表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そわか  作者: 空雲雛太
16/54

第十五話『新来』

 身に纏う衣装の慎ましさには似合わない表現なのかもしれないが、緑眼のシスターの佇まいはとても優雅だった。

 一歩、また一歩。

 ある時は異能力バトルが繰り広げられ、ある時は化け物が降り注ぐような暴力空間の中であることを忘れさせられるくらいに穏やかな、(ゆる)やかな足取りで、シスターは歩を進める。

 身を包む衣や雰囲気も相まって、敬虔さすら感じさせる緑眼のシスターの歩みは、彼女のスキルによって地面に縛りつけられた化け物のところにたどり着いたところで止まる。

 スキルの拘束から逃れようともがく化け物を見下ろし、両手で握った武器を振り上げる。

 嫌そうな表情の歪みを僅かに強めて振り下ろされた武器は、足元の化け物の首を、地面ごと粉々に砕いて見せた。

 空気を震わせる轟音と、飛び散ってパラパラと降り注ぐ小さなキューブ状の黒い粒に、夏樹は思わず顔をしかめてしまう。

 彼女と一戦交えるよりは遥かにマシだし、返り血でベタベタになるよりは断然いいのだが、その代わりとでもいうように飛散したものを浴びて、いい顔などできようはずもない。


「……ヘンミメレ、ツチュウニレレメユエピメヘミレツヘ、リウミユレニテイレメン……」


「へっ!? あーいやいや、大丈夫だよ、うん! 何にも問題ナシ!」


 眉を八の字に下げて、済まなそうな声音でかけられたシスターの言葉が、なんだか謝っているように聞こえて、夏樹は慌てて否定を返す。

 緑眼のシスターは夏樹たちが絶体絶命のところを助けてくれたのだから、お礼を請求したって構わない場面だろう。

 にも関わらず腰の低い対応のシスターを見て、どうやら敵対の意思はないらしいと結論づけ、夏樹はひとまず安心する。

 正直に言って、化け物の群れに加えて地面を抉るような怪力をデフォルトで使ってくるようなシスターを相手に、ユーリエのスキルの残滓と携帯電話のハッタリだけでいなせる自信がない。

 そういうことなら、こちらにも歩み寄る意思があることを示す意味でもと、夏樹が自己紹介を始めようしたその時、夏樹の背後で倒れ伏していた化け物の呻り声が、ひと(きわ)強くなる。


「――ァ……ァァ……っ! ァァァァァァァァァ!!」


「げっ、起き上がった……!? スキルの拘束時間が切れた……っていうよりは、拘束スキルを引きずりながら動いてる!?」


 なけなしの力を振り絞るかのように……あるいは、スキルの拘束力に自力で抗っているかのように。

 いずれにせよ、動かないはずの体を無理やり動かしているみたいな緩慢さで、化け物が起き上がる。

 今すぐ機敏に動けるわけでもなさそうだし、後続の化け物は拘束スキルを受けている化け物につっかえて夏樹たちのところへは来れずにいる。

 これなら何とか逃げられるかもしれないと夏樹はユーリエの手を取るが、すぐ隣では緑眼のシスターが武器を構えてやる気を見せている。


「ヘンミメレネヘ、イレミペメルイレヒルヘメイ。ヘヘイレ、エニエルレメユチウルツへレイミレム」


「……ヘンミメレ……ネヘ? エニ、ミュウヒウチュメレ……ユへミテヘンミメレヘテネルヘニンネンヘ……」


 シスターの言葉に何か引っかかりがあったらしく、控えめに抗弁しようとするユーリエだが、歩き出したシスターの背中には届かなかったらしい。

 拘束スキルに抗う化け物に歩み寄って武器を振るい、たったの一太刀で化け物の上半身を吹き飛ばす。

 崩れ落ちた化け物の向こう側に連なる化け物の群れにも拘束スキルを放って地面に縫い付けてから、一撃必殺の武器を携えてシスターは再び歩き出す。

 シスターの戦い方は単純で単調ながら、一度捕らえてしまえば勝利が確定する豪快なスタイル。

 化け物に接近する時でさえ頑なに走らないのは、宗教的な戒律なのか精神的な余裕の表れなのか、いずれにせよめちゃくちゃ怖い。

 細かい駆け引きの介在しないシンプルさは、ある意味シスターの清楚で静謐(せいひつ)な雰囲気に似合っていると言えないこともないが……何となく、釈然としないものが残る。


