第5話 スコーンとクロテッドクリームの朝
夢は容赦ない。
細切れの睡眠。必ず毎晩、朝までに少なくとも二回は彩は目を覚ます。三時間眠れれば良い方だった。
子どもたちが産まれたばかりの頃も、朝まで眠ることを許されなかったけど、赤子の泣き声に無理やり叩き起こされる幸福と苦労とは、まるで違う。
何かがじっとりと染み込んでいるような、そんな静寂の中、すっと目が開いてしまう。時計の文字盤だけが浮かび上がって、じっとそれを見つめる。そんな夜。
その夜の合間に、幾度となく夢が挟まれる。夢の内容を、最近はあまり鮮明には思い出せない。けれど、忘却に取り残されるように落っこちた断片だけを拾うと、それはとても後味の悪い嫌な夢だった。手や、体に、夢で追従した感触だけが蘇る。夢の中の彩はいつも逃げ、逃げられなくなると反抗し、とてつもない暴力で、まるで遂に復讐を成し遂げるように。夢は夢であってほしい。
今日は土曜日。人は眠ることができないと、起きることもできなくなる。
二階からはすでに騒がしい声と足音。あぁ、また喧嘩をしている。もう眠るわけではないけれど、一階の寝室で我が家の土曜の朝の音を、彩はそのままベッドの上で聞いていた。
バタバタバタバタと大きな音が階段をくだってくる。
「ママ!スコーン!!」
終わらない夜の静寂を破るのは、産まれた頃から君たちの定めなのかな。
スコーンはまず温める。決して焦がさないよう、彩は子どもたちにトースターを見張るよう言いつける。
その間に夫は冷蔵庫から、クロテッドクリームといちごジャムを取り出す。
彩はお湯を沸かす。
待ちきれない子どもたちは、トースターの前でドタドタと跳ねながら、あぁ、また喧嘩。
ほどなくして、食卓にならぶスコーンとクロテッドクリームとジャム。
沸いたお湯を注いで、紅茶も添える。お気に入りのイングリッシュブレックファーストで。
熱いスコーンを手で割る。子どもたちの分も割ってあげる。そこにクロテッドクリームをたっぷり塗って、いちごジャムを乗せる。ここで注意、クリームはケチってはいけない。たっぷり乗せることがコツ。
本当はデパ地下で買いたいのだけど、今日は近所のちょっぴりお値段のはるスーパーのクロテッドクリーム。それで十分。
口の中で滑らかなクリームと、いちごジャムの爽やかな甘味と酸味。そこにボロボロとスコーンが崩れて混ざり合っていく。温かな紅茶で口を時折整えながら。
こんなアフタヌーンティーを思いついた、英国貴族たちのなんと心豊かなこと。
あぁ、ほら、食べてる間くらいは喧嘩をしないで。スコーンがぽろぽろこぼれているでしょう。
今日もいい天気。
食べ終わったら、今日はどこへ行こうか。




