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そわか  作者: 空雲雛太
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第四十五話『結実』

 張り詰めた静寂の中に、二つの足音が重なって響く。

 ユーリエとシスターは、互いに相手を牽制するように睨み合いながら、少しずつ近づいていく。

 一歩、また一歩。

 じれったいほどにゆっくりと二人は距離を詰め、互いに相手が自分の間合いに踏み入った瞬間、勢いよく鍵型の武器を振るった。


「「――――――っ!!」」


 紫と緑の閃きがぶつかり合い、透き通った高い音が響き渡る。

 ユーリエとシスターは打ち合った衝撃で互いによろめくが、すぐに体勢を立て直して、もう一度鍵型の武器を振るう。

 二度、三度と重ねられる打ち合いをユーリエの後ろで見ていた夏樹は、ズボンのポケットから携帯電話を取り出して考える。

 仕掛けるなら、今のうちだ。

 夏樹たちに戦う意思が無いことをどれだけ訴えようと、シスターはきっと、聞き入れてはくれない。

 ユーリエが戦いを続けることを選んだ理由も、そこに起因していると夏樹は思っている。

 力ずく意見を押し通せる相手は、交渉のテーブルに着いてくれない。

 戦いをやめるようシスターを説得するためには、夏樹たちがシスターと同等以上の力を持っていることを示さなければならない。

 シスターと紅い瞳の女の子の戦いを仲裁した時は押し負けていたはずのユーリエのスキルが、どうしてシスターと互角に渡り合えるようになっているのかは分からない。

 けれど、ユーリエとシスターの力が拮抗している今ならば、夏樹のささやかな援護でも、均衡を崩すことができるかもしれない。

 普段は温厚なのに、いざとなると生身の人間相手にも必殺技を放ってしまう、ユーリエの思い切りの良さには注意が必要だが、そうと分かっていれば、そうなる前にどうにかしようと工夫できるはずだ。

 あまりもたついて黒い化け物に乱入されると、戦局がどう転ぶか分からなくなる。

 夏樹はカメラ機能を立ち上げた携帯電話を構えると、フレームにシスターの姿を収めて、シャッターを切った。


「………………っ!?」


 無機質な電子音に続いて、閃光が黒い異空間の刹那を白く染める。

 紅い瞳の女の子と同様に、シスターも夏樹の引き起こした未知の現象に大層驚いたらしい。

 予備動作音に目を見開いて反応し、フラッシュから身を隠すように両腕顔を覆って、胴体が無防備になる。

 その隙をユーリエも見逃さず、紫色の刀身を閃かせて胴を薙ぐ。

 ノーガードで打たれたシスターは後ろ向きに倒れ、そのまま転がってユーリエから距離を取り、憎々しげに顔を歪めた。


「……イリュウニエルレネ、エユミネネチュチュフユ……!」


「……イレニチレミネミウリエヘネメ、ミメテミュウヒウチュメレニリンリミネルリツヘイムレメヘム」


 忌々しそうなシスターの呟きに、ユーリエは素っ気なく応じる。

 あの機械は精密な絵を描くためのもので、別に何も危険なんか無いですよ、などと言っていたらどうしようと夏樹は冷や汗を流すが、怒気の膨らんだ様子のシスターを見る限り、どうやら火に油を注ぐようなことを言っていたらしい。

 意外とユーリエも、皮肉だか嫌味だか挑発だかの、相手を煽るようなことを言ったりするのかな、などと考えながら次の一手を思案する夏樹の目に、黒塗りの空から落ちてくる化け物の姿が映る。


