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3.(5)

「よし」


 しばらくして、理亜は瑠衣の背中をポンと叩くと「とりあえず部屋に行こう」と言った。


「詳しい話はそこでするから。いいな? 瑠衣」

「うん」


 ズッと鼻を啜りながら瑠衣は理亜から離れた。そして音羽へ視線を向ける。その目に込められているのは怒りの感情。思わず音羽が彼から目を逸らしたとき、パシッと軽い音が響いた。


「いって……」


 瑠衣の声に視線を戻すと、彼は頭に手をやって理亜を見上げていた。


「音羽に怒るのは違うだろ」

「でもこいつ、ウソついてたんだぞ」

「違う。音羽はただ混乱してただけだって。わたしがいきなり現れて、何も説明しないまま別れちゃったから」

「ああ、たしかにこいつ頭の回転悪そうだもんな」


 再びパンッと音が響いた。瑠衣が「いってぇ……」と悲鳴を上げて頭を抱える。しかし、その表情は嬉しそうだ。

 理亜はため息を吐いてから「音羽、部屋に戻ろ」と階段へ向かう。その後ろを子犬のようについていく瑠衣の姿が可愛らしかった。


 部屋に戻った音羽と瑠衣はテーブルを囲むようにして座る。理亜も座りかけたが、思い出したように「あ、なんかジュース持ってくる」と出て行ってしまった。

 理亜が出て行った部屋には沈黙が広がる。壁に掛けられた時計の秒針が微かに音を立てているだけだ。なんとなく、気まずい雰囲気である。


「……あの、ごめんね」


 音羽が声をかけると瑠衣はチラリと音羽に視線を向けた。しかし、それだけだ。何も答えてはくれない。さらに気まずくなってしまった気がする。音羽は浅く息を吐き、俯きながら膝を抱えた。


