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3.(6)

 瑠衣は言われた意味がわからなかったのか、一瞬動きを止めた。そして眉を寄せる。


「なんだよ、それ。どういう意味?」


 理亜は彼女に視線を移すと「きっと、聞いたことを後悔すると思う」と静かな口調で言った。

 瑠衣はじっと理亜のことを見返し、そしてグッと顎を引いた。


「それでも知りたいよ。俺は、本当のことをちゃんと知りたい」


 そう言った瑠衣の強い視線が、ふいに音羽に向けられる。


「お前はどうなんだよ」

「え、わたしは――」


 音羽は理亜を見つめる。彼女はまっすぐに真剣な眼差しを音羽に向けていた。


「もちろん、知りたい。だってわたしはもう決めてるし。理亜のこと助けるって」

「だったら俺も理亜のこと助ける」


 強い、意志のある声だった。

 理亜は音羽から瑠衣へと視線を移すと「まったく」と苦笑交じりにため息を吐いた。


「瑠衣には教えるつもりなかったんだけどなぁ」


 そう言いながら彼女は立ち上がって本棚へ向かう。


「瑠衣さぁ、本当はここの住所知ってたんだろ」

「え、いや、俺はタクシーで」

「まあ、そうかもしれないけど。まさかバスを降りたわたしたちの後をタクシーで尾行もできないでしょ。そもそも時間差がけっこうあったし。そうタイミング良く音羽が外出する時間帯にお前が寮に行くってのもおかしい」


 理亜は振り返ると「だろ?」と笑みを浮かべた。


「……タブレットの記事から調べた」


 観念したように瑠衣はため息を吐き、俯きながら言った。


「タブレットってわたしの?」

「そう。音羽が見せてくれて。それで駅からタクシーでここまできたらちょうど二人がこの家に入っていくとこが見えて」

「ふうん。どうやって調べたの」


 理亜は何か探しているのか、腰を屈めて本棚から数冊書籍を取り出しては床に置いていく。


「家で、親が寝てる間にパソコン使って。俺のスマホ、制限かかってるから」

「ああ、それであの日から寮に来なくなったんだね」


 音羽は納得して頷く。瑠衣は上目づかいに音羽を見てきた。


「でもあの記事から住所なんて、そんな簡単に出てくるもんなの?」


 理亜の足元には本のタワーが出来上がりつつある。


「知らねえけど、SNSで調べてたら住所知ってる奴がいたから。香澄美琴の同級生だって奴」


 その言葉に理亜は動きを止めて振り向いた。そして心配そうに表情を歪める。


「瑠衣、お前くれぐれも個人情報さらしたりするなよ?」

「しないよ。俺はバカじゃない」

「どうだかねぇ」

「バカじゃない」

「はいはい」


 理亜は笑いながら「お、見つけた」と本棚から何かを取り出して戻ってきた。どうやら写真アルバムのようだ。彼女はそれをテーブルに置くと適当にページを開く。そこには日本ではない、どこか外国の街並みを背景にして写る家族の写真があった。


「これ、香澄家の写真ね。言わなくてもわかると思うけど、これが美琴。たぶん二年くらい前」


 言いながら理亜が指差したのは両親に挟まれて立つ、理亜にそっくりな少女だった。しかし、その表情はひどく無表情。

 カメラをただぼんやりと見ているだけの少女は、まるで人形のようだった。


「瑠衣、うちの家族写真ってスマホにある?」

「二年前のだったらあるけど」


 瑠衣はスマホを取り出してテーブルに置く。そこにはまだ中学の制服を着た理亜と、今よりも幼い顔立ちをした瑠衣。そして二人の両親が並んで写っていた。どうやら遊園地に行ったときに撮影したようだ。後ろには大きな観覧車が写っている。


「これ見てどう思う? 音羽」

「どうって……」

「わたしの顔、どう見ても宮守じゃなくない?」


 理亜はアルバムから写真を剥がして瑠衣のスマホの横に置く。それらを見比べてみると、たしかに瑠衣には両親の面影がある。しかし、理亜は両親のどちらとも似ていない。彼女の顔とよく似ているのは香澄家の両親。特に母親の方だった。


「……理亜、何が言いたいんだよ」


 瑠衣の声が固い。彼女はじっと香澄家の写真を見つめていた。理亜はそんな彼女に視線を向けながら「わかるでしょ」と言った。


「わかんねえよ」


 不安そうな表情で言う瑠衣に理亜は「つまりさ」と少し悲しそうな笑みを向ける。


「わたしは、あんたのお姉ちゃんじゃないってことだよ」


 瑠衣はゆっくりと顔をあげて理亜を見る。しかし何も言わず、不安そうな表情のまま再び写真に視線を向けた。


「……ね、音羽。わたしのタブレットって今持ってる?」

「あ、うん。持ってきてる」


 音羽は頷きながらタブレットを取り出して理亜に渡す。彼女はそれを受け取ると、懐かしそうに撫でた。


「これさ、中二のときに買ったんだ。中古でさ。親にバレないようにこっそり……。て、親じゃないか」


 理亜は笑った。まるで面白い冗談でも言ったかのように。

 静かな部屋には乾いた理亜の笑い声だけが響く。


「……下村さんが言ってたんだけど」


 音羽の声に理亜は首を傾げる。


「理亜は、中学三年生の頃から突然変わったんだって。別人みたいに変わったって」

「下村、ね」


 理亜は呟いてから嫌そうに眉を寄せた。


「あいつ、なんであの学校に来たんだろ。地元からけっこう離れてるし、全寮制だから誰も知ってる奴は行かないって思ってたのに」

「理亜は?」

「ん?」

「なんで、あの学校を選んだの?」

「わたしは――」


 彼女は少し考えるように沈黙し、タブレットの真っ暗な画面へ視線を向けた。


「誰も、わたしのことを知らないところへ行きたかったから」


 瑠衣がちらりと理亜を見たのがわかった。

 理亜はそっとタブレットを開いて画像を表示させる。それは一番最初に保存されていた、美琴の記事だった。


「わたしが美琴のことを初めて知ったのはこの記事だったんだ……」


 画像を見つめながら理亜は静かな口調で話し始めた。

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