「まず……っ! ユーリエ、上ぇぇーっ!!」


「っ?」


 慌てて駆け寄る夏樹の叫び声に驚いたユーリエが、目を丸くして振り返る。

 夏樹が何を言っているのかは分からなくても、何かあるということは夏樹の様子から伝わったのだろう。

 さっとシスターに視線を戻し、周囲を見回してから、ふと上に目を向ける。

 そこでようやく夏樹の言わんとしていることに気付いたらしいユーリエは、夏樹のほうに駆け寄ろうとして足がもつれたのか、前のめりに転んでしまう。

 夏樹は倒れたユーリエの手を取って引っ張ろうとするが、どうやら夏樹と合流する前に、シスターの拘束スキルを受けてしまっていたらしく、かなり重い。

 ユーリエの手を握っている今ならば動かせなくはないが、化け物の着弾というタイムリミットまでに安全圏に避難できるかは、少し怪しい。

 そう判断した夏樹は、自分も倒れるくらいのつもりで重心を後ろに傾け、綱引きみたいにユーリエを自分のほうへと引っ張り込む。

 直後に、黒い化け物がユーリエとシスターの間に落ちてきて、周囲に地響きと爆音を撒き散らした。


「――ァァァァァァァァァ!!」


「あーもう、降ってきちゃった……! さっきの流れで押し切っておきたかったのに!」


 二体目、三体目と、新たな化け物が次々落下してくる黒塗りの空を(あお)いで、夏樹は呻く。

 異世界からやって来たシスターにとって、携帯電話は未知の存在だった。

 だから、最初のうちは高い警戒心を払ってくれるだろうが、携帯電話には当然、直接的な攻撃力は皆無なので、あまり繰り返し使いすぎると慣れられてしまう。

 また、虚仮威(こけおど)しの効かない化け物の相手にまごつけば、なぜ化け物相手には携帯電話を使わないのかという疑問から、携帯電話が無害であることを看破される恐れもある。

 元より貧弱な手札しか持ち合わせていないが、それすらも失ってしまったら、夏樹の存在は本当にただのお荷物になってしまう。


「「「――ァァァァァァァァァァァァァァァ!!」」」


 降って湧いた新たな化け物も交えた、獣のような咆哮の歪な合唱が、空気を震わせる。

 夏樹たちに背中を向けているからだろう、ユーリエはシスターとの間に立ち塞がる一体目の化け物を無視して、背面に現れた二体の化け物と向き合い、鍔の鍵穴に小さい鍵を差し込んで捻る。

 がちゃり、と音を立てて外れた刀身を再装着すると、紫色の刀身が霧のように淡い同色の光を纏う。

 攻撃態勢の整った鍵型の武器をユーリエは構えるが、シスターのスキルによって鈍くなってしまった動きでは、先手を取ることはできなかった。


「………………ッ!!」


「ユーリエ!!」


 手前側の化け物が、巨大なほうの腕を地面に突いて体を支え、押し飛ばすような蹴りを放つ。

 ユーリエは構えていた鍵型の武器を滑り込ませてその蹴りを受けるが、化け物の巨体から放たれた蹴りの威力は見た目に違わぬものだったらしく、ユーリエの体は大きく押されて後ろに下がってしまう。

