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そわか  作者: 空雲雛太
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第二十八話『強化』

 化け物の群れが咆哮を上げて、雪崩を打つ。

 左から、右から、黒塗りの空から。

 縄張りを荒らされて憤る獣のように……あるいは、やり場のない怒りや憎しみを、スケープゴートにぶつける人間のように。

 敵意と殺意に突き動かされて殺到する化け物の群れを前に、それでも夏樹は落ち着いていた。

 絶望も恐怖も、今は無い。

 差し出された鍵のような形をした武器の柄を握って、夏樹は持ち主の、透き通った紫色の瞳を見つめ返す。


「――ルミテミネイヘルヘメイネ、なつき」


「ん、任された」


 交わした言葉をきっかけに、閃光が炸裂した。

 光は襲い来る化け物の群れを弾き飛ばし、二人の姿を包み込む。

 やがて光が霧散し、虚空に溶けて消えると、姿を現したのは一人だけだった。

 光に弾かれ、体勢を崩している化け物の群れを見渡して不敵に笑うと、夏樹は持ち主の瞳と同じ、透き通った紫色の刀身を持つ武器を構える。


「――行くよ、ユーリエ」


『すたーと、よあ、えんしぇー!』


 脳裏に響いた声にコケそうになる夏樹に、近くの化け物の一体が細腕を振るう。

 刀身でそれを受け止めた夏樹は、そのまま刃を走らせて化け物の腕を落とす。

 切り口からボロボロと黒い粒をこぼして断末魔を上げる化け物に、夏樹は立て続けに追撃を叩き込んだ。

 一発、二発、三発。

 透き通った紫色の刀身が閃くたびに、化け物の体は黒い粒を散らして崩れていく。

 このままとどめを、と構えた瞬間、巨大なほうの腕で体を持ち上げ、縮めた足を夏樹のほうに向けている化け物の姿を視界の端に捉え、即座に夏樹は地面を蹴る。

 近くの壁に飛びついた夏樹はそこを足場に、もう一段階跳躍して化け物の蹴りを回避した。

 夏樹に避けられた化け物の足は、対角線上で夏樹と戦っていたもう一体の化け物に命中し、嫌な音を立てて瀕死だった化け物に引導を渡す。


「仲間に当たろうがお構いなしってこと……!? それとも敵とか味方って区別が、化け物の中には無いのかな……」


 目の前で動いたら全部獲物、みたいな。

 今まで集中的に人間を狙っていたのだから、それは無いかと思い直しながら、夏樹は脱いだ時に手に持ったままだった洋服で、蹴りを放った化け物の視界を塞ぐ。

 化け物が細いほうの腕を使って顔を覆う服を剥ぎ取る間に、夏樹はネックレスに括られた小さな鍵を鍵型の武器の鍔に空いた鍵穴に差し込んで、変身前に見た、ユーリエが捻っていたのと同じ方へと回す。

