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そわか  作者: 空雲雛太
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第二十一話『散策』

 特撮ヒーローは楽しく鑑賞できたらしいユーリエだったが、その後の女の子向けのお姫様のアニメはあまりお気に召さなかったようだった。

 女の子的にそれはありなのだろうかと思わなくもないが、たぶんマンガやアニメのデフォルメされた絵に馴染みが無いせいで、興味以上に違和感が先行してしまうのだろう。

 夏樹には好きなアニメやマンガがいくつかあるのだが、この様子ではそれを見せても、楽しさは共有できないだろうなと、夏樹は胸中で呟いてため息をつく。

 檸檬もあまりサブカルチャーには興味を示してくれないし、友達からは『話しかけんなクズ野郎』『リアルで二次元みたいな生活してるクセに、まだ美少女が足りねえってか……!!』『生皮剥いでお前に成り代わってから殺してやる……!!』と言われて相手にしてもらえないので、好きな作品について語り合える相手が、夏樹にはいないのだ。

 さておき、元々ユーリエに見せるつもりで点けたテレビだったが、当のユーリエが楽しめないのなら見続けている意味はない。

 ひとまず、ユーリエにリモコンの使い方を簡単に説明してから渡して、檸檬と今日の過ごし方を相談することにした。


「……前もって計画しておけば、遠出もできたけど……」


 新しいものに触れるのが好きなのか、自身の世界には無いオーバーテクノロジーにテンションが振り切っているのか分からないが、いずれにせよ携帯電話を渡した時と同じように目を輝かせてチャンネルを変えまくっているユーリエを横目に見ながら、檸檬が呻く。

 おそらくは夏樹と同じように、今日もユーリエにこの世界について色々と教えるつもりなのだろうが、そのためになにをすればいいのかが浮かばないのだろう。

 残念ながら夏樹にもアイディアが無いので、檸檬の呻きにも嘆息くらいしか返せない。


「まあでも、万が一はぐれたりしたら、言葉も文字も分からないユーリエと合流できるか分からないし。どのみち今はまだ、遠出をするのは控えたほうがいいんじゃないかな」


「……なら、今日も近場を歩くの?」


 そう言った檸檬の声が乗り気でないように聞こえるのは、きっと気のせいではない。

 昨日は買い物の必要性があったので、そのついでと思えば周辺を散策することにも抵抗はなかった。

 けれど、何をするでもなく、目的も特に定めずにただ歩くというのは、とても非生産的で不毛な行いに思えてしまう。

 到達すべきゴールが見えないということがどれほど苦痛であるかは、最初にユーリエと一緒に異空間に閉じ込められた時に、嫌というほど思い知っている。

 せめて何か、ささやかでも外出する理由を用意したいのだが、近くにあるものといえば檸檬の家と、見知らぬ誰かの家と、売り出し中の空き家くらいだ。

 花見は昨日公園に行ったばかりだし(そもそも、外国には花見のようなことをする習慣が無いと聞いたことがあるような気もする)、歩いて行ける範囲にレジャー施設の類いはない。

 こうなってくるともう、コンビニにお菓子を買いに行くとか、コンビニに立ち読みに行くとかくらいしか夏樹には思いつかない。


「……でも、コンビニに売ってるようなお菓子って、ユーリエに食べさせてもいいのか分からないし……」


「文字が読めないと、雑誌なんか見たって何にも面白くないもんねぇ……」


 もっとも、雑誌については文字が読めても、情報誌は内容を鵜呑みにされる危険があるのでどの道見せられないし、マンガ雑誌はデフォルメされた絵が苦手らしいユーリエには楽しめないと思われるので、どの道見せる意味がないのだが。

 思いの(ほか)外出の理由が見つからず、夏樹と檸檬は揃ってため息をつく。

 何かを言いたげなユーリエの様子に気づいたのは、そんな折だった。


「ん……? ユーリエ、どうしたの?」


「ぇ……エニっ、ネンヘリネイへム! レヘ、ヘンミメレニエツヘユイレミミヘイヘネンヘ、ミンネインイリヒネンヘレンネエヘイレメン!」


 気になって、声をかけてみる。

 ユーリエも夏樹が気にかけていることは察しているらしいが、わたわたと手を振って母国語を使っているところを見ると、大したことではないから気にしないでください的なことを言っているのだろう。

