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流星のリビオン  作者: 髙橋彼方
デッド・ワイズ・サーキット
1/5

デッド・ワイズ・サーキット1

◆第一章:デッド・ワイズ・サーキット

 地下都市の空気は、いつも金属とカビが混じったような、重苦しい味がする。

 薄暗いコンクリートの倉庫。窓ひとつないその部屋を、寿命の近そうな蛍光灯がチカチカと頼りなく照らしていた。

 赤色の作業着に身を包んだリュカは、目の前に鎮座する巨大な「塊」をじっと見つめていた。ビニールシートに覆われていても、その無骨な輪郭は隠しようがない。

 かつて、人類が二分される前の遺産。

 オゾン層が崩壊し、紫外線が大地を焼き、溶けた極地の氷が文明を飲み込んだ。豊かな者たちはバイオテクノロジーと共に宇宙へ逃げ、持たざる者たちはこの湿った地の底へ逃げ込んだ。そんな、「かつての戦争」を象徴する兵器。

 リュカは震える手を伸ばし、重いビニールを一気に引き剥がした。

——バサッ!

 現れたのは、鈍い銅色に輝く楕円形の胴体。継ぎ接ぎの鉄板と、所々に浮いた錆。両腕には威圧的なガトリング砲を備え、四基のジェット噴射器を足裏に隠した戦闘兵器——リビオンだ。

(本当に……勝てるのかな。お兄ちゃん……)

 リュカはズボンのポケットから、使い古されたリモコンを取り出した。赤いボタンを押し込むと、リビオンの防弾窓が「ウィーン」と低い駆動音を立てて開く。

 アームをよじ登り、狭いコックピットに潜り込む。座席に座ると、操縦桿にぶら下がったドッグタグが「チリン」と音を立てた。

 リュカはそっと目を閉じる。

 瞼の裏に浮かぶのは、六年前の「あの夜」の記憶だ。

[六年前]

 冷たい夜風が、幼いリュカの肺を焼いた。

 吐き出す息は白く、繋がれた母・メグの手だけが唯一の熱だった。

「どけぇ!」

「助けて、お願い!」

「畜生ッ!」

 廃墟と化した街は、阿鼻叫喚の地獄だった。

 リュカが空を見上げると、そこは赤黒い巨大なキャンバスだった。銀河連邦軍と地球防衛軍の飛行戦艦が、無数のレーザーの網の目を交差させている。

 撃墜された機体の破片が火球となって街へ降り注ぎ、あちこちで新たな火災を生み出していた。

 その混沌の空を、一筋の『光』が駆け抜けた。

「お兄ちゃん……!」

 白銀のリビオン。

 前方の味方機をごぼう抜きにし、単騎で敵艦隊へ突っ込んでいくその姿を、防衛軍の者たちは敬意を込めて『流星』と呼んだ。

 コックピットの中で、戦闘用ヘルメットを被った兄・リュウジはアーム型の操縦桿を限界まで倒し込む。全方位から襲い来る紫色のレーザー群を、機体をバレルロールさせながら紙一重で回避していく。

『今日こそ流星を撃ち落とせ! 奴へ一斉射撃だ!』

 敵陣の先頭、漆黒のリビオンが号令を下す。

 無数の追尾ミサイルが白煙を引いて、一斉にリュウジへと殺到した。

 機内に『DANGER』の赤いアラートが明滅し、警告音が鳴り響く。しかし、リュウジの指は冷静に操縦桿の赤いボタンを弾いた。

「フレア発射!」

 機体後部から撒き散らされた熱源が、夜空に眩い光の華を咲かせる。ミサイルが次々と誘爆し、夜空をオレンジ色に染め上げた。

 その爆炎の煙を突き破り、白銀の機体が急降下する。

「次はこっちの番だ」

 トリガーが引かれる。

 レーザーガンの蒼い光線が、悲鳴を上げる敵のリビオン隊を次々と貫き、夜空に爆発の連鎖を描いた。

「流星め……!」

 部下を失い、さらに自身の右肩とジェットパックを蒼いレーザーで撃ち抜かれた漆黒の隊長は、死の絶望の中で最悪の暴挙に出た。

 黒煙を吹きながら姿勢を崩した機体が、あろうことか銃口を地上の逃げ惑う難民たちに向けたのだ。

 その照準の先には、必死に走るメグとリュカの姿があった。

「ならば、一人でも多く道連れにしてやるッ!」

 漆黒の腹部から顔を出したのは、熱耐性加工が施された旧型ミサイル『BK-9』。最新のレーザーガンでは撃ち落とすことのできない代物だ。

 リュウジは躊躇なく操縦桿のハッチを開き、ブースターを全開にした。

(母ちゃん、リュカ……どうか、ご無事で!)

