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そわか  作者: 空雲雛太
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第四十八話『沈痛』

 四肢に力を込めて力強く地面を蹴り、夏樹はシスターに肉薄した。

 鍵型の武器が重いせいでガードが間に合わないと判断したのだろう、シスターは鍵型の武器を地面に立てて、体を落としてその後ろに隠れる。

 とっさに体を落としたことで重心の安定を失ったシスターは、受け止めた夏樹の薙ぎ払いに弾き飛ばされて、転倒してしまう。

 即座に追撃を仕掛けようと夏樹は地面を踏みしめるが、上空から落ちてくる黒い化け物の存在に気付き、後方に跳躍した。


「「「――ァァァァァァァァァ!!」」」


 夏樹の立っていた辺りに二体、シスターと夏樹の退路を塞ぐようにそれぞれ一体ずつ着弾した黒い化け物が、一斉に咆哮を上げる。

 その間に夏樹は、自らの前後に立ち塞がる黒い化け物を斬り捨てるが、再び新たな化け物が、夏樹目掛けて落ちてきた。

 一体、二体、三体。

 落下してきた化け物全てを跳び退って回避すると、呻くようなユーリエの声が夏樹の頭の中に響いてくる。


『エヒムリミニヒリミヘ、エルレニピウネイネテイムネンヘ……! ……ヌウテンネニヘミュウレヒ、ムリ未ヘレチュムイミヘミレイレム……』


 言葉の内容は当然分からなかったが、たぶん、黒い化け物は一体どれだけ出てくるんだといったような意味なのではないだろうかと夏樹は思った。

 夏樹とシスターの立つ通路を挟む、黒い箱の山の上からは、すでに新手の化け物が顔を覗かせている。

 機動力の低いシスターは、高低差や広さのある地形には弱いが、狭い場所であれば、その重量由来の攻撃力や防御力は(本人の名誉のために注釈しておくが、体形はむしろスレンダーなくらいなのだ)十全に力を発揮する。

 左右からの攻撃であれば鍵型の武器で身を守れば事足りるが、上空から降ってくる二メートル超の巨体を防御したって、もろともに踏み潰されてしまうだろう。

 夏樹は黒い箱の山の上に跳び乗ると、通路を覗き込んで獲物を探していた黒い化け物を斬り伏せながら、足場の悪い箱山の(へり)を駆け抜けた。


「「「――ァァァァァァァァァ!!」」」


 シスターに狙いを定めていたらしい個体を斬り裂いた夏樹は、そのままシスターの上に落ちないよう蹴り飛ばして落下点を修正し、黒い箱の山の上から通路を目指して這い寄る化け物の一群と向き合う。

 最悪の場合にそうなったとしても、夏樹自身にはシスターから命を奪うつもりは無い。

 けれど、黒い化け物たちにそんな手心を加えるような情があると期待するのは、きっと無駄だろう。

 夏樹は鍵型の武器を構えると、黒い箱の山を駆け登って、化け物の一群に躍り掛かった。

 光の大剣を纏い、攻撃範囲を拡張している鍵型の武器をひとたび薙げば、複数体の化け物が一斉に倒れ伏す。

 シスターほどではないにせよ、動きの緩慢な黒い化け物たちは、ユーリエのスキルによって強化された夏樹の剣速に追いつけず、次々に両断されてゆく。

 瞬く間に黒い箱の山の上を制圧した夏樹は、鍵型の武器を操作しながら、通路を挟んで反対側の黒い箱の山に跳び移る。

 出力の上昇に伴い、さらに長い光の大剣を纏った鍵型の武器を腰だめに構える。

 旋回するとともに鍵型の武器を振り抜くと、紫色の軌跡が真円を描き、範囲内の全ての化け物を一瞬で葬った。


『……ムメレチイヘム、なつき……。エメチヒミンテイミヘエルレユ、レヘンヘルレニムペヘ、ウヒヒツヘミレウネンヘ……』


「……………………」


 感嘆の響きを帯びたユーリエの声には答えず、夏樹は立ち上がって通路を覗き込む。

 幸いにシスターも無事なようだったが、片側に集中している化け物の群れの対処に追われていて、背後から忍び寄る化け物に対して無防備になっている。

 カウンター狙いでわざとそうしているのかと夏樹は一瞬考えるが、すぐに自らも、以前音もなく化け物に背後を取られたことを思い出す。

 見た目のわりに忍び足が得意なのか、そういうスキルを持っているのかは分からないが、シスターが気付いていない可能性があるのなら、傍観しているわけにもいかない。

 夏樹はシスターと忍び寄る黒い化け物の間を狙って飛び降り、光の大剣を纏った鍵型の武器を閃かせた。


「――――――――っ!?」


 ちょうど最後の一体を斬り伏せたシスターが、驚愕に見開かれた目を肩越しに向けてくる。

 それが、やはり気付いていなかったゆえのものなのか、狙いを邪魔されたことに対する怒りによるものなのか、夏樹には分からないが、光の大剣を纏った鍵型の武器は小回りが利かない。