 がちゃり、と音を立てて外れた刀身を再度装着すると、いつもユーリエが使っていた光の剣が、いつもより少しだけ長めに伸びてきた。


「わっ、何コレ!? 何でいつもより大きく……もしかして、ユーリエが変身してるから?」


 普段以上に強力な能力の発露に驚きながら、夏樹はその理由を推測する。

 ……推測も何も、鍵型の武器を握ることすらできなかった一般人の夏樹に理由があるわけもないのだから、他の理由などあるはずもないのだが……。

 と、そこまで考えたところで、ふと別の疑問が夏樹の中に生じる。

 鍵型の武器に変身した後のほうが出力が上ということは、ユーリエ一人では絶対に全力で戦うことができないということになる。

 思い返してみれば、ユーリエは変身前の状態でも、触れた相手に鍵型の武器の能力を分け与えることができていた。

 夏樹には握ることすらできなかったはずの鍵型の武器が扱えているのも、ユーリエの変身によって、スキル貸与能力が十全に発揮されたからだと考えることもできるだろう。

 自身のスキルを他人に使用させることを前提とした構造の能力に、他者に扱われるための姿に変身してスキルを十全に解放する能力。

 それは、まるで――


「「――――ァァァァァァァァァァァァァァァ!!」」


「っ!!」


 昏い思考に埋まりかけた意識を、夏樹に被せられた服を引き剥がした化け物の咆哮が引き戻す。

 はっとした夏樹はすぐに切り替えて、鍵型の武器を薙ぐ。

 拡張された攻撃範囲内にいた、仲間の蹴りで沈んだ化け物の体を乗り越えて現れた化け物と、引き剥がした夏樹の服を叩きつけようとしている化け物は、鍵型の武器の軌道に沿って大きく体を削られ、断末魔を上げることなく倒れ伏す。

 しかし、一息つく間もなく頭上で何かが空を切る音が聞こえて、夏樹は紅い瞳の女の子を抱きかかえて横に跳ぶ。

 直後に、夏樹たちのいた辺りに化け物の巨体が着弾し、轟音が爆発して空気を震わせた。


「「「――――ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」」」


「だぁーーーっ、もぉ! 次から次へと……っ!」


 絶えず鳴り響く化け物の着弾音に恨み言を言いながら、夏樹は鍵型の武器を操作する。

 光の剣を出現させる時の方向に小さな鍵を捻って刀身を嵌め直す通常の操作を二回繰り返し、発動中の光の剣の出力を上げる。

 刃渡りの伸びた光の剣で正面の化け物を貫き、返す刀で背後の化け物を叩き斬る。

 以前にユーリエが使用してみせた必殺技に肉薄するほどに伸びた光の剣は、他の化け物を巻き込みながらも群れを削っていく。

 やっと現実世界に戻るための隙を作れたかと思ったのも(つか)の間。

 黒い箱の山から飛び降りて襲撃してきた化け物の攻撃を避け、伸びすぎて小回りの利かなくなった光の剣を振り下ろして沈める。

 たったそれだけの、短い時間で。

 たった今、夏樹が倒した化け物の倒れている場所は、新たな化け物たちが埋めてしまった。


「「「――――ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」」」


「何で今日に限って、こんなに多いのか知らないけど……!」


 無尽蔵に現れる化け物の群れにも怯まず、夏樹は鍵型の武器を操作する。

 鍔に空いている鍵穴に鍵を差し込んで、前の三回と同じ方向に捻る。

 外れた刀身を半回転させ、(あらわ)になった鍔の内部に、刀身を外すために使った鍵を差し込んで、その上から刀身を嵌めこみ、黒塗りの空に突き立てる。

 刀身の纏う光の剣は強く輝き、二倍近い長さにまで伸びて、異空間の闇を切り裂いた。


『ひっさーつ! ふーるすろーとー!』


「どこで覚えてくるの、そんなの……って、僕のせいかコレ!?」


 今朝見た特撮番組に、しかしそんなセリフがあっただろうか。

 脳裏に響く声の持ち主が、想像以上に夏樹たちの世界の文化に毒されていることに愕然としながら、そんな疑問を言い訳っぽく浮かべつつも、巨大な光の剣を振り下ろす。

 かなりの数の化け物を粉々にした光の剣を構えたままその場で回転し、周辺の黒い箱の山ごと化け物の群れを粉砕する。


「エプネ……っ! ミンネリニユツミレユムネメ、メイミュニヒュンヒインイネメイユ!!」


「うわ、ごめんっ! 武器が使えなくなってから、何だか影が薄……あんまり目立ってないから、つい……!」


「ネニユイユメヘイムニレユレメネイレヒ、ネンヒネルペレニメメヘリネムムニテ、ヒウミヘレミメネ!?」


 突然必殺技を振り回したことを(恐らく)抗議する紅い瞳の女の子に謝罪(?)してから、夏樹は黒塗りの空を睨みつける。

 案の定、どこから発生したのか分からない新手の化け物がそこから落ちてくるのを認めた夏樹は、続けざまに光の剣を振るい、落下中の化け物を撃墜した。

 ユーリエのスキルは、身体能力強化。

 その恩恵によって上がった視力は、落下してくる化け物の影を逃さずに捉え、向上した腕力は易々と化け物の群れを粉砕する。

 そんな時間が長く続いたように感じたのは、スキルによって感覚が強化されていたからなのか、集中力の賜物なのかは分からない。

 それでも、ユーリエのスキルを借りて必殺技を放った夏樹には、訪れる終わりは避けようもなかった。


「うわっ!?」


「きゃ……っ!」


 ガラスの割れるような音とともに、力を使い果たしたユーリエの変身が解除される。

 手の中の感触に、柔らかさと温かさが戻ったことに気づくのが遅かった。

 直前の動作を中断するのが間に合わず、夏樹は握ったユーリエの手を、武器を振り回す勢いのままに引っ張ってしまう。

 ユーリエの上げた小さな悲鳴が耳に入り、慌てて夏樹は掴んでいたユーリエの手を離した。


「わぁっ、ごめんユーリエ! 痛かったよね、大丈夫!?」


「た、たいちょぷ、なつき。ユーリエ、たいちょうぷ……」


 慌てふためいて謝罪する夏樹に、同じくらいあわあわとしながらもなだめるように応じたユーリエは、ハッとして、弾かれたように顔を上げる。

 釣られて夏樹も黒塗りの空を仰げば、そこには既に、どこからともなく現れた新手の化け物が落下していた。


「……いやいやいや、冗談でしょ……!?」


「エンネニヘルメンヘヒウミヘニニ、レヘリンネニニリツヘイヘネンヘ……!」


 にじみ出るように空から降ってくる化け物の群れを仰ぎ見て、夏樹とユーリエは思わず泣き言(ユーリエのほうは『恐らく』だが、たぶん間違っていないはず)をこぼす。

 状況は最悪だ。

 夏樹がユーリエのスキルを借りて必殺技を放った以上、そのスキルの持ち主であるユーリエはもう、スキルを使用することはできないだろう。

 直前の戦闘で全て使ってしまったために、夏樹の服もトランクスしか残っていないし、単体が相手ならともかく、複数体の化け物が相手では、服がいくら残っていようと対応しきれない。

 懸命に活路を探す夏樹が、そもそも何のために逃げずに戦っていたのかを思い出した時には、紅い瞳の女の子が先に動いていた。


「……ネニユミンネニミンリルニネツヘイムニ? ヘミレニエイフメニ、ルチンチウニチウエンテユツレイヘレヒ……」


 ばちばちと音を立てて、黒い雷が走る。

 ちょうど夏樹たちの中心に現れたそれは、紅い瞳の女の子が開く、現実世界への『扉』だ。

 少し前にも紅い瞳の女の子が開いたそれを夏樹がくぐらなかったのは、現実逃避以外にも、化け物の群れが現実に流れ出さないようにするためというのもあった。

 けれど、今周辺には、夏樹が放った必殺技によって、黒い箱の山すら存在しない。

 広大な攻撃範囲を誇る光の剣を振り回していたために、上空の新手が着弾するまでにはまだ少しだけかかるだろう。

 少なくとも、たった今開いた『扉』が、閉じるまでに落ちてくることはできないくらいには。


「エンネニユユテユテ、エイヘニムムチフユウリネイヘミュウ?」


 紅い瞳の女の子の、開き直るような響きを含んだ声を合図に、黒い雷が夏樹たちを呑み込んだ。

 瞬間的な膨張と収縮の後、夏樹の目が夜の住宅街を映す。

 あっさりしすぎて、あんまり帰ってきた実感が湧かないな、などと思いながら周囲を見回す。

 この世界に訪れた直後のユーリエのように、感情の色が吹き飛んだ瞳を夏樹に向ける少女がいることに気が付いたのは、その流れで背後に視線を向けた時だった。


「…………………………………………………………………………………………」


「あれ、梔子(くちなし)さん? こんばんわ」


「………………こっ、こん……ばん、わ……」


 知っている顔だったので挨拶をしたら、ものすごく怯えたような声で返事をされてしまった。

 元々気弱な女の子ではあるけれど、何だか今日は、それに輪をかけた怯えようだなと思っていたら、紅い瞳の女の子が声をかけてきた。


「ミメチュエ、ユヘミテリメヘミフメイムムユネ」


「……リンヒなつきニチヒイリヒミヘメ、テツヘイニユムミレメンレメ」


「ミウネ。ミイフネヒュンヒツルユリヘイメペ、レンネエヘエネム」


 これまでの二人からは考えられないほどに穏やかなやり取りを経て、紅い瞳の女の子は夜の闇に消える。

 今後は紅い瞳の女の子を見かけても関わらないと決めたばかりなのに、また檸檬たちに心配をかけるような夢を見てしまいそうだな、などと考えて仄かに笑っていると、ユーリエが遠慮がちに夏樹を見た。

 どうしてそんな『……さすがにちょっと、フォローできないなー』みたいな顔をしているんだろうと疑問を抱く夏樹に、夜の住宅街でばったりと出会った檸檬の友達が答えをくれた。


「あ……あのね。六連星くんには、檸檬ちゃんがいるんだし……そういうの、良くないと思うの」


「へっ? そういうのって……どういうの?」


「えっ!? そ、その……えっと、ね。ほ、ほとんど、その……は、裸みたいな恰好で……他の女の子と歩き回る、とか……」


「……………………あっ」


 気弱な同級生に怯えられている理由が、ようやく分かった。

 『閑静な夜の住宅街』『半裸の男』『怯える少女』と、単語だけ並べてみると、ものの見事に犯罪の現場である。

 むしろ、今まで悲鳴を上げたり、即座に通報したりされなかったのが不思議なくらいのビジュアルだ。

 同級生の寛大な処置に感謝しつつ、異空間云々を伏せたまま現状を説明するにはどうしたらいいだろうと頭を捻る夏樹の前で、気弱な檸檬の友達は携帯電話を取り出してダイヤルをプッシュし始めた。


「たった今したばかりの感謝が届いてない!! ちょっ、待って梔子さん! フリーズウェイト・ア・ヒューミニッツ!!」


「ひぁぁぁぁぁぁぁぁっ、ごめんなさいぃぃぃぃ!!」


 半裸の男が、少女の通報を止めようとして詰め寄る図。

 もう誰になにを言われても仕方のない絵面である。

 そういえば、今の言い方だと脅迫的なニュアンスになるんだっけ、と、ものすごく些細なこと(少なくとも、今の場面では)を思い出しながら、夏樹あ恥も外聞も捨てて彼女に懇願する。


「ごめん、無理なのは分かってるけど、怯えないで! 僕の犯罪度が増しちゃうから!」


 実際、言葉が分からないユーリエからは、現在進行形でそういう目を向けられている。

 誤解を解くのは不可能だから不本意ながら諦めるとして、とにかく今は通報を思い留まってもらうのが先決だ。


「お願いします梔子さん、警察は勘弁してください!! 信じられないのは分かるけど、この恰好には事情があって……!」


「えっ……? な、何を言ってるの六連星くん! 私、そんなことしないよ……!」


 心外だといった風に反論された。

 なら良かったと安堵する反面、ならどうして携帯電話を取り出したんだろうという疑問……否、嫌な予感が夏樹に這い寄る。

 恐る恐る尋ねてみれば、気弱な檸檬の友達は、何を当たり前のことを、といった調子で、こう答えた。


「そんな恰好で、お家まで歩くつもりだったの!? 駄目だよ、檸檬ちゃんにお願いして、着替えを持ってきてもらわないと!」


 檸檬の名が出た時点で、夏樹が猛然と駆けだしたのは、言うまでもないことだった。


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