 自らの機体を盾にするように、白銀の流星は発射されたミサイルへと真っ直ぐに激突した。

——ドガァァァァァァァァァン!

 鼓膜を破る轟音と、視界を白く染める閃光。

「いやぁぁぁぁぁぁあ!」

 リュカの絶叫は、燃え盛る残骸の音にかき消された。

 街外れに墜落し、炎を上げる白銀の機体。その場でへたり込むリュカの頬を、メグが無理やり引っ張り上げた。

「立ちなさい!」

「でも、お兄ちゃんが……」

——パシンッ!

 メグの平手打ちが飛んだ。

「アンタまで、ここで死ぬつもり!? しっかりしなさい!」

 メグの頭の中も、我が子を失った絶望で狂いそうだった。だが、ここで立ち止まれば目の前の命まで失ってしまう。

 リュカは溢れる涙を乱暴に拭い、再び母と共に走り出した。

 逃げ込んだ地下通路は、地上の爆発のたびに激しく揺れた。

 パラパラと落ちてくる天井の砂塵が、この場所の限界を物語っている。

 非常用エレベーターを抜け、地下の貨物列車乗り場へと雪崩れ込む。しかし、極限状態の群衆に秩序などなかった。

「どけぇ!」

「邪魔だぁ!」

「きゃあっ!」

 パニックに陥った人波に揉まれ、突き飛ばされたリュカの足首を無数の靴が踏み躙る。

「リュカ!」

 メグは逆走して娘に覆い被さり、赤黒く腫れ上がった足首を見て顔を青ざめさせた。このままでは踏み殺される。

 メグは咄嗟にリュカを抱き抱え、生き延びるための一心で列車のハッチへと突進した。

 あと三メートル。あと少しでハッチに届く。

 その瞬間だった。

——ボッガァァァァァァァァンッ!

 真上の天井が地響きと共に崩落した。

 炎を纏った墜落戦艦の巨大な残骸が、地下改札へとなだれ込んでくる。

(もう、助からない……。でも、この子だけは!)

 メグの直感が死を悟った時、彼女の腕はリュカを高く持ち上げていた。

 貨物列車の開いたハッチに向かって、ありったけの力で娘を放り投げる。

(お母さん……)

 宙を舞うリュカの目に最後に映ったのは、炎を背にして涙を流しながら微笑む、母の姿だった。

(生き抜いて……)

 中にいた男をクッションにしてリュカが車内に転がり込んだのを目に焼き付け、メグは崩れ落ちる天井と炎に飲み込まれた。

——ガガガガガガガガァッ!

「いやぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 リュカの悲痛な絶叫を遮るようにハッチが閉まり、列車は発車する。

「このガキ! 早く退け!」

 下敷きになった男がリュカを乱暴に払いのけ、車両の奥へと消えていく。

 薄暗く、油臭い車内。

 リュカは冷たいハッチの前に倒れ込んだまま、誰にも届かない声を上げて只々啜り泣き続けた。

 ——それから、六年の月日が流れた。

[現在:デッド・ワイズ・サーキット前夜]

 無機質な白の蛍光灯が照らす、地球防衛軍の巨大な地下施設。

 軍服姿の男、シュライは、厳重なロックが施された司令室の扉の前で、手鏡を見ながら前髪を櫛で整えていた。

「司令官殿、こんな夜更けに呼び出して、俺に一体何の用で?」

 腕時計の針は、夜の十時を指していた。

——コンコンッ!