 しかし、ユーリエが何かと遠慮がちな性格であることは、夏樹も檸檬も何となく分かっている。

 その上でこの態度なら、確実に何かお願いしたいことがあるに違いない。

 アイコンタクトで互いの認識を共有し、その『お願い』を推察するために夏樹と檸檬は、無用な不安を与えないようさりげなく、ユーリエの様子を観察する。

 ユーリエはすでに視線をテレビに戻しているが、時折物欲しそうな目を、ちらと檸檬に向けている。

 お願いがあるのは、檸檬のほうらしい……ということは、昨日のジャムがまた食べたいのだろうか?

 もう少し手がかりはないだろうかと、夏樹はさらに注意深くユーリエの様子を窺う。

 興味深い番組を見つけたのかチャンネルを変えるのに飽きたのか、テレビを見るユーリエはチャンネルを固定し、リモコンを手のひらで(もてあそ)んでいる。

 画面に向ける瞳はどういうわけだか切なげで、映像が切り替わるたびにぴくりと反応し、さっと悲しみに染まった目が僅かに見開かれる。

 その表情が、どうか画面が変わりませんようにと祈っているかのように見えて、ようやく夏樹は答えが分かった気がした。

 そういえば、昨日ユーリエに携帯電話を貸していたのは、檸檬だ。


「ねえ檸檬。もしかしてユーリエ、写真が撮りたいんじゃない?」


「ヒ、ヒネイレムっ! ヘペリニリイツルリ、ムルペミュレヘイメユユミへリメツヘイムニニ、ミンネテイヘルテリウミエネレメンっ!!」


 思いついたことをそのまま檸檬に言ったら、ユーリエがすごい勢いで振り向きながら、眉間(みけん)にしわを寄せた赤い顔で、沽券に関わるとばかりに抗議(推定)をしてきた。

 どうやら自分の知っている『檸檬』『ユーリエ』『写真』の三つの単語から夏樹のセリフの内容を察したらしく、そんなんじゃありませんといったようなことを訴えているのだろう。

 会話は無理でも、聞き取りは正確にこなせているらしいユーリエの吸収力に驚きつつも、反応の分かりやすさのおかげでユーリエの望みが分かって、夏樹はほっとする。

 檸檬が仄かな微笑みとともに携帯電話を向けると、ユーリエは恥ずかしそうに身を縮めながら、躊躇いがちに手を伸ばし、たっぷりと時間をかけてそれを受け取った。


「……ユへミニリネツヘネニチリユイユムミルヘメツへ、エミネヒウニテイレム」


 眉を八の字に下げてはにかみながら、ユーリエは檸檬にお礼を言う(たぶん)。

 返事の代わりに檸檬が微笑みかけると、ユーリエは頬をほの赤く染めたまま、くすぐったそうな笑顔を浮かべてテレビに向き直る。

 口元を嬉しそうに緩めながら、テレビに映るさまざまな景色を携帯電話で切り取っていくユーリエを見て、夏樹と檸檬は顔を見合わせる。

 互いの目を見て、二人は外出の理由が見つかったことを確信したのだった。


  ◇


 撮影した写真を見て首を捻るユーリエに動画の撮り方を教えてから、家を出る。

 ユーリエが何を写真に撮りたいと思うのかが分からないので当てずっぽうだが、とりあえず川沿いの並木道に沿って歩き、昨日の公園まで行ってみることになった。

 これまでのユーリエの反応を鑑みるに、自然物よりは人工物のほうが珍しがって楽しんでくれそうな気もしたが、花見に訪れた昨日と写真撮影にやってきた今日とでは、見えてくるものも違ってくるかもしれない。