「拘束スキルが魔法っぽいといえば魔法っぽいけど……今までに会った異世界人の三分の二が脳筋系スキルって、どういうこと……? ユーリエたちの世界ってもしかして、裁判も腕力で解決するような世界観だったりするのかな……」


「……ヒウミヘヘミュウ……ネンヒネルなつきニ、ツレイユネニレイユメメヘイムユウネリネミレム……」


 夏樹のぼやきに、どことなく抗議するような響きを含んで聞こえるユーリエの呟きが続き、振り下ろされるシスターの武器による破砕音がそれらをかき消す。

 目の前で繰り広げられる圧倒的な破壊の光景を、ぼんやりと眺める夏樹の背後に化け物の着弾音が響いた。


「げっ……嘘でしょ、ここで増援!? どうしよう、今こっちの戦力は掛け値なしのゼロなのに……!」


 ユーリエに触れている間はスキルの残響が使えるとはいえ、体格差を考えれば素手で挑むのはありえない。

 紅い瞳の女の子と違って友好的だった緑眼のシスターが助けに来てくれないだろうかと、淡い期待を抱いて振り返ってみる。

 シスターも夏樹たちのほうを振り向き、新手の化け物の姿を認めると、拘束中の化け物の処理を放り出して戻ってきてくれた。

 ……なぜか、歩いて。


「ちょっ……えぇ!? いや、助けようと思ってもらえるだけでもありがたいんだけど……え、駆けつけてはくれないの!?」


 表情からはとてもとても一生懸命さが伝わってくるだけに、スローペースな歩行速度が謎過ぎる。ひょっとしたら、パワーと引き換えにスピードが無いとか、そういうスキルなのかもしれない。

 いずれにせよ、夏樹たちが紅い瞳の女の子から逃げるときに降ってきた化け物は比較的多く、拘束スキルを受けて倒れ伏している化け物の体を越えてきているものもいる。

 シスターの移動速度では振り切れるわけがないし、振り切れない以上は相手にせざるをえないのだから、彼女の助けを期待するのは止めたほうがよさそうだ。

 結論として、やっぱりこの化け物は夏樹たちだけで何とかしなければならないのだろう。


「やっばいなぁ……多少運動能力が強化されたくらいで、勝てるのかな? ユーリエとかシスターさんが化け物を砕いてたのが武器のスキルによるものとかで、身体能力強化みたいに共有できるのなら、ちょっとは希望が見えてくるんだけど……」


「……なつき、イレレメユへミネリヒニペミュテニリヒユチメリレム。ユへミネエニエルレニエミヒレユミヘイムエイヘニ、なつきテミリレメニネヘルヘメイ」


 正面の化け物から隠すように、ユーリエが空いている手を背後に伸ばす。

 何をしているんだろうと思った時には、この空間と現実世界を繋ぐ『扉』がユーリエの手の平の先に展開していた。

 今まではユーリエを中心点として展開していたそれは座標調節が可能だったらしいという事実を新鮮に思いながらも、夏樹はユーリエが何をしようとしているのかを悟り、僅かに語調を強める。


