6章 5話 記念に
少し進み、最初の角を曲がったところで、突然人影が現れた。
正体は、看板の絵と同じような幽霊の人形だった。
青白い顔の女性で、濡れた長い黒髪を体に張り付かせている。
冷静に見れば人形だと分かるが、よくできていて、リズを恐怖に陥れるのには充分だ。
「きゃあああああああああああああああああああ――」
リズは金切り声を上げ、俺の腕にぎゅっとしがみつく。
その拍子に豊かな胸が押し付けられる。
おいおいおいおいおい。
柔らかな感触に、慌ててリズと距離を取る。
異なる理由でパニックになる、俺とリズ。
俺はどうにか冷静さを取り戻し、
「リズ、落ち着いて」
「ご、ごめんなさい」
その後もいくつもの仕掛けが俺たちを襲った。
さすがにこのご時世に生き残っている遊園地のアトラクションだけあって、完成度が高い。
吊るされたコンニャクやワカメで、興を削がれることはなかった。
出て来る幽霊はどれも精巧に作られていて、リズは遭遇するたびに悲鳴を上げた。
随分進み、もうそろそろ終わりかなと思っていると、前方から幽霊が近づいてきた。
しかし、これまでのものと様子が違う。
人形ではなく、人が幽霊の格好をしている。
従業員か?
ここまでお化け役は出てきていないが。
警戒しながらよく見ると、出雲さんだった。
「うらめしや~」
出雲さんの間延びした声では、全然怖くない。
だが、情緒不安定のリズには効果絶大だったようで、
「怖いです~!」
と頭を抱えて丸まってしまった。
気を良くしたのか、出雲さんはリズに近寄り、「うらめしや~」と囁き続ける。
とうとうリズはへたり込んでしまった。
俺は肩を竦め、
「何やってるんですか」
「うらめしや」
出雲さんが可愛く言ってくる。
「いや、怖くないですよ」
人間大の白い何かが接近してくる。
小柄な何者かが、白い布を被っているだけだ。
出雲さんがここにいるということは……。
何者かは白い布を被ったまま、
「ばあっ!」
「不知火、何やってるんだよ」
「私は不知火じゃない」
微妙に声を変えているのが腹立たしい。
幽霊はしつこく何度も、
「ばあっ、ばあっ」
「鬱陶しい!」
白い布を強引に取り上げると、
「あ、ちょっとなんで取っちゃうの?」
思った通り姿を現した不知火が、頬を膨らませて、抗議の声を上げた。
不知火は不満そうに小首を傾げ、
「何で私だってバレたんだろう? 完璧な変装だったのに」
どこがだよ。
保育園のお遊戯レベルだったぞ。
「本当に何やってるんだ」
「見ての通りよ」
「見て分からないから聞いてるんだが」
「リズと君のデートを邪魔しに来たのよ」
「何でデートのこと知ってるんだ?」
「特別な情報網でね」
不知火が得意げに言うと、出雲さんが横から入ってくる。
「国王の支持派のサキュバスが来た日、屋上で話しているのを、皆で盗み聞きしていたんですよ」
「言っちゃダメ!」
不知火が慌てて出雲さんの口を塞いだ。
何が情報網だ。
皆、というのが気になるけど。
不知火たちを追い返し、お化け屋敷を出る。
リズをしばらくベンチで休ませることにした。
リズは申し訳なさそうに、
「すみません。少し休めば良くなると思いますから」
「気にしなくていいって。何か飲み物買ってくるよ」
このベンチに来るまでに見つけていた自動販売機に向かう。
先に人がいて、取り出し口に手を突っ込んでいる。
大きな眼鏡を見て、すぐに藤堂だと分かった。
「何でここにいるんだ?」
声を掛けると、藤堂は心底びっくりしたようで、目を白黒させ、
「私は、その、遊びに来たのよ」
「遊園地に、一人で?」
「そうよ、悪い?」
「悪くはないけど」
おそらく藤堂も、デートのことを知ってここに来たのではないだろうか。
出雲さんが言っていた皆の中に、藤堂も含まれている気がしてならない。
俺とリズの様子を見に来て、気を抜いていたところを運悪く見つかってしまったってところか。
スタッフと思われるお姉さんが近づいてきて、
「お二人は恋人同士ですよね」
やたらと高いテンションに、少し気圧されながら、藤堂が首を振った。
「違いますけど」
「あ、じゃあまだ付き合ってなくて、これからって感じですか」
「まだも何も、そんな予定はありません」
「またまた~、照れなくてもいいじゃないですか」
「照れてません!」
藤堂がどれだけ否定しても、お姉さんは納得せず、
「私には分かりますよ。今まで何組ものカップルを見てきました。だてにここのオープンからいるわけではありません!」
オープンからって、ここができたのは、俺が生まれるより前だ。
若いように見えるけど、お姉さんは一体いくつなんだろう?
「何組もカップルを見てきたって、失礼ですけど、ここにカップルは来ないでしょう」
「まぁまぁ、細かいことはいいじゃないですか」
俺の指摘を軽くあしらい、お姉さんは営業スマイル全開で、
「ご来場されたカップルの写真を撮らせていただているんです。よろしいですか?」
首から提げているカメラを見せてきた。
すぐに現像されるタイプのものだ。
「撮った写真はどうするんですか?」
「お客様にプレゼントと、後は園内の展示スペースに飾らせていただきます」
なるほど、これは戦略の一つなんだ。
カップルの写真を見せて、ここのネガティブなイメージを少しでも払拭したいのだろう。
そのために声をかけてきたのだ。
藤堂も意図を理解したらしく、
「私たちは結構です」
「そうおっしゃらずに。せっかくの記念ですから」
お姉さんは食い下がり、さらにカメラを向け、
「さぁ、お二人ともくっついてください」
肩を掴まれ、強引に藤堂と密着させられる。
俺たちが抵抗する隙きも与えないほど、お姉さんは手慣れた調子で準備する。
「はい、いきますよー。笑って、ハイチーズ!」
結局、勢いに負けて写真を撮られてしまった。
カメラからフィルムが出てくる。
お姉さんはポケットから色ペンを取り出し、
「お二人のお名前は?」
俺たちが名乗ると、フィルムに「きょうへい」「とうこ」と、名前を書き込む。
おまけにハートマークで囲ってくれた。
お姉さんは俺たちに押し付けるように写真を渡し、次のターゲットを求めて走っていった。
そうして、写真を一枚ずつ持った俺と藤堂が取り残された。
「嵐のような人だったな」
「これ、どうしましょう」
藤堂が写真を見つめて呟いた。
浮かび上がってきた写真には、ぎこちない笑顔の俺たち二人が写っている。
「捨てていいんじゃないか」
答えると、藤堂は考える素振りを見せた後、首を横に振った。
「一応もらっておくわ。記念にね」
自分が面白いと思うことが、読者も面白いと感じるかどうかは、一生分からない。