 夏樹は振り向きながら後ろ向きに跳んで、シスターが振り向きざまに薙いだ鍵型の武器を回避する。


「……エネヘテチンヒウニ、ヒリレヘリイメヘヘミイ……っ! エネヘネヒメチヒメイチュニレネニヒユミユウヒ、ミュウヒウチュヘエムユヘミネ……! エルレヘエムエネヘニチテレツルリヒネヒ、エミエレメン!!」


 怒りに燃える緑色の瞳で夏樹を射抜くシスターは、そう叫ぶと鍔の部分に空いた鍵穴に、小さな鍵を差し込んで捻る。

 がしゃり、と音を立てて外れた刀身を半回転させ、(あら)わになった鍔の内部に、刀身を外すために使用した小さな鍵を差し込む。


『っ!! イレレメンなつき、エニニミリテ……!!』


「ユヘミテレツミヘテイピルミネイ……! レミメレニミリぺヒミヘ、メイリュウニミュウヒウチュヒミヘ……! レネメツユ、レミメレニヘリヘエムエネヘへヒユ、ヘヒウミレム!!」


 悲鳴のような叫び声を上げて、シスターが差し込んだ小さな鍵の上から刀身を装着すると、過剰な重量的負荷が、急激に夏樹を襲った。

 突然の環境の変化に対応できず、夏樹は地面に倒れ伏す。

 夏樹だけではなく、負荷に耐えきれなかったらしい黒い箱の山も少しずつ自壊し、新たに落ちてきた黒い化け物も、一定の高さに差し掛かると叩き落とされたように墜落してくる。

 床に(はりつけ)にされた状態では見えないが、恐らく箱山の上から新たに化け物が忍び寄ってきていたとしても、夏樹や墜落した化け物と同じような状態になっているだろう。

 シスターの必殺技はどうやら、自身を中心とした一定範囲内に、重力によって動きを奪うスキルを展開するものらしい。


「――ァ……ァァァ……!! ァァァァァァァァァ……!!」


 墜落してきて地面の上でもがく化け物を、鍵型の武器を振り下ろして粉砕しながら、シスターが歩み寄ってくる。

 夏樹は自身を抑えつける重さに抗って立ち上がり、スキルを使用するための小さな鍵を手に取った。


「…………………………」


 無言のまま鍔に空いている鍵穴に鍵を差し込んで捻り、外れた刀身を半回転させる。

 そうして(あら)わになった鍔の内部に、刀身を外すために使った鍵を差し込み、その上から刀身を嵌めこんで、夏樹に歩み寄るシスターへと切っ先を突きつけた。

 鍵型の武器の纏う輝きが強くなり、放たれた紫色の光は刀身に沿って真っ直ぐに、勢いよく伸びる。

 そして巨大な剣の形を成した紫色の光は質量を伴い、シスターの胸元を突いた。


「……………………っ!!」


 正中線を突かれたシスターが、声無き呻きをこぼす。

 なおも伸び続ける光の大剣はシスターを突き飛ばして転倒させ、メートルの単位すら超えようかという長さまで伸びたところで、ようやく止まる。

 異常なまでに伸びた光の大剣を夏樹は振り上げると、叩きつけるように通路脇の黒い箱の山を薙ぎ払い、そのまま旋回して、辺り一面の黒い箱の山を粉砕した。


「――――ぅぅぅああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 黒い化け物のような慟哭を上げて、夏樹は鍵型の武器を振り回す。