 ノックと共に重厚な扉がスライドして開く。

 部屋の奥のデスクには、軍服の胸に五つのバッジを輝かせる赤髪の女——この基地の最高司令官が、鋭い眼光を放って座っていた。

 シュライはピシッと姿勢を正し、敬礼する。

「シュライ特務大尉、只今参上しました!」

「そういう茶番はいい。早く入れ」

 司令官は冷たく言い放つと、シュライがデスクの前に立つや否や、一枚のホログラム写真を机の上に滑らせた。

 そこに映っていたのは、砂埃の舞う違法レース会場で、ツギハギだらけの旧型リビオンを鋭い眼差しで操る、ひとりの少女の姿だった。

「この娘に、見覚えはあるか?」

 シュライは写真の少女が着ている『ドラゴンローズ』のエンブレムを見て、すぐに違法レースのチームだと気づいた。

「司令官は違法レースがお趣味で? 貴女もなかなか隅に置けませんねぇ」

 シュライが軽口を叩いてニヤリと笑うが、司令官の表情はピクリとも動かなかった。

「ふざけるな。……軍の監視網が、クリシュラ渓谷のジャンク街で面白い『原石』を見つけてな。調べによると、かつて白銀の機体を駆った英雄——『流星』の妹らしい」

 その言葉に、シュライの顔からスッと笑みが消えた。

 ホログラムの写真を食い入るように見つめる。

(これが、あのリュウジさんが自慢げに話していた妹……)

「明日、あの界隈で最大規模のレース『デッド・ワイズ・サーキット』が行われるそうだ。観に行ってこい」

「観に行って、どうするんです?」

 シュライが目を細めると、司令官は冷徹な事実を告げるように言った。

「連れて来い。もう時間がない。……気候安定期突入まで、あと三ヶ月だ」

「——ッ!」

「銀河連邦軍との戦争が再開すれば、防衛軍の戦力はすぐに底をつく。血筋とはいえ、あんな旧型機で最前線を生き抜いている才能だ。使える駒はひとつでも多く手元に置いておきたい」

 シュライはギリッと奥歯を噛み締めた。

「司令官も勝手なことを言いなさる。彼女が『流星』の妹だと知っていたなら、なぜもっと早く、孤児院にいた頃に保護しなかったのですか? リュウジさんがどれだけ軍に貢献したか……」

「うるさい! 規則は規則だ。徴兵年齢に満たない孤児は保護の対象外、それが軍の決定だ」

 司令官は忌々しそうにため息を吐いた。

「だが、あの地獄のような環境から自力で這い上がり、生き残って価値を証明したなら話は別だ。どちらにしろ、今のまま違法レースの世界にいては、いずれ野垂れ死ぬだけだろう」

 正論で殴りつけてくる上官に対し、シュライは不服そうに写真を受け取ると、胸ポケットに乱暴に突っ込んだ。

「……承知しました。失礼します」

 軍の都合の良さに吐き気を覚えながらも、かつて自分の命を救ってくれた恩人の妹に会えるという事実に、シュライの胸中は複雑に渦巻いていた。

 その頃。

 明日に控えた死のレースに向けて、薄暗い地下のガレージでは、リュカがリビオンのコックピットの中で静かに息を吐いていた。

 リュカはコックピットの天井を眺める。そこには、解けたミサンガと、幼い時の『ドラゴンローズ』のメンバーが一緒にリビオンを背にしてニッコリ笑っている、色褪せた写真が貼られていた。

 リュカは写真を見ながら、自然と頬を緩める。

(皆んなと、何とかここまで来たんだ。明日だって何とかなる)

 リュカは操縦桿から、古びたドッグタグを外した。

 銀色のプレートに刻まれた『RYUJI』の名を指でなぞり、自身の首にかけてギュッと握りしめる。

「私なら出来る。……皆んなの為にも、絶対勝ってみせる!」

——プー! プー!

