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4.(1)

 理亜が美琴のことを知ったのは小学四年生の頃。


「なあ! これ、宮守に似てない?」


 ある日、クラスメイトの男子が新聞の切り抜き記事を持って来てそう言ったのだ。

 昼休憩だっただろうか。教室で騒いでいたクラスメイトたちはその記事を覗き込んだ。もちろん、理亜自身も。

 それは県主催で開催されたピアノコンクールの記事。最優秀賞を取った少女が顔写真入りで紹介されていた。


「――香澄、美琴?」


 ピアノなど習ったこともない理亜は知らなかったが、どうやらそれは毎年開催されている大きなコンクールのようだった。

 記事の中では、可愛らしいドレスを着た少女が嬉しそうに微笑んでいる。少し大人びて見えるのは、きっと薄く化粧をしているせいだろう。

 クラスメイトたちはその記事と理亜の顔を見比べては「いや、似てないよ」と首を捻る。


「なんでだよ。よく見ろって。すっげ似てるってば」

「いやー、そうか?」

「似てないって」

「理亜ちゃんはどう思う?」


 当時、一番仲が良かった友達が首を傾げながら言った。理亜は記事を見つめて「んー、わかんない」と答える。


「全然似てないだろ? よく見ろよ。この子の方が可愛いじゃん!」

「そんなことないでしょ! 理亜ちゃんだって可愛いんだから」

「いやいや、でも宮守って眼鏡かけてんじゃん」

「眼鏡は関係ないでしょ」


 男子たちと理亜の友達が言い合いを始める。それはいつものことだった。

 子供の頃、ひどく人見知りだった理亜はクラスメイトとすら、うまく会話をすることができなかった。

 分厚いレンズの眼鏡。母がカットしたおかっぱ頭。母が買ってきた服を何の抵抗もなく着た姿は、まるで一昔前の子供のようだった。

 そんな理亜を男子たちはからかい、数少ない友達はそんな男子たちから理亜を守るべく口喧嘩をする。といっても本気の喧嘩ではなかったので、理亜はあえて止めるようなこともしなかった。

 そんなことよりも理亜の関心は記事に集中していた。口ではわからないと答えておきながら、実際は心がざわついていた。


 似ているのだ。

 眼鏡を外したときの自分の姿に。

 いや、似ているというよりも瓜二つ。


「――ねえ」


 理亜が声を出すと、言い合いをしていた男子と友達が振り返った。


「これ、もらってもいいかな?」


 記事を持ってきた男子に聞く。男子は不思議そうな表情を浮かべながら「別にいいけど」と頷いた。

 理亜は礼を言って机に置かれたそれを取ると、なくさないようノートに挟んでランドセルに入れた。

 そしてその日、帰宅した理亜はすぐにその記事を母親に見せたのだ。


「お母さん、見て! この子、わたしにそっくりなの!」


 それを伝えたいだけだった。

 母と楽しく会話をしたかっただけ。しかし、母の反応は理亜の予想とは違っていた。

 彼女は驚いたように記事を見ると、すぐにそれを握りつぶしてゴミ箱へ捨ててしまった。


「……お、お母さん?」

「全然似てないわよ。そんなことより夕飯の準備手伝ってくれる?」


 理亜のことを見もせずに、母は早口でそう言った。

 明らかに様子がおかしかった。

 しかし、どうしたのか聞いてもまともに答えてはくれない。挙げ句には、しつこいと怒られてしまう始末。

 そのことを父に伝えると、父の反応もまた母と似たようなものだった。


 そして、その日から理亜の家では新聞をとらなくなった。


 何かがおかしい。何か理由があるはずだ。両親の様子がおかしくなった理由が。きっとそれは、あの記事に載っていた子と関係があるはず。

 そう思った理亜は、あの少女、香澄美琴について調べ始めた。

 捨てられてしまった新聞記事は図書館でコピーして新しく手に入れることができたものの、彼女がどこに住んでいるのかまでは当然のことながら書かれていない。万が一にも住所がわかったところでお金もないので会いに行くことも難しい。

 小学生の理亜にできることは、せいぜい学校に置いてあるパソコンを使って検索することくらいだ。しかし、利用時間は限られていたし、セキュリティもかかっていたので検索結果は制限されてしまう。わかったことは彼女がピアノコンクールでいくつも賞を取っているということくらいだった。

 やがて中学生になった理亜はスマホを買ってもらい、本格的に香澄美琴について調べ始めた。

 すると彼女は理亜の地元から少し離れた街に住んでいたということ、現在はフランスへ留学していることがわかった。これでは本人に会うことはできそうにない。


 会えないのならば、これ以上調べても仕方がない。

 しばらく彼女について調べることはやめよう。


 そういう気持ちになった理由は母にもあった。母は、理亜がスマホを手に入れてからというものスマホで何をしているのかしつこく聞いてくるようになったのだ。


「ねえ、なんでそんなに気にするの?」


 一度、母にそう聞いたことがあった。すると母は誤魔化すような表情で「ただ心配してるだけよ」と笑った。変なサイトでも見ていないか心配なのだ、と。だが、それが本心でないことは明らかだった。


 いつもより強ばった表情。

 引き攣った笑顔。

 まるで何かを恐れているかのようだった。


 そんな母の様子を見て、子供心に好奇心が沸くのは当然のこと。やはり香澄美琴という少女には何かあるのだ。

 しかし、彼女のことを調べ続けていればスマホを取り上げられてしまうかもしれない。そう考えた理亜は、しばらくの間は香澄美琴について調べないことに決めた。

 そして中学二年になった頃のこと。ふと思い出して彼女の名前を検索すると、春先から帰国しているという情報が出てきた。美琴は留学先で事故に遭い、右手を負傷。リハビリのために帰国したということだった。


 彼女が戻ってきている。


 その事実にいてもたってもいられなくなった理亜は、小遣いをはたいて中古のタブレットを買った。そして彼女の家を本格的に調べ始めた。

 美琴の記事から彼女が住む街を突き止め、彼女が通っている学校や彼女の父親が院長をしている産婦人科医院の場所まで調べ上げた。そして病院から帰宅する父親の後をタクシーで追って、ついに自宅を突き止めることができたのだ。しかし、さすがに自宅を訪ねる勇気は出ない。

 何も考えずに訪ねて行って、何を言えばいいのだろう。それに彼女が出てくるとは限らない。彼女の両親が出てきたら追い返されてしまうかもしれない。


 理亜が会いたいのは彼女の親じゃない。

 美琴だけなのだ。


 どうすれば彼女に会うことができるだろうか。美琴は帰国してからというもの、学校へは週に一日程度しか通っていない。リハビリの為に病院へ行くときは親の車で移動。病院でも母親がいつも付き添っていた。となれば、狙うは週一で通っている学校の登下校時間。

 登校よりは下校時間のほうが待ち伏せしやすいと考えた理亜は、彼女が登校するだろう曜日を予測し、その日を狙って彼女の家の近くでひたすら待った。


 そして、ついにその日は来た。


「……え?」


 行く手を遮るように立った理亜を見て彼女が発した第一声はそれだった。理亜は両手を握りしめながら「こ、こんにちは!」と声を振り絞る。


「え、誰?」


 怪訝そうに眉を寄せる美琴は、どうやら理亜が自分とそっくりであることに気づいてない。理亜は「あ、えっと、あの、わたし……」と慌てて眼鏡を外して美琴を真っ直ぐに見た。その瞬間、彼女は「うそ、わたし?」と呟くように言った。


「なに、すごい! そっくりじゃん!」


 口元に手をあて、美琴はまじまじと理亜を見てくる。理亜はどう答えるべきかわからず、ただ笑みを浮かべて頷いた。


「ほんとにすごい……。ね、あなた名前は?」

「えと、宮守。宮守理亜です」

「理亜か。わたしは香澄美琴。よろしく!」


 嬉しそうな笑みを浮かべて彼女は左手を差し出してきた。理亜はその手を握り返しながら彼女の右手へ視線を向ける。そこには手首から腕にかけて白い包帯が巻かれてあった。


「怪我……?」

「あー、うん。まあ、ちょっとね」


 瞬間、美琴の顔から表情が消えた。彼女は無表情に自分の右手へ視線を向けると、すぐに「そんなことより、ね、家に寄って行ってよ」と理亜に向けてパッと笑みを浮かべた。


「え、でも――」

「こんなにそっくりなんてほんとにすごい。他人とは思えないよ! 色々お喋りしたい! ね? 行こ!」


 理亜の返事も聞かず、美琴はグイッと理亜の腕を引っ張って歩き出す。

 理亜は彼女に引っ張られながらほんの少しだけ安堵していた。気持ち悪がられるのではないか。そう思っていたから。

 しかし彼女は、まるで昔からの友人であったかのような笑みを浮かべて自然な態度で理亜を受け入れてくれた。


 ――このまま友達になれたらいいな。


 嬉しそうな美琴の横顔を見ながら理亜は思う。

 自分とそっくりな彼女。

 けれど、自分とはまるで違う彼女。

 音楽の才能に恵まれ、きっと今までたくさんのステージに立って、たくさんの人たちに見られてきたのだろう。


 美琴はとても綺麗で、キラキラしている。

 自分も、彼女のようになれたら。


 美琴に会った理亜の中では両親の不自然な態度に対する好奇心よりも、美琴への憧れの気持ちが一気に高まっていった。


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