 粉砕された黒い箱の山から投げ出されたり、新たに落下してきたりしている黒い化け物の一群を、跡形もなく消し飛ばす。

 化け物たちの体を形作っていた、小さな箱状の黒い粒が雨のように降り注ぐ中、夏樹とユーリエの変身は解除された。


「……なつき……」


 夏樹と手を繋いだ状態で人の姿に戻ったユーリエが、探るような声音で夏樹に声をかける。

 夏樹はユーリエの声に応じないまま、ユーリエの手を引いて歩き出す。

 静寂の訪れた異空間の中に、二つの足音が小さく響く。

 夏樹はシスターの元に辿り着くと足を止め、握っていたユーリエの手を離してしゃがみ込んだ。

 ふわり、と、夏樹に突かれたシスターの胸元から、緑色の光が抜け出して浮かび上がる。

 光はそのままふわふわと(ただよ)い、ユーリエの胸元まで飛んでいくと、取り込まれるように溶け込んで消えてしまった。


「……イレニチレミテ、テヘミヘネンヘツヘニヘミュウレ……? チュツヒミヘ、ミュウヒウチュメレニヘレミイヘツヘニヘムレ……?」


「……仕方ないよ……」


 何かを尋ねているらしいユーリエに、夏樹はそう返す。

 そう、仕方がない。

 言葉の通じない夏樹では、シスターの説得など不可能だった。

 仮に言葉が通じていたとしても、ユーリエが戦うことを選んだということは、つまりそういうことなのだ。

 シスターのほうには、夏樹たちと和解するつもりは無かった。

 相手に退くつもりが無かったのだから応戦せざるを得なかったし、もしここで倒さなければ、夏樹憎さに現実世界で辻斬りのようなことを始めていたかもしれない(ユーリエが逃げようとしなかったのも、ひょっとしたらその辺りのことが理由だったのかもしれない)。

 戦いは必然で、夏樹は死にたくなかった。

 だから選べる結末など、この形以外には存在しなかったのだ。


「……だから……仕方ないよね……?」


 夏樹はユーリエのほうを見ずに、震える声で堪えるように、そう呟く。

 自分が今、どんな顔をしているかを見られたくなくて、夏樹はシスターを見つめたまま顔を上げなかった。

 けれど、悲しみを堪えて話す声というのは特徴的だ。

 ユーリエは今まで、ともすれば夏樹以上に、言葉の分からない異世界の人間のことを、理解しようとしてくれていた。

 だから、夏樹がどれだけ安い意地を張ろうと、夏樹がどんな顔をしているかなど、容易く看破している。


「……ニエイヘンニレンミュイヘミレム、なつき。ユヘミヘレヘテネル、れもんヘツヘ、リツヒ……」


 夏樹の隣にしゃがみ込んだユーリエも、夏樹のほうを見ずに何かを呟く。

 檸檬の名前が出てきたので、恐らく慰められたのだろう。

 ユーリエはシスターの手を取り、虚空に『扉』を開く。

 握り拳ほどの大きさの黒い球体は、直後に爆発的に膨張し、夏樹を、ユーリエを、瞳を閉ざしたシスターを呑み込んで、周囲を現実世界へと書き変える。

 そこは()しくも、始めて異空間に訪れた夏樹たちが、ぼろぼろになりながら踏んだ、夏樹の中学校の通学路だった。

 はちみつのようにきらきらと、緩やかに流れる時間の中で、夏樹は静かに、横たわるシスターの顔を見つめ続ける。

 傾き始めた西日に照らされたシスターの表情は、とても穏やかだった。


  ◇


 それが、異世界からの来訪者全てに共通する能力なのか、ユーリエだけが特別なのかは分からない。

 いずれにせよ、少なくともユーリエは触れた相手に自身のスキルを使わせることができる。

 そしてユーリエのスキルである身体能力強化は、自己治癒能力さえも強化する。

 恐らくユーリエ自身もそれらのことを把握していて、だから夏樹の心情を(おもんばか)って、そうしてくれたのだろう。

 夏樹がシスターの死に、責任を感じないように。

 人を死なせてしまったという自責の念に、夏樹が苛まれないように。

 異空間で取ったシスターの手を、ユーリエは現実世界に回帰してからも、ずっと離さなかった。


「…………ん…………」


 日が沈み始めて、辺りが夕日に染まる頃。

 そんなユーリエの努力が功を奏したのか、あるいは元々命に係わるような状態ではなかったのか、いずれにせよシスターが小さく唸って顔を歪めた。

 いかにも寝起きといったふうにまぶたを開けたシスターの瞳を見て、夏樹は歓喜と違和感を同時に覚える。

 印象的だった緑色の瞳が、何の変哲もない、茶色のものに変わっていたからだ。


「………………っ!?」


 自分の置かれている状況を把握したらしいシスターが、目を見開いて飛び起き、弾かれたように夏樹とユーリエから距離を取る。

 これまでとは打って変わって機敏に動くシスターを前に、夏樹とユーリエははっきりと互いの顔を見合わせた。

 シスター自身は自らの現状に違和感を覚えていないらしく、忌々しそうに顔を歪め、夏樹たちを睨みつけている。


「……ネンニフリミヘムレ……? ユヘミネネルツヘイムエイヘニ、エネヘへヒテユヘミニ、ネニユミヘニヘム!?」


「……ユヘミヘヒニリウネリニユツヘ、レユヒチヘミュウヒウチュメレネレテレネレツヘニヘ、なつきニイミユミンヒュウミヘ、ユヘミニエヘエメメヘイニウニチレメユエネヘニヘイユミヘ、ミュウヒウチュメレニレネユヒミュウミレミヘ」


