4章 7話 竹刀
「二人とも、なんで?」
「実は気になって、後を付けてきたんです。邪魔にならないように隠れてたんですけど、恐れていたことが起きてしまいました」
「恐れていたこと?」
その質問に、オリヴィアが答える。
「藤堂 透子の持っている竹刀には、魔力が宿っている」
「はあ? 恋愛成就のお守りと同じように、神様的な力ってことか?」
「いや、そういうわけではないと思う。あの竹刀は風紀委員会で、伝統的に継承されているものだと、あの女が言っていたな。おそらく、歴代の持ち主の感情が蓄積され、魔力へと昇華したのだろう」
そんなことがあるのか?
「竹刀だけじゃなく、藤堂の様子もおかしいんだが」
「感情と魔力は密接に関係している。藤堂 透子の感情に反応して、増大した魔力が精神に強く干渉し、自我を奪っているようだ」
魔力は感情に反応して、増減する性質がある。
竹刀の魔力は、藤堂の怒りに呼応したようだ。
オリヴィアは大剣を出し、
「下がっていろ。魔力が絡んでしまっては、もはや人間のお前では無理だ」
「待ってくれ。これは俺と藤堂の決闘だ」
「そんなこと言っている状況ではない。分かるだろう?」
「だったら、一緒に戦う。それならいいだろ?」
「分かった」
食い下がる俺に、オリヴィアが木刀を渡した。
藤堂と対峙することで、竹刀に宿る感情が伝わってくる。
それは風紀の乱れに対する嫌悪と、風紀委員としての責任感、使命感。
藤堂が竹刀を一振りする。
すると、黒い斬撃が放たれた。
転がるようにして、ギリギリで回避する。
斬撃は壁に突っ込んでいった。
その跡は深くえぐれている。
あんなものが直撃したら、一溜まりもない。
藤堂が再び竹刀を振り下ろす。
繰り出される斬撃は、さっきのより格段に速い。
ダメだ、避けきれない!
無駄と承知で、木刀で受け止める。
重い衝撃に襲われ、後方に弾き飛ばされた。
壁に叩きつけられ、背中に激痛が走る。
しかし、あの斬撃をまともにくらったにも関わらず、体が切り刻まれることはなかった。
自分の体を凝視する俺に、オリヴィアが言う。
「その木刀はマンドラゴラから作られていて、魔力がある。それが作用したのだ」
マンドラゴラって、ファンタジーに出てくる叫ぶ植物か。
それから間断なく、俺とオリヴィアに斬撃が飛来してくる。
オリヴィアは最初の数発をかわし、追撃を大剣で弾く。
藤堂の姿が消えていた。
オリヴィアも見失っているようだ。
突如として、オリヴィアが吹き飛ばされた。
藤堂は消えたのではなく、視界から消えるほど高く跳躍していたのだ。
床に倒れ込むオリヴィアに、藤堂は黒い斬撃を何発も打ち込む。
あの体勢では、回避することも防御することもできない。
「オリヴィア!」
オリヴィアは深いダメージを負い、起き上がれない。
リズがオリヴィアの元に駆け寄っている。
俺は木刀を強く握りしめた。
「藤堂、俺が相手だ」
もうオリヴィアは頼れない。
いや、元よりこれは俺と藤堂の決闘だ。
藤堂は苦労する母親の姿を目の当たりにしてきたことで、恋愛に対して潔癖になっているところがある。
俺だって軽薄な恋愛は苦手だ。
だけど、全ての恋を否定するのは違うと思う。
この先一生誰も好きにならないなんて、もったいないじゃないか。
ただ一人でいい。
誰か一人を好きになれば、それで充分だ。
元々の原因である父親への不信感を今すぐ払拭するのは、難しいかも知れないけど、少しずつ変わっていくことはできるはずだ。
父親にも事情があった。
藤堂もそれは分かっているだろう。
理屈では分かっているが、納得はできないということは往々にしてある。
藤堂の言うように、こんなことをしても意味はないのかも知れないし、俺の刃が藤堂に通用するとも思えない。
だけど、それでも俺は戦わなくちゃいけない。
気取った言い方をすれば、男として生まれた宿命のようなものかも知れない。
「行くぜ、藤堂」
藤堂に向かって駆け出す。
この章の主人公は、ちゃんと体を張っていて、書いていて気持ちよかった。




