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そわか  作者: 空雲雛太
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第十二話『窮地』

 動き出したのは、互いにほぼ同時だった。

 紅い瞳の女の子は距離をとりつつ武器を操作し、ユーリエは距離を詰めながら異空間の扉を開く。

 ユーリエが武器の操作より異空間の入り口を開くことを優先したのはきっと、周辺に紅い瞳の女の子の攻撃による被害を生じさせないためだろう。

 けれど、あれでは女の子の攻撃をもろに食らってしまう上に、異空間の入り口(暫定的に『扉』と呼ぶことにする)がユーリエを中心に球形に展開する都合上、紅い瞳の女の子を異空間に引き込もうとすると同じ半径内にいる檸檬まで巻き込んでしまう。

 何の力も持たない夏樹と檸檬はユーリエの戦いの足枷にしかならないのだから、二人が『扉』の展開に巻き込まれることはユーリエの不利に直結する。

 しかし異空間からこちらに戻ってきたときにユーリエ一人だと、はぐれてしまった場合の合流が絶望的になってしまうため、例え足手まといだと分かっていても誰か一人は付いていかなくてはならない。

 そして、ユーリエ達の戦いに巻き込まれなかったとしても、あの異空間は危険な場所なのだ。


「檸檬、ごめんっ!!」


「…………っ!? なつっ……!」


 体当たりで檸檬を『扉』の範囲外へと吹っ飛ばし、続けざまにユーリエにタックルして、紅い瞳の女の子の攻撃から庇う。

 さして長くもない夏樹の髪の毛先がほんのり焦げた気がしたが、とりあえず女の子の炎に直撃することは避けられた。


「なつ……」


「ごめんユーリエ、色々言いたいこともあるだろうけど、とりあえず前! あの子はマジでヤバい!」


 驚くユーリエに、夏樹は指差しで前方への注意を促す。

 戦闘行動に慣れてきたのか、紅い瞳の女の子は前回のように不測の事態に慌てるようなことはせず、素早く武器の鍔に鍵を差し込んで捻り、次の攻撃の準備に移っている。

 ユーリエもそれに気づき、急いで立ち上がると、操作の手間も惜しんで武器を薙ぐ。

 紅い瞳の女の子はそれを武器の護拳ではじくと、直前の操作で外れた刀身を鍔に再装着して、炎を纏わせた武器でユーリエの追撃を受け止める。

 単純な力比べではやはりユーリエに分があるようで、紅い瞳の女の子は鍔迫り合いもそこそこに、ユーリエの武器を受け流す形に切り替える。

 力の流れを逸らされて体勢を崩したユーリエに、女の子の攻撃がもろに命中する。


「ユーリエ!!」


「………………っ!」


 鍔迫り合いで力負けしていたことから推察する限り、女の子は腕力自体は大したことはないのだろう。

 とはいえ、打ち付ける武器が物理ダメージよりも効果ダメージを狙う炎の剣であれば、そんなものはあってもなくても変わらない。

 なまじ威力そのものが低いために、ユーリエは攻撃された勢いで間合いから外れるようなこともなく、追撃を受けてしまう。

 後退して距離を取ろうとするユーリエだが、戦うための体の動かし方を知らないからか緊張で体が強張っているからか、足をもつれさせて転んでしまう。

 しかしそれで紅い瞳の女の子の攻撃を結果的に回避し、ユーリエはそのまま転がって何とか女の子の射程範囲外に出る。

 ようやく生じた僅かな隙を活用して、ユーリエも武器の鍔に鍵を差し込んで捻る。

 ユーリエにスキルを発動させまいと女の子が肉薄するが、ユーリエが武器の操作を完了するほうが一瞬だけ早い。

 そして、紅い瞳の女の子の攻撃を受け止めるだけなら、ユーリエはスキルが発動していなくても出来る。


「……チフチリヘイネイルピュウリニニルメニ、ミニメンミリヘイネユンミュルテネンネニユ……!」


「……ヘイメイミヘルヘメイ、ユヘミテミンネニヒレメリヒヘテエミレメン!」


 紅い瞳の女の子の攻撃を防いだ紫色の刀身が、一瞬のタイムラグを経て同色の淡い光を放ち始める。

 ユーリエは悔しげに呻く女の子を一喝して武器を払い、続けざまに一文字(いちもんじ)を閃かせる。

 ユーリエの武器が纏う淡い光は、それ自体が武器の一部として質量を持っているらしく、僅かに伸びた間合いはバックステップで回避しようとしていた女の子を捉えていた。

 不安定なところに一撃を叩き込まれた女の子は、体勢を崩してすっ転ぶ。

 前回同様、ユーリエには女の子を仕留めるつもりはないようで、女の子が倒れたところに追撃を加えるようなことはしなかった。


「リニ……っ! イヘイチュネイニユ、ペレヒレメ!!」


「ペ……っ!? チヒユリンニルミフリヘイニユプニテユレヘルヘメイ!」


「リンニルヘムレユリンニルヘムレヒユンヘネニネユムイニユ、リニリンニルヘムレ!」


 なぜかやたらと同じ単語を連呼しながら(会話が口論しているような口調なので、何らかの悪口だと思われる)、体勢を立て直した紅い瞳の女の子はユーリエから距離と取る。

 接近戦では敵わないと見て、遠距離から炎を撃ち込むつもりなのだろう。

 ユーリエも同じ結論を得たらしく、紅い瞳の女の子が鍵を武器の鍵穴に差し込むより早く距離を詰めて女の子に打ち込む。

 ぎりぎりのところでそれを回避した女の子が鍵を鍵穴に差し込むが、ユーリエも袈裟切り、横薙ぎ、振り下ろしと畳み掛けて、女の子からそれを捻る余裕を奪う。

 腕力に限らず、身体能力は全体的にユーリエのほうが高いようで、女の子が1の距離を空ける間にユーリエは2の距離を詰め、淡い光によって間合いの伸びた武器で女の子を捉える。