 反対側の、最初に落ちてきた化け物の、真後ろまで。


「くっ……! ごめんね、ユーリエ!!」


「っ!?」


 片足立ちになり前傾姿勢をとって背後のユーリエを蹴り飛ばそうとするように化け物が構えたのを見た夏樹は、ユーリエに駆け寄って、その背中に飛びつく。

 片手はユーリエの首に添えてスキルを借り、もう片方の手でユーリエの肩を掴んで自身の体を起こす。

 ユーリエの体を支えにして化け物に狙いを定めた夏樹は、化け物が蹴りを放つより先に、思いきり化け物を蹴飛ばした。


「………………っ!?」


 化け物の影になっていて見えなかったが、シスターの息をのむ気配が伝わってくる。

 化け物の巨体が、シスターを巻き添えにして倒れ伏す音を聞きながら前を向くと、手前側の化け物が巨大なほうの腕を、大きく振りかぶろうとしているのが見えた。

 夏樹が背中を借りたせいで体勢の崩れてしまったユーリエが、呻き声をこぼしながら鍵型の武器を持ち上げていくが、その動きはやはり鈍い。

 夏樹は急いでユーリエの隣に回り、鍵型の武器を握るユーリエの手に自分の手も添えて、ユーリエが鍵型の武器を振り上げるのを手伝った。


「……なつき、エミネヒウニテイレム……っ!」


「……あー、えっと……もしかして、邪魔……だったかな……? と、とりあえずいきなり手を離すと危なそうだから、今回だけは手伝わせて……!」


 八の字に眉を下げたユーリエの微笑みの意味を図りかねた夏樹は、巨大なほうの腕を持ち上げている化け物に視線を送りながら、ひとまずそう言った。

 まずはあいつを何とかしようというニュアンスは伝わったようで、ユーリエも表情を引き締めて頷き、正面の化け物を見据える。

 添えた夏樹の手の中で、ユーリエが鍵型の武器を握る手に力を込めたのを感じ、夏樹もユーリエの手を握りしめて返事をする。

 タイミングを合わせるために、鍵型の武器を僅かに後ろに倒してから、一息に振り下ろす。

 紫色の軌跡に沿って放たれた衝撃波は、化け物の掲げる巨大な腕を、肩口から切り落とした。


「――ァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 腕を両断された痛みからか、化け物が悲鳴のような咆哮を上げる。

 夏樹は添えた手を離して背後のシスターの警戒に回り、ユーリエは止めの一撃を放つために、もう一度鍵型の武器を構えようとする。

 持ち直したかに見えた夏樹たちの体勢はしかし、巨大なほうの腕を切り落とされた化け物が砲弾のように飛来してきたことで、再び粉々になった。


「は……!? なんッ!?」


 着弾した化け物の体をユーリエが受け止めきれず、夏樹も巻き込まれて化け物の巨体の下敷きになる。

 痛みを堪えて顔を上げると、腕を切り落とされた化け物の奥にいたもう一体の化け物が、巨大なほうの腕で何かを殴ったかのような格好で(たたず)んでいる。

 もう一体の化け物は姿勢を正すと、のそのそと倒れ伏す夏樹たちに近づいてきて、その手前で巨大なほうの腕を地面に突く。

 何をするつもりなのかという疑問は、すぐに解消した。

 もう一体の化け物は、地面に突いた巨大な腕を支柱にして、自分の体を持ち上げ始めたのだ。


「ちょっ……もしかしてこいつ、僕らを踏み潰す気!? くそっ、何か手は……!!」


「なつき、ユヘミユフレツヘルヘメイ!!」


 絶望的な状況への焦燥に駆られる夏樹の耳に、ユーリエの声と、ぱたぱたという軽い音が届く。

 音のするほうに目を向けると、もう一体の化け物に殴られたことで息絶えたらしい、腕を切り落とされた化け物の体の下から覗いたユーリエの手が、自身の存在を主張するように地面を叩いている。

