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流星のリビオン  作者: 髙橋彼方
檻の中の天才たち
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檻の中の天才たち2

 恐怖で冷え切っていたリュカの胸に、初めて小さな「火」が灯った瞬間だった。

 だが、現実はすぐに彼らを地獄へと引き戻す。

 配膳の時間。ブースが大鍋から乱暴に掬い上げたスープが、列に並んだライムの皿へと注がれる。そのドロリとした赤い液体の表面には、先ほどパロメが鍋に吐き捨てたガムが醜く浮かんでいた。

「食費分、たっぷり働けよ!」

 下卑た笑いを向ける大人を、ライムは殺意すら滲む鋭い眼光で睨みつけた。

 だが、言葉は発しない。自分の皿に入った悪意をスプーンで音もなく弾き飛ばすと、泥水を一気に喉へと流し込んだ。

 生き残るために、屈辱すらも栄養に変える。その異様な執念を、リュカは震えながら目に焼き付けた。

 食後。彼らが向かったのは、腐りかけた木造の「旧校舎」だった。

「時間がない。リュカ、こっちだ」

 部屋に着くや否や、バッカスが重いバールで床板を強引にこじ開けた。

 暗い穴の底を覗き込んだリュカは、息を呑む。

 そこには、ホバーボードを違法改造し、三人乗りに拡張された『そり』が二台、静かに眠っていた。

「特製『ホバースレイ』だ。軍のスクラップから三ヶ月かけて組み上げた」

 バッカスが誇らしげに笑うが、リュカの目は瞬時にエンジンの欠陥を捉えていた。

「……これ、インジェクションが未完成。高圧ポンプがない」

 その一言に、全員が驚愕して目を見開く。

「一目で気づいたか!? さすがA+判定……伊達じゃないな」

 デイヴが息を吐く。バッカスは不敵に笑い、穴の奥から重いバッグを引きずり出した。

「ポンプは明日、工場から調達する。……そして、これだ」

 中には、大量のダイナマイトが鈍く光っていた。

「明日の夜十一時、停電と同時に作戦を開始する。このゴミ溜めを地獄に変えて、俺たちはここを出る!」

——ピンポンパンポン。

 その時、無機質なチャイムが空気を切り裂いた。

『ライム。至急、懲罰室へ来い。……さっきの反抗的な態度、少し粛清が必要だね』

 スピーカーから響くパロメの冷酷な声。

 一瞬で部屋の空気が凍りついた。デイヴたちが反射的に拳を握る。

「……お前らは、計画の準備を進めておけ」

 ライムは顔色一つ変えず、薄暗い廊下の奥へと歩み去っていった。

——バンッ!

 扉が閉まる。残されたデイヴはギリッと奥歯を噛み締め、血の滲むような声で吐き捨てた。

「……クソッ。アイツらがデカい面できるのも、今のうちだぜ」

 数時間後。

 旧校舎の床に、額から血を流し、白目を剥いたライムが乱暴に放り込まれた。

「身寄りのないゴミの分際で、口答えするからさ」

 血に染まった警棒を拭きながら、パロメが鼻で笑って去っていく。

「ライム……!」

 駆け寄り、涙を浮かべて覗き込むリュカ。

 すると、意識が朦朧とする中で、ライムの血まみれの指先がリュカの手を力強く握りしめた。

「……ホバースレイは……無事か……?」

「うん。バッカスが隠し通したよ」

「……そうか」

 ライムの口角が、微かに上がる。

「なら、予定通り……明日、決行だ。……リュカ、お前に運転を託す……」

 夕日に赤く染まる旧校舎。

 傷だらけの少年少女たちは、折れそうな体を支え合いながら、静かに反逆の牙を研ぎ澄ます。

 明日の夜、この孤児院は業火と轟音に包まれる。

 その夜。静まり返った旧校舎の暗闇で、リュカは寝る間も惜しんでライムの傍に寄り添っていた。

 貴重な配給の水をボロ布に浸し、腫れ上がった額の傷口をそっと拭う。

「……お兄ちゃんも、いつもこうして傷だらけだったから。手当の仕方は知ってるよ」

 リュカの呟きに、薄く目を開けたライムが微かに反応した。

 冷たい床の上、自分のために涙を堪え、献身的に尽くす小さな手。ライムはそこに、打算のない純粋な「家族」の姿を見た。

「……ヘッ。お節介な……新入りだ……」

 ライムは弱々しく笑い、リュカの手をギュッと握り返した。

「……信じてやるよ、リュカ。お前はただの足手まといじゃない。俺たちの、最高の仲間だ……」

 暗闇の中で交わされた、確かな魂の契約。

 二人の間に、何ものにも代えがたい強固な信頼が生まれた瞬間だった。

[翌朝]

