第10話 お母さんの豚汁
トントンと、規則正しく刻む音。
大根を包丁で切る、大きな背中。
冬でも裸足のその人。
私の、お母さん。
「彩ったらまた痩せたんじゃない?」
出迎えるなり母はそう言った。
しかし返事を聞くより先に、はしゃぐ孫たちに母は喜びを隠せない。
「今日はばぁばのご飯よぉ!楽しみでしょう」
子どもたちはキャッキャと階段を駆け上る。階段の隅に、埃が落ちている。
「すぐご飯にするから、手を洗ってらっしゃい」
母も軽い足取りであがっていく。彩は玄関の鍵を閉め、子どもたちが脱ぎ散らかしたスニーカーを直し、ゆっくり上がっていく。
変わらない、生家。
出張で夕飯の準備が大変でしょうと、金曜くらいは夕飯食べに来なさいよと、先週母が電話をしてきた。仕事をしながらでは、これまでも何度も育児は母に助けてもらってきた。だからか、その誘いは当然断られることのない、素晴らしい提案のように決められた。
「豚汁とね。ハンバーグも作ったわよ。ばぁばのハンバーグ好きでしょう」
二階へあがると既に子どもたちは食卓につき、箸の取り合いを始めている。彩は慌てて台所へ行き、子ども用茶碗に米をよそう。
「あらいいのよ、早く席について」
仕方なしに、よそった茶碗だけを持って彩は席へついた。
実家のテーブルは大きい。孫たちが遊びに来るからと、三年前に買ったダイニングテーブルは母のお気に入りだった。花の刺繍があしらわれたテーブルクロスの上に、さらにビニールのクロスを敷いている。
慌てるように「いただきますっ」を唱え、運ばれてきたハンバーグに子どもたちは喜び、口へ運ぶ。
母は席に座ることなく、次から次へと食卓に食材を運ぶ。その顔は自信に満ちていた。
「ママは忙しいから、こんなにたくさんの夕飯はなかなかないでしょう」
駅ビルで買ったであろうポテトサラダを、母は白い器に盛り付けてテーブルへ置く。
「彩、豚汁なら飲める?」
「ううん、今はまだ。あとでもらうから。自分でよそいに行くからいいよ」
「あ、今日のハンバーグ美味しいでしょう?スーパーじゃなくて、お肉屋さんのひき肉だからね」
口の周りにソースをたっぷりつけてハンバーグを頬張る子どもたちに、母は大満足だ。
「ばぁばのハンバーグは美味しいよね?」
「うん!おいしい!ファミレスのよりばぁばのハンバーグの方がおいしい!」
母の心は、無邪気な言葉に満たされていく。
「ママもハンバーグ作る?」
「うん!ママのハンバーグも大好き!」
「あら、そうなの?」
母の手はまだ休むことなく、豚汁をよそったお椀を彩の前に置く。
「ほら、豚汁なら飲めるでしょう」
大根、人参、牛蒡、蒟蒻、豚肉。具は多ければ多いほど、味噌に溶け込む味は複雑に深くなるはず。黒いお椀から白い湯気が、ゆらゆらと揺れている。
母もまた昔は働いていて、朝五時に豚汁を作っていた。
昔と変わらない、あの台所。
「デザートはシャインマスカットがあるからね」
賑やかに食卓を囲み、母と子どもたちは幸せそうだった。
楽しい時は、刻まれていく。
お母さん。
私ね、お母さんのご飯が食べられないの。




