4章 8話 決着
飛んでくる斬撃を避けながら、何とか前へ突き進む。
この一週間、藤堂に剣道の稽古をつけてもらって分かったことがある。
それは、前進しなければ勝てない、ということだ。
斬撃を避けきれないときは、木刀で受け止め、その度に何度も後ろに弾き飛ばされる。
体のあちこちを床に強く打ち付け、体中が軋むように痛む。
それでも立ち上がっては、一心不乱に向かっていく。
「男の根性見せてやるよ!」
ついに藤堂に、接近することに成功する。
一矢報いることができるとすれば、そのチャンスは一瞬。
藤堂が竹刀を上段に高く掲げる。
一昨日の、藤堂のお母さんとの会話を思い出す。
一週間お世話になったお礼を言った後、決闘の話をすると、そっと教えてくれた。
「あの子、本気のときは、必ず上段を使うの」
帰ってすぐ、上段の構えについて調べた。
上段の構えは、天の構えや、火の構えと呼ばれる剣道の構えの一つだ。
完全攻撃型で、守りを要しない捨て身の構えだ。
相手の有効打突部位に最短距離で攻撃できる反面、頭以外ががら空きになる。
オリヴィアとは、この上段の対策をしたのだ。
俺は平正眼の構えをとる。
剣先を上げて右にずらし、相手の左小手に合わせる。
上段は片手打ちができるため、リーチが大きく、遠い間合いでも打てる。
しかし、間合いが近い相手は、難しいという側面がある。
つまり、ビビって距離を取るのは危険で、むしろ接近した方がいい。
藤堂の懐に飛び込み、無防備な胴に突きを入れる。
これで相手がどう動くかによって、対応が変わる。
おそらく藤堂が後ろに下がることはない。
上段を選んだ時点で、消極的な姿勢をとることは考えにくいし、逆にそんな逃げ腰なら怖くない。
藤堂は左腕を畳んで、打ち落とそうとしてくる。
左腕が動いた今が好機と、俺はすかさず左小手を打つ。
上段は基本的に左小手が急所になりやすいので、向こうも当然警戒している。
左手を動かして、うまく避けられる。
――この瞬間をずっと待っていた。
どこかが動けば、他の部位に隙きができる。
左小手を狙うと見せかけ、晒された右手を叩く。
この右小手だけをずっと、オリヴィアと反復して稽古した。
俺の刀が藤堂の右手に届く。
禍々しいオーラが四散したかと思うと、藤堂が苦悶の表情を浮かべ始めた。
不測の事態に、俺は茫然とたじろぐ。
悪化している?
下手に刺激しない方がいいと思い、様子を見ることにする。
藤堂が倒れそうなほど大きくよろめく。
竹刀がその手から滑り落ちた。
途端に魔力がみるみるうちに萎んでいき、最後には雲散霧消した。
膝から崩れ落ちる藤堂。魔力の暴走はどうにか収まったようだ。
我に返り近寄ると、藤堂は頭を押さえながら、
「もう大丈夫」
意識はあるようだが、顔色がかなり悪い。
「倦怠感はあるけど、しばらくすれば回復すると思うわ。木場くんこそ大丈夫なの?」
「何とかな」
本当は打ち付けたところが痛むが、責めるみたいで言えない。
別の話題を出す。
「その竹刀なんだけどな、魔力が宿ってるんだ。さっきのは、それが原因だそうだ」
藤堂は床に横たわる竹刀を眺めた。
俺は首を傾げ、
「なんで暴走が収まったんだろう?」
リズたちが来て、オリヴィアが言う。
「おそらく感情が静まったからだろう。魔力が感情に密接に関係しているということは、つまり感情が静まれば、魔力も落ち着くということだ」
藤堂がおもむろに、
「暴走が始まってからも意識はあったわ。鮮明ではないけど、ぼんやりと。目の前で起きていることは、まるで夢の中の出来事みたいだった。あなたたちを攻撃してるときも嫌だと思ったけど、それ以上に強い感情があった。それはたぶん、危機感。木場くんは私の考えを揺るがす人。だから拒絶しなきゃって。でも、あなたに小手を見舞われたときに、負けたって思ったの。そしたら気持ちが落ち着いていった」
俺は確信した。
藤堂に意識があったのなら、無意識のうちに手加減してくれていたのだと思う。
たった一日対策しただけで、さすがに大番狂わせは起きないだろう。
藤堂が竹刀を拾おうとしたので、
「もう触らない方がいいんじゃないか」
藤堂は頭を振った。
「なぜかは分からないけど、私が扱う限り、もう暴走しない気がする」
竹刀を掴んで、扉の方へ歩いていく。
不安に思っていると、リズが隣にきた。
「さっき藤堂さんが言っていたように、自分を不安定にする恭平くんを拒絶しようという感情が、竹刀の魔力と反応して暴走してしまいました。それが恭平くんと戦う中で、心に何か変化が起きて、元々の原因の男の人を信じられないという気持ちに、整理がついたから暴走は収まりました。だから感覚的に、もう竹刀に宿る魔力に支配されることはないと分かるのだと思います」
俺たちも道場を出ようとすると、扉の先で藤堂が待っていた。
そして、矢継ぎ早に、
「来週の日曜日だから。誕生日、祝ってくれるんでしょ? お昼の一時。ケーキ用意しておくから。ちゃんと来なさいよ。時間厳守。約束ね」
「日曜、昼の一時な。分かったよ。約束だ」
藤堂が何か言いたそうに口唇を動かした。
「どうかしたか?」
藤堂は難しそうに眉を曲げ、しかし、最後にはほのかに微笑んだ。
「何度も立ち上がるあなたは、ちょっと格好良かったわ。それだけ」
足りない知識は調べるようにしているが、結局自己満足に過ぎず、あまり意味はないのかも知れない。