「――悪かったよ、さっき」


 ふいに瑠衣の小さな声が聞こえて音羽は顔を上げる。


「お前の気持ちも考えずに、怒って悪かった」


 彼はそう言うと、頬を赤らめながらそっぽを向いてしまった。音羽は「お互い様だね」と微笑む。


「まあ、そういうことだな」


 彼は腕を組みながら音羽の顔を見てニッと笑った。


「なんで偉そうなの」


 言いながら音羽も笑う。なんとなく二人で笑い合っていると、部屋のドアが開いた。


「お? なんだ、仲直りしたわけ?」


 戻ってきた理亜は、ニヤニヤしながら手に持った三本のペットボトルをテーブルに置いていく。


「うるさいな。それよりもさっさと話せよ、理亜」

「んー」


 理亜はテーブルの前に座ってペットボトルの蓋を開ける。そしてジュースを飲みながら瑠衣へ視線を向けた。


「ここって、香澄美琴の家だよな?」

「瑠衣さぁ、なんで寮に行ってんの?」

「死んだのは香澄美琴なんだよな?」

「あそこは駆け込み寺じゃないんだし、音羽に迷惑かけるのはどうかなぁって思うんだけど」

「なんで理亜として死んだことになったの?」

「家、ちゃんと帰ってる? 父さんと母さんも心配してると思うよ?」

「……香澄美琴と理亜ってどういう関係なんだよ?」

「わたしが死んでさ、さらに瑠衣まで家に帰って来ないってなったら――」

「人の話聞けよ!」


 このかみ合わない会話がいつまで続くのかと思っていたが、ついに瑠衣が声を荒げた。理亜は楽しそうに声を上げて笑っている。


「理亜!」

「あー、悪い悪い」


 理亜は息を吐きながらそう言うと「で、なんだっけ?」と瑠衣に向かって言った。


「だから! 理亜と香澄美琴はどんな関係なんだって聞いてんだよ!」


 瑠衣は怒りの表情で理亜に怒鳴る。理亜はそんな彼を真面目な表情で見返しながら「瑠衣」と低い声で言った。


「な、なんだよ」

「その喋り方、いい加減どうにかしなよ。まあ、わたしが言うなって感じだろうけどさ」

「はあ?」


 また話をはぐらかされたと思ったのか、瑠衣は眉間に皺を寄せて理亜を睨んだ。


「その目つきもやめろって。せっかく可愛い顔してんのにもったいないでしょ。ちゃんとしてたら男子からモテるんだから。小学校の頃、けっこう人気あったって聞いたぞ?」

「……うるせえよ」


 さっきまでの威勢はどこへやら、瑠衣は照れたように頬を赤らめて俯いてしまう。その反応に音羽は思わず「え?」と声を上げた。


「ん、どうした? 音羽」

「どうしたって……。いや、だって今、瑠衣くんが男子からモテるって言った?」

「言ったけど?」


 理亜は不思議そうな表情を浮かべている。音羽は「いやいや」と動揺しながら瑠衣へと視線を向けた。


「だって、瑠衣くんって男の子でしょ?」

「……は?」

「なに言ってんだ、お前」


 理亜と瑠衣の声が同時に響いた。音羽は「え……?」と瑠衣を見つめる。


「音羽、ふざけるにも程があるぞ」


 理亜はため息を吐きながら言うと、瑠衣にガバッと抱きついた。


「こんなにちっさくて可愛い男がいてたまるか!」

「ちょ、やめろ! 理亜、苦しい!」


 瑠衣は苦しそうに表情を歪めながら理亜の腕の中でもがいている。


「えっと……。え?」

「いや、だから瑠衣は女の子だって言ってんの」

「え、ウソ。女の子? ほんとに?」


 とても信じられず、音羽は真剣に瑠衣の顔を見つめた。

 色白で、少し丸みを帯びた輪郭。目は大きくて長い睫毛。小さな鼻の下にあるぷっくりとした唇は綺麗なピンク色をしていた。

 たしかに少女らしい顔立ちではある。しかし、やはりどうしても信じられない。服装や髪型、立ち振る舞いが少年としか思えないのだ。


「音羽、ちょっと手出して」


 音羽が苦悩していると、瑠衣を抱き締めていた理亜が片手を伸ばして言った。


「え、なに」


 音羽は言われるがまま手を差し出す。すると理亜は「ほら」と音羽の手を掴んで瑠衣の胸に押し当てた。ふにゃりとした柔らかな感触が手の平に広がっていく。


「――胸がある」

「なっ! お前どこ触ってんだ!」


 噛みつかんばかりの勢いで瑠衣が怒鳴った。音羽はハッと我に返ると「ご、ごめん!」と慌てて手を引っ込める。


「でも、今のは理亜がやったんだからね」

「理亜! お前なぁ!」

「いや、なんか音羽が苦悩してたから手っ取り早く教えてあげようと思って」


 悪びれた様子もなく理亜は笑う。瑠衣は「あー、もう!」と大きく身体をよじって理亜の腕から抜け出した。


「いい加減にしろよ! 理亜」

「ごめんって。そんな怒るなよ。でも、ね? 瑠衣は女の子だったでしょ。音羽」

「うん。女の子だったね」


 音羽は瑠衣を見ながら頷く。理亜は「それにしても」と笑いを含んだ口調で言った。


「まさか瑠衣が男だと思っていながら同じ部屋で寝起きしてたの? 音羽ってば大胆」

「マジかよ」


 瑠衣が信じられないものを見たように目を丸くしている。音羽は「あー、いや、それは……」と視線を彷徨わせ、そして瑠衣を睨んだ。


「元はといえば、あなたが紛らわしいのが悪い」

「いや、なんで俺だよ。男だって言った覚えはないぞ?」

「だから、その恰好と言動が原因だろ。たぶん音羽、お前のこと小学生男子くらいに思ってたんじゃないか」


 理亜の言葉に音羽は深く頷いた。瑠衣は憮然とした表情で腕を組むと「言っとくけど、中三だからな」と低い声で言う。


「中三……」


 たしかに女子であるのならば、この体格で中学三年生でもおかしくはない。それにしても、と音羽は深く長いため息を吐いた。

 寝ぼけた瑠衣に抱きしめられてドキッとしてしまったあのときの自分が恥ずかしい。


「なんだよ」


 瑠衣が眉を寄せる。音羽は首を横に振って「瑠衣くんじゃなくて瑠衣ちゃん、ね。わかった」とため息交じりに言った。


「それは、どっちでもいいけど……」


 瑠衣はそう言うと思い出したように「んなことより!」と理亜へ視線を向けた。


「いい加減答えろよ!」

「ん、なんだっけ?」


 惚けて笑う理亜に瑠衣は脱力したように項垂れてしまった。


「もうやめろよ、そういうの。疲れるから」


 その言葉に理亜は苦笑して「双子だよ」と言った。瞬間、瑠衣はバッと顔を上げる。


「は?」

「だから、双子。わたしと香澄美琴。で、死んだのは美琴」

「……は? なに、どういうことだよ。だって理亜には俺の他に姉妹なんて」


 理亜は瑠衣から視線を逸らすとゆっくりとした動きでジュースを一口飲んだ。


「なあ、理亜?」

「聞いたら、きっと瑠衣は嫌な気分になると思うよ」


 静かな理亜の声。さっきまでのふざけた様子は消え、真面目な表情で理亜はテーブルに置いたペットボトルを見つめていた。


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