 しかし、非情な現実は待ってくれない。

 焼け焦げるような日差しの中、食堂の配膳台に立ったブースがニヤニヤと笑いながら声を張り上げた。

「三年生ども! 明日の軍事工場への移送を祝して、特別に『パン』が支給されたぞ! 感謝して食え!」

 その言葉を聞いた瞬間、デイヴ、バッカス、テリー、マイカの顔からスッと血の気が引いた。

 孤児院におけるパンの配給は、実質的な「死の宣告」。明日から一生を奴隷として終える者たちへの、手切れ金だ。

 配られたパンを見つめるデイヴの手が、小刻みに震えている。

(タイムリミットだ。……今日の夜やらなきゃ、俺たちは終わりだ)

 三年生たちが絶望と焦燥に駆られる中、一年生のリュカもまた別の地獄を味わっていた。

「新入り! 今日は里親への『売り出し』だ!」

 巨大なガラス張りのショーケース。

 首に値札をつけられたリュカは、品定めをする大人たちのねっとりとした視線に晒されていた。

「16000ギーツでどうだ?」

 シルクハットを被った遊郭の主人、ポールがリュカの値札を見て小切手を切る。

「お買い上げ、ありがとうございます!」

 ブースが揉み手で偽造身分証を渡すと、ショーケースに入ってきたポールは、リュカの頬を舐め回すように撫でた。

「いやっ!」

 リュカがたまらず両手で突き飛ばす。ポールは顔色を変え、躊躇なくリュカの頭を拳で殴りつけた。

——バンッ!

「痛ッ……!」

 床に蹲るリュカを冷酷に見下ろし、ポールは吐き捨てる。

「商品じゃなかったら顔を潰してるところだ。……じゃあな、また明日迎えに来る」

 痛む頭を押さえながら、リュカは去っていく男の背中を鋭く睨みつけた。

(もし明日、あいつに買われたら……私は一生パイロットになれない。お兄ちゃんとの夢が、終わる……)

 絶対に、今日ここから抜け出さなければならない。別々の場所で、少年少女たちの覚悟が限界まで高まっていく。

[同日・午後]

 作戦決行まで数時間。脱出のラストピースである『高圧ポンプ』を手に入れるため、三年生組は灼熱の軍事工場へと駆り出されていた。

「チャンスは資材搬入の時、一度きりだ」

 巨大なコンテナが並ぶ搬入エリア。バッカスとテリーは積み上げられた重機パーツの山から、一瞬の隙を突いてエンジンの核心部へと目を凝らした。

(あった……! 昨夜リュカが言っていた、あの青いラインが入った超高圧型……!)

「今だ!」

 合図と共に、デイヴが手製の煙幕弾を遠くのジャンク山へ放り投げた。

——プシュゥゥゥッ!

「な、なんだ!? 火災か!?」

 警備員たちが狼狽え、一斉に視線を逸らす。

 そのコンマ数秒の死角。バッカスは音もなくコンテナの隙間に滑り込み、重いボルトを瞬時に外すと、まだ熱を帯びたポンプを自らの作業着の中に隠し持った。

「……確保した」

 誰一人として怪しまれることなく、彼らは地獄から「未来」を盗み出した。

[決行:午後十一時]

 月明かりすらない、旧校舎の床下。ホバースレイに組み込まれた高圧ポンプが、静かに、だが力強く脈動を始めた。

『十秒前……』

 対EMPコーティングを施した骨伝導イヤホンから、マイカの研ぎ澄まされた声が響く。

「……ゼロ!」

——カチッ。

 仕掛けていた電磁パルス爆弾(EMP)が炸裂した瞬間、青白い閃光が夜の闇を割った。孤児院の全機能が沈黙し、完全な静寂と暗闇が訪れる。

 同時に、システムが完全にダウンしたことで、本棟の各フロアや、磁力で固定されていた『保管庫』の旧式電子ロックが鈍い音を立てて一斉に解除された。

「今だ! 行けッ!!」

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