終 幽霊喫茶
札幌の中心部にほど近い場所に、不可思議な喫茶店がある。ドールハウスのような外観のかわいらしい店である。天井ではシーリングファンが回り、ラジカセから流れるジャズが優雅な一時を演出してくれる。最近新しいデザートメニューが追加されたらしく、食べる前に写真を撮る客もいるようだ。
店頭には滅多に現れないやる気のないオーナーと、なかなか姿の見えない貴族風の店長と、時折神々しさを放つ麗しい店員と、突然消えてしまったように感じることのあるちっちゃなウエイトレス見習いと、たまに何もないところを見ている以外は問題なさげな人の良さそうな店員がいる店だ。
生きてる貴方も大歓迎、死んでる貴方も大歓迎、人ではない貴方だって大歓迎。
彼岸へ向かう者に最期の一杯を提供する喫茶店。
虚空の名を冠する店には、今日もまたコーヒーの香りに誘われて迷える魂が辿り着く。
気配を感じたらしい店員が振り向いた。ライラックを模したブローチを着けている。
「いらっしゃいませ。カフェ・アーカーシャへようこそ」
貴方が注文するのはコーヒー? それともデザート? それとも、思い残したこと、やり残したことを遂げるためのお手伝いですか?
さあ、こちらの席へどうぞ。
○
ずっと誰かを探していた。何よりも大切だったはずの人。今はもう会えない人。
その顔を、その声を、思い出すことができたなら。時が流れ過ぎてしまって、今はもう、あの時とは違う姿になっているかもしれない。それでもその姿を見られたら。きっとまた歩き出せる。
どれだけ離れようと、どれだけ時が経とうと、君を探すだろう。
また、あの頃のように、かわいらしい笑顔を浮かべながら、私の物語を聞いておくれ――。
コーヒーを飲みながら幽霊は筆を取る。次は何を綴ろうか。
そんな休憩時間、幽霊の喫茶店で働き始めてまだ数カ月の店員をちらりと見る。湯気の向こうにほんのりと重なる面影を見ながら、彼は優しく微笑んだ。