「ダメだよ、ユーリエ。まだユーリエに見せたいものがたくさんあるし、檸檬だって君の帰りを待ってる。僕たちは、一緒に帰るんだ」


「なつき……」


 少しでも気持ちを伝えるために、真剣な表情で語りかける夏樹に、ユーリエは悲しげな声と顔を向ける。

 どれだけ必死に祈ろうと、どれほど真摯に願おうと、それで神様が助けてくれるわけじゃない。

 目の前の化け物を何とかしなければ、祈りも願いも届かないのだと、そう言われているように見える顔だった。

 夏樹だってもちろん、それは分かっている。

 それでも夏樹は、ユーリエと一緒に帰りたいと思ったのだ。


「……別に、無理に勝つ必要なんてない。二人で脱出する時間を稼げれば、化け物まで『扉』をくぐってしまわないように動きを止められれば、それでいいんだ」


 口でいうのは簡単だが、それを行うのは決して容易ではない。

 二倍近い体格差の相手を、丸腰で拘束できるビジョンなど、浮かぶわけもない。

 化け物が低く呻りながら、巨大なほうの腕を持ち上げ始める。

 もうこれ以上は待てないとばかりに顔をしかめて、ユーリエも夏樹を扉に押し込もうとする。


「ちょっ……ちょっと待ってよ、ユーリエ! 丸腰なのはユーリエも同じでしょう!? それに、この場を何とか逃れられたとしたって、ユーリエはウチの場所が分かるの!?」


「なつき! イネネイヘムレメ、リンリイメヘルヘメイ! エニエルレニメイヘなつきニネニレエツヘメ、ユへミヘヒテエミヘレメ、ネニユミンチメペインイニヘムレ!?」


 お互いに通じないと分かっている言葉に、それでも思いの丈を込めて投げかける。

 怪我をさせたくないから、共に戦いたい。

 無事に帰ってほしいから、逃げてほしい。

 ユーリエを説得できる言葉を持ち合わせていないことに歯噛みする夏樹に、ユーリエは微笑みかけて言った。


「……なつき、たいちょうぷ。ユへミテ……ユーリエ、たいちょうぷ」


「………………っ!!」


 夏樹とユーリエの、互いが互いを思う気持ちは、きっと伝わっている。

 そうでなければ、ユーリエの微笑みが、こんなに苦しそうであるはずがない。

 だからこそ、きっと言葉が通じていたって、互いに引かなかっただろう。

 けれど。

 だからこそ、相手の言葉を理解し、相手の言葉で説得しようとしたユーリエの一言に、夏樹はそれ以上何も言えなくなってしまう。

 ユーリエは、夏樹の言葉に耳を傾け、夏樹の言葉に……夏樹の心に、歩み寄ってくれた。

 では、夏樹は?

 異国の言葉だからといって理解を放棄し、ユーリエの言葉を知ろうとしなかった夏樹に、これ以上ユーリエの主張に抗弁する権利はあるだろうか?

 二の句が継げずにいる夏樹を見て、ユーリエは夏樹が折れたことを悟ったらしい。

 にっこりと笑って、夏樹を『扉』のほうに、トン、と押す。

 ただ触れただけのような、本当に軽い一押しだったけれど……夏樹にはもう、たったそれだけの力に抗うことさえできない。

 自らの情けなさとみっともなさを自覚しながら、それでも夏樹はすがるような思いでユーリエを見る。

 火傷の痕はほとんど治っているが、檸檬の貸した洋服はほとんど焼き払われ、焦げてほつれた下着が体の一部を覆うのみとなっている。

 こんなことしかできない己の無力を呪いながら、せめて羽織るものを残していこうと、夏樹は自分の着ていたパーカーを脱いだ。


「…………? なつき……?」


 ユーリエが怪訝そうな声を上げたのは、夏樹の行動が理解できなかったからだろう。

 自分の説得を聞き入れてくれたはずなのに、なぜ唐突に上着を脱いで、それを凝視したまま動かないのだろうか、と。


「……待った、ちょっと待った……! 服……服……? そう……そうだ、そういえば昨日も……!」


 夏樹が思い出していたのは、昨日の昼頃、初めてこの異空間に放り込まれ、初めて化け物と対峙した時のこと。

 ユーリエの持つスキルの存在を知らず、携帯電話すら持っていなかった当時の夏樹は、こう考えていたのだ。

 ズボンで化け物の足を(くく)って、シャツを口に詰め込んだら窒息させられるだろうか、と。


「そうだ……僕にだって、まだできることはある! 来いよ化け物……最後の一枚まで、僕は絶対に諦めない!!」


「なつき!? ネンヒネルヘムレメヒ、レチレネイレイヘリニムニルペレネ……リヒイ、ネニレイレミネリヒユイツヘイレメンレ!?」


「ユーリエ! この服の、こっち側を持って! まずはあの化け物の足を(すく)って、体勢を崩す!」


 僅かに見えた僅かな希望めがけて突っ走る夏樹は、先ほどの殊勝な心持ちも忘れてパーカーを構え、ユーリエに協力を仰ぐ。

 ジェスチャーを織り交ぜて自身の狙いを伝えようとする夏樹に、ユーリエは包み隠さず呆れきった視線を向ける。

 それでも、夏樹の身振り手振りが終わると脱力したように笑い、夏樹の差し出した服の袖を掴んだ。


「……ネンヒネル、ユへミニリユレミレミヘ。なつきテ、リウイウイレヘネンヘムネ」


「ありがと、ユーリエ! 見てろよ化け物……人間の底力を見せてやる!」


 のろのろと振り上げられた化け物の腕が、黒塗りの空に向かって真っ直ぐに突き上げられる。

 夏樹はユーリエの手を取り、ユーリエのスキルを借りる。

 2人は互いに微笑みを交わし、構えたパーカーを広げて駆け出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