第7話 愛をこめて、こし餡を
ギブアンドテイク。
いつか、大学の恩師が言っていた。ギブアンドテイクは一人の関係に成り立ってるものではない気がすると。
ギブばかりになる関係、テイクばかりになる関係。不思議とそれがバランスよく配置されて、私たちの人間関係は成っているんじゃないかって。
てまりさんへのお礼に、彩はとても困っている。
デパ地下のお菓子売り場。久々に足を踏み入れた百貨店のその場所は、こんなにも活気にあふれる場所だっただろうか。
色とりどりの華やかな菓子、紙袋をいくつも抱えた婦人たち、飛び交う「いらっしゃいませ」と「ありがとうございました」。
エネルギーだ。彩はそのエネルギーにめまいを感じる。
ショーケースに並ぶ、有名洋菓子店のマカロンは、まるでカラフルな宝石のように勝ち誇っている。彩はそれを眺めながら、もう泣きそうだった。
お菓子売り場へ降りてきて、すでに三十分。うろうろと心許なげに徘徊をして、途方に暮れている。
東京はなんでも揃う。だけど東京ならではって、逆になんだろう。山形のおいしいをたくさんくれた、てまりさんのように、東京の、私の身の回りのおいしいを返したかったのに。それならデパ地下は選択ミスかもしれない。けれど他に選択肢も浮かばず、キラキラしたお菓子の国で、彩はすっかり迷子だった。
「あんこ、お好きですか?」
ふいに、ぼうっと見ていた店先のお姉さんが声をかけてきた。お姉さんと言っていいのだろうか。紺色の大きなエプロンをかけた、恰幅のいい女性がまっすぐ彩を見て微笑んでいる。手には、小さなプラスチックのスプーンにあんこがちょこんとのっている。
「今催事中で、今週いっぱいなんですよ」
眼鏡をかけた彼女は続ける。帽子からはみ出す髪は短い。きっとショートカットなのだろう。
もらったあんこを口へ入れる。あんこの甘さはどうしてこんなにも上品なのだろう。
「無添加なんです」
おしつけがましさはなく、その人は落ち着いた声であんこを語る。臨時でかまえたであろう店先に、羊羹やらどら焼きやらが並ぶ。瓶詰のこし餡もあった。
「おいしい……」
その言葉はこぼれるように出てくる。
「ありがとうございます」
「あの、プレゼントを探しているんです」
これだ。彩はもう迷っていなかった。
「あら、じゃぁこちらはどうですか」
お姉さんはボックスを指さす。
「こし餡の瓶と羊羹のセットで……」
お姉さんは朗らかに説明してくれる。
「こし餡は、どんな風に食べるのがおすすめですか?」
「そうですねぇ、やっぱりトーストにバターと……うちの子たち、これが大好物で」
お姉さんの笑顔の向こうに、明るい食卓が見える。家族で囲む食卓の上。
こんがり焼けた食パンのトーストに、溶けていくバターのコクと塩味、その上にこの上品なこし餡。目の前に、口の中に、広がるこの光景は、絶対に間違いがない。
「このボックス、三つお願いします。一個は配送できますか?」
てまりさんにひとつ、今度会うにたまごさんにひとつ、そして自分自身にひとつ。ううん、彩だけこんなおいしいもの、きっと子どもたちが黙っていないね。自宅用だけ大きめの瓶のほうにしよう。
この両手にあふれるギブを、少しずつ、返していきたい。
あの人に、あなたに、君に。




