第3話 おまけの生麩田楽
カフェを後にすると、人通りが増えていた。
「次は下鴨神社へ行こう。タクシー呼ぶから待ってて」
少し日差しも出てきた。夫は配車アプリをぽちぽちしている。
「あ」
彩は思わず声を漏らす。
「え?」
夫は振り返る。彩の視線の先には「生麩」の文字。
「食べたいの?」
彩は慌てて首を振る。チーズケーキでもうお腹は苦しいと言う。
「チーズケーキは結局俺が半分食べたじゃん。生麩田楽食べよう。一口サイズだからいけるでしょ」
彩の返答を待たずに夫は店先のお姉さんに声をかける。
「白味噌でいいよね。白味噌ふたつで」
断っておくが、夫は決して強引な男でない。元気な妻を一歩後ろで見守るタイプだ。そう、二人は長年そういう関係であったはず。
ハタハタと、店先の紫ののぼりが風に揺れる。白字で抜かれた「生麩」の文字。その小さな店で、小柄な女性が一人「そちらでお待ちくださーい」と、店の脇の、申し訳程度に置かれた椅子を指した。そこに二人腰掛け、まるで紙芝居でも見ているかのように、観光客が右へ左へ移動していく様を眺めていた。
ほどなくして出てきた生麩田楽は、一口サイズでちょこんと舟に乗っている。上にのった白味噌の上に、白と黒の胡麻がぱらっと振りかけられている。
温められた生麩はほんのり甘く、もっちりとしていた。そこに味噌の味がいいアクセントだ。甘いものを食べた後の味噌味はたまらない。
お腹は苦しいというより、食べてしまったという謎の脅迫に怯えていたが、小さな生麩は一口で口に入ってしまった。
「……今日は吐くなよ」
夫は横目で笑いながら、そう言った。
下鴨神社は美しかった。
境内に広がる糺の森。
見上げれば空一面に広がる新緑。楓だ。きっと秋には美しく赤くなることだろう。想像するだけで、美しい光景に胸が締め付けられる。
ざりざりと、二人の足音が響く。足を止めてみると、風が鳴らす、葉の囁き。何を語っているのだろうか。
「次は子どもたちと来よう」
夫もまた緑を見上げて言う。それは約束ではなく、覚悟に聞こえた。
「次はちゃんと計画も立てて、ご飯ももっとおいしいもの食べて、色々行こう」
そうだ、京都にはおいしいものがたくさんあったはず。
湯豆腐、おばんざい、京ゆば、九条ネギ、わらび餅。大学の時、友人と二人京都女旅をした。その時、鴨川の川床で食べたご飯も風情だった。それから、それから。
今から色々食べて歩こう、と言えないことが歯痒い。
また来る。
今度はたくさんたくさん、食べるから。




