檻の中の天才たち3
ライムの号令と共に、暗闇の中で少年少女たちがそれぞれの役割へと散開する。
「みんな、起きて! こっちよ! 正門に向かって走って!」
「急げ急げ! 正門から外へ逃げるんだ!」
徒歩部隊のマイカとテリーが、本棟の各部屋のドアを開け放ちながら廊下を駆け抜け、パニックに陥る孤児たちを素早く正門ルートへと先導していく。
同時に、床下から二台のホバースレイが咆哮を上げて飛び出した。
「アイツらは銃を持ってる。俺とバッカスはホバーで保管庫に突っ込んで、正門のキーを頂いてくるぜ!」
一台目の操縦桿を握るデイヴが叫び、荷台のバッカスと共に闇の中へ猛スピードで駆けていく。
「俺たちの仕事は、ブースたちの足止めと施設爆破だ。派手に暴れて、大人どもの目を完全にこっちへ向けさせるぞ!」
「……了解ッ!」
傷だらけのライムを荷台に乗せ、二台目の操縦桿を握るリュカが限界までスロットルを押し込んだ。機体が旧校舎の中から闇夜へと飛び出す。
——ボッガァァァァァァァンッ!
第一の爆発。ライムが投げたダイナマイトが、職員室の壁を跡形もなく吹き飛ばす。
「なっ、なんだ!? ガキ共が逃げるぞ!!」
粉塵の中から這い出してきたパロメが絶叫する。
「チッ、ホバーを隠し持っていただと!? 舐めやがって!」
ブースが腰のホルスターから拳銃を抜き、宙を舞うリュカたちの機体に狙いを定めた。
「クソガキが……死ねぇ!」
——バンッ!
銃弾がホバースレイの装甲を掠め、火花が散る。
「きゃあっ!」
リュカが咄嗟に操縦桿を切り、機体をスライドさせて二発目を躱す。
「チッ……撃ってきやがった」
その直後だった。
——ガコンッ!
重厚な金属音が響き、孤児院を囲む巨大な正門のゲートがゆっくりと開かれ始めた。
「正門のキー、確保したぜ!」
「道は開いた! みんな、早く出ろ!」
保管庫から鍵を奪取したデイヴとバッカスがホバーでゲートを開き、そこにマイカとテリーに先導された子供たちが合流し、一斉に夜の荒野へと逃げ出していく。
「なっ……正門が開いただと!? 待て、逃がすな!!」
パロメが慌てて振り返るが、もう遅い。
「よそ見してんじゃねぇ!」
ライムが叫び、ホバースレイの荷台に立ち上がった。その右手に握られていたのは、導火線に火の点いた『最後のダイナマイト』だ。
「パロメ! ブース!」
ライムのドス黒い声が、夜風に乗って大人たちの耳に届く。
「お前らを、地獄へ『出荷』してやるよ!」
ライムが力一杯投げつけたダイナマイトが、美しい放物線を描き、パロメの足元へ転がった。
「ひっ……! 院長、危ねぇッ!」
ブースはいち早く這いずり逃げるが、パロメは恐怖で一歩も動けなかった。
——ドガァァァァァァァァァンッ!!
凄まじい爆発。パロメは爆風に飲み込まれ、さらにへし折れた時計塔が、彼女を真上から完全に押し潰した。
「ぎゃあぁぁぁぁッ!?」
吹き飛んだ瓦礫がブースを襲い、彼の右足を無惨に粉砕する。
激痛にのたうち回るブースは、爆風に消えたパロメの最期と、正門から一斉に自由へ向かって逃げ去っていく孤児たちの影を、血走った目で見つめていた。
(あのクソガキ共……俺の足を……! 絶対に、絶対に生かしておかねぇ……!)
「やった……やったぞ!!」
「最高だぜ!!」
無事に子供たちを逃がし終え、ゲート前で合流したデイヴのホバーに、マイカとテリーも飛び乗って涙ぐみながら咆哮を上げる。
燃え盛る孤児院を背に、二台のホバースレイは荒野を連れ立って駆けていく。
夜空を見上げるリュカの瞳には、美しい満月が映っていた。
(お兄ちゃん、お母さん。……私、生きるよ)
リュカの横で、包帯姿のライムがふっと笑う。
「行くぞ、お前ら。俺たちの居場所は、俺たちで作るんだ」
「「「「「おおおおおッ!!」」」」」
少年少女たちの雄叫びが、夜空に響き渡った——。
だが、真の地獄はそこからだった。
自由の代償は、飢えと渇き、そして軍や賞金稼ぎからの果てしない逃亡生活。
彼らは荒野の廃墟を転々とし、スクラップを漁りながら生き延びた。
逃亡の果て。彼らが辿り着いたのは、かつて激戦が繰り広げられた荒野の墓標——リュカの兄、リュウジが最期を迎えた場所だった。
そこには、半壊し、朽ち果てようとしているリュウジの愛機『リビオン』の残骸が眠っていた。
「お兄ちゃん……」
ひしゃげたコックピットに身を乗り出したリュカは、血に染まった銀色の『ドッグタグ』を見つけ、震える手でそれを強く握りしめた。
もう、二度と大切なものを奪わせはしない。
その日から、天才肌の孤児たちによる執念の修復作業が始まった。
荒野のスクラップや、襲撃してきた盗賊の機体からパーツを剥ぎ取り、サイズの合わない装甲を無理やり溶接していく。
美しい軍用機だったリビオンは、生きるために形振り構わずパーツを継ぎ接ぎされた、異形の『ツギハギの機体』へと生まれ変わっていった。
そして仕上げに、彼らはあり合わせの塗料で装甲を塗り潰した。
選んだ色は、兄の遺志と、自分たちがこれから切り開く未来への情熱を象徴する、鮮烈な『赤』と『白』。
やがて、なんとか日々の生活が安定してきた頃。ライムたちは自分たちのチーム名を決めた。
「薔薇の花言葉である『情熱』と、この世に調和をもたらす円を描く龍『ウロボロス』。二つを合わせて……『ドラゴンローズ』だ」
「……ドラゴンローズ」
リュカは兄のドッグタグを強く握りしめ、深く頷いた。
悲しみも弱さも、すべてを情熱に変えて生き抜く。彼女は機体の肩口に、スプレーでチームのエンブレムを描き入れた。円環を描く竜と、気高く咲く赤い薔薇を。
弱い自分たちを隠すためではなく、理不尽な世界を強く生き抜くための証。
赤と白の竜の薔薇は、こうして荒野に産声を上げた。
それから、リュカたちは生きるために荒野の違法レースへと身を投じた。
圧倒的な操縦技術とメカニックの腕で賞金を稼ぎ、リビオンの修理とアップデートを繰り返す過酷な日々。気づけば、六年の時が流れていた。
防空壕を改装した薄暗い秘密基地。
その中央に、継ぎ接ぎだらけではあるが、ようやくデッド・ワイズ・サーキットに挑める状態まで整えられた赤と白の機体が鎮座していた。
「ようやく……だな!」
ライムとバッカスがオイルに塗れた顔を見合わせ、嬉しそうに機体を仰ぎ見る。
「やっと、ここまで来た……」
リュカもまた、感無量の面持ちでリビオンの装甲をそっと撫でた。
「完成祝いに、みんなで記念写真撮らない? タイマーの配線はもう繋いであるから!」
マイカが基地の奥からチェキカメラを持ってきた。受け取ったテリーが手際よく三脚に固定してタイマーをセットし、二人は急いでデイヴの隣に駆け込む。
リュカたちは肩を組み、カメラに向かって満面の笑みを向けた。
「はい、チーズ!」
——カシャ!
フラッシュが焚かれたその瞬間。
ふと腕に違和感を覚え、リュカは視線を落とした。幼い頃からずっと手首に巻かれていた、古びたミサンガがプツリと切れていた。
「あ……」
ライムたちが、切れたミサンガを感慨深く見つめる。
「願いが、叶ったから切れたんだな……」
リュカの脳裏に、遠い日の記憶が蘇る。
——元々、リビオンは戦闘兵器ではなく、空中を駆けるレース用の機体だった。だが戦争が始まると、その機動性を買われて軍用機へ転用された。
リュカの父は地区代表に選ばれるほどの実力者だったが、世界大会への切符を懸けたレース中の衝突事故で、夢半ばで命を落とした。
その父に憧れ、母と妹を養うために軍のパイロットになった兄・リュウジ。彼は出撃前、幼いリュカの腕にこのミサンガを結んでくれたのだ。
『リュカ! 俺は軍の中で一番のパイロットになって、戦争を終わらせてみせる!』
『じゃあ私、リビオンのレーサーになる!』
『ははっ、じゃあ、必ず一番のレーサーになってくれよ』
——お兄ちゃん。私、ついに直したよ。
切れたミサンガをそっとポケットにしまい、リュカは力強く顔を上げた。
その横で、デイヴがにっと笑う。
「俺らは、まだまだ強いチームになるぜ! 新たな目標は『デッド・ワイズ・サーキット』優勝でどうだ?」
その名前に、一同の顔が引き攣った。それは裏社会で最も危険と恐れられる、死のレースだったからだ。
「本気で言ってる……?」
「本気も本気さ! あのレースで優勝したら、違法ではあるが、この界隈で俺らが一番ってことになる」
「一番か……」
リュカはもう一度、赤と白のリビオンを見上げた。
お兄ちゃんとの約束。そして、お父さんが叶えられなかった夢。
「やろう」
リュカの真っ直ぐな言葉に、全員が目を見開く。
「一番になりたい! この、大好きなリビオンで!」
その揺るぎない覚悟に、ライムたちは顔を見合わせ、やがて呆れたようにため息を吐いた。
「……しょうがねぇ、やるか!」
ライムの言葉に、リュカとデイヴが満面の笑みを浮かべる。
「それじゃあ、早速飛行テストだ! 絶対に一番になるぞ!」
デイヴの掛け声に合わせ、少年少女たちは一斉に夜空へ向かって拳を突き上げた。
「「「「「オォォォォォォッ!!」」」」」
——そして、再び現在。
煌びやかなレストランの照明と、上品なグラスの音が、リュカの意識を現実へと引き戻す。
ポケットの中の切れたミサンガと、胸元のドッグタグ。
孤児院の地獄を、そして荒野の六年を共に生き抜いた「家族」たちの顔が脳裏に浮かぶ。
「ここの全員を連れていけないなら、私は行かない」
過去の過酷な記憶から抜け出し、何よりも強い『一番への執念』を宿した瞳で、リュカは目の前に立つ防衛軍のシュライを真っ直ぐに見据えていた。