 シスターの言葉に、ユーリエは手の平で夏樹を指し示しながら返答する。

 きっと、なぜ助けたんだとシスターが尋ね、夏樹がゴネるから仕方なく、とでもユーリエが答えたのだろう。

 みるみるうちにシスターの表情が悲しみに染まり、少しずつ怒りが混ざっていく。


「……イツヘテツヘム。メイリュウニレツメリニリユイルリニヒミヘ、ユヘミテレツミヘルツミネイヒ。エルレヒイヘンミュニネメレユレレメメヘ、ヒチュルニレリメムルメイネメ……イツミニリヒ、ユヘミニヘヘ――!」


 悲壮な決意の(にじ)むシスターは手の平を夏樹たちに向けてかざす。

 『こっちに来るな』と言っているのかと思った夏樹だが、直後にシスターが怪訝そうな表情を浮かべたことから、そうではないのだと悟る。

 二度、三度と、夏樹たちのほうに手の平を向けて突き出すような動きを繰り返したシスターは、信じられない、と言いたげな表情を浮かべて、手の平を見る。

 一連のシスターの行動を見て、夏樹はようやく、異空間の中で見た、シスターの体から抜け出した緑色の光が何だったのかを理解した。


「……ヒウミヘネニ……!? ヒウミヘユヘミネヘレユツヘ、レミメレニレンネエメユメネイニ!?」


「……ミュウヒウチュメレニレンテ、イミメルユヘミネエツレツヘイレム。イレニミュウヒウチュメレネリツヘイムニテリレンヘヒ、レミメレネニテンヘンネメメヘニヘテ……」


「……ふ……ふふっ。あはははははははっ……!」


 シスターは今、鍵型の武器を失っている。

 恐らくそのことを説明したのだろうユーリエの言葉を聞いたシスターは、危うげな笑い声を上げる。

 見ず知らずの異世界に、たった一人で放り出され。

 理解者も、協力者もなく、孤独に戦い続けた果てに、唯一の武器さえも失ってしまうことがどういうことなのか。

 この世界で生まれ育ち、いつも隣で誰かに支えてもらってきた夏樹などに、分かるはずもない。

 穏やかな表情で、柔らかな声で。

 子守唄でも歌うみたいに優しげに、シスターは言葉を紡いでいく。


「……ミウ……ヘレメ、ヘヘミレツヘニテユヘミニチウヘヒ、エネヘテインイヘイニヘムネ? ふふ……ヘレメメレンユ、ヘレメメムリニヘムレ。エルレユヘンミメレヒユンヘムウテイムムユウネイヘンミュニリヒペネンヘ、ユヘミテミンチレメンレメ……」


 その様をを危うげだと思うのはきっと、シスターは明らかに夏樹かユーリエか、あるいは両方に話しかけているのに、そのどちらのことも全く見ていないからだろう。

 ありふれた色に戻った瞳を夏樹たちに向けているのに、そのどちらも瞳に映していないからだろう。

 幸い、現在地は車通りの少ない通学路だが、放っておいたら投身自殺でもしそうな不安感が、今のシスターからは感じられる。

 無理やりにでも連れて帰って、簀巻きにしておけば滅多な事は無いだろうが、それでは問題の先送りにしかならない。

 それでも、シスターが落ち着くか、何か良案が浮かぶまでの時間稼ぎとしてそうするべきかと思い悩む夏樹を見て、ユーリエは小さく嘆息し、シスターの前に歩み出た。


「……ネンヘミュウ? レヘネニレ、インイヘイリヒヘリ……」


 ぱあん、と。

 危うげな様子のシスターの言葉を、乾いた音が遮る。

 夏樹には最初、何が起きたのか分からなかったし、理解が追いついてからも信じられない気持ちだった。

 驚いたのはシスターも同じなようで、ユーリエに向けられた横目は、驚愕に見開かれている。

 ユーリエが、シスターの頬を張った。

 振り上げた片手を反対側に振り抜いた姿勢のままのユーリエが、どんな表情をシスターに向けているのか……夏樹の位置からは、見えなかった。


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