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そわか  作者: 空雲雛太
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エピローグ『望月』

 少し前まで、自分は目の前の不思議に驚いて、それが一体何なのかを教えてもらう立場だった。

 今、その自分と同じ立場にいるエルフィーレの姿を見て、ユーリエは微笑ましいやら恥ずかしいやらで、複雑な気持ちになっていた。

 目にするもの全てに驚くエルフィーレの反応を微笑ましく思ってしまう反面、なるほど、なつきたちからは自分も、こんな風に見えていたのかと思うと、顔から火が出そうな思いがするのだ。


『……れもん、この部屋は一体どういう――っ!! れ、れもん!? なぜ突然お洋服を脱ぎ始めるのでしょうかっ!?』


『……(どうしたの)? エルフィ(も早く脱いで)』


『あのっ、その……っ!! 私は神様に仕える身の上ですし、れもんには旦那様がいらっしゃるわけですから……こういうことはそのっ、よろしくないかと!!』


『……(暴れないで)。(服が脱がせにくい)』


『ぁ、ゃ……っ! いけませんれもん! 女性同士でなんて……神様が、旦那様が……っ!!』


 当時の自分と同じような勘違いをしているらしいエルフィーレの声を、ユーリエは赤面しながら居間で聞いていた。

 当時はエルフィーレと同様に知らなかったとはいえ、外側から見ると自分はこんなにも間抜けな勘違いをしていたのかと、恥ずかしくて恥ずかしくて、消えてしまいたい気持ちで、心がいっぱいになる。

 お風呂に入るんだから、服を脱ぐのは当然だよ!

 というか、れもんもれもんで、一度仕切りの扉を開いて浴室を見せてくれたら、私たちだって変な勘違いをしないのに!

 胸中に渦巻く恥ずかさから逃れようとして、心の中で言葉を尽くすユーリエの耳が、とん、とん、とん、と、階段を下りる足音を拾う。

 ユーリエはこの世界に召された時、不思議な力を、鍵のような形の武器とともに授かっていた。

 その力によってユーリエの耳は、家の中の音ならどこにいても拾えるほど良く聞こえるようになっている(ちなみに聞いてみたら、エルフィーレの授かった力は『物を重くする』力だったらしい。女の子に対して残酷すぎる)。

 家の中にいるのは、なつき、れもん、エルフィーレ、ユーリエの四人で、れもんとエルフィーレは今、お風呂に入っている。

 だから、階段を下りているのはなつきだとすぐに分かったけれど、その足音が居間の前を素通りして、玄関のほうに向かっていると確信した瞬間、ユーリエは居間から飛び出していった。


「(うわ)っ!? (びっくりした)……!」


 家の出入り口で靴を履こうとしていたらしいなつきが、驚いた様子で振り返って、ユーリエを見る。

 その姿が、れもんやユーリエの反対を押し切って、紅い瞳が印象的な異教徒の女の子、エミーリエに手を差し伸べに行った時の姿と重なって、ユーリエは思わず問い詰めるような口調になってしまう。


「……もう夜も深いのに、どこへ行くつもりですか……!?」


「(えっと)……(もしかして僕、また何か無茶をしでかそうとしてるって、疑われてる)……? だいじょうぶ(だよ)ユーリエ、(ちょっと風に当たろうと思っただけだって)」


 ユーリエの不敬な物言いにも気を悪くした様子はなく、なつきは困ったような笑顔を浮かべながら、『平気』や『問題ない』を意味する言葉(だと思う)である『だいじょうぶ』を口にする。