 昨日紅い瞳の女の子に襲われた場所に近づくことに対して檸檬は渋面を作ったが、他に写真撮影を楽しめそうな場所が無いことも事実だった。

 しばらく歩いていると、川を泳ぐアヒルっぽい鳥(水面を泳ぐ白い鳥は全部アヒルに見える)を気に入ったらしく、ユーリエは身を乗り出して覚えたての動画で撮影を始める。

 ひょっとしたら鳥ではなく、撮影自体を楽しんでいるのかもしれないが、いずれにせよ楽しそうなユーリエを、携帯電話を落とさないようにだけ注意しながら、檸檬と一緒に見守る。

 川のせせらぎとそよ風の音、雀のさえずりにアヒルっぽい鳥の鳴き声が際立たせる心地よい静寂の中に、撮影の終了を告げる異質な電子音が響いて、ユーリエは前のめりになっている体を引いた。


「なつき、れもん! ユへミニエネイヘレイネニヘリテ、イレネヘミュウレ?」


 ひとまず何事もなく終わったことに安堵していた夏樹と檸檬に、ユーリエは人懐っこい笑顔とともに振り向いて、撮影したばかりの動画を向ける。

 夏樹たちに信頼を寄せるその姿に胸が温かくなって、夏樹は思わず笑顔とともに、親指を立てて向けてしまった。


「うん、上手に撮れてる。もうバッチリ使いこなせてるよ!」


「……………………っ!!」


 やらかしたと気づいたのは、ユーリエが真っ赤になって目を見開き、そのまま泣きそうな顔で夏樹を上目遣いに見てからだった。

 慌てて弁解しようとした夏樹だが、隣にいる檸檬を中心に気温が下がったような気がして、一瞬だけそちらに意識が逸れる。

 生き延びるためにはユーリエより先に、檸檬からなだめるべきだろうかと迷ったことを後悔するのに、時間は全くかからなかった。


「エニ……れもんテテイリネニヘムレ!? なつきネユヘミニ、エンネ……っ!!」


「ちょ……何その反応!? ホントにコレどういう意味なの!?」


 真っ赤な顔のまま、涙目で檸檬に何かを訴えるユーリエの様子に、夏樹は狼狽する。

 最初にサムズアップを向けてしまった時は普通に怒られたような気がするのだが、なぜ今回に限ってこんな反応なのだろう、と、夏樹は胸中で泣き言を呟く。

 せめてあの時と同じ反応をしてくれたら、檸檬も光を失った目で(まばた)きもせずに夏樹を凝視するほどには怒らなかったかもしれないのに。


「……親指を立てるジェスチャーは、ヨーロッパとアジアの一部では卑猥な意味になる」


「あ、そうなんだ。それは知らなかったよ」


 目を見開いて夏樹を凝視したまま、ぴくりとも動かずにそんな注釈をする檸檬が怖すぎて、夏樹は(かえ)って冷静に応じる。

 恐怖で冷え切った頭はかつてないほどに冴え渡り、瞬時に周辺の状況を観察・把握して、選択し得る全ての逃走経路の割り出しと、それらを選んだ結果のシュミレートを終える。

 大丈夫、可能性は低いけれど、逃げ切れないわけじゃない。

 一秒後にはそんな結論を得た夏樹は即座に四肢に力を込めて、弾き出された逃走ルートのうちの一つを実行に移す「……今逃げたら、無残な目に遭わせる」その直前に放たれた一言は、夏樹の心をぼっきりとへし折った。


「……夏樹」


 ゆらり、と持ち上げた腕を、顔を覆うようにして夏樹の頭にそっと添えた檸檬は、そのままじりじりと指に込める力を強めていく。

 体罰の回数は、どうやら今日も減ってくれそうにない。

 頭蓋骨から聞こえてくる、みしみしという嫌な音にそんな予感を覚えて嘆息する夏樹の耳に、冷え切った檸檬の声が重苦しく響く。


「……苦しみながら死ぬのと、絶望しながら死ぬの、どっちがいい?」


 その二つの選択肢は何がどう違うのかと尋ねる勇気は、夏樹にはなかった。


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