デッド・ワイズ・サーキット END
[翌日]
強い日差しが照りつける、砂埃が舞う灼熱の砂漠。
そんな僻地に建てられた、コロッセオを思わせる巨大な鉄骨造りの会場は、違法レースに群がる観客たちの熱気と怒号で沸き立っていた。
視線の先には、スタートラインに並ぶいかつい機体の数々。だが、その中に「前回の優勝候補」の姿が見当たらず、客席は荒れていた。
「どうなってんだ!」
「こっちは大金を賭けてんだぞ! 返金しろ!」
荒ぶる観客をなだめるように、男性アナウンサーのハイテンションな声がスピーカーから鳴り響く。
『で、では出場選手の紹介を行いまぁーす! エントリーナンバー一番! レブス選手!』
ジェットエンジンを搭載したホバーバイクに跨る髭面の男が、観客に景気よく手を振る。
『エントリーナンバー九番! リュカ選手!』
歓声とヤジが入り混じる中、リュカはコックピットの中で古びたウォークマンのイヤホンを耳に押し込み、音漏れするほどの爆音でロックを聴いていた。
『Mötley Crüe - Kickstart My Heart』
ひび割れた液晶に流れる歌詞を見つめながら、小刻みにヘッドバンギングをして極限の緊張を解していく。
そんな彼女のツギハギだらけのリビオンを、観客席の最上段から深く帽子を被った男——アロハシャツにサングラス姿に変装したシュライが、静かに見下ろしていた。
(リュウジさんの妹……一体どんな走りを見せるんだ)
『おい! シャリダンが来て無ぇじゃんか!』
『逃げたのかよ!』
なおも収まらない観客の怒声。
そんな中、ライムがシャリダン陣営のピットに目を向けると、そこは不気味なほどに静まり返っていた。
「アイツら……一体、何を企んでやがる?」
——バァァァン!
突如、場外から一発の花火が打ち上がった。
観客が上空を見上げた瞬間、太陽光を弾き返す「黄金の機体」が轟音と共に降下してきた。
リュカのリビオンより一回り大きく、滑らかな菱形の装甲に覆われたその姿に、会場全体が息を呑む。
「嘘だろ……あれは、RE-33かよ」
ライムが驚愕の声を漏らした。今年開発されたばかりの最新鋭機で、地球防衛軍から一機だけ盗まれたとニュースになっていた代物だ。
観客席のシュライは、その金ピカの装甲を見て心底軽蔑したように吐き捨てた。
「全く、クソみたいな趣味してるな」
シュライはデバイスで隠し撮りし、司令官宛てに『探していた機体は悪趣味な姿で見つかりました』とメールを送信する。
『エントリーナンバー十一番! この大会の前チャンピオン、シャリダァァァン!』
「「「「「「ウオォォォォォォッ!」」」」」」
アナウンサーの絶叫と共に、会場のボルテージは最高潮に達した。
『リュカ。きっとスタートと同時にヤツは何か仕掛けてくる。気をつけろ』
イヤホン越しに聞こえるデイヴの警告に、リュカはコントロールパネルの緑色のボタンに指を添える。
「了解。スタートと同時に発動させる」
巨大なホログラムモニターに、無慈悲な赤い数字が浮かび上がる。
『5、4、3、2、1……』
『スタァァァァトォォォッ!』
合図と同時に、リュカの親指が緑のボタンを押し込んだ。
瞬間、シャリダンの黄金のリビオンが装甲を展開し、四方八方へと強烈な電磁パルス爆弾を放った。
——ヴィィィィィィンッ!
「なっ——!?」
パルスをまともに喰らった後方の選手たちの機体が、次々と火花を散らしてショートし、砂漠に墜落していく。
スタートのわずか数秒で、半数以上の機体が脱落した。
「雑魚が……! このレースに卑怯もクソも無ぇ! 勝ったヤツが正義だ!」
シャリダンが下劣な笑い声を上げる。
しかし、リュカをはじめ、開始と同時に対EMPコーティングを施したレーザーバリアを展開していた数名の選手だけがその凶悪なパルスを凌ぎ切り、爆炎を突き抜けて一斉に加速した。
「よくも初っ端からやりやがったな! 死ねぇ!」
ホバーバイクを変形させたレブスが、両サイドからガトリング砲を乱射する。
装甲車に乗るバリムも機関銃から火を噴かせた。
——ドドドドドドドッ!
——バババババババッ!
だが、シャリダンの黄金のリビオンは背中の装甲をスライドさせ、紫色のエネルギーシールドを発生させる。重機関銃の弾幕が雨のように降り注いでも、傷ひとつ付かない。
「その程度のオモチャで、最新鋭機に勝てると思うなよ!」
シャリダンの肩パーツが開き、無数のミサイルが顔を出した。
(来る……!)
リュカは直感で操縦桿を限界まで引き、機体を上空へとカチ上げた。
同じタイミングで、巨大ドローンを操るパイルという男も上空へ逃げる。
「ショータイムだぜ、吹っ飛べぇ!」
——シュアァァァァァァッ!
白煙を引いて放たれた追尾ミサイル群が、地上にいたレブスとバリムの機体を容赦なく飲み込んだ。
——ドガァァァァアン!
激しい爆風で二機が粉々に吹き飛び、砂漠に巨大なクレーターを穿つ。
生き残ったのは、リュカ、パイル、そしてシャリダンの三名のみ。
リュカは背後から迫る複数のミサイルに対し、機体を八の字に旋回させてロックを振り切りながら、赤いボタンを叩いた。
「フレア発射!」
後部からバラ撒かれた熱源にミサイルが釣られ、次々と空中で花火のように誤爆していく。
横目でパイルの動きを見ると、ドローンの不規則な機動で同じようにミサイルを躱していた。
「やはり、デイヴの弟子は簡単には潰せないか。……だが、それもいつまで持つかな?」
シャリダンが両腕のレーザーガンをリュカに向け、凶悪な赤紫の光線を連射する。
——ガガガガガガガガァァ!
リュカは巧みに操縦桿を捌き、バレルロールを繰り返して光線の雨をスレスレで回避する。
だが、避けながら強烈な違和感に気づいた。
(なんで……私しか狙わないの?)
視線を右へ振ると、並走していたはずのパイルのドローンが、その銃口をリュカの機体に向けていた。
さらに思い返す。パイルの先ほどのミサイル回避……あれは、ミサイルの軌道を『事前に知っていた』としか思えない無駄のない動きだった。
「アイツら……組んでやがる!」
通信を聞いていたライムが舌打ちする。
『チーミングか!』
『なんて野郎だ……でも証拠が無い!』
バッカスが悔しげにモニターを叩く。
——ガガガガガガガガァァ!
——ドドドドドドドォォ!
シャリダンのレーザーと、パイルのマシンガン。二方向からの十字砲火に、リュカのツギハギの装甲が削られていく。
「チッ……どっちかを早く落とさないと!」
リュカは操縦桿を押し込み、機体を地面スレスレまで急降下させた。
「スモーク弾、発射!」
腹部から射出された円柱状の弾頭が地面に激突し、真っ黒で高濃度の特殊煙幕が砂漠を覆い尽くした。
「クソッ! あの煙、温度感知センサーを阻害してやがる!」
シャリダンが舌打ちし、隠し回線でパイルに通信を飛ばす。
「煙の中にいる! お前も一緒に撃ちまくれ!」
『バカ言うな! これ以上露骨にやったらチーミングがバレる。約束通りアンタが優勝して俺が金をもらう、それだけだ!』
パイルが攻撃を停止し、ゴール方向へ離脱を図ろうとしたその時。
黒煙の中心で息を潜めていたリュカの耳に、ライムの冷静な声が響いた。
『十秒後。北西、四十五度ってところだ』
「……了解」
リュカはパネルの奥にある、切り札のスイッチに手を伸ばした。
リビオンの腹部から二本の四角柱がせり出し、その間に青白い雷光がバチバチと収束していく。
(三、二、一……)
「食らえッ! 『雷撃拡散波』!!」
——バシュュュウゥゥゥン!
轟音と共に放たれた青白い雷が、扇状に拡散しながら煙を吹き飛ばし、シャリダンとパイルの機体を捉えた。
「な、何だと!?」
直撃を受けたパイルのドローンは完全に制御を失い、錐揉み回転しながら砂漠へと墜落。
シャリダンのRE-33も一瞬システムが落ちるが、最新鋭の予備電源が即座に起動し、なんとか持ちこたえた。
「危ねぇ……!」
その隙を見逃すリュカではない。
煙を突き破り、シャリダンの横を一瞬で抜き去る。
「ブースター、全解放ッ!」
リビオンの噴射口から青白いプラズマの炎が噴き出し、機体が弾かれたように加速する。
——ギギギィィィ……。
限界を超えた加速に、ツギハギの装甲が悲鳴を上げた。
(耐えて……!)
「ライム! 鉱山まであと何キロ!?」
『あと三キロだ! 入り口手前五百メートルで合図する!』
背後から、怒り狂ったシャリダンが迫り来る。
「絶対にブッ殺してやるッ!」
——ガガガガガガガガァァ!
乱射されるレーザーが、リュカの左肩の装甲を吹き飛ばした。火花が散る。
ブースターを全開にしても、なお縮まっていく距離。圧倒的な基本スペックの差。
(このまま直線じゃ……逃げ切れない!)
『五百メートルだ!』
ライムの怒声。前方には、切り立った岩肌にぽっかりと開いた、旧鉱山の入り口が見える。
リュカは黄色のボタンを叩き込んだ。
リビオンの背部装甲が開き、特殊な球体が後方へ打ち出される。
——パアァァァンッ!
球体が破裂し、太陽を直視したような強烈な閃光が炸裂した。
「ぐあぁッ!?」
視界を奪われたシャリダンが顔を覆う。
その一瞬。リュカは全身の筋力を使い、重い操縦桿を力任せに右へと叩き切った。
「曲がれェッ!!」
関節が悲鳴を上げ、機体が真横に滑りながら直角にターンする。
「もうすぐ鉱山に入る! あとで必ず会おう!」
『ああ! ゴールで待ってるぞ!』
視力が戻ったシャリダンの目に映ったのは、鉱山の入り口へと吸い込まれていくリュカの姿だった。
「あのガキ! 鉱山でショートカットするつもりか! させねぇ!!」
シャリダンも急旋回し、真っ暗な坑道へと突入していく。
——ブチッ。
分厚い岩盤に遮られ、ライムたちとの通信が完全に途絶えた。
電球の僅かな光だけが頼りの、閉鎖的な空間。
少しでもラインを誤れば、岩肌に激突して即死する悪路。
そこを二機のリビオンが、常軌を逸したスピードで駆け抜けていく。
「こんな狭いところで、逃げ切れると思うなよ!」
シャリダンがミサイルのロックオンを完了させた。
『DANGER』
リュカのコックピットに死の警告音が鳴り響く。
(こんな所でミサイル!? アイツ、マジで正気じゃない!)
リュカは残された最後のフレアを射出する。
——ボッガァァァァァァァンッ!
ミサイルはフレアに釣られて岩盤に激突したが、その衝撃で鉱山の天井が崩落を始めた。
雨のように降り注ぐ巨大な瓦礫を、リュカは紙一重の操縦で躱しながら奥へと突き進む。
「絶対に、ここで殺してやる!」
再びシャリダンのロックオンアラートが鳴る。だが、もうリュカにフレアは残っていない。
(閃光発熱弾はあと一発だけ残ってる。……もうすぐ鍾乳洞エリアだ。ヤツを倒すなら、ここしかない!)
リュカは機体を極端な前傾姿勢にし、背中の射出口を崩れかけた天井に向けた。
二機が広大な鍾乳洞へと飛び込んだ瞬間。
「くたばりやがれぇ!!」
「絶対に死ぬもんかァ!!」
シャリダンがミサイルのボタンを押し、リュカが閃光発熱弾のボタンを叩いた。
——パアァァァ!
射出された閃光発熱弾が、天井に群生する巨大な鍾乳石のど真ん中で炸裂し、超高熱を放つ。
シャリダンのミサイルの熱感知センサーがそれに釣られ、上空の鍾乳石群へと真っ直ぐに向かっていった。
——ボッガァァァァァァァンッ!
大爆発。
根元を吹き飛ばされた無数の鋭利な鍾乳石が、槍の雨となって降り注ぐ。
リュカは最小限の動きで落下する岩を躱していくが、大型のRE-33を操るシャリダンは避けきれない。
「なっ……!?」
岩の直撃を受け、黄金の装甲がベコベコにへこんでいく。
さらにリュカは、頭上の無傷の「特大の鍾乳石」にレーザーガンの照準を合わせた。
「チェックメイトだ」
一撃。レーザーが岩の根元を正確に撃ち抜く。
——ドスゥゥゥゥゥン!
数トンの質量を持った鍾乳石が、姿勢を崩したシャリダンの機体目掛けて真上から落下した。
回避不能。
「うわぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
断末魔と共に、黄金のリビオンは押し潰され、底なしの奈落へと墜落していった。
リュカは迫り来る岩壁スレスレで機体を立て直す。
前方に、一条の光が見えた。
「出口……!」
ブースターを吹かし、崩落する鉱山から弾き出されるように飛び出す。
その直後、凄まじい轟音と共に、背後の鉱山は完全に崩れ落ちた。
「「「「「「リュカ! リュカ! リュカ! リュカ!」」」」」」
巨大モニターに映し出された、砂煙の中から生還するツギハギのリビオン。
その奇跡のような光景に、会場は地鳴りのような大歓声に包まれていた。
リュカは安堵のため息を吐き、悲鳴を上げているエンジンをゆっくりと減速させる。
視線の先、白黒のチェッカーフラッグが引かれたゴール地点には、腕を大きく振り上げるライムたちの姿があった。
ゴールラインを越え、ゆっくりと着陸する。
ハッチを開けて飛び降りると、猛スピードで駆け寄ってきたラビがリュカの胸に飛び込んできた。
液晶画面には満面の笑みが映し出された。リュカはそれをギュッと抱きしめる。
「おめでとうリュカ!」
「マジで最高にクールだったぜ!」
「鉱山が完全に崩壊してたぞ! もう少し遅かったらヤバかったな!」
ライム、デイヴ、マイカ、テリー、バッカスが次々と駆け寄り、リュカを囲むように肩を叩く。
『優勝はぁぁぁ! ドラゴンローズの、リュカァァァ!!』
アナウンサーの絶叫が、再び会場のボルテージを跳ね上げる。
「「「「「「リュカ! リュカ! リュカ!」」」」」」
巻き起こる自分のコール。
リュカは溢れそうになる涙を必死に堪え、観客席に向かって力強く手を振った。
(やったよ。……お兄ちゃん)
その泥だらけの小さな背中を観客席の最上段から、シュライが静かに、だが確かな賞賛の眼差しで見つめていた。
「こりゃあ……とんでもないバケモノが現れたな」
シュライは口角を上げると、帽子を目深に被り直し、喧騒の会場を後にした。