 恐らく、別に危ないことをしに行こうとしてるわけじゃないと言っているのだとは思うが、失礼を承知で言えば、信用できない。

 なつきは不思議なことに、特別な道具をたくさん持っている反面、村にいた頃のユーリエみたいに、特別な力は何一つ持っていないらしい。

 それなのに人のことばかり助けようとして、自分から危険に飛び込んでいったのは一度や二度じゃない。

 おまけに、何度れもんに怒られてもそうなのだから、ユーリエはもう、なつきがなつきに関して使う『だいじょうぶ』は、信用しないことにしている。

 ユーリエは、ちら、とお風呂場のほうに視線を送る。

 どうやられもんは今、エルフィーレに『しゃわー』の使い方を教えているところらしい。

 今かられもんを呼びに行っていては、その間になつきは逃げてしまう。

 ユーリエがれもんから教わった『いってきます』で呼び止めても、なつきは何も聞かなかったことにして出て行ってしまうのは経験済みだ。

 ともすれば、ユーリエの選ぶべき最適解は、ただ一つである。


「なら、私も一緒に連れて行ってもらいます! 危ないことをするつもりが無いのなら、私が付いて行っても、『たいしょうぷ』ですよね!?」


「(へっ)……? え、(何で)ユーリエ(も玄関まで来たの)? (どうして靴を履きながら怒ってるみたいな声で)『だいじょうぶ』(って言ってるの)!? (もしかして僕、危ないことをしないなら、付いていっても)だいじょうぶ(だよねって言われてる)!?」


 ユーリエの言動に対し、なつきは慌てた様子で『だいじょうぶ』と繰り返す。

 ユーリエには『だいじょうぶ』以外の言葉は分からないが、この反応を見る限り、何か危ないことをしようとしているというユーリエの予想は、やっぱり間違っていなかったらしい。

 責めるような目でなつきを見据えると、なつきは弱り切ったような表情を浮かべて、がっくりと肩を落した。

 絶対になつきを危険には近づけさせないというユーリエの決意が、伝わったのだろう。

 ようやくなつきに言うことを聞いてもらえた誇らしさに胸を張るユーリエの隣で、なつきは肩を落としたまま出入り口の扉を開く。

 良く響く鍵の開閉音が聞こえたらしく、お風呂場のれもんの動きが止まる。

 きっとれもんも、ユーリエと同じ不安を覚えたのだろうと思ったユーリエは、れもんに安心してもらうために、大きな声を上げた。


「れもん! なつき、ユーリエ、『たいしょーぷ』!!」


 れもん、なつきにはユーリエが付いて行きますから、危ないことはさせません。

 ユーリエが言葉に込めたそんな思いがどうやら伝わったようで、慌ててお風呂場から出ようとしていた足音が落ち着き、湯船に戻った水音が聞こえてくる。

 それは、言葉が通じない中でも、れもんと心を通わせることができたみたいに思えて、ユーリエの心は喜びに満たされる。

 肩を落としたまま家の出入り口を潜るなつきの後に付いて外に出ると、心地よいそよ風が吹いて、ユーリエの髪を撫でた。


「……(いや、自業自得なんだけどさ)……(信用ないなあ、僕)……」


「???」


 横ではなつきが、一人で外に出られなかったことがよほど残念なのか、未だに肩を落としている。

 まさか、れもんという人がいながら、愛人のところにでも行くつもりだったのだろうかという疑いが一瞬頭をよぎるが、ユーリエはすぐに、そんな考えを頭から追い出す。

 初対面の時こそ、奥さんがいながら初めて出会う相手に親指を立てて見せたりして、なんて軽薄な方だろうと誤解したりもした。

 けれど今はもう、なつきがそういう意味で親指を立てて見せていたわけではないことが分かるし、なつきはれもんのことを大事にしていると、固く信じられる。

 信じる道を見失ったエルフィーレの言葉に惑わされ、一度はなつきのことを疑ったユーリエのことさえ助けてくれたなつきの優しさを、ユーリエはもう、疑わない。

 髪と戯れるそよ風の心地よさに浸りながら、ユーリエは夜空に浮かぶ、霞んだ満月を仰ぐ。

 輪郭が不確かで、はっきりと捉えることはできないけれど、確かにそこで輝いている。

 まるでなつきみたいだな、と考えて微笑みを浮かべると、ユーリエは瞳を閉じて、安らぎに身を委ねる。

 柔らかなそよ風が、優しく二人を包み込む。

 もしかしたらなつきは、この風に当たりに出ただけだったのかもしれない。

 穏やかに微睡む心の中で、ユーリエはそんなことを思った。


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