 耳に付けた無線からブザーが鳴り響いた。スイッチを押して応答すると、ライムの声が聴こえる。

『明日のレースの航路を確認する。ロビーに集まってくれ』

「了解。今から向かう」

 無線を切ると、リュカは覚悟を決めた顔でハッチを開け、リビオンを降りた。

 チカチカと照明が点滅する、薄暗い地下通路を進む。

 突き当りまで来ると、大きな四角い電子機器が取り付けられた鉄製の扉があった。センサーに手をかざす。

『認証完了』

 ガタガタと音を立てて扉が上に持ち上がった。

 目の前には機械や配線でごちゃごちゃとした広い部屋が現れ、ドラゴンローズのメンバーが各々作業を行なっていた。

 ライムが部屋の中央で、腕のデバイスから表示されているホログラム状の地図を確認し、リュカの方を見た。

「いよいよ明日だな」

「うん」

——ピビビッ!

 機械音が鳴り、リュカが視線を向けると、ピンク色でバスケットボールくらいの球体が胸を目掛けて飛んで来た。

 リュカが球体を抱きしめると、正方形の切れ目が回転して液晶画面が現れ、『(´・ω・`)』のような心配そうな顔が表示された。

「ラビ! 心配してくれたのか?」

——ププッ。

「私ならもう大丈夫」

 リュカはラビに微笑むと、そっと地面に下ろす。すると、横から細い四脚の足を出して、テクテクとバッカスに向かって歩いていった。

「では、明日の作戦会議を始める! 皆んなこっちへ集まってくれ!」

 他のメンバーは作業を止めて、ライムの側へ集まった。

 ライムは腕のデバイスに表示されている地図を摘むと、放り投げるような動作をした。

——ピコンッ!

 リュカたちの腕に付いたデバイスが反応し、地図と出場者が表示された。

「明日のレースは十一人の出場者で開催される。その中でも、優勝候補のシャリダンが鬼門になるだろう」

 リュカはデバイスに映る、人相の悪い葉巻を咥えた男——シャリダンをじっと見つめる。

「恐らく、機体もかなりの改造を施されている。あと……ヤツは前回デイヴに負けたことを根に持っている。何としてでも勝ちに来る筈だ」

 リュカがデイヴを見ると、彼は答えるように不敵な笑みを浮かべた。

「なぁに。リュカなら、あんなヤツ楽勝だろ。もしかして、ビビってたりする?」

「ビビってる訳無いだろ!」

「そうだよな! だってA+判定なんだから」

「チッ……」

 からかうデイヴに、リュカは舌打ちをしてデバイスに視線を戻す。

「マシンの馬力は間違いなく勝てないだろう。だから、明日は鉱山の近道を攻める」

 リュカは懐かしそうに、デバイスに映された鉱山の地形を見つめた。

「この道は険しく、並のレーサーなら自滅するのがオチだが、デイヴに散々練習させられたリュカなら問題ないだろう」

「もちろん」

 自信満々に答えるリュカに、一同は安心したように頷く。

「他に報告しておきたい事がある者はいるか?」

 すると、テリーとバッカス、そしてマイカが手を挙げた。テリーが譲るような動作をすると、バッカスは早口で喋り始めた。

「ブースターのメンテナンスと少し改良をしておいた。これで、リュカが気にしていた操作の僅かな遅延も無事に解決した。もう安心だぞ! 明日は絶対勝ってくれよな!」

 続いてテリーが話す。

「あと、新しいレーザーガンの調子はどうだった?」

「だいぶレスポンスが良くなったよ」

「そうか。なら良かった。バッテリーもデイヴが勝った金でかなり良質になったからな。装弾数が六十発に増えたから弾の心配は減ったが、過信して撃ちすぎるなよ」

 最後に、通信機材を調整していたマイカが顔を上げた。

「通信回線の予備も確認済み。鉱山に入るまでは、こっちで全部拾えるよ」

 リュカは三人を見回し、胸の奥が熱くなるのを感じた。

「三人とも本当にありがとう! 明日は任せてくれ。何たって世界最高のメカニックと武器整備士と通信士が支えてくれるんだ、負ける筈ない!」

 満面の笑みで答えるリュカの頼もしい姿に、三人は嬉しそうに微笑んだ。

「よし! ではこの後、飯を食ったら明日に備えて各々早めに休むように!」

「「「「「「オォォォォォォ!」」」」」」

 一同は天に向かって力強く拳を突き上げた。

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