 『炎を操る』スキルを使用する隙を与えない、一方的なワンサイドゲーム。

 身体能力の高さも武器のスキルによるものなのか、ユーリエの戦術は普段ののんびりした印象からは想像できないような、小細工なしのパワフルなスタイルだった。

 日だまりの中で花の冠とかを作っているようなイメージだったのだが、意外と脳筋なのだろうか。


「なつき! イレ、ネニレミフメイネリヒユレンネエヘイレメンヘミヘレ!?」


「うわっ、怒られた!? 何でこんなところだけ以心伝心なの!?」


 女子の勘の鋭さに戦慄した夏樹は、直後に別の理由で恐怖を覚える。

 ユーリエが夏樹のほうに抗議の視線を向けた隙を突いて、紅い瞳の女の子が後退しながら武器を操作するのが見えたからだ。


「マズい……っ! ユーリエ、前!!」


「………………っ!」


 夏樹が警戒を促し、ユーリエが視線を戻した時には、紅い瞳の女の子は武器の操作を終えていた。

 武器を構え、放たれるであろう火炎に対して防御の姿勢を取るユーリエ。

 しかし、結論だけ言えば、その行動は何の役にも立たなかった。


「………………っ!?」


「なんっ……!? 何これ!?」


 風が吹いた。

 一陣の突風が吹き抜け、煽られたユーリエが宙を舞う。

 少し離れた場所にいた夏樹さえ、気を抜けば吹き飛ばされそうな強風の中、夏樹は腕で顔を覆いながらも紅い瞳の女の子に視線を向ける。


「今の風……まさか、あの子が……!?」


「リンニルペレニユミニテ、レテヘエイメメムヘイヒニヘイチュウミレネイニネ?」


「……ヒネイレムヒ、メツリレメイツヘイムチュネイヘムレ……!」


 武器を振り抜いた体勢の女の子は、風に転がされたユーリエが立ち上がる前に、再び鍔の鍵穴に鍵を差し込んで捻り、外れた刀身を再装着する。

 ふわりと刀身の周りに炎が踊り、紅い瞳の女の子の武器を振りぬく動作に合わせて、炎は地面に転がされているユーリエに襲い掛かる。

 一発目をからがら回避し、体勢を整えて二発目を防御したユーリエは、三発目を弾きながら紅い瞳の女の子目掛けて駆け出した。

 ユーリエの接近を受けて、紅い瞳の女の子が再び鍵を手に取る。

 女の子が武器の操作を終えると、刀身の周囲に逆巻き始めたのは炎ではなく、先ほど吹き抜けた突風だった。


「あの子が操れるのって、炎だけじゃなかったの……!? これラインナップ的に、絶対水とか電気とかも操れるやつだよね!?」


 風を纏った武器を構えて、女の子がユーリエに打ち込む。

 身体的なスペックでは紅い瞳の女の子を圧倒するユーリエは勿論難なくそれを防御するが、女の子の武器が纏う旋風に弾かれて、ガードを崩されてしまう。

 高い身体能力のおかげか、続けざまに打ち込まれる追撃も何とか凌ぐユーリエ。

 しかしユーリエが紅い瞳の女の子に押され始めたのは事実で、異空間内であっても、悪いときには悪いことが重なるものらしい。

 女の子の何度目かの打ち込みで、ユーリエは武器を弾き飛ばされて丸腰になってしまった。


「…………っ! ユヘミニプリネ……!」


「ミュウプエツヘユネ。ミメヒリ、ニチレンニニルヘイヘユヘミニリウネリユウレリツヘリム?」


「ヘレメ、ユヘミテメレペヘリツニチレンユムムメンミヘテエミレメンヘペ……!」


 武器を失って慌てるユーリエに、勝ち誇った様子で何か言いながら、女の子は武器を操作する。

 逆巻く風の中に炎が混じり、女の子の武器は、より凶悪なものへと変容する。


「マズい、武器を……!」


 ユーリエの遥か後方、結果として夏樹の近くに落ちたそれをユーリエに渡さなくてはと、夏樹は武器に駆け寄る。

 あとは拾い上げるだけという距離まで近づいたところで、夏樹はふと余計なことを思い出してしまった。


「……そういえばこの武器って、僕には(さわ)れなかったような……? あれ、じゃあ僕どうやってこれをユーリエに届ければいいんだ!?」


 触るのが駄目なら、いっそ蹴り飛ばしてユーリエのところまで運ぼうか。

 そう考えた夏樹だが、女の子の攻撃を紙一重で回避しているユーリエを見て、否と考え直す。


「あんなに切羽詰った場所に武器を蹴り込んだって、ユーリエのほうに武器を拾う隙がなかったら意味がないし……何より、今ユーリエの足元に武器なんか転がしたら、絶対邪魔になるよね……!?」


 うっかり足を引っ掛けたり、武器を踏んでバランスを崩してしまったら、その瞬間を確実に付け込まれる。

 かといってこのまま何もしなければ、女の子の武器にユーリエが捉えられるのも時間の問題だ。

 焦燥に駆られた夏樹は考えるのを止めて……最もありえない選択肢を選んでしまう。


「よし……掴んだらすぐに、あの女の子めがけてブン投げよう! うまく当たれば隙を作れるし、ユーリエにも確実に武器を渡せるはず……!」


 ……うっかりユーリエのほうに当てたらどうするんだとか、よしんば上手く女の子を狙えたとしても、投げた武器を明後日のほうに弾き飛ばされたら今度こそ打つ手がなくなるだろうとか、その辺りのことに考えが及ばなくなるほど、夏樹も追い込まれていた。

 しかし、結果としてそれらの思慮は必要なかった……というか、普通に拾っていれば、それだけで良かったのだ。


「うわっ!? 武器が……!?」


「………………っ!?」


 一か八かと、覚悟を決めて拾い上げた夏樹の手の中で、ユーリエの武器は砕け散り、光の欠片となって霧散する。

 直後にユーリエの手の中に再出現したのを見て、そういえば最初にユーリエから武器を借りようとしてああなったっけと、夏樹は今更思い出す。

 先ほど弾かれたはずの武器が手元に戻ってきて驚いた様子のユーリエだったが、即座に頭を切り替え、女の子の攻撃を避けながら武器を操作し、夏樹が触れて砕けたときに消えた淡い光を再度灯す。

 紅い瞳の女の子は忌々しそうに顔を歪めたが、続くセリフの口調からは余裕が感じられた。


「……ネレネレエネイヘルメムチュネイ。レメヒ、ネンヒミニプリユヘニヒツヘリ、リニレテユヒレメメネイニネメ、レツレテイネチユ?」


「……………………っ!!」


 夏樹からは、ユーリエの顔は見えないが、相手の武器が纏う風を何とかしない限り勝算はないのだから、少なくとも楽しそうなそれではないだろう。

 ……もう、無能力だからといって安全地帯に隠れている場合じゃない。

 夏樹は湧き上がる恐怖心を握りつぶし、ユーリエとともに戦う覚悟で拳を固めた。


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