識混濁により俯き長い金髪が前方に垂れ下がっているため、その相貌を伺うことはできない。
残る不死の神殿騎士三体から聖女を守るようにして、生者である神殿騎士たち五名が戦っていた。
数では勝っているがその実力、特に継戦能力は不死の騎士のほうが上であった。
生者の神殿騎士と違い不死の騎士は疲れることもなければ、負傷により動きが鈍ることもない。
対してこの玄室に辿り着くまでにも激戦を繰り広げてきた神殿騎士たちの疲労は相当である。
そして今また神殿騎士が一人、錆びた大剣で構えた盾ごと袈裟懸けに斬られて、耐え切れず片膝を付いた。
「ふむ、今と昔で神殿騎士たちの鎧のデザインは結構違うものですね。その時々の流行があるのでしょうか」
「昔の鎧のほうが角張っていて、今の鎧はその角が取れて丸っこい感じだね。久しぶりに目覚めたら「うわ、子孫たちの鎧だっさ!」とか思ってるのかな」
背後から呑気なカルマとカンナの声が聞こえて、ドーソンがぎょっとして振り返る。
「お、お嬢ちゃん……」
「おっと聖女様たちがピンチだった。カルマさん、懲らしめてあげなさい」
「はいはい。まったく、どこのご老公ですか」
文句を言いながらも、カルマは抱えていたカンナを下ろして玄室へ侵入した。