 腕の長さいっぱいまで体を持ち上げきったもう一体の化け物が、支柱の腕を倒して、夏樹たちの上に体を投げ出す。

 夏樹が脊髄反射で地面を叩くユーリエの手を掴むと、カメラのフラッシュなど比較にならないほどの閃光が、黒い異空間を真っ白に塗り潰した。


「………………!? これって、まさか……!」


 光とともに爆発した不思議な力の奔流に、落下中のもう一体の化け物も、夏樹たちを押さえつける化け物の亡骸も、弾き飛ばされる。

 閃光に塗り潰された視界が回復すると、ユーリエの手を取ったはずの夏樹の手が、紫色のガラス板みたいな刀身を持つ、鍵型の武器を握っているのが目に映る。

 それは、前回のシスターとの戦いの最中に失われたはずの力。

 夏樹を守ろうとしてくれたユーリエが覚醒させた、新たなるスキルの形――。


「ユーリエ……変身能力が復活したの!?」


『ニレイユルユイレレミレミヘ、なつき。ユーリエ、たいしょぷ! すたーと、よあ、えんしぇー!』


 驚きと安堵に震える夏樹の声に、ユーリエは晴れやかな声で応じる。

 青空のようにきらきらと輝く希望に胸を満たされる夏樹の前で、ユーリエの変身の余波に吹き飛ばされた化け物が立ち上がって、咆哮した。


「――ァァァァァァァァァァァァ/


「……悪いけど、手短に終わらさせてもらうよ。帰りが遅くなったら、その分怒られるのは僕なんだから」


 まるで気勢を上げるかのように吠える化け物を、夏樹は格好悪いセリフを添えて、一太刀で斬り伏せる。

 ユーリエの変身の余波は、シスターにのし掛かっていた最初の化け物も弾き飛ばしたらしく、怒りに満ち満ちた無表情を(たた)えるシスターの向こう側で、のそりと立ち上がったのが見える。

 幽鬼のように佇むシスターは、緑色の瞳に憎しみすら滲ませて、忌々しげに、憎々しそうに何かを呟いた。


「……ユツメユミイイリュウニエルレヒ、ミメニフイチュウムム、リウレイネムリニユ……。チレミユメイイ、レミメレニレネニヒユミヘフリテ、エネヘヘヒニイニヒヘエネネツヘリメイレム……!」


『リウレイネチヒヒテ、エネヘニリヒヘム! ヘンミメレニリンリミユミレイミユウヒミネイエネヘニ、レミメレニミュルツルテテツヘイニイヒツメレメン!』


「シスターさんが何を言っているのか、僕には分からないけど……それでも、今のシスターさんが見ている未来が、僕の望んでいるそれじゃないってことだけは分かる。だから……!」


 夏樹は鍵型の武器を構えると、素早く踏み込んで紫色の刀身を閃かせる。

 勢いよく振り下ろしたそれを、しかしシスターはあっさりと受け止めて打ち払う。

 シスターから攻撃に転じる余裕を奪うために、夏樹は次々と攻撃を重ねるが、シスターはその全てを受け止めて、弾かれるたびに少しずつ夏樹の体勢が崩れていく。

 理由は分からないが、変身前は拮抗していたユーリエとシスターの力関係が、元に戻ってしまっていることを確信して、夏樹は飛び退(すさ)った。


「うーん……? 何でユーリエみたいに、ちゃんと打ち合えないんだろう……? 何かコツとかがあるのかな……?」


 ユーリエの変身前と後でいったい何が違うのかが分からず、夏樹は首を捻る。

 ユーリエから直接聞くことができれば話は早いのだが、今さら無いものねだりをしても仕方がない。

 そんなことよりも、どうやって現状を打開するべきか。

 力関係が元に戻っているのなら、最大出力の放出型スキルも通じないことは実証済みだ。

 残された手段はもう、一か八かで必殺技を放つくらいかと、ユーリエの変身とともに夏樹の首に現れた小さな鍵の(くく)られたネックレスを見て、夏樹は思い出した。

 見慣れない鍵。

 アメジストのような紫色ではなく、水晶のように透明なガラス玉が飾られた、小さな鍵。

 檸檬の言いつけを破って異空間内に入った時に見たその鍵を、まだ試していないことを。


「……いや、でもこれ、何が起こるか分からないし……。ぶっつけ本番でやるのは少し、リスクが高いような……」


 そう呟いてから夏樹は、いや、と頭を振る。

 どのみち、必殺技だって使って駄目ならそれまでの、『一か八か』なのだ。

 ならば最後の手段を用いる前に詳細不明の能力に賭けてみるのも同じだろう。 むしろ、必殺技と違ってリカバリーが利くのだから、どんな能力なのかを確認するつもりで使ってみればいい。

 意を決して、夏樹は未知の鍵を手に取る。

 立ち塞がる強大な脅威を見据えて、鍔の部分に空いている鍵穴に差し込み、不確定な未来への扉を開いた。


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