6章 8話 前進
メラニーは眉をひそめ、
「何故あなたがここに? まさか王女の味方をしにきたの?」
「細かいことは後だ。とにかく、これを見ろ」
オリヴィアは、小さな箱型の機械を取り出した。
空中に立体的な映像が移った。
投射機のようだ。
二人の初老の男女が映し出された。
服装や顔立ちから、威厳が漂っている。
リズが愕然としている。
「お父様、お母様!」
見たことがあるな、と思ったら、リズと出会った日にオリヴィアが出した写真の二人だった。
あのふざけた写真と別人のようで、すぐには分からなかったのだ。
国王様が重厚な声で、話し始めた。
「リズ、久しぶりだな。元気にしているか? オリヴィアから話は聞いた。支持派の者たちがそちらに出向いているそうだな。彼らはお前も知っての通り、夢魔の社会に人間は不必要だという考えを貫いている。そして、我々と敵対している人間社会への侵攻派とは対立し、人間には干渉しないという立場で、我々とは協力関係にある。彼らの一人から何か言われたそうだが、」
国王様は少し間を置いて、はっきりと言った。
「リズの好きなように生きなさい。お前は私たちの都合で生まれてきた。だからせめて、自分の人生は自分で決めなさい。本当に嫌なら通過儀礼はしなくてもいい。責任は私がとる。私が失脚することで、支持派も含めて、私を支えてくれている者たちが露頭に迷うことが予想されるが、懇意にしている企業や団体への雇用を斡旋するつもりだ。すでに多くの者が納得してくれているし、私を裏切る者たちも現れるだろうが、彼らを責める気はない。それが彼らへのせめてもの報いだ」
それまで険しい顔付きで話していた国王様の表情が、ふっと緩んだ。
「リズは何も気にせず、自分を信じて行動しなさい。私にも国をこうしたいというような理想があったが、お前を犠牲にしてまで貫こうとは思えなかった。きっと私は、国王に向いていなかったのだろう。田舎で、家族でひっそりと暮らすのもいいじゃないか」
映像はそこで終わった。
リズは国王様の話を、瞬きもせずに、食い入るように聞いていた。
メラニーが冷酷に呟く。
「話になりません」
その言葉をきっかけに、すぐ近くでいくつもの人影が蠢いたのを感じた。
メラニーたちは、「強硬手段」に出るつもりなのだ。
俺とオリヴィアが身構えたそのとき、突然大きな地響きが起きた。
他の来場者も恐慌をきたしている。
メラニーも驚いているので、こいつらの仕業でもないだろう。
一体何が起きているのかと、辺りを見回すと、信じられない光景が飛び込んできた。
「…………」
俺は絶句した。
巨大なキューピッド像が、前進していたのだ。
緩慢だが、体長の割に短い足を前に出し、確実に動いている。
もちろんキューピッド像はただのオブジェで、元々そんな機能はないはずだ。
この場にいると危険だし、このままだと甚大な被害が出る。
従業員が避難誘導しているが、ほとんどの客が混乱している。
四方で怒号と悲鳴が飛び交う。
リズがキューピッド像を見上げ、
「強力な魔力を感じます」
また、魔力絡みか。
恋愛成就のお守りは神様の力だった。
風紀委員会の竹刀は、歴代の委員長の念だった。
今回も何らかの原因があるのだろう。
オリヴィアがリズに声をかける。
「ここは危険です」
「あれを何とかしないと」
リズがキューピッド像を指して言うと、メラニーが冷静な口調で、
「あんなもの、何とかできるわけがないでしょう。速やかに避難してください」
「でも、このままだとたくさんの人が巻き込まれてしまいます」
「人間がどうなろうと関係ないではありませんか」
リズは大きくかぶりを振った。
「私はこちらの世界に来て、たくさんの人と出会って、助けられてきました。私じゃ何もできないかも知れないけど、ここで逃げることはできません」
「私もお手伝いさせていただきます」
オリヴィアがリズに歩み寄ると、メラニーが怪訝な顔で尋ねる。
「あなたは王族を守る立場のはずでしょう」
「私はリズ様のお考えに従う。もう後悔したくないからな」
「理解できません。鞍替えを考えなければなりませんね」
メラニーはそう言い残し、仲間と思われる連中と共に姿を消した。
リズが俺に向き直る。
「恭平くんは逃げてください」
「そういうわけにはいかない。俺も自分ができることをしたいんだ」
リズはじっと俺の顔を見つめてから、
「分かりました。でも、本当に危なくなったら、逃げてくださいね」
俺は頷き、キューピッド像を睨んだ。
ラスボスを何にするかは、いつも悩む。