第2話 お抹茶とチーズケーキ
「次の休み、京都行かない?」
その誘いはあまりに唐突だった。
「おふくろが子どもたち水族館連れて行ってくれるって言うからさ、俺たちは日帰りで京都でも行かないか」
「ここへ行こう。悪縁切って良縁結びに。たまには神頼みだっていいだろ」
夫はいつからこんな饒舌だったろうか。
「そんな体力ないよ」
「大丈夫。新幹線は寝ていけばいいし、移動もすぐタクシー乗ろう。あんまりあちこち行かないで、のんびり回って帰ってこようよ」
というわけで、やってきた京都。最後に来たのはもう15年前だったか。京都の駅へ降り立っても、街並みが変わったのかどうかも彩にはわからない。噂に違わぬ混雑に、既に頭がくらつく。そんな私の手を引いて、夫はさっさとタクシーへ乗り込んだ。
どの角を曲がっても、車道へはみ出た観光客の合間を、タクシーは器用にぬっていく。15分ほどしたところで、タクシーは目的地へ着いた。
随分早く出たからか、既に参拝の列はできてはいたものの、テーマパークほどではない。私はほっと胸を撫で下ろす。
御手水で手を洗い、二人はそっと参拝の列に加わる。空は曇っていてよかった。初夏の風が爽やかだ。
さて困ったのは、何を願おうか。
スカスカになった心では、願い事もうまく言葉を結んでくれない。何の縁を切って、どの縁を結べばいいのか。
隣の夫は真剣な顔で、何を祈ったのだろう。
のんびり参拝を終えると午前十時を過ぎた。神社を出て祇園の街をふらふらと歩く。同じ国でありながら流石祇園。それとも旅の高揚感か。見知らぬ土地感は、少しだけ彩の体力不足を助けようとしてくれた。
「休憩しようか」
夫は小さなカフェを指差す。
町屋のカフェとでも呼べばいいだろうか。通された席は中庭に面した小さな席だった。中庭の木々の緑が美しい。早起きして、歩いた足はすでに萎えている。座ると同時に足の裏がじんわりとした。
「抹茶セットがある……」
はらりとめくったメニュー。お好きなケーキに抹茶セットでプラス八百円。
「いいじゃん、頼みなよ」
「ケーキ食べきれない」
「チーズケーキならいけるんじゃない?あ、抹茶チーズケーキあるじゃん。これでいい?」
「抹茶に抹茶……」
「普段ないんだから堪能しよう」
そう言って夫は抹茶チーズケーキの抹茶セットと、自分にわらび餅とコーヒーのセットを注文した。
抹茶の香りがする。たてたばかりなのだろうか、少し泡立つ濃い抹茶色。緑とはまた違う、深い深い色。
彩はそうっと口をつける。お作法はよくわからないし、そもそもここはカフェだし、無礼講で。
抹茶の苦味。コーヒーの苦さと違って、抹茶の苦さは沁みるように喉を伝う。温かな抹茶が喉から胸に伝うのを感じた。
一緒にやってきた、これまた深緑のチーズケーキ。抹茶と抹茶だけど、ねっとりとしたチーズの深い味と酸味と甘味がくどくない。元々チーズケーキは彩の好みだった。フォークでちょっとずつ切っては口へ運ぶ。
口の中に、いくつもの味が広がっては、すする抹茶が風情で包んでいく。
ふと、庭を見る。葉に透けた緑の日差しがふりそそぐ。まだ昼には早すぎる店内は人もまばらで、切り取ったような静かな時間が流れている。
こんな空間がそばにあったなら、私はきっと元気のままでいれただろうに。
そしてもう一度、抹茶をすする。




