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4.(5)

 香澄家を後にした音羽と瑠衣は、特に会話もないまま帰りの電車に乗っていた。夕方になり、少し混んできた電車内で瑠衣はひたすらスマホを触りながらイヤホンで音楽を聴いているようだった。

 音羽は次第に人が多くなっていく車内をぼんやりと眺めながら、理亜から聞いたことを頭の中で整理しながら自分がやるべきことを考える。しかし、そう簡単に良い案が浮かぶわけもない。

 音羽はため息を吐きながら窓の外へ視線を向けた。そして通り過ぎた駅の看板を見て「あ……」と声を上げる。


「瑠衣ちゃん、駅過ぎちゃったよ?」


 肩を叩いて声をかけると彼女は面倒くさそうに片眉を上げた。そしてイヤホンを片耳だけ取ると「なに?」と聞く。


「いや、駅。過ぎちゃってるって」


 音羽の言葉に瑠衣は窓の外を見てから怪訝そうに「まだだろ?」と音羽へ視線を戻した。


「なんだよ、音羽。お前、まさか方向音痴とか? 自分が降りる駅くらい覚えとけよ」

「いや、さすがにそれは覚えてるよ……?」


 どうも会話が噛み合わない。音羽は眉を寄せながら「もしかして」と首を傾げた。


「瑠衣ちゃん、帰らない気?」

「何言ってんの。帰ってんじゃん」

「どこに?」

「寮」


 何を言っているのだとばかりに瑠衣は呆れた表情でそう答えた。音羽は深くため息を吐く。


「あー、やっぱそうなんだ」

「安心しろよ。ちゃんとバレないように時間ずらして窓から入るから。あ、鍵開けとけよ?」


 瑠衣がニヤリと笑って言う。音羽は頷きながら「別に、そこを心配してるわけじゃないけど」と苦笑する。


「家にちゃんと連絡しときなよ?」


 しかし、瑠衣は返事をしないままイヤホンを着け直そうとした。その手を音羽は掴む。


「返事は?」


 返事の代わりに舌打ちが聞こえた。


「返事」

「あー、はいはい。わかったって。なんだよ、理亜みたいな言い方しやがって」


 少し怒ったように彼女は言ってスマホでメッセージを打ち始める。そんな彼女の様子を見ながら音羽は微笑んだ。


「似てた?」

「なんだ。やっぱ真似してたのかよ。つか、似てねえから」


 瑠衣が顔を上げて笑う。音羽も笑って「ほら、早くメッセージ打っちゃいなって」と瑠衣の頭をポンと撫でた。


 それから瑠衣は寮の門限が過ぎた頃に戻ると言うので駅で一度別れ、音羽だけ先に帰寮した。

 まだ外出している生徒が多いのか、寮の中は静かだった。

 廊下を自室に向かって歩いていると、ちょうど涼の部屋のドアが開くのが見えた。そこから出てきたのは手に大きなビニール袋を下げた涼だ。

 彼女は音羽に気づくと「あ、崎山さん。おかえりなさい」と微笑んだ。


「ただいま」

「けっこう遅くまで遊んでたんだね。楽しかった?」

「え……?」


 思わず音羽が聞き返すと、涼は不思議そうに首を傾げた。


「昔の友達と会ってきたんでしょ?」

「あ、ああ。うん」


 そういえば今朝、涼にはそう言って出てきたのだと思い出す。


「楽しかったよ」

「そう。よかった」

「えっと、下村さんは誰かの部屋に遊びに行くところ?」


 音羽は彼女が手に提げているビニール袋に視線を向けながら言った。その中には食料品やジュースのペットボトルが大量に詰め込まれている。

 涼は袋を軽く上げると「ちょっとお裾分けに」と恥ずかしそうに笑った。


「祖母から差し入れが届いたんだけどね、お菓子とかカップ麺とかいっぱい入ってて。あと、缶詰も。食事はちゃんと出るから大丈夫って言ってるんだけど、やっぱり送りたいみたいで」


 涼はそう言って笑うと両手で袋を開くようにして音羽に見せた。


「よかったら、どれかもらってくれない?」

「え、でも」

「まだ部屋にもたくさんあるんだ。だから遠慮しないで?」

「そうなんだ。じゃあ」


 音羽は言いながら袋の中からカップ麺を一つ取り出した。


「これ、もらうね」


 しかし涼は「一つだけじゃなくて、もっともらってよ」とさらにカップ麺とお菓子、ジュースのペットボトルを次々取り出しては音羽に押しつけるように手渡した。あやうく落としてしまいそうになりながら音羽はそれを受け取る。


「いや、ちょっと、こんなには――」

「いいからいいから」


 涼は笑って言いながら、ふと思い出したように「そういえば、ちょっと聞いてもいいかな」と笑みを消した。


「どうしたの?」

「あの、実はネットで見たんだけどね」

「うん。なに?」

「香澄美琴」

「……え?」

「もう少し何かわからないかと思って調べてたの。そうしたら中学生のとき、海外で一度だけコンクールに出てたみたいでね、そのときの写真が載ってた」

「そう、なんだ?」

「うん。それを見てね、似てるなって思ったんだ。宮守さんに」


 涼は真剣な表情を音羽に向けていた。その目がまっすぐに音羽を捉えている。


「似てるっていうか、そっくりだった。崎山さんもあの写真を見たから気にしてたの? 宮守さんと関係があるんじゃないかって」


 ドクドクと自分の心臓が鳴っているのがわかる。

 涼の瞳は揺るがない。その瞳は音羽に答えを求めていた。


「……ううん。ただ、そういう噂を聞いたことがあって」


 気づけば、音羽はそんな言葉を口にしていた。涼が眉を寄せる。


「噂?」

「うん。その子が理亜に似てるって。だから、どんな子なんだろうなって思っただけ。ただ、それだけだよ」


 微笑みながらそう続ける。それ以上の意味はない。そう涼に理解してもらわなければならない。


「ふうん。そうなんだ……」


 涼が頷いたとき、背中の方から涼の名を呼ぶ声が響いた。


「あ、ごめん! 今、行くから」


 涼は慌てた様子で返事をすると、音羽に「じゃあね。あ、それ食べてね」と言い残して友人の元へ向かっていく。その後ろ姿を、音羽は安堵しながら見送った。

 しかし、あの様子ではきっと涼は納得していない。放っておけばさらに香澄美琴について調べてしまうに違いない。


「――どうしよう」


 一人呟きながら両手に抱えた食料品へ視線を向ける。音羽は深くため息を吐いて自室へと戻った。

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