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そわか  作者: 空雲雛太
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第二十四話『手助(てだすけ)』

 夏樹が最初に向かったのは、公園ではなく商店街だった。

 さすがに檸檬の目を盗みながら差し入れの用意はできなかったので、買いに行かなければならなかったのだ。

 もしここで紅い瞳の女の子に添加物の入っている食べ物を食べてもらえば、ユーリエにとっても安全かどうかを確かめられるんじゃないだろうかという暗い考えを振り払い、とりあえず果物とパン(原材料にカタカナとアルファベットの入っていないもの)と唐揚げ(買い物客が自分で袋詰めするタイプのもの)を購入して、公園に向かう。

 飲み物は、公園の水道の使い方を教えれば大丈夫だろう。

 もっとも紅い瞳の女の子の場合はそれ以前の問題があるのだが、それを乗り越えるつもりで行くのだから、弱気なことなど言っていられない。

 必ず分かり合って心配させてもらうし、心配されてもらう。

 夏樹は胸中でそう呟くと、地面を蹴る足に一層力を込めた。


  ◇


 恐らくはどこの町でも、昼と夜ではだいぶ印象が変わる。

 道は土地勘がなければ、昼間に通ったか夜中に歩いたかの違いだけで簡単に迷ってしまうし、緑豊かで爽やかな公園は、草木の生い茂る不気味な場所へと変貌する。

 変質した公園内に響く、木の葉のざわめく音が悪い想像を膨らませて、夏樹の足を入り口のところに縫い付ける。

 湧き上がる恐怖心を、両手で頬を叩いて打ち払い、明るい未来を思い描いて心を武装する。

 紅い瞳の女の子と分かり合えた先に訪れる、今よりも騒がしい日常を目指して、足を前に踏み出す。

 彼女が心を開いてくれたら、ユーリエとはどんな話をするのだろう。

 檸檬の手料理を食べたら、どんな顔をするのだろう。

 身元不明の外国人をもう一人拾ったと言ったら、母はどれだけ怒るだろう。

 アンタは一体何に首を突っ込んでるんだとか、増えた一人分の生活費は誰が払うと思ってるんだとか、とにかくめちゃくちゃ怒られることだけは確実だが、だからと言って追い出せとは、きっと言わないだろう。

 もっとも、その許可を得るためには夏樹が再び母に土下座をしなければならないだろうし、ひょっとしたらユーリエたちの生活費を捻出するために、朝と夜はアルバイトをすることになるかもしれない。


「……って、また少し想像が暗くなってきてるし……!」


 再び纏わり始めた不安を、夏樹は頭を振って払う。

 昼間に紅い瞳の女の子を見つけた辺りに辿り着き、夏樹は一度深呼吸をしてから、植木の後ろを覗き込む。


「………………えっ?」


 そこにあったものを見て……否、そこに何もないのを見て、夏樹の思考は一瞬停止する。

 信じられない思いが呟きとなって口からこぼれるが、それで目の前の現実が変わるわけではない。

 場所を間違えたかと思って他の植木の裏も確認してみるが、やはりどこにも、誰もいなかった。

 紅い瞳の女の子はどうやら、場所を移動してしまったらしい。


「何で……いや、あれからだいぶ時間も経ってるし、当然といえば当然だけど……!」


 この公園を訪れたのが午前中で、その後商店街の写真屋に行き、家に帰って昼食、夕食を取ってからやってきたのだから、冷静に考えてみれば、まだここにいると考えるほうが無理がある。

 そもそも女の子の分の食事を用意した時点で、女の子が自らそれを求めて歩き回る可能性に気がつくべきだった。

 激しい後悔に苛まれて、夏樹は顔を覆う。

 どれだけ悔やんだところで、過去の行いを無かったことになどできない。

 それでも夏樹は、絞り出すような声で呻かずにはいられなかった。


「……あれだけカッコつけといて、この結末は恥ずかしすぎる……っ!!」


 女の子と行き違いになってしまったこともやりきれないが、ここから移動した理由が分からないせいで、喜ぶべきなのか悲しむべきなのかがはっきりしない。

 この先紅い瞳の女の子が、夏樹が助けられなかったために悲しい結末を迎えてしまうかもしれないし、案外親切な誰かに拾われて、この世界での住まいを得たのかもしれない。

 対して、夏樹が檸檬とユーリエに心配をかけた挙句に何もできなかったということは厳然たる事実で、こちらはどう考えても『間抜け』の一言に尽きる。

 胸の内に去来した不定形の後悔と明確な恥ずかしさを前に、夏樹はとりあえず、分かりやすいほうへのリアクションを取ることにした。

 とはいえ、いつまでもこんこんと湧き出る恥ずかしさに(ふた)をしようとするみたいに、頭を抱えてしゃがみ込んだままでいるわけにもいかない。

 立ち上がって嘆息し、ひとまず気持ちを切り替える。

 ここに来る前に購入してきた食料品の入ったビニール袋を目の高さに持ち上げて、これはどうしようかと夏樹は考える。

 その背後で、突然ガラスの割れるような音とともに閃光が炸裂した。

 夏樹は反射的に地面を蹴って、半ば吹っ飛ぶように背後の何かから距離を取る。

 たった今自分のいた辺りを、紅く閃く何かがよぎったのを転がりながら確認した夏樹の胸に去来した思いは、やばい殺されるという恐怖以上に、目的の人物に会うことができたという安堵だった。


「……よーし、落ち着けよー僕……! ここでちょっとでも対応を間違えたら危なぁぁぁぁっ!?」


「……ネニユミニリヘニユ、リンネヒリミニ……っ!!」


 胸中で暴れる感情をなだめる間もなく、紅い瞳の女の子から二撃目が放たれる。

 幸いというべきか、スキルを発動するための操作は行っていないらしく、鍵型の武器は回避できればそれまでの、ただの鈍器だった。

 あの音と光はどうやら、夏樹の姿を認めて頭に血が上った女の子が、鍵型の武器を出現させた瞬間のものだったらしい。

 手荒な歓迎といい、忌々しそうな口調といい、夏樹の来訪を快く思っていないことがひしひしと伝わってくる。

 もっとも、これくらいは想定の範囲内なので、夏樹も大きく息を吐いて気持ちを落ち着ける。

 女の子がこの場所に戻ってきた理由は分からないが、自身と敵対関係にある(少なくとも、女の子のほうはそう思っているはずだ)夏樹がこんな時間に女の子のいた場所にやってきたのを見れば、最初に思い浮かぶ可能性は闇討ちだろう。

 ならば、自分は争うつもりで女の子の元を訪れたのではないと示すことが先決のはずだ。

 素早くそう結論付けた夏樹は、ビニール袋に手を突っ込んで、中の果物を一つ掴んで引き出し、紅い瞳の女の子に向かって突き出した。


「………………ッ!?」


「ほらっ、これを見てよ! 僕は君にひどいことをしに来たんじゃない、君の力になりたくて来たんだ!」


 女の子は夏樹の動きに警戒を強めて体を強張らせるが、夏樹の掴んでいるものを確認するとそのまま硬直してしまった。

 おそらく、戦闘中に果物を突きつけられるという状況に理解が及ばず、混乱しているのだろう。

 夏樹はその隙を逃さずに言葉を滑り込ませ、紅い瞳の女の子の説得を試みる。

 言葉は通じなくていい。

 だからどうか、この思いだけは伝わりますようにと、祈りを込めて。


「君はもう、少なくとも三日は何も食べてないでしょう!? そろそろ何か食べないと、本当に死んじゃうよ!!」


「……ヘレメ……」


 ユーリエがこの世界に召喚されたのは、三日前だ。

 紅い瞳の女の子が召喚されたのがユーリエと同時なのかユーリエより早かったのかは分からないが、ユーリエより後では絶対にない。

 女の子の食生活がどうなっているのかは分からないけれど、こんなところで寝泊まりしているくらいだから、ちゃんとしたものを食べているとは考えにくい。


「僕が嫌いだから施しは受けないとか、言ってる場合じゃないでしょう!? それともひょっとして、毒が入ってるかもって思ってる!?」


「ヘレメ、ヘレメ……っ!」


 夏樹を睨みつける女の子は、明らかに衰弱している。

 おぼつかない足取りで距離を詰め、振り抜いた武器の遠心力に振り回されてふらふらしている。

 そんなになってもなお、女の子は夏樹の手を取ろうとはせず、紅い瞳を憎しみの炎で輝かせている。


「どうしよう……安心してもらうには、僕が毒見をするべきかな? でも渡すそぶりを見せておいて自分で食べちゃうのも嫌がらせっぽいし、欠片も残さずに食べ切らないと、どこにも毒を仕込んでないって証明にならない気がするし……!」


「ヘレメ、ヘレメ、ヘレメぇぇぇぇっ!!」


 夏樹のアホな独り言さえかき消そうと叫ぶ姿は、お前の言葉なんか聞きたくないと、何よりも雄弁に語っている。

 ふと、紅い瞳に憎しみ以外のものがにじむのを見て、夏樹は当惑した。


「ヒウミヘ……ヒウミヘユミレエミヘリネイニ……!? ヒウイウフリミヘユヘミニ、ルヘリニユメミヘミヘイムニユ……っ!」


「なっ……!?」


 ばちばちと、鍵型の武器の刀身に黒い雷が走り、夏樹は身構える。

 これまで、能力の発動時には必ず存在していた、武器を操作する予備動作なしで発生したそれへの警戒と焦燥が、四肢に力を込めさせる。

 明らかに夏樹が間合いの外にいることも意に介さず、紅い瞳の女の子は鍵型の武器をゆっくりと持ち上げながら、絞り出すように言った。


「……ユヘミニリヒユヘムレユウヒミヘルメヘイムニネメ、ヒウミヘユヘミニルメネイミユメヘエニチニ、ミニユメミメユルレヘルメネレツヘニ……?」


「うわっ、ちょ、待っ、せめてご飯だけは――!」


 どうやら遠距離用の攻撃らしいと当たりをつけた夏樹は、女の子の構えから攻撃の軌跡を予測して、思いっきり横に飛ぶ。

 しかし夏樹の予想に反して、鍵型の武器が纏う黒い雷は振り下ろされた武器の軌道上に(とど)まっている。

 目の前の現象への不可解さに疑問が追いつくのと同時に、それは爆発的に膨張して黒い傷となり、夏樹と女の子を呑み込んだ。


「しまっ……あの黒いの、『扉』を開くスキルだったのか……!」


 どうりで予備動作が無いはずだと、黒い傷に呑み込まれて変わり果てた景色の中で夏樹は呻く。

 ユーリエの開く『扉』の形と全然違っていたから、気づかなかった――そうだと分かっていたら、情けないくらいに全力で逃げたのに。

 その機会はもはや、永遠に訪れない。

 夏樹は、自力での脱出が不可能な異空間に、閉じ込められてしまったのだから。


「ユヘミニユメミルミヘルメムニネメ、ヒウミヘルメニリンネユヘムレヘルメネレツヘニユ!!」


「やばっ……!!」


 状況への絶望で停止していた思考が、紅い瞳の女の子の慟哭で現実に回帰する。

 女の子は小さな鍵を鍔の鍵穴に差し込んで捻り、がちゃりと音を立てて刀身が鍔から外れる。

 攻撃の準備が整ってしまえば夏樹に防ぐ手立てはないから、発動前に何とかするしかない。


「へいっ、パァース!」


「っ!?」


 とっさに夏樹は握っていた果物を紅い瞳の女の子に投げ渡す。

 やはり空腹が限界だったのか、あるいは存外お人好しなのかは定かではないが、女の子は放物線を描いて手元に放られた果物を、武器の操作を中断して受け止める。


「よっし、もう一丁!」


「………………っ!」


 続けて、中身がバラけないように注意しながらビニール袋も(ほう)る。

 女の子は忌々しそうに顔を歪めながらも、やはりそれを無視したり叩き落としたりはせずに、鍵型の武器を一度足下に置いて、空いた両腕で受け取ってくれた。


「いっそ面白いくらいの律儀さだけど、あんまりのんびり眺めてほっこりしてもいられないよね……! というわけでごめんっ、僕は逃げます!」


「リニ……っ! レヒネメイレテリヒミイヒリ!」


 ビニール袋を放り投げてすぐに駆け出す夏樹に、紅い瞳の女の子はビニール袋を受け止めながら制止の声(恐らく)を上げる。

 当然無視して夏樹は走るが、肩越しに見た紅い瞳の女の子は、しゃがんでビニール袋を足下に置くと、鍵型の武器を拾って素早く刀身を鍔に再装着する。

 ビニール袋への丁寧な扱いに夏樹は場違いな感動を覚えるが、真紅の刀身に走る炎がそれを灰にする。

 女の子が武器を構えた辺りで夏樹は視線を前に戻し、一番近い曲がり角を死にもの狂いで目指す。

 あの炎が放たれる前に、自身に追いつく前に姿を隠さなければ、焼き殺される。

 迫り来る死の恐怖に背中を押されて走る夏樹は、突如降って湧いた壁にぶつかって、その道を阻まれた。


「――ァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


「……嘘でしょ……!? このタイミングで来ちゃうの!?」


 黒い化け物の咆哮に呑まれて、呻くような夏樹の呟きは消える。

 これは、まずい。

 化け物が落ちてきたのは文字通り夏樹の目と鼻の先だし、背後からは紅い瞳の女の子が放った炎が唸りを上げて迫っている。

 この空間の中で得た経験の数々が、夏樹の中のスイッチを入れる。

 生き残るには、化け物の股下をくぐり抜けて、化け物の体で炎を遮るしかない。

 自分でも驚くほど素早くそう判断した夏樹は、即座に身を屈めて化け物の足を見る。

 しかし、そこに人一人が通れる隙間があるかどうかを確認する前に、状況は変化した。


「……なつきぃーーーーーーっ!!」


 頭上から響いた少女の声に、夏樹は思わず顔を上げる。

 異空間内の道を形作る黒い箱の山の上から飛び降りた少女は夏樹と炎の間に割って入る。

 紅い瞳の女の子が放ったそれを打ち払うと、返す刃で化け物を打ち砕き、今にも泣きそうな目で夏樹を睨んだ。


「レヘ、リレンネレニエツヘ……! レエツヘメテツヘイ、れもんヒイツミュニイメツリュウメメヘイヘヘリレムレメネ!!」


「うん……ごめんね、ユーリエ」


 結局、また助けてもらってしまった。

 涙声で夏樹を叱りつける少女を見上げて、夏樹は喜びと不甲斐なさの入り交じった気持ちで